ジャングルの姉弟
おねショタ有ります
南方の密林地帯──その名は《ゴルヴァナ》。
かつては高度な文明を誇り、神々に愛されたとすら謳われたが、三百年前の天変地異により、一夜にして滅んだ。
今では金塊と神殿が眠る幻の地とされ、冒険者たちの憧れと恐怖が交差する秘境である。
そんなゴルヴァナの地を訪れたワイアット一行、
鬱蒼とした熱帯の緑が広がり、湿気と虫の声がまとわりつく中、一行を出迎えたのは──
「初めまして! 密林案内人の“リオ・ナンジャール”です!」
そう名乗ったのは、快活な笑顔を浮かべたトレジャーハンター風の青年だった。
「この辺りはね、動く罠に毒草、幻覚を見せる霧……とにかく危ないモンが揃ってるから、覚悟してよね!」
まるでそれを楽しんでいるかのように笑う青年に、一行は思わず顔を見合わせる。
「その分、金塊も揃ってるんだろ?」
ワイアットがニヤリと笑い、腰のホルスターを軽く叩く。
その言葉に、即座に反応したのは、紅のツインテールを揺らしたカレンだった。
「うわ〜♡ 今回もガッポリの予感♡」
目をキラキラと輝かせ、手を合わせて喜ぶその様子は、すでに換金後の未来を見据えているようだった。
一方で、冷静さを忘れないミレイナは、眉をひそめつつも警戒の声を上げる。
「油断せず進みましょう。我が君が宝に目が眩んで罠に落ちる前に」
「……バレてた」
口を尖らせたワイアットの小声に、ミレイナの口元がわずかに緩む。
その後ろで、エトラが手元の観光パンフレットをじっと見つめ、額に青筋を立てた。
「“野営中に現れる蚊のサイズ:カラス級”……ッ!」
震える指先でページを捲りながら、顔色を青くしていく。
さらにその横で、尾びれではなく脚を持った“元人魚”の少女、アイネスが不安そうに声を震わせた。
「な、大丈夫ですか……? 本当に今日は観光なんですか……?」
生まれて初めてのジャングル体験に、全身から緊張が滲み出ている。
そんな個性豊かな五人と二頭は、密林の奥へと一歩を踏み出した。
──目指すは、金塊と、神殿と、そしてきっと何かのトラブル。
ワイアット旅団、ゴルヴァナ密林にて、新たな冒険が始まる。
昼下がり。
密林の中でも特に陽がよく差し込む開けた一帯に、ワイアット一行は腰を下ろしていた。
そこにはエメラルド色に透き通る清流が静かに流れ、川辺を囲むようにして咲く鮮やかな花々。
木々の枝からは、異国の鳥がさえずり、珍しい蝶がひらひらと舞っていた。
まるで、密林の中に隠された“楽園”のような空間だった。
「……綺麗な川。水の音がこんなに心地よいなんて、意外とジャングルもいいものですね」
ミレイナが腰掛けた岩にタオルを敷き、涼しげな顔で川を見つめる。
暑さに火照った頬を扇ぎながらも、その目は静かにほころんでいた。
「底にね、遺跡の残骸がありましたよ……。
彫刻がまるで生きているみたいに見えて……水中も、透き通るように綺麗でした……♡」
水面から顔を出したアイネスがまるで子供のようにはしゃぐ
「そういえば淡水ってダメなのかと思ってたけど、アイネス意外とタフね♡」
その隣でごろりと日光浴を楽しむカレンが、頬杖をついて覗き込むように笑う。
「エトラさんが調整してくれたから、川も大丈夫になりました♡」
アイネスは嬉しそうに頷き、濡れた髪を肩に垂らしながらにっこりと微笑んだ。
\ チラッ /
「え? 今また褒められました!?」
少し離れた場所で魔法の練習をしていたエトラが、耳をぴくりと動かし反応する。
小枝を指先でくるくる回しながら、声のする方を見て恥ずかしげに笑った。
──そして。
川を見下ろす高台。
