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勇者は死んだ、その後の物語  作者: 梅犬丸
第一章・戦士視点
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第九話

進む速度が、明らかに落ちた。


 誰かが言わなくても、全員が分かっている。

 魔法使いの歩幅に、合わせているのだ。


「……気にしないで」


 魔法使いが言った。


「私が遅いだけ」


「違う」


 俺は短く返す。


「警戒しながら進むには、このくらいが限界だ」


 嘘ではなかった。

 だが、本当でもなかった。


 僧侶は、魔法使いの反対側を歩いている。

 時折、彼女の腕を見るが、何も言わない。


 右腕は、相変わらず動かない。

 布で縛って固定しているが、それ以上の処置はできなかった。


「……ねえ」


 しばらくして、魔法使いが言った。


「戦士」


「何だ」


「勇者が死んだ時」


 俺は、足を止めなかった。


「何を考えてた?」


 一瞬、森の音だけになる。


「……守れなかった、と思った」


「それだけ?」


「それ以上、考える余裕がなかった」


 魔法使いは、少し笑った。


「正直ね」


「お前は?」


 そう返すと、彼女は黙った。


 数歩分の沈黙。


「……やっと、静かになったと思った」


 僧侶が、ぴくりと反応する。


「それって……」


「嫌いだったわけじゃない」


 魔法使いは、前を見たまま言う。


「むしろ逆」


 僧侶は、何も言わなかった。


 俺は、あえて口を挟まない。


「勇者がいるとね」


 魔法使いは続ける。


「全部が、決まってしまうの」


「決まる?」


「進む方向も、選択も、犠牲も」


 彼女は、左手で杖を強く握る。


「誰も逆らえない」


「……勇者だからな」


「そう」


 魔法使いは、短く頷いた。


「だから、嫌だった」


 その声は、怒りではなかった。

 疲れ切った人間の声だった。


 僧侶が、ようやく口を開く。


「……私は」


 二人とも、彼女を見る。


「勇者様が決めてくれるの、好きでした」


 魔法使いが、僅かに目を細める。


「楽だったから、です」


 僧侶は、勇者の担架を見る。


「間違っても……勇者様なら、正しいって思えた」


 その言葉に、俺は胸が詰まる。


「でも、今は」


 僧侶は、手を握り締めた。


「誰も、決めてくれない」


 風が吹き、担架の布が揺れる。


 魔法使いが、静かに言った。


「だから、世界は楽なのよ」


「……え?」


「英雄がいれば、全部押し付けられる」


 彼女は、淡々と言う。


「生きてる時も、死んでからも」


 その瞬間、俺ははっきり理解した。


 彼女は、勇者を想っていた。

 そして同時に、憎んでもいた。


 矛盾しているようで、

 人間としては、あまりにも自然だった。


「……戦士」


 僧侶が、俺を見る。


「もし……王都に着いて」


 言葉を選びながら、続ける。


「勇者様が、私たちの思うように扱われなかったら」


 俺は、すぐには答えられなかった。


 代わりに、こう言った。


「その時は、止める」


「どうやって」


「……分からない」


 正直な答えだった。


 魔法使いが、小さく笑う。


「あなたらしい」


 その笑みは、どこか諦めていた。


 しばらく歩いたあと、彼女が足を止める。


「少し、休ませて」


 僧侶がすぐに支える。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないけど、歩ける」


 そう言って、木に背を預ける。


 息が、荒い。


 俺は周囲を確認し、異常がないのを確かめてから戻る。


「……ねえ、戦士」


 魔法使いが、低い声で言う。


「もし、私が足手まといになったら」


「言うな」


 即座に遮った。


「最後まで運ぶ」


「勇者を?」


「お前もだ」


 一瞬、彼女は驚いた顔をした。


 それから、目を伏せる。


「……ありがとう」


 その言葉が、妙に重かった。


 俺は、嫌な予感を振り払うように立ち上がる。


「行くぞ」


 担架を持ち上げる。


 僧侶が祈りを捧げる。


 三人で、また歩き出す。


 勇者は、何も言わない。


 それが、今は一番残酷だった。


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