第十八話
夜明けは、静かだった。
追手の気配はない。
だが、それは安全を意味しない。
俺は、僧侶の呼吸音で目を覚ました。
浅い。
途切れがちだ。
「……僧侶」
名を呼ぶ。
反応が、遅い。
「……なに」
声が、細い。
火のそばで、勇者の遺体が横たわっている。
布の下から感じる温もりは、
もう、ほとんどない。
それを見て、僧侶は小さく息を吐いた。
「……離れていってる」
「やめろ」
即座に言う。
「今日は、何もするな」
「……うん」
素直すぎる返事。
それが、逆に怖い。
僧侶は、立ち上がろうとして、ふらついた。
俺は、慌てて支える。
「無理するな」
「平気……」
その言葉と同時に、彼女の膝が崩れた。
地面に、手をつく。
指先が、白い。
いや――
色が、抜けている。
「……僧侶」
手首を取る。
冷たい。
異常に。
「……持っていかれてる」
彼女が、ぽつりと言う。
「何をだ」
「……私の中の、命」
冗談じゃない。
「そんなこと、させるな」
「でも」
僧侶は、勇者の方を見る。
「代わりに、残ってる」
意味が、分かる。
勇者の“温もり”は、彼女から奪われたものだ。
回復じゃない。
交換だ。
僧侶は、震える指で、首元に触れた。
「……痣」
そこに、黒い痣が浮かんでいる。
魔王の呪いと、同じ色。
「……繋いだ時に、混ざった」
俺は、歯を食いしばる。
「それ以上やったら、死ぬ」
「……うん」
また、その返事。
だが、目は逸らさない。
昼。
俺たちは、ほとんど進めなかった。
僧侶が、歩けない。
背負う。
勇者の遺体と、僧侶。
二つの重さが、肩にのしかかる。
僧侶が、背中で呟く。
「……戦士」
「なんだ」
「私ね」
少し、間を置く。
「勇者様が、私を好きだったの、知ってた」
心臓が、跳ねる。
「……魔法使いから聞いた」
そうだった。
あいつは、全部知っていた。
「でも」
僧侶の声が、震える。
「私は、選ばれたんじゃない」
「それでも……」
言葉が、続かない。
「……それでも、戻ってほしい」
正直すぎる願い。
俺は、答えない。
答えられない。
夕方。
洞穴を見つけた。
雨が、降り始める。
僧侶を下ろし、休ませる。
彼女は、勇者の遺体に触れようとして――
途中で、手を止めた。
「……怖い」
初めて、そう言った。
「触ったら、戻れなくなる」
俺は、頷いた。
「なら、触るな」
「……でも」
僧侶は、勇者を見る。
「このままでも、失う」
沈黙。
正しい選択肢は、どこにもない。
夜。
雨音が、洞穴に響く。
僧侶は、眠った。
眠っている間も、呼吸は浅い。
俺は、勇者の遺体の前に座る。
布を、そっと整える。
「……俺は」
小さく、呟く。
「守れなかった」
勇者も。
魔法使いも。
そして、僧侶も。
この先に待っているのは、
救いじゃない。
清算だ。
俺は、それを受け取る覚悟をするしかなかった。