見晴らしの良い岩の上で、ワイアットは一人、双眼鏡を覗いていた。
「ふ〜ん……ミレイナ、相変わらずタオルの巻き方が攻めてるな……
アイネス、楽しそうだな……エトラは……お、ちょっと緩んだ? あの魔法の詠唱、甘くなったぞ……」
ひとりごとのように呟きながら、仲間たちの様子を順に見つめていく。
その目は、どこか優しげで、けれど確かに“警戒”の色も孕んでいた。
「それ、“警戒”じゃなくて“覗き”じゃねぇの?」
背後から、リオが声をかけてきた。
肩に縄をかけ、口には葉っぱを咥えた“いかにも”なトレジャーハンタースタイルである。
「これは“観察”だ。俺なりの警備だよ」
ワイアットはにやりと笑い、双眼鏡を肩に戻す。
「……リオ、お前も覗くか?」
「止めなよ!」
その背中に、真夏の太陽が影を落とした。
ミレイナとアイネスは、川辺の岩に腰を下ろし、涼しげに足を水へと浸していた。
緩やかな流れが肌をなぞり、心地よい冷たさが体の奥まで染み渡っていく。
カレンはその少し先、軽やかな水音と共に水着姿で泳いでいた。
太陽にきらめく赤髪と、水面を滑るような動きが眩しいほどに絵になっていた。
エトラは川辺の浅瀬で、魔法の力を使って水流を操っていた。
水柱がゆっくりと舞い、浮かび上がった小さな魚たちがその輪の中でくるくると踊る。
彼女は目を細めながら、まるで童話の登場人物のように穏やかな笑みを浮かべていた。
自然と、楽しげな笑い声があふれていく。
鳥のさえずり、せせらぎの音、草の揺れる風の音――
そのすべてが調和し、ここが“かつて文明が滅んだ地”であることすら忘れてしまいそうになる。
「……でも、いつまでもこうしていられたら、きっと幸せなんでしょうね」
ミレイナがふと目を伏せ、ぽつりと呟いた。
その声音には、ほんの少しだけ、過去を悔やむような切なさがにじんでいた。
「ワイアットさんたちと出会えて、私はもう十分幸せです♡」
隣に座るアイネスが、そっと寄り添いながら微笑む。
濡れた足先を揺らしながら、透明な水面に愛しげな視線を落としていた。
「はいそこイチャつかない〜!」
突如、水しぶきがパシャッと飛んでくる。
泳いでいたカレンが笑いながら水を跳ねさせ、からかうように声をかけた。
無邪気な声音と、水の冷たさに、アイネスが小さく悲鳴を上げ、ミレイナも思わず頬を緩める。
その光景は、まるで“青春”そのものだった。
──刹那の穏やかさ。
だがこの後、彼女たちはまだ知らなかった。
この密林が、再び彼らに試練を与えようとしていることを──
エトラが、ふと動きを止めた。
「……誰か、見てる……?」
その一言に、空気が張り詰める。
ワイアットたち一行は、ジャングルの川辺を慎重に進んでいた。
だが今、その前方──鬱蒼と茂る草の奥から、確かに“気配”があった。
リオがすぐさま声を潜める。
「止まって!……隠れて!あれ、あれは……!」
その顔が蒼ざめる。
やがて震える唇から搾り出された言葉に、場の緊張が一気に高まった。
「……盗賊。“黒影の牙”だ……!」
茂みの向こうに見えたのは、まるで軍隊のように統率された武装集団。
全身を黒皮の装備で固めた彼らは、猟犬のような魔獣を連れていた。
──ジャングルを“狩場”とし、遺跡を荒らすならず者たち。
それが、密林最悪の盗賊団《黒影の牙》である。
彼らの先頭には、一際目を引く女戦士がいた。
堂々とした態度、鋭く光る目、背筋の伸びた気品すら漂わせるその人物。
“黒影の牙”を束ねる女頭領──【ファルカ・スリード】。
「……ここ数日、見張りにやらせた甲斐があったわ」
唇をつり上げ、笑う。
