戦士視点・第一話
魔王を倒した帰り道だった。
空は晴れていた。雲ひとつなく、やけに遠くまで見渡せる朝だった。
戦いのあととは思えないほど、世界は静かで、穏やかだった。
「……静かすぎるな」
そう呟いたのは、俺だったかもしれない。
あるいは、誰も聞いていなかっただけか。
勇者は先頭を歩いていた。
剣を鞘に納め、肩の力を抜いて、まるで普通の旅人みたいな背中だった。
「帰ったらどうする?」
僧侶が、少しだけ明るい声で言った。
無理に作った声だと、すぐにわかった。
「まずは寝るな。三日くらい」
勇者は笑った。
いつもの、少し不器用な笑い方だった。
魔法使いはその会話に入らず、後ろを歩いていた。
ローブの裾を踏まないように気をつけながら、時々、勇者の背中を見ている。
俺は一番後ろだった。
荷を背負い、周囲を警戒しながら歩く。
もう敵はいないと、頭ではわかっている。それでも、剣から手を離す気にはなれなかった。
――終わったはずなのに。
その違和感を、言葉にできないまま歩いていた。
異変は、本当に突然だった。
勇者が、立ち止まった。
「……?」
一歩、前に出ようとして、よろける。
膝が崩れ、地面に手をついた。
「勇者?」
俺が名前を呼ぶより早く、僧侶が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
勇者は答えなかった。
口元を押さえ、その指の隙間から――赤いものが零れた。
「っ……!」
僧侶の顔が、血の気を失う。
回復の詠唱が始まる。
何度も、何度も。
光が勇者を包む。
それでも、勇者は苦しそうに息をし、やがて、その身体が大きく跳ねた。
次の瞬間――動かなくなった。
「……え?」
僧侶の声は、ひどく小さかった。
魔法使いが近づき、勇者の顔を覗き込む。
一瞬だけ、何かを理解したような目をして、そして、何も言わずに視線を逸らした。
「おい」
俺は僧侶の肩を掴んだ。
「もう一回だ。もう一回、回復を」
「……っ、はい……!」
僧侶は震える手で詠唱を続ける。
声が、祈りが、乱れていく。
それでも――何も起きなかった。
風が吹いた。
草が揺れ、雲が流れる。
世界は、何事もなかったみたいに動いていた。
「……死ん、でる?」
僧侶が、信じられないものを見る目で言った。
魔法使いが、低く答える。
「……魔王の、呪い」
それ以上、言葉は続かなかった。
俺は、勇者の顔を見た。
目は閉じられ、苦しそうな表情のまま、動かない。
――死んでいる。
理解するのに、時間がかかった。
「……帰ろう」
気づけば、俺はそう言っていた。
誰も、返事をしなかった。
勇者は、魔王を倒した。
世界を救った。
なのに――。
帰る途中で、死んだ。
俺たちは、その場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
剣を握る手に、力が入る。
守ったはずだった。
最後まで、一緒にいたはずだった。
それでも――。
この時はまだ、知らなかった。
この死が、始まりに過ぎないことを。




