第二十三話
森を抜けた先に、小さな集落があった。
人の気配は、薄い。
畑は荒れ、家々の窓は閉ざされている。
「……寄らない方がいい」
俺が言う前に、僧侶が足を止めた。
「うん……分かってる」
それでも、歩みは遅くなる。
彼女の呼吸が、浅い。
「どうした」
「……痛い」
胸元を押さえる。
「息をするたび、胸が焼ける」
呪いの進行。
分かっているのに、どうにもできない。
その時。
「……助けて」
声。
瓦礫の陰から、少女が出てきた。
腕から血が流れている。
「魔物に……噛まれて……」
僧侶が、反射的に駆け寄ろうとする。
「待て!」
俺は、腕を掴んだ。
「……戦士?」
「今のお前は……」
言い切れなかった。
僧侶は、俺の手を振りほどく。
「それでも……放っておけない」
跪き、少女の傷に手をかざす。
「大丈夫。すぐ、治るから」
祈りの言葉。
だが。
光は、淡い灰色だった。
少女の身体が、びくりと跳ねる。
「……っ!」
呻き声。
血が、逆流する。
「……え?」
僧侶の顔が、真っ青になる。
「ちが……違う……」
傷口から、黒い筋が広がっていく。
「やめて……!」
少女は、泣き叫ぶ。
俺は、剣を抜いた。
「僧侶、下がれ」
「ま、待って……私が……」
「もういい!」
俺は、僧侶を引き剥がす。
少女の呼吸は、浅く、速い。
もう――手遅れだ。
俺は、歯を食いしばる。
「……すまない」
一閃。
血が、地面を濡らす。
沈黙。
僧侶は、その場に崩れ落ちた。
「……私が……殺した」
違う。
違うはずなのに、
否定できる言葉が、見つからない。
「……戦士」
僧侶は、俺を見る。
「もう……私、祈っちゃだめだね」
俺は、黙って頷いた。
その選択が、彼女を守ると信じて。
だが。
その夜。
集落の外れで、
俺たちは、追いつかれた。
「……回収官?」
違う。
黒い法衣。
顔は、人間。
だが、目が空っぽだ。
「勇者の遺体は、どこだ」
低い声。
「答えろ」
僧侶が、俺の背後で震える。
「知らない」
即答。
男は、薄く笑った。
「嘘だな」
次の瞬間。
地面から、無数の鎖が伸びる。
俺は、弾く。
だが――数が多い。
「僧侶、走れ!」
「……一緒に」
「いいから!」
僧侶は、一瞬迷い――
走った。
俺は、鎖を斬り続ける。
その間に、男が言う。
「媒介体は、もう戻り始めている」
「……何?」
「勇者と切り離された代償だ」
胸が、冷える。
「彼女は、勇者の呪いを引き受けた」
俺は、男を睨む。
「……黙れ」
「救えない存在になった時点で、彼女の役目は決まっている」
斬る。
だが、男は倒れない。
「王都は、もう待たない」
鎖が、俺の足を絡め取る。
「次は、彼女を直接回収する」
その言葉を残し、
男は、闇に溶けた。
俺は、膝をつく。
遠くで、僧侶の足音。
追いつき、肩を抱く。
「……ごめん」
僧侶は、首を振る。
「……助けられなかった」
「それでも、生きてる」
それだけが、今の事実だった。
だが。
僧侶の胸元、
黒い紋様が、確実に広がっていた。
癒せない僧侶。
守れない戦士。
そして、
奪われた勇者の遺体。