「お前ら、動物たちが一斉に逃げる音、聞こえただろ? あれは“強い者”が入ってきた証。さあ、今日はどんな獲物がいるかしら──」
ファルカの合図一つで、部下たちは音もなく森へと消えていく。
目指す先は、遺跡の奥。
その狙いが何であるかは、明白だった。
やがて気配が遠ざかり、静けさが戻った頃──
リオはふらつく足取りで木にもたれかかる。
「奴らは……動物を殺し、遺跡を壊し……旅人から金を巻き上げる。僕の友達も……やられたんだ……!」
唇を噛み、拳を握る。
「……僕も……僕も、戦えたら……っ!」
だが、その隣で──まるで他人事のように、のんびりと伸びをする男が一人。
「あ〜……そう」
ワイアットは、あくび交じりに気のない返事をした。
「な、なに呑気な顔してるんですかっ!?」
声を荒げるリオの顔が、みるみる赤くなる。
「あいつら超危険なんですよ!? 猛獣みたいな連中なんですよ!? もっとこう、危機感というか──」
ワイアットが肩をすくめる。
「今更盗賊如きにビビるのもな〜」
「!?」
リオが絶句した、その瞬間。
ワイアットは、仲間たちをちらりと振り返った。
ミレイナは、静かに剣の手入れをしている。
カレンは、拳を握り締めて肩を回していた。
エトラは、指先で魔力を編みながら詠唱の準備中。
そしてアイネスは、黙って──けれども心強く、ワイアットの袖をきゅっと掴んでいる。
そんな彼女たちを見て、ワイアットはふっと口元を緩めた。
「ガイド代の礼だ、シバいてやるよ」
そして──
「俺たち、最強だからな」
静かに、そして絶対的な確信を持って告げられた言葉。その響きに、リオはごくりと息を飲んだ。
「あなた達……一体、何者なんだ……」
──頼れるのは、たった数人。
だが、確かに彼らは“何か”が違っていた。
ファルカがアジトでふてぶてしく呟く
「金も命も、弱いヤツが失うのさ」
翌日、ジャングルのなか
「へっへっへ〜、今日もカツアゲで小遣い稼ぎだぜ!旅人一人見つけりゃ三日分のメシ代にはなるからな〜」
密林の外れ、廃れた街道。
木陰でうす汚れた盗賊がヘラヘラと笑っていたその時──
\ ガサッ /
「……おい」
低く、短く、鋭い声。
振り返ると、そこには──
帽子を深くかぶり、顔のほとんどを影に沈めた青年。
ジャングルの光と影に溶け込みながら、無造作に立っていた。その背後には、腰に手を当てて不敵に笑う紅髪の女。
「カタギに迷惑──」
ワイアットが言いかけた瞬間、後ろの少女が前に出た。
「──かけてんじゃないわよおおおおおッ!!」
\ バキィッ!!ドガァッ!!
メキメキィィィ!! /
叫びと共に拳が飛び、チンピラの顔面が鮮やかに地面とキスする。
さらに容赦ない追撃が骨の軋む音を引き起こし、他のチンピラたちは泡を吹いて昏倒した。
ワイアットは帽子のつばを指先で整えながら、ちらりと振り返る。
「……カレン、やっぱり話す前に終わったな」
「だってムカついたんだもん♡」
──密林にこだまするは、音を立てて砕かれる不運なチンピラの断末魔。
そして、それはこの作戦のほんの序章に過ぎなかった。
薄暗い倉庫の天井から一本のロープ。
そこに逆さ吊りにされたチンピラが、情けない声を上げていた。
「いっ……いだだだだだ……だ、誰だお前ら……ッ!」
その足元──いや、頭のすぐ下でしゃがんでいたワイアットがニヤリと笑い、まるで暇潰しでもするかのように声をかける。
「さあ、“調査”の時間だ……。
お前のボス、ファルカって女……どこにいる?」
隣ではカレンが指をポキポキと鳴らしていた。
口元は笑っていたが、目は全く笑っていない。
「今のうちに吐いときなさい?
