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勇者は死んだ、その後の物語  作者: 梅犬丸
第一章・戦士視点
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第十五話

夜明け前、俺は目を覚ました。


 見張りの兵が、焚き火の向こうに立っている。


 背筋が伸び、視線は勇者の遺体から離れない。


 ――嫌なほど、真面目だ。


 僧侶は、勇者の傍に座っていた。


 布の端を握り、祈るでもなく、眠るでもない。


「……起きてるのか」


 小さく声をかける。


 僧侶は、頷いた。


「眠れない」


 俺もだ、と言いかけてやめた。


 それを共有していい段階は、もう過ぎている。


 見張りの兵が、こちらをちらりと見る。


 僧侶は、視線を落としたまま言った。


「今日、少しだけ……触る」


 胸が、嫌な音を立てる。


「やめろ」


「大丈夫」


 いつもの言葉。


 だが、今日は違った。


 迷いが、ない。


「戦士」


 彼女は、勇者の顔を見る。


「この人は、死にたくなかった」


 それは、断言だった。


「……分からない」


「分かるよ」


 僧侶は、笑わなかった。


「だって、私」


 一瞬、言葉を詰まらせる。


「……好きだったから」


 空気が、凍る。


 その言葉は、軽くない。


 冗談でも、感情の吐露でもない。


 ただの事実として、そこに置かれた。


 俺は、何も言えなかった。


 見張りの兵が、近づいてくる。


「問題はないか」


「ない」


 俺が答える。


 僧侶は、黙っている。


 兵は、少しだけ訝しげな顔をして去った。


 ――今だ。


 僧侶の手が、布の内側へ滑り込む。


 勇者の胸に、直接触れる。


「……!」


 俺は、動けなかった。


 僧侶が、目を閉じる。


 詠唱は、ない。


 祈りも、ない。


 ただ、触れている。


 空気が、歪む。


 勇者の胸が、わずかに上下した。


 息――

 そう見えた。


「っ……!」


 俺は、剣を握る。


 止めるべきだ。


 分かっている。


 でも。


 もし、今止めたら。


 僧侶は、完全に壊れる。


 勇者の指が、動く。


 僧侶の肩が、震える。


「……戻って」


 小さな声。


「お願い」


 その瞬間。


 見張りの兵が、叫んだ。


「何をしている!」


 僧侶が、はっと顔を上げる。


 魔法が、暴走した。


 光が、爆ぜる。


 俺は、咄嗟に僧侶を抱き寄せた。


 衝撃。


 地面に叩きつけられる。


 視界が、白く染まる。


 静寂。


「……勇者が」


 兵の声が、震えている。


「動いた……」


 俺は、立ち上がる。


 勇者の遺体は、再び静止している。


 だが。


 確かに、見られた。


 僧侶は、俺の腕の中で、息を荒げている。


「……失敗した」


 掠れた声。


「でも、分かった」


 俺は、彼女の肩を掴む。


「何がだ」


「勇者様は……」


 僧侶は、俺を見る。


「完全には、離れてない」


 その目は、もう祈る者のものじゃない。


 繋ぎ止める者の目だ。


 見張りの兵が、剣を抜く。


「これは……報告案件だ」


 逃げ場は、ない。


 俺は、即座に判断した。


 兵の後頭部を、柄で殴る。


 鈍い音。


 兵は、崩れ落ちた。


 僧侶が、息を呑む。


「戦士……」


「気絶させただけだ」


 そう言いながら、俺は理解していた。


 もう戻れない。


 国に逆らった。


 教会に逆らった。


 そして何より――

 “死”そのものに、逆らった。


「行くぞ」


 僧侶を立たせる。


「どこへ」


「決まってる」


 俺は、勇者の遺体を見る。


「王都には、行かない」


 僧侶は、一瞬だけ迷い――

 それから、頷いた。


「……ありがとう」


 その言葉が、重すぎた。


 俺は知っている。


 これは、救いじゃない。


 ただの、延命だ。


 それでも。


 剣を持つ手は、止まらなかった。


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