王も犯罪組織も吹っ飛ばす1
前回の王様からふんだくった後からスタートです。
多分今回がワイアットのやらかした事でエグさは一番かもしれないです
王都を離れてしばらく。
ワイアット・クレインは、愛馬ノワールとともにのんびりと森道を進んでいた。
「次は……金持ってそうな国って、どこだっけな〜……」
揺れる馬上で、ハットを指で押さえながら口笛を吹く。
空は晴れ、風は心地よく、旅は順調。
何の障害もない、自由そのもののひととき――だった。
「ワイアット・クレイン!!」
その静寂を切り裂いたのは、ひときわ鋭い女の声だった。
「ん?」
振り返ると、後方の茂みを突き破って現れたのは一頭の白馬。
その背に乗るのは、銀の甲冑を纏った女騎士――ミレイナ・クロシュノレーヌ。
「おお、女騎士さん。どしたの? 救出劇の感動、ようやく心に来た?」
「黙れ!」
ミレイナは怒気を込めて言い放つ。
「貴様が我が国で働いた数々の蛮行……!
騒ぎを起こし、王女殿下を弄び、王を言いくるめて報酬を倍取り、そのうえ勝手に旅立った罪――到底見過ごせるものではありません!!」
「でも俺、王女救出のヒーローじゃん?」
「黙れぇぇぇッ!!」
青筋を浮かべながら、ミレイナは馬を横に並ばせる。
「よって、私は正式に“目付け役”として同行します。
今後の言動、行動、息遣いまで監視する! 少しでも怪しい動きを見せたら――
その場で貴様を牢に叩き込んでくれる!!」
「お、おう……」
ワイアットはゴーグルをずらし、やや引きつった笑みを浮かべる。
「いや、思ってた以上にガチだなこの人……」
ノワールが鼻を鳴らし、少しだけ後ずさるような仕草を見せる。
こうして――
再び始まったワイアットの旅に、
“お堅すぎる目付け役”が加わった。
金と女と自由を追いかける男と、
秩序と正義を盾に振り回される女騎士。
噛み合わない二人の旅は、
今日も絶好調に脱線しながら、進んでいく。
広がる草原を抜け、森の木漏れ日を通り抜ける。
次の国を目指して、二人と二頭は並んで進んでいた。
黒き名馬ノワールと、銀白の軍馬レオノール。
そしてその背に乗るのは――
自由すぎる賞金稼ぎ、ワイアット・クレインと、
王国騎士団の堅物部隊長、ミレイナ・クロシュノレーヌ。
道中、特に事件もなく、風は穏やか。
なのに空気だけは、少しピリついていた。
「……」
「……」
そんな沈黙に、先に口を開いたのはワイアットだった。
「なあ、せっかくだし仲良くしようぜ? 一応、旅の仲間ってことでさ」
ミレイナは視線も寄越さず、冷たく答える。
「私は貴様の“仲間”ではなく、“目付け役”です、馴れ合うつもりはありません」
「うわ、ツンツンだな〜……騎士ツン」
「……そういうふざけた態度が余計に信頼を失うと、なぜ理解できないのです⋯」
「それでも声は返してくれるんだな〜。よかったよかった」
ワイアットは飄々と笑いながら、ちらと隣の馬に目を向けた。
「でもまあ、その芦毛の馬いい馬だな。軍馬系か?」
その一言に、ミレイナの眉が微かに動いた。
「……ふん。見る目だけはあるようで」
そして、ほんの少しだけ口元を緩めながら、彼女は答える。
「この馬はレオノール。王国騎士団に代々繋がれてきた由緒正しき血統。
私が騎士に任じられた際、正式に譲り受けた――私の、愛馬です」
その言葉には、明らかな誇りが滲んでいた。
「へぇ……大事にしてるんだな」
ワイアットは、肩越しにノワールのたてがみを撫でながら思う。
(……こいつも、馬好きか)
それは彼にとって、少しだけ“信じられる理由”だった。
馬の話だけでいい。
それだけでも、繋がれる気がした。
いよいよ次の国へ
緩やかな丘を越えると、
一面の茶褐色の岩肌と、巨大な採掘機械が視界を埋め尽くした。
山を削るように広がる炭鉱地帯。
そのふもとに、ぎっしりと密集した街並みがあった。
立派な城郭のような邸宅が町の中央にそびえ、
その周囲を囲むように、石造りの商店街と、粗末な木造の労働者住宅が広がっている。
ここは――
鉱山都市〈ガルドン・クラスト〉。
鉄鉱石、レアメタル、希少資源の宝庫。
国が所有する鉱山で労働者たちは皆で汗を流していた。
「なるほど……我が国含め、近隣諸国の資源が、ここで採れるんですね」
ミレイナが腕を組み、眼前の町を見下ろしながら呟く。
「経済的には……要所です。この町が止まれば数カ国の産業が一斉に止まるほどでしょう」
「ふーん」
ワイアットはノワールの手綱を軽く引きながら、のんびりと歩いていた。