じゃないと、次は奥歯が先に旅立つから♡」
「ひぃぃぃいいい〜〜〜〜〜〜ッ!!」
容赦のない取り調べ。
やがて、痛みに負けたチンピラが泣きながら口を割る。
「う、うちのファルカ団長はよぉ……神殿の西の塔だよぉ……!
でもでも、団長に手ぇ出すとマジでやべーんだって!特にあの、弟のことになると……!」
「……弟?」
帽子の下から射抜くような視線。
ワイアットの声に、チンピラはビクリと身を震わせた。
「そ、そう!なんか……団長の弟ってのがいて、
まだ若ぇけど可愛がられててさ……団長の機嫌はあいつ次第って話で……。
名前はレイノ、黒髪でちょっと長め、背は団長より低くて……あっ、あっ、やめて!あばらはもうっ!!」
「なるほどねぇ……」
ひとしきり情報を引き出し、ワイアットはふと視線を横にずらした。
なにか、良からぬことを思いついた少年特有の笑みを浮かべて──そのままちらりと目配せする。
「……よし、アイネス」
「えっ、わ、私ですか……?」
ぴくりと肩を跳ねさせたのは、銀髪の美しき人魚姫。
──今は陸上仕様の美少女だった。
「お前の水中スキル、見せてくれよ。
ついでにちょっとだけ……色仕掛け、頼めるか?」
「い、色仕掛け!?」
目を丸くして叫んだ直後、アイネスの頬が真っ赤に染まった。
思わず視線を逸らし、胸元を押さえ──
「わ、わかりました♡」
一拍置いて、照れたように笑う。
その横顔は、まるで何かを想像してニヤける乙女そのもの。(……実はノリノリ)
ワイアットは満足げに頷いた。
あとは、彼女の“本領”が火を吹くのを待つばかりだ。
南方の密林地帯、涼しげな川のせせらぎが響く場所。
小さな滝のほとり──そこに一人の青年がいた。
黒髪で穏やかな瞳をしたその青年は、岩の上に腰を下ろしながら読書中。
その名は、レイノ。
“黒影の牙”を率いる女団長ファルカの、実の弟である。
──彼は、この団の中では珍しく温厚で争いを好まない少年だった。
そんな彼の静かな時間に、ひとつの波紋が走る。
川の中心、煌めく水面がふわりと盛り上がり……
そこから現れたのは、銀髪の美しき少女。
濡れた髪が艶やかに肌へまとわりつき、微笑みは水の精霊のように幻想的で──
「……こんにちは。ひとり……ですか?」
「え……? ひ、人魚……!? だ、誰……!?」
驚くレイノに、彼女はくすりと微笑む。
「ここ、私のお気に入りなんです。
あなた、ちょっと素敵だったから……声をかけてみました♡」
──その一言で、少年の顔が真っ赤に染まる。
だが、その瞬間だった。
\ ズボォンッ!! /
水面から飛び出した尾びれと腕が、レイノを一気に引きずり込む!
