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勇者は死んだ、その後の物語  作者: 梅犬丸
第一章・戦士視点
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第二十二話

朝は、霧から始まった。


 森の奥に白い靄が溜まり、視界は十歩先も見えない。

 音だけが、妙に鮮明だった。


 水の滴る音。

 葉を踏む音。

 そして――


「……聞こえる?」


 僧侶が、小さく言った。


「なにがだ」


「……祈りの声」


 俺は、息を止めた。


「誰の?」


 僧侶は、首を横に振る。


「わからない。でも……近い」


 嫌な予感が、背筋を這う。


 勇者の遺体に近づくと、

 布の下から、かすかな魔力反応があった。


 本来、死体が放つはずのないもの。


「下がれ」


 俺は、僧侶の肩を引く。


 だが、その瞬間。


 勇者の胸部――

 布の下で、何かが脈打った。


「……え」


 僧侶が、目を見開く。


 次の瞬間、

 白い光が、爆発するように広がった。


 俺は、反射的に僧侶を抱き寄せ、地面に伏せる。


 耳鳴り。


 視界が、白く染まる。


 しばらくして、音が戻る。


「……生きてる?」


 僧侶の声。


「ああ……」


 俺は、身体を起こす。


 森が――変わっていた。


 倒れていた木々が、

 根元から立ち上がり、

 枯れ葉は、灰のように地面に貼りついている。


 まるで、祝福と呪いが同時に降った跡。


「……私、なにを」


 僧侶は、自分の手を見る。


 手の甲に、

 黒と白が混じった紋様が浮かんでいた。


「祈った覚えはない」


 だが、現実がそこにある。


「……僧侶」


 俺は、慎重に言う。


「勇者から、離れろ」


「え?」


「近すぎる。

 魔王の呪いが、完全に流れ込んでる」


 僧侶は、勇者を見る。


「でも……放っておけない」


「放っておくんじゃない」


 言葉を選ぶ。


「守るために、距離を取る」


 その時。


 霧の向こうから、足音。


 重く、規則的。


 ――騎士団じゃない。


「伏せろ」


 俺は、僧侶を引き倒す。


 次の瞬間、

 地面に、黒い杭が突き刺さった。


 魔法陣。


「……回収官だ」


 俺は、歯を噛み締める。


 王都の裏側。

 勇者や魔王に関わる“異物”を処理する専門職。


 人の形をしているが、

 中身は、ほとんど魔導器だ。


「勇者遺体、確認」


 霧の中から、

 無機質な声が響く。


「僧侶、呪い汚染レベル上昇」


 僧侶が、俺を見る。


「……なに?」


「説明は後だ」


 俺は、剣を構える。


「今は、逃げる」


 だが、回収官の一体が、僧侶を指差した。


「媒介体、確保優先」


 次の瞬間。


 僧侶の足元から、

 白い光が立ち上がった。


「……やめて」


 僧侶の声は、震えている。


「私……祈ってないのに……」


 光は、守るためのものではなかった。


 地面が裂け、

 回収官の脚部を、まとめて吹き飛ばす。


 黒い油のようなものが、地面に散る。


 僧侶は、膝をついた。


「……怖い」


 俺は、僧侶を支える。


「見るな」


 勇者の遺体を見るな。


 言えなかった。


 回収官は、残り二体。


「戦闘継続」


 冷たい声。


 俺は、決断する。


「僧侶」


「……なに」


「勇者を、一度置いていく」


 僧侶の目が、大きく揺れる。


「そんな……」


「今は、生き延びる」


 それが、唯一の選択だった。


 俺は、勇者の遺体から手を離す。


 その瞬間――


 胸の奥が、

 ひどく、空いた。


 俺たちは、森を駆ける。


 背後で、

 勇者の遺体を囲む、機械の影。


 僧侶は、振り返ろうとした。


「見るな!」


 俺は、叫ぶ。


 それが、

 彼女を守る最後の方法だと、信じて。


 霧の中へ、逃げ込む。

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