「俺から言わせりゃ――閉鎖国家だな。
経済が町の中で滞ってる。資源は出てるのに、カネも夢も回ってねぇ」
「何?」
ミレイナが振り返ると
「見ろよ。鉱山の労働者たち、服はボロボロで顔に疲れが滲んでる。物は売ってるのに誰も買ってねぇ。金が回ってねぇんだ」
「…………」
「資源の価値も流通も全部貴族の手のひら。
貴族は就職先を提供してやってるだけで収益の大半は貴族の懐⋯“働いてるのに豊かにならない”ってのは、俺からすりゃ最悪の構造だぜ」
ワイアットの声は、いつもの軽口と違い、妙に静かだった。
それが逆に、ミレイナの胸にひっかかった。
「……珍しく真面目ですね」
「いつも真面目だけど?」
「……どの口が言う」
「ピンハネは嫌いなんだよ」
と、ワイアットはニッと笑ってみせる。
町の中心へと向かう石畳の道。
人通りはあるものの、活気は薄い。
露店の品は並んでいるのに、誰も手を伸ばさない。
「ふーむ……とりあえず、噂に聞いた件を調べてみるか」
「……噂?」
ミレイナが首をかしげる。
ワイアットは特に答えることなく、
町角の売店で小銭を放り出し、一部の新聞を買い取った。
立ち読みではない。“持ち帰って読む用”だ。
ノワールの鞍袋の上に広げ、ページをばさばさと捲る。
「……あった! これだ!」
「何を探して……――!?」
ミレイナが目を走らせたその先。
そこに載っていたのは、地方紙の一面を飾る、衝撃的な見出しだった。
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【我が国最大の貿易経路、未だ閉鎖】
反政府組織が重要貿易路を占拠して1週間が経過。
交渉の余地はなく、組織側は国王に対し、“鉱山の所有権”を要求しているという。
なお、軍部は本事件への対応を発表していない。
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「……これは……」
ミレイナの表情が固まる。
「国王直轄の鉱山を……反政府組織が……!?」
ワイアットは新聞を折りたたみながら、無表情で言った。
「犯罪組織が、さらに“利益”を求めてるってことだな。
王は資源を独占して肥え太る。だが、軍は人手不足で動けない」
「……」
「町の人間の大半が鉱夫だ。武器を持つ余裕も、飯を選ぶ余裕もない。
金も命も、取引される資源の一つみてぇなもんだ」
ミレイナは、言葉を失った。
彼女は“正義”を信じていた。だが今、その正義がどこにあるのか、見えない。
欲を貪る王。
力で奪おうとする反政府組織。
立場の異なる“悪”が、国家の中で正面衝突している。
だが――
そのどちらでもない、最も“割を食う”者たちがいた。
鉱山で働く、何の罪もない人々。
「……誰が正しいとか、悪いとか、そんなのは俺には判断できない」
ワイアットが、ふと口元で笑った。
「けどな、困ってるヤツがいるなら――
その混乱に、乗っかる価値くらいはあるだろ?」
ミレイナが目を見開く。
「そこで俺らは、この騒動に取り付くぞ!」
ハットのつばを軽く撫で上げ、
ワイアット・クレインは言い放った。
決して“正義”ではない。
だが、金と自由と、ほんの少しの人情で動く男がここにいる。
この騒動が、彼の名をまた一つ刻む事件になることを、
ミレイナはまだ知らなかった。
城の謁見の間。
金と石で飾られた玉座の上、国王は眉をひそめていた。
「……貴様が、貿易路の封鎖を解く、だと?」
その前に立つのは、昨日到着したばかりのよそ者。
カウボーイハットに革ジャケット、双銃を腰に下げた旅人――ワイアット・クレイン。
その隣には、真面目そうな女騎士・ミレイナの姿もあったが……彼女も若干、困惑気味だった。
「ええ。俺がこの騒動、解決してみせます」
「……たった二人で、か?」
「ま、あれっすよ」
ワイアットは肩をすくめ、飄々と笑う。
「この国の資源が止まると、俺の故郷も困るんで。
情に厚いタイプなんで、本気でやらせてもらいますよ」
王は視線を鋭くしたが、やがて渋々頷いた。
「……よかろう。国軍は動けん。貴様らに任せる他ない」
「ありがとうございます!じゃあ――」
ワイアットはすかさず手を出した。
「手付金は100万ダスト、成功報酬は1億ダストってことで」
「な……っ!?」
王とミレイナ、同時に目を見開いた。
「な、ななな、何をぬかすか貴様! たった二人で、そんな大金……!」
「いやいや、国王様? この国の鉱山の年間運営費、約3億ダストですよね?