「うわっ──!?!?」
アイネスの尾びれが、その華奢な体に似合わぬ力強さでレイノの腰をホールド。
次の瞬間には、水飛沫とともに少年の姿は川の奥へと消えていた。
──人質、確保。
木陰に潜んでいたワイアットが、にやりと笑う。
「これで団長さんも、俺らに集中せざるを得ない。
“正義の味方”にしちゃちょっと悪どい手だけど……」
「今更“正義の味方”ですか?我が君」
呆れたようにミレイナが肩をすくめる。
「さてさて、ファルカちゃんがどんな顔するか楽しみねぇ♡」
隣ではカレンが、いたずらぽく笑っていた。
──レイノが姿を消してからおよそ一時間後のこと。
盗賊団《黒影の牙》の本拠地、神殿の奥にある祭壇の間。
漆黒の石柱が幾本も立ち並び、壁には密林全域の地図、
床には各地で回収された武器と財宝が並ぶ。
その中心で、怒号が轟いた。
\ ドォンッ!!! /
ファルカの拳が、祭壇の石畳を粉砕する。
破片が跳ね、空気が震えた。
「……誰がやった……!? 誰が……私の、弟に──!!」
その声は、獣の咆哮にも似ていた。
部下たちは一斉に地に伏し、頭を垂れる。
冷や汗。震える背中。
誰一人、声を発する者はいない。
やがて、一人が小さく報告する。
「れ、レイノ様が……今朝から姿が見えず……」
「水辺に出かけた後、目撃情報はありません……」
それを聞いたファルカは、何も言わず数秒間目を閉じ──
そして、ゆっくりと一歩、前へ出た。
瞬間、空気が変わる。
場の全てが凍りつき、呼吸すら出来なくなるような圧迫感。
「……これは、“宣戦布告”だと受け取る」
淡々と、しかし内に猛火を抱えるように、彼女は言い放った。
次の瞬間、地図を指差し、声を荒げる!
「《黒影の牙》、全戦力展開!!
神殿南域から北渓谷までの密林全域に網を張れ!
動物が逃げても追え!草一本が揺れても報告しろ!!」
「ぜ、全戦力……!? あの範囲は人手が──!」
「足りないなら、引きずってでも来い!!
これは“団長命令”だ!!
──誰が命を落とそうと、弟は取り戻す!!」
号令一閃。
部下たちは散開し、密林全域へ向けて動き出す。
その場に残されたファルカは、
血のように赤い双眸で、静かに森を睨んでいた。
「……私の……私だけの、可愛い弟を……
傷一つでもつけていたら──
この世のすべてを、地獄に変えてやる……」
獣の牙が、本気で獲物を喰らう時が来た。
──その頃。
密林の外れ、小さな木造の小屋にて。
外では蝉の声が鳴き、
鳥たちが枝の上でくつろぐ平和な午後。
室内では──
ワイアットとレイノが、
丸テーブルを挟んでお茶を啜っていた。
レイノは真っ青な顔で身を固め、震えながら言う。
「あ、あのっ、殺すなら早く……!
っていうか、拷問とかだけは勘弁して……!」
しかし、そんな懇願に対し──
紅茶を啜っていたワイアットは、ただ苦笑した。
「拷問? するわけねぇだろ。
むしろ“最上級の待遇”してるつもりなんだけど?」
そう言って、部屋の奥に向かって声をかける。
「おーい、カレン!アイネス!弟くんの相手してやれよ〜」
\ は〜い♡ /
襖の奥から現れたのは、
お茶請けを持ったカレンと、毛布を抱えたアイネスだった。
「レイノ君♡お姉ちゃん達とお話ししよ♡」
「毛布もおやつもありますし、お風呂も沸いてますよ♡」
「え……えっ……?えええっ!?」
──これは、果たして“監禁”なのか?
驚愕に顔を引きつらせる少年をよそに、
ワイアットはにこやかにカップを置いた。
その笑顔は──敵意も、害意も感じさせない。
だがどこか、底知れぬ何かを孕んでいた。
──神殿内・ファルカの私室。
分厚い石壁に囲まれた空間に、
重く響く足音とともに部下が駆け込んできた。
「団長……! これを……森のふもとで発見されました!」
男の手には、丁寧に封をされた手紙と、一枚の写真。
「“あて名なし”の手紙と、これ……“写真”です……!」
ファルカは無言のまま立ち上がり、
手紙を受け取ってその封を切った。
静かに便箋を開く──
そこには、達筆で書かれた短い文章と、
写真が一枚、挟まれていた。
──まず目に飛び込んできたのは、“弟の笑顔”。
レイノが、椅子に座りながら紅茶を手にしている。
横にはタオルを肩にかけたアイネスが寄り添い、
背後ではカレンがピースをしていた。
真は、あまりに平和すぎた。
ファルカの眉が、ピクリと動く。
そして、便箋に目を落とす。
『拝啓、弟さんは元気です』
初めまして、“なんか色々とご縁があった男”です。
レイノくん、思ったよりいい子ですね〜。今はウチの女の子達と楽しく“遊んで”ます
さて、いろいろ物騒な話を聞いてますよ。
神殿に盗賊が出入りしてるとか、ジャングルを荒らしてるとか──
でもご安心を。こちらからは、戦争なんて望んでません。
ただ、そちらのやり方次第では……
“弟くん、もう少しうちにホームステイ”ってことになるかもしれません、特に写真の赤髪の女は可愛い男の子は好物みたいで
ではでは、健やかなる日々を。
追伸:さあ、早く来ないと弟くんの性癖が歪みますよ?
