第十九話
雨は、夜半には止んだ。
洞穴を出ると、空気が変わっている。
古い石壁。
崩れかけた鐘楼。
蔦に覆われた、廃教会だった。
「……昔、使われてた場所だ」
俺が言うと、僧侶は小さく頷いた。
「……匂い、覚えてる」
湿った石と、蝋の残り香。
信仰が、まだここに残っている。
俺は、勇者の遺体を奥に運び、
僧侶を長椅子に座らせた。
「ここなら、少しは休める」
「……うん」
僧侶は、天井を見上げる。
割れたステンドグラスから、
朝の光が斜めに差し込んでいる。
「……綺麗」
それが、最後に見る景色みたいで、
胸が締め付けられる。
俺は、水を差し出した。
「飲め」
僧侶は、両手で受け取る。
だが――
手が、震えている。
「……ごめん」
水が、少しこぼれた。
「謝るな」
そう言ったが、
自分の声が、妙に遠い。
僧侶は、水を一口飲み、
しばらく黙ってから、言った。
「……私ね」
視線を、勇者の遺体に向ける。
「もう、回復できない」
分かっていた。
だが、言葉にされると重い。
「魔法が、言うことを聞かない」
「……どういうことだ」
「祈るとね」
僧侶は、胸元を押さえる。
「代わりに、何かが減る」
「……何が」
「……思い出」
空気が、凍る。
「魔法使いと笑ったこと」
「勇者様と初めて会った日のこと」
「……戦士と、喧嘩した日のこと」
俺は、言葉を失う。
「治すたびに、消える」
僧侶は、微笑った。
それが、一番つらい。
「だから、もう使えない」
「使うな」
即答だった。
「絶対に、だ」
「……うん」
また、その返事。
だが、目が少しだけ柔らぐ。
「……ねえ、戦士」
「なんだ」
「もし」
僧侶は、少し考えてから言う。
「私が、私じゃなくなったら」
「その時は、置いていって」
胸が、痛む。
「ふざけるな」
「本気」
僧侶は、静かに言った。
「勇者様みたいに、利用されるのは……嫌」
俺は、拳を握る。
「そんなこと、させない」
「……約束?」
「ああ」
嘘になるかもしれない約束。
でも、今はそれしかない。
しばらく、沈黙。
風が、壊れた扉を揺らす。
僧侶が、ぽつりと呟く。
「……戦士は、怖くないの?」
「何がだ」
「この先」
俺は、少し考えてから答える。
「怖い」
「……だよね」
僧侶は、安心したように息を吐く。
「それ、良かった」
「何がだ」
「一人じゃないって、分かるから」
昼前。
僧侶は、少し眠った。
眠りながら、眉をひそめる。
夢の中で、何かを探している顔。
俺は、教会の外を見張る。
その時――
嫌な気配が、背中を撫でた。
魔物じゃない。
人だ。
しかも、訓練された足音。
「……来たな」
勇者の遺体を、
僧侶を、
ここで失うわけにはいかない。
俺は、剣を握る。
その刃に映る自分の顔は、
もう、護る者の顔じゃない。
奪われる前に、奪う側の顔だった。