しかも俺が見た限り、関税で輸入品にぼったくってるし、
こっちとしては“リスクに見合った報酬”を請求してるだけですってば」
ワイアットの涼しい顔に、王の顔がピクピクと引きつる。
「……ぐぬぬぬ……」
「そもそも、民のために貿易路開けたいんでしょ? じゃあ投資っすよ投資」
「く……仕方あるまい……承認する」
「どーもですッ!」
ニカッと笑うワイアットの背後で、ミレイナが頭を抱えていた。
◆ ◆ ◆
城の外、門を出た直後――
「どうするんですか!? あんな事、平然と……!! もう後戻りできませんよ!?」
「大丈夫大丈夫、俺、失敗しないんで。安心して」
「根拠のない自信に騙されませんよ私は!」
「うんうん、さすがだね。でもさ……とりあえず」
ワイアットは、手付金で膨らんだ金袋をぽんと放り、ニッと笑う。
「この金で“大タル爆弾”をできるだけ大量に買って来てくれ」
「……は?」
「いやいや、違うのよ? 人を爆破するんじゃなくて“風穴”を開ける用のやつだから。
交渉は爆発力が命って言うしね?あと、足付かない為に隣の国で買ってこいよ?」
「どこの狂人ですか……!」
ミレイナが呆れた声を上げた、その背後。
王が窓の奥から、さっきからこっそり様子を伺っていた。
(……あの男、本当に何者なのだ……?)
国王の頭痛は、もうしばらく続くことになりそうだった。
バリケード裏、密林地帯の一角。
国軍が手出しできず、長らく封鎖されたままだった貿易経路の終点地点。
そこに、ミレイナはいた。
「……爆弾、設置完了。安全距離も確保。あとは、あの男が……」
風に揺れる銀髪を押さえながら、ミレイナは深く息をついた。
“あの男”――ワイアット・クレイン。
信用ならない口先男。だが、何故か、信じてしまっている自分がいた。
「……にしても、何をする気なんでしょう、彼は」
ふと、風向きが変わる。
その瞬間、バリケードの向こう側――反政府組織が潜む陣営の方角から、喧騒が巻き起こった。
ザワザワッ……!
「……何?」
ミレイナは望遠鏡を取り出し、視線を送る。
「っ……! あれは――」
そこにいた。
森の影から、まっすぐ飛び出してくる黒い影――
ワイアットと、愛馬ノワールジェネシス!
だが、彼らの背後には……
地響きを伴って迫る、無数の影。
「魔物……!? いえ、群れ!? まさか、引き連れてきた……!?」
バリケードの中の反政府兵が、突然の魔物の群れに大混乱。
「なんだアレは!?」 「魔物がこっちに来てるぞ!」 「バリケードを守れ!!」
だがもう遅い。
ワイアットは鞭を振るい、ノワールに叫ぶ。
「ノワール!壁ギリギリまで引き付けろォ!!」
ノワールが疾走する。
そして、その瞬間――
ドオォォォォォォォン!!!!!!
轟音。爆風。閃光。
道を塞いでいたバリケード、
反政府組織の構成員、
その周囲に群がっていた魔物の群れ――
全てが、跡形もなく吹き飛んだ。
衝撃で舞い上がった土煙の向こうから、ワイアットの軽い声が届く。
「オッケー♪ あとは“魔物の大群が暴れて爆発が起きました”ってことにしておけば、全部丸く収まるな!武器とか金目の物は漁って帰るぞ!」
ミレイナ「…………………………」
呆然。
開いた口が、ふさがらないとはこのことだった。
かくして、貿易経路は“開通”された。
誰にも正体を知られることなく、
“誰が英雄だったのか”もあいまいなままに。
ワイアットは、ニヤリと笑って振り返る。
「よし、帰って報酬の請求だな。ミレイナも忘れずにね?」
「……ああもう……貴様という男は……!」
言葉とは裏腹に、
ミレイナの口元には、ごくごくわずかに笑みが浮かんでいた。
暫くはワイアットとミレイナの2人旅の予定です