第十七話
森を抜ける風が、冷たい。
俺は走りながら、背後を振り返った。
松明の光が、点々と揺れている。
数は――増えている。
「追手、増援来てる」
短く告げる。
僧侶は返事をしない。
勇者の遺体を抱え、ただ前を向いて走っている。
重いはずだ。
それでも、彼女は離さない。
「交代しろ」
「だめ」
即答。
「……私が持つ」
声は、かすれている。
息も荒い。
限界が近い。
だが、止まらない。
森が、開けた。
古い石橋が見える。
谷を跨ぐ、崩れかけの一本橋。
「渡るぞ!」
俺は先に飛び出し、橋の中央で構える。
追手が現れる。
王都兵。
教会騎士。
混じっている。
――最悪だ。
「止まれ!」
誰かが叫ぶ。
止まれるわけがない。
最初の兵が踏み込んだ瞬間、俺は斬った。
剣が、鎧に食い込む。
血が飛ぶ。
英雄的な感触は、ない。
ただ、重い。
二人目。
三人目。
押し返される。
数が違う。
「僧侶、早く!」
背後を見る。
彼女は、橋の手前で立ち止まっていた。
勇者の遺体を、地面に下ろしている。
「何してる!」
怒鳴る。
「……待って」
僧侶は、勇者の胸に手を当てる。
まただ。
「今はだめだ!」
「今じゃないと……!」
追手が、距離を詰める。
俺は歯を食いしばり、前へ出た。
斬る。
押す。
防ぐ。
腕が、痺れる。
僧侶の詠唱が、始まった。
短い。
祈りじゃない。
命令に近い言葉。
空気が、歪む。
勇者の身体が、びくりと跳ねた。
同時に――
僧侶が、崩れ落ちる。
「僧侶!」
俺は、振り返る。
彼女は、膝をつき、吐いた。
黒いもの。
血じゃない。
――呪いの残滓。
「……大丈夫」
また、その言葉。
全然、大丈夫じゃない。
俺は、彼女を抱え上げる。
「渡る!」
橋の向こうへ走る。
背後で、橋が軋む。
追手が、なだれ込んでくる。
俺は、剣を橋の支柱に叩き込んだ。
罅が、走る。
「やめろ!」
誰かが叫ぶ。
遅い。
もう一撃。
石が、崩れた。
橋が、落ちる。
悲鳴とともに、数人が谷へ消えた。
静寂。
俺は、息を整えながら、僧侶を下ろす。
「……助かった?」
僧侶が、かすれた声で聞く。
「今はな」
勇者の遺体を見る。
温もりは――
弱くなっている。
僧侶も、分かっている。
「……長くない」
初めて、そう言った。
俺は、何も言えなかった。
守ると言った。
でも。
守っているのは、
勇者の死体と、
僧侶の“執着”だけだ。
夜が、深まる。
俺たちは、さらに奥へ進む。
逃げるしかない。
追われ続けるしかない。
そして――
必ず、終わりが来る。
それを、俺だけが理解していた。




