第二十六話
僧侶の身体は、軽かった。
あれほどの力を放ったとは思えないほど、
腕の中で静かだった。
誰も、近づいてこない。
民衆も、兵士も、司祭も。
ただ、距離を取って見ている。
勇者の“残骸”は、既に回収され始めていた。
砕けた装置。折れた剣。
元が何だったのか、分からない形に分解されていく。
「……終わったのか」
誰かが、呟いた。
その言葉に、反応する者はいない。
俺は、僧侶を抱いたまま、聖堂跡を離れた。
止める声はなかった。
もう、価値がないと判断されたのだろう。
街を抜け、丘を越え、
人の来ない場所まで歩いた。
そこに、僧侶を寝かせる。
地面は固い。
花もない。
「……悪いな」
それしか言えなかった。
魔法使いの顔が、脳裏に浮かぶ。
勇者の笑い声が、耳に残る。
全員、ここにはいない。
俺だけが、残った。
剣を地面に突き立てる。
もう、振るう理由はない。
世界は、救われた。
魔王は倒れ、
呪いは“制御可能な形”に変換され、
王都は、平和を取り戻した。
記録には、こう残るだろう。
――勇者は、使命を全うした。
――仲間たちは、名誉ある犠牲だった。
だが。
そのどれにも、
俺たちの会話は残らない。
夜、焚き火を囲んだこと。
帰ったら何を食うか話したこと。
好きだと言えなかった想い。
全部、書かれない。
それでいいのだろう。
世界にとっては。
俺は、剣を置いた。
鎧も、脱いだ。
戦士である必要は、もうない。
翌朝、村に降りる。
名を聞かれても、答えない。
仕事を頼まれれば、断らない。
戦い以外のことで、手を動かす。
夜、眠れない日もある。
僧侶の声が、夢に出ることもある。
勇者が、何も言わずに立っている夢も見る。
魔法使いは、笑っている。
目が覚めると、誰もいない。
それでも、朝は来る。
世界は、続く。
俺だけが、
取り残されたまま。
剣を持たない手で、
今日も、生きている。
――勇者は死んだ。
そして。
勇者を失った世界で、
戦士だけが、生き残った。




