表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は死んだ、その後の物語  作者: 梅犬丸
第一章・戦士視点
7/26

第七話

夜が、明けなかった。


 正確には、空は白み始めているのに、森の奥がいつまでも暗い。


「……変だな」


 兵士の一人が、空を見上げて呟いた。


「もう朝だろ」


 俺も同じことを思っていた。

 体感では、確実に時間は進んでいる。


 なのに、勇者の担架の周囲だけが、夜のままだ。


「呪いの影響よ」


 魔法使いが言った。


 昨夜から、彼女はほとんど眠っていない。

 目の下に、うっすらと影がある。


「どの程度だ」


 俺が聞く。


「……広がってる」


 魔法使いは、担架から少し距離を取った位置で立ち止まった。


「昨日より、確実に」


 僧侶が息を呑む。


「じゃあ、王都に着く前に……」


「“間に合う”かどうか?」


 魔法使いは、言葉を継いだ。


「分からない」


 それは、彼女にしては珍しい答えだった。


 歩き出す。


 森の道は、昨日と同じはずなのに、違って見える。

 木々が近い。

 空が低い。


「……なあ」


 俺は、魔法使いの横に並んだ。


「お前、何か隠してるだろ」


 彼女は、すぐには答えなかった。


 数歩分、沈黙。


「隠してる、というより」


 魔法使いは、前を見たまま言った。


「まだ、言えない」


「何がだ」


「全部」


 俺は舌打ちしそうになるのを堪えた。


「言えない理由は」


「言ったら」


 彼女は、そこで一度言葉を切る。


「……僧侶が、耐えられない」


 僧侶は、少し前を歩いている。

 聞こえていない。


「それでも、言うべきだ」


「分かってる」


 魔法使いの声が、わずかに震えた。


「でも、順番がある」


 そのとき、担架を担いでいた兵士が声を上げる。


「……軽くなってませんか」


 全員が、足を止めた。


「何だと」


「いや、気のせいかもしれませんが……」


 兵士は、不安そうに言う。


「昨日より、少し……」


 俺は担架に手を伸ばした。


 重さは、変わらない。


 だが。


「……魔法使い」


 俺は、低く言った。


「説明しろ」


 彼女は、目を閉じた。


「勇者は、まだ“ここにいる”」


 僧侶が振り返る。


「……どういう意味ですか」


 魔法使いは、僧侶を見る。


 しばらく、躊躇うように黙ってから、言った。


「肉体は死んでる」


 僧侶の指が、きゅっと握られる。


「でも、魂が――」


 そこで、言葉を止めた。


「……いや」


 首を振る。


「正確じゃない」


 俺は、代わりに言った。


「勇者は、終わってない」


 魔法使いが、ゆっくり頷く。


「魔王の呪いは、“死”を拒否する」


「拒否……?」


「英雄として終わることを、ね」


 僧侶の顔から、血の気が引く。


「じゃあ……勇者様は……」


「苦しんではいない」


 魔法使いは、即座に言った。


「それは、断言できる」


 少しだけ、僧侶の表情が緩む。


 だが、次の言葉が、それを壊した。


「でも、安らいでもいない」


 沈黙。


 風が、森を揺らす。


「だから、引き寄せる」


 魔法使いは続ける。


「魔獣も、人も」


「勇者は、餌じゃない」


 俺は言った。


「分かってる」


 魔法使いは、俺を見た。


「でも、世界がそう扱う」


 その言葉が、胸に刺さった。


 歩き出すしかなかった。


 昼前、道が二手に分かれる。


 一方は王都への最短路。

 もう一方は、遠回りだが人の少ない旧道。


 兵士が地図を広げる。


「どうします」


 俺は、僧侶と魔法使いを見る。


 僧侶は、担架を見つめている。


 魔法使いは、旧道を見ていた。


「……遠回りしましょう」


 彼女が言った。


「理由は」


「今は、言えない」


 俺は、短く息を吐く。


「分かった」


 決めた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。


 この選択が、正しいかどうか。


 俺には、もう分からなかった。


 ただ一つ。


 勇者は、まだ旅の途中だ。


 死んだまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