第十三話
夜明け前。
俺は、胸の違和感で目を覚ました。
息が、少し苦しい。
胸甲の下、心臓のあたりが――
鈍く、重い。
「……?」
身体を起こす。
焚き火は、まだくすぶっている。
僧侶は、いない。
嫌な予感が、背筋を走った。
「僧侶」
呼びながら、立ち上がる。
川の方だ。
霧の向こう、淡い光が見える。
走る。
そこに、僧侶がいた。
膝をつき、川辺に魔法陣を描いている。
回復魔法だ。
だが――対象がいない。
「何してる!」
叫ぶ。
僧侶は、振り返らない。
「……繋いでる」
「誰をだ」
「流れを」
光が、強まる。
空気が、冷える。
俺の胸が、急に痛んだ。
「ぐっ……!」
膝をつく。
息が、できない。
僧侶の詠唱が、続く。
「やめろ!」
剣を地面に突き立て、立ち上がる。
「それ以上やったら……!」
「大丈夫」
彼女の声は、異様に落ち着いていた。
「少し、借りるだけだから」
その瞬間。
魔法陣が、歪んだ。
光が、川へ吸い込まれ――
逆流する。
僧侶が、息を詰まらせる。
「っ……!」
俺は、彼女を引き倒した。
魔法陣が、砕ける。
霧が、晴れる。
静寂。
俺は、胸を押さえながら、荒い息をつく。
「……何をした」
僧侶は、答えない。
ただ、自分の手を見ている。
震えている。
「……回復魔法は」
やっと、口を開く。
「使う人の“余白”を削る」
「余白?」
「生きるために、使われていない部分」
俺は、背筋が冷えた。
「昨日の回復……」
「うん」
僧侶は、頷く。
「あなたの傷は、治した」
「でも、その代わりに」
彼女は、唇を噛む。
「……あなたの未来を、少しだけ使った」
殴られたみたいな感覚だった。
「ふざけるな」
「本当」
目を逸らさない。
「だから、胸が重いでしょ」
言い返せなかった。
事実だった。
「やめろ」
低く言う。
「そんな魔法、使うな」
「使わないと」
僧侶は、勇者の遺体の方を見る。
「守れない」
俺は、拳を握る。
「守るのは、俺の役目だ」
「……一人じゃ、無理」
その言葉が、重い。
朝。
出発前。
俺は、勇者の遺体を確認していた。
その時――
気づいた。
勇者の指が、わずかに動いている。
錯覚かと思った。
もう一度見る。
動かない。
だが、確かに。
「……」
僧侶は、俺の視線に気づいた。
「見た?」
静かに聞いてくる。
「何を」
「勇者」
俺は、答えなかった。
答えられなかった。
僧侶は、何も言わない。
ただ、布を整える。
「大丈夫」
また、その言葉。
何一つ、大丈夫じゃない。
俺は、理解した。
僧侶は――
回復しているんじゃない。
繋ぎ止めている。
死と、生の境目を。
それが、どれだけ危険か。
それでも、止められない。
勇者の遺体を運びながら、俺は思う。
この旅の目的は、もう二つある。
勇者を守ること。
そして――
僧侶が、踏み越えないよう見張ること。
その両方に、俺の腕は足りない。
それでも、剣を離すわけにはいかなかった。