最初は──無表情だった。
ファルカは静かに便箋を広げ、
写真に目を通し、何も言わずに……深く、息を吸い込んだ。
部屋が、ひと息で張り詰める。
「……全戦力を南東に集めろ。地図を寄越せ」
それは、呟きのようでいて──命令だった。
「だ、団長……?」
声をかけた幹部の男が、ピタリと動きを止める。
「──その男の顔面を、引き裂けるだけ引き裂いてから、焼け」
静かに……机の上に置かれていたティーカップが粉砕されていた。
金属製のそれを、素手で握り潰して。
「首の骨は“後ろから”折る。
正面から、ちゃんと“謝罪の表情”を見てからな」
そこにいた全員が知った。
ファルカ・スリードの“本気”が始まったことを──
その頃、密林の拠点。
川のほとり、小屋の軒先で、
数人がのんびりと午後のお茶を楽しんでいた。
「ワイアットさん……あの手紙……少し煽りすぎでは……?」
エトラが控えめに口を開く。
「私も、“性癖”の部分は必要だったか疑問です」
ミレイナはお茶菓子を摘まみながら冷静に頷いた。
「ふふっ、でも効き目は抜群でしょ♡」
カレンは上機嫌でティーカップを揺らす。
「“火をつけるなら、燃え広がる素材でやれ”ってな──」
ワイアットはいつもの涼しい顔。
まるでこのあと地獄が迫ってるなんて思ってもいない。
「……え、僕、どうなっちゃうのこれ……?」
小さく肩をすぼめて、
レイノがクッキーを囓った。
『詰みだ、団長──』
盗賊団アジト・正面門前
──夕刻。
“黒影の牙”の団長・ファルカが全軍を率いて出撃した、わずか数時間後。
密林の奥、陽が沈みかけた空を背にして、堂々と“奴ら”は現れた。
ワイアット、ミレイナ、カレン。
その背後からはアイネス
そして──空からふわりと降り立つ、
白魔道士・エトラ。
ワイアットは、どこか陽気な表情でサングラスを指で直す。
「よォ……留守中に悪ィな。
“お家”、ちょっと覗かせてもらうぜ?」
カレンがくるりとその場で一回転し、アジトの様子を見渡す。
「ホントに誰もいないじゃない。
盗賊団の本拠地が、まるっとガラ空き♡
本当にばか〜♡」
エトラは魔法の探知を展開しながら報告する。
「……ゼロです。いまなら中枢まで
最短ルートで入れます!」
ミレイナは剣の柄に手をかけたまま、皮肉げに微笑む。
「見事なまでに“敵の動線”だけ潰してくれましたね、我が君」
ワイアットが唇の端を吊り上げる
「ファルカが帰る場所を、“俺たちの拠点”に塗り替えてやろうじゃねぇか!」
密林に、戦慄の静寂が走る。
今この瞬間、“黒影の牙”の牙城は──
ワイアットたちの手に堕ちた。
その頃──密林・南東戦線
“黒影の牙”の団長・ファルカは、
全軍を率いて弟の痕跡を追っていた。
神殿南域から北渓谷まで、密林全域に兵を配置し──
いよいよワイアット達を“包囲したつもり”だった。
だが──その時だった。
密林の各地で、突如として爆発音と閃光が炸裂!
