第八話
旧道は、静かだった。
人の気配がない。
道も荒れている。
それでも、俺はこの静けさを信用しなかった。
「止まるな」
担架を担ぐ兵士に言う。
「音を立てず、一定の速度で進め」
森は、相変わらず暗い。
昼のはずなのに、木々の間に光が落ちてこない。
「……来てる」
魔法使いが、低く言った。
「何がだ」
「さっきのとは、違う」
彼女は杖を握り直す。
「魔獣じゃない。
呪いに引き寄せられた“残り物”」
「残り物?」
答える前に、空気が変わった。
圧が、かかる。
肌が粟立つ感覚。
「止まれ!」
俺が叫んだ瞬間――
地面が、沈んだ。
担架を担いでいた兵士の足元が崩れ、身体が傾く。
「くそっ!」
俺が踏み込み、担架を支える。
だが、その一瞬だった。
黒い影が、木の上から落ちてくる。
「上だ!」
剣を振り上げる。
斬れた感触はあった。
だが、影は完全には落ちない。
次の瞬間、魔法使いが前に出た。
「下がって!」
詠唱。
短い、強引な魔法。
光が弾け、影が弾き飛ばされる。
――その直後。
「っ……!」
魔法使いが、崩れ落ちた。
「魔法使い!」
僧侶が駆け寄る。
俺も、剣を構えたまま振り返る。
「どうした!」
「……反動」
魔法使いは、歯を食いしばって言った。
杖を持つ手が、震えている。
いや――違う。
震えているんじゃない。
動いていない。
「……腕が」
僧侶が、息を呑む。
魔法使いの右腕が、肘から先、だらりと下がっている。
血は出ていない。
だが、明らかにおかしい。
「無理な詠唱をした」
魔法使いが言う。
「魔力の逆流……神経を焼いた」
「治せますよね?」
僧侶が、必死に言う。
「回復魔法で――」
「無理」
即答だった。
「骨や肉の問題じゃない」
僧侶の手が、止まる。
「……じゃあ」
「魔法は、もう使えない」
その言葉は、重かった。
戦力が一つ、消えた。
それでも、彼女は立ち上がろうとする。
「まだ、歩ける」
「座れ」
俺は、低く言った。
「今は、守る側に回れ」
魔法使いは一瞬、何か言い返そうとした。
だが、やめた。
「……分かった」
兵士たちが周囲を警戒する。
影は、もういない。
だが、確実に“来た”。
俺は担架を見る。
勇者は、変わらずそこにいる。
何もしていないのに。
「……戦士」
魔法使いが、俺を呼ぶ。
「何だ」
「さっきの魔法……本当は、使うべきじゃなかった」
「分かってる」
「でも」
彼女は、勇者を見た。
「触れさせたくなかった」
俺は、何も言えなかった。
それが、同じ理由だったからだ。
僧侶が、小さく祈りを捧げる。
その声は、かすかに震えていた。
「進める」
俺は言う。
「止まったら、また来る」
誰も反論しなかった。
魔法使いは、左手で杖を拾い、俺の横を歩く。
その歩幅は、少しだけ遅い。
だが、遅れないように必死だった。
俺は、彼女のその横顔を見て、思った。
戦えなくなった仲間を、
俺は、最後まで守れるだろうか。
答えは、出なかった。




