第二十一話
夜は、静かすぎた。
焚き火は焚かない。
音も、光も、匂いも――すべてが追跡の目印になる。
俺たちは、森の奥で身を潜めていた。
勇者の遺体は、布で何重にも包み、木の根元に横たえている。
それでも、そこに“ある”という事実は消えない。
僧侶は、遺体から少し離れた場所に座っていた。
膝を抱え、俯いたまま。
「……眠れないか」
俺が声をかけると、僧侶は小さく頷いた。
「目を閉じると……勇者の顔が浮かぶ」
「生きてた頃の?」
首を、横に振る。
「……死んでからの」
胸が、重くなる。
「私ね」
僧侶は、ぽつりと言った。
「自分が怖い」
「どういう意味だ」
「勇者が死んだのに……」
指が、布を掴む。
「泣けなくなってる」
その言葉は、刃物みたいだった。
俺は、何も言えない。
「魔法使いが死んだ時は、あんなに……」
声が、震える。
「息ができなくなるくらい苦しかったのに」
――思い出す。
護送路での襲撃。
呪いに侵された地帯。
魔法使いが、俺たちを庇って倒れた瞬間。
僧侶は、続ける。
「今は……ただ、空っぽ」
沈黙。
遠くで、獣の鳴き声。
俺は、意を決して言った。
「……それは、呪いの影響だ」
僧侶が、顔を上げる。
「え?」
「勇者に残った魔王の呪いが、近くにいる者に影響を与えてる」
嘘だ。
確証なんて、ない。
「感情が鈍くなる。
魔法使いも、たぶん……」
途中で、言葉を切る。
僧侶は、唇を噛んだ。
「じゃあ……私が冷たいわけじゃない?」
「違う」
即答した。
「お前は、何も悪くない」
その言葉を聞いて、
僧侶は、少しだけ肩の力を抜いた。
「……戦士」
「なんだ」
「勇者は……」
一瞬、迷い。
「私のこと、どう思ってたんだと思う?」
来た。
この質問を、俺は一番恐れていた。
真実を言えば、僧侶は壊れる。
魔法使いの想いも、勇者の想いも、全部。
だから。
「……大切に思ってた」
それだけを、選んだ。
半分だけの真実。
「仲間として?」
「……ああ」
僧侶は、目を閉じる。
「よかった」
その一言が、胸を抉る。
俺は、視線を逸らした。
その時。
――違和感。
空気が、冷たい。
僧侶の足元、
土が、わずかに黒く変色している。
「……僧侶」
呼びかけると、彼女は首を傾げた。
「なに?」
「最近、祈りの時……何か、変じゃないか」
「変?」
「……魔力の流れが、違う」
僧侶は、自分の手を見る。
「……わからない」
だが。
その指先から、
微かに、黒い霧が立ち上っていた。
僧侶は、気づいていない。
――やっぱり。
呪いは、進行している。
そして俺は、
それを知っていて、隠した。
守るために。
壊さないために。
だが、それが――
取り返しのつかない選択だということを、
この時の俺は、まだ理解していなかった。
夜は、深くなる。
嘘は、静かに根を張り始めていた。