一斉に散っていた盗賊たちの連携が、見事なまでにバラバラに崩れ始める。
ファルカは状況が呑み込めず、怒号を飛ばした。
「何だ!?全軍、隊列を──整え──!」
──その時。
密林の先から、武装した部隊が姿を現した。
精鋭の装備、整った陣形、掲げられる王国の旗印。
国軍が現れたのだ。
「動くな、“黒影の牙”!」
軍の最前列に立つ指揮官が、ファルカを名指しする。
「この密林一帯は、王国によって“保護区域”に指定されている!」
「これ以上の武力侵攻は、“国際法違反”とみなす──!」
「……なに?」
ファルカの瞳が見開かれる。
その背後では、混乱に包まれた盗賊たちが各所で足を止めていた。
──さらに。
密林の樹上から、声が響く。
「……聞こえてるか、ファルカ!!」
「俺たちはずっと、てめえらの暴力に耐えてきたんだ!」
「村を焼かれ、仲間を奪われても、歯を食いしばって生きてきた!!」
「──今更、言い訳なんて通じねぇ!!」
現れたのは、地元のレジスタンスたち。
長年“黒影の牙”の横暴に苦しめられてきた人々が、武器を手に立ち上がっていた。
密林の空気が、明確に変わる。
「……これが、仕組まれていた……?」
気づいた時には、すでに“詰み”だった。
弟を奪われ、拠点を奪われ、軍も市民も敵に回る──
すべてが“ひとつの意志”に導かれるように動いていた。
密林での激戦を終え、
盗賊団の団長・ファルカはただ一人、息を切らせながら帰還した。
服は破れ、肌には泥と血。
何より、その目には“敗北の色”が濃く浮かんでいた。
だが──彼女の拠点に、もはや“自分の居場所”はなかった。
「──やっと帰ったか、“団長さん”」
広々とした祭壇の間に響く声。
そこにいたのは、椅子にふんぞり返り、脚を組んだひとりの男。
髪をかき上げながら、余裕の笑みを浮かべるその姿。
ファルカが“自らの玉座”として使っていた椅子に、
堂々と腰かけていたのは──
ワイアット・クレインだった。
「さて、次に帰ってくる“元団長”には……
こっちから“おもてなし”してやらねぇとな?」
──その隣では。
「ワイアットさん……今日は本当に王子様みたいです♡」
アイネスがそっとワイアットの袖に手を添え、
うっとりと見上げる。
その優雅な佇まいは、まるで──
敵の本拠地を“宮殿”に作り変えた王とその妃のようだった
金色の光が瓦礫と血に照らされ、
その中心に、一人の女が膝をつく。
ファルカ。
かつて“黒影の牙”を率い、恐れられた女団長。
だが──
その目に映る景色は、もはや「自らの拠点」ではなかった。
旗印は引き裂かれ、
砦の見張り台には“王国の紋章旗”が掲げられている。
部下たちは全員、拘束済み。
──牙は、折られたのだ。
ファルカが泥と返り血に塗れ、震える声で
「……う、そ……こんな……バカな……」
その視線の先には──
ヒロインたちを左右に従えるワイアット
椅子にふんぞり返っていた彼は、今や王座のように立ち上がり、
その堂々たる姿を夕焼けに照らされていた。
「……あなたはもう、逃げられません」
ミレイナが一歩前に出る。
鋭く澄んだ瞳が、ファルカの瞳をまっすぐに射抜いた。
「全軍は壊滅。
弟君は無傷で“こちら”が保護しています。
あなたに、もう“失うもの”は残っていません」
ファルカの唇がわずかに動くも、声は出なかった。
──そこへ、
カレンが長いあくびと共に割り込んできた。
「でもワイアット〜♡
こんなカタギに迷惑かける賊なんて、
どーしたっていいんじゃな〜い?♡」
ワイアットが帽子を傾けて目元を隠し
「……そうだな。正直、俺の中じゃもう“結論”出てる」
ワイアットがファルカを見下ろすように視線を落とし、
