第二話
夜になるまで、俺たちはほとんど動かなかった。
勇者の身体は、冷たくなり始めていた。
僧侶はそれに気づくたび、何も言わず、ただ手を握り直した。
「……運ばないと」
口にしたのは俺だった。
言葉にした瞬間、自分でも胸の奥が軋んだ。
魔法使いが頷く。
僧侶は、しばらく勇者の顔を見つめてから、ゆっくりと立ち上がった。
焚き火を起こす。
夜は冷えた。戦いのあとより、ずっと。
勇者を地面に横たえ、毛布をかける。
生きていた時と同じように扱おうとした。
そうしないと、何かが壊れてしまいそうだった。
僧侶は、火の向こう側で祈っていた。
声は小さく、聞き取れない。
それでも、祈りを止めなかった。
魔法使いは焚き火の近くに座り、何も言わず、火を見ていた。
炎が彼女の顔を照らすたび、影が揺れる。
「……呪い、だったんだな」
俺が言うと、魔法使いは視線を上げずに答えた。
「ええ」
「解けなかったのか」
「……解けなかった」
それだけだった。
それ以上、聞く気にはなれなかった。
聞けば、何かを責めてしまいそうだった。
夜が深まる。
僧侶が、勇者の傍に座ったまま動かなくなっていた。
「少し、休め」
声をかけると、ゆっくり顔を上げる。
「……はい」
返事はしたが、立ち上がろうとはしなかった。
俺は何も言わず、見張りに立つ。
剣を抜き、地面に突き立てる。
いつもの癖だった。
勇者が死んだ場所は、ただの草原だ。
墓になるような場所じゃない。
それでも、誰も動かそうとはしなかった。
夜明け前、馬の蹄の音が聞こえた。
反射的に剣を掴む。
現れたのは、王国の使者だった。
鎧を着込み、数人の兵を連れている。
「……勇者様は」
兵の一人が、言葉を失った。
使者は、勇者の遺体を一瞥し、静かに口を開いた。
「確認しました」
その声は、落ち着きすぎていた。
「ここから先は、王国が引き取ります」
僧侶が立ち上がる。
「……どういう、意味ですか」
「勇者様の御遺体は、国の象徴です。
民のため、平和のために――」
「そんな……!」
言いかけた僧侶の声を、俺が止めた。
剣を持った兵が、周囲を囲んでいる。
数を見れば、逆らえないと分かる。
「……わかりました」
俺はそう言った。
自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
使者は頷く。
「護送をお願いします。
勇者パーティの方々には、その役目がある」
断れる空気じゃなかった。
僧侶は唇を噛み、魔法使いは俯いたままだった。
勇者の身体は、兵たちの手で担架に乗せられる。
丁寧すぎる扱いが、逆に胸に刺さる。
俺は、一歩前に出た。
「……せめて、俺たちに運ばせてくれ」
使者は一瞬、迷ったように見えたが、やがて頷いた。
「許可します」
それだけだった。
勇者の重みが、腕に伝わる。
生きていた時より、ずっと重い。
俺は歯を食いしばりながら、歩き出した。
剣は、まだ手から離さなかった。