「財宝はすべていただいたよ。
地下の金庫から秘密の通路の裏までなにひとつ、残しちゃいない」
ファルカがかすれ声で
「……あんた……“全部”知ってて……」
これがワイアットのモットー
「“知ったうえで、上から全部盗った”ってのが、スカッとするんだよな」
アイネスがそっと微笑む
「ごめんなさいね。ワイアットさん、少し悪戯が過ぎましたか?」
ファルカの両膝が、ついに完全に崩れた。
その瞳から、闘志がゆっくりと抜け落ちていく──
──そして
その後、彼はまっすぐにファルカを見据え、 決して揺るがない声で告げた。
「美人は痛めつけねぇ主義だ……選べ、ファルカ」
静寂。 葉擦れの音さえ止んだような時間の中で、 ワイアットは冷静に、最後の言葉を突きつける。
「このまま“自首”するか── それとも、“弟を連れて、この地を去るか”」
「っ……」
膝が崩れ、肩が震える。 だが目は、まだ死んでいなかった。
「……情けを……かけるつもりか」
「情けじゃねぇ。 “これ以上、誰にも迷惑かけるな”ってだけだ」
その時、奥から小走りでレイノが現れる。
「姉さん!」
ファルカの目に、涙が浮かんだ。
「……“この地を去る”…… もう、私は“団長”じゃない……」
夜明け前の空気が、まだひんやりと肌を刺す。
粗末な小屋に設けられた即席の鉄格子。 その中に、ファルカとレイノは肩を並べて腰を下ろしていた。
鉄格子の外では、ワイアットが気怠そうに壁にもたれて笑っている。
「明日の朝、お前たちには馬を一頭と100万ダストを用意してある。どこへ行くかは自由だ。ただし――“二度と刃を振るうな”」
ファルカは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「……“悪党”のくせに、潔白ぶりやがって」
「“偽善と正義の境目”ってのはな、儲けられるかどうかなんだよ」
くす、とファルカの口元がほころぶ。
「……気に入らない男ね」
「俺の女騎士もそう言うよ」
格子越しのふたりは、それきり言葉を交わさなかった。
ただ、静かな夜が過ぎていった。
───
翌朝。
薄曇りの空の下、ワイアットたちは丘の上に立っていた。
ゆっくりと森の奥へ向かっていく、馬の背のふたつの影。
「ありがとう!ワイアットさん!みんなも!」
振り返り、レイノが元気に手を振る。
隣で馬に跨るファルカは無言で振り向き、軽く一礼した。
その目にはもう、“団長の鋭さ”はなかった。
あるのはただ、弟を守る“姉”としての、穏やかな静けさだけだった。
森の奥へ去っていく馬の姿が見えなくなると、
その背を静かに見送っていた仲間たちが、少しずつ動き出す。
「いいんですか?逃がしちゃって」
エトラがぽつりと呟く。
「まったく……女には甘いんですから」
ミレイナはため息をひとつ。けれど、その表情はどこか安心していた。
「まあな。でも財宝は全部いただいたし──」
ワイアットが鼻を鳴らして笑えば、
「ファルカ以外は、ちゃ〜んと懸賞金に換えられたしね♡あ〜♡すっごい額♡ 旅が一生続けられそう♡」
カレンはきらきらした目で金貨を指の間で踊らせている。
静かに、でも確かな足取りで、一行はジャングルを後にする。
ノワールジェネシスに跨がるワイアットとカレン。
レオノールの背で誇り高く進むミレイナとアイネス
空から風を読み、周囲を見守るエトラ。
そして、見送りに来たひとりのリオが手を振った。
「ありがとう、ワイアット!」
振り返らず、ワイアットは手を挙げて応えた。
その背中には夕日が差し、旅の続きを照らしていた。
金と自由と、仲間たちと──
どこまでも続く旅路の、その一歩を踏み出す。
次はまた競馬がしたいです




