旅はスケールのデカい遊び
ちょっと初期原稿に無い話しを新規で作ってて遅くなりました
旅の夜、宿泊先の酒場にて
夕食を終え、各々がくつろいでいた頃。
静かな酒場の奥から、ワイアットのにやついた声が響く。
「ちょっとちょっとぉ!うちの女の子たち、ちょっとこの順に並んでくれよ!」
杯を片手に立ち上がり、無駄にキメ顔のワイアット。
その声に、ヒロインたちは顔を見合わせた。
ミレイナ、カレン、アイネス、エトラの順だ
「……身長順ですか? いや、それだとカレンの方が低い……」
ミレイナが眉をひそめて呟くと、
「──あ〜♡も〜♡そういうことね♡♡」
と、察しのいいカレンはすぐさま笑顔で手を叩いた。
「……? なんの順番、です……?」
アイネスがぽかんとした顔で首を傾げ、
一番後ろに立たされたエトラは、一瞬で察した。
「……!? わ、わたしが一番後ろ!? はっ……はぁあっ!?ワ、ワイアットさん……///」
顔を真っ赤にして身をよじる。
ワイアットは、テーブルに肘をつきながらニヤリと呟いた。
「う〜〜ん……圧巻!! 圧巻ッッ!!」
一同は照れる者や呆れる者
1番前にいたミレイナはもう慣れたと言わんばかりに
「くだらない……」
カレンはノリノリ
「あ〜ん♡アタシミレイナの次に小さくなっちゃった〜」
アイネスは意外だった
「そんな⋯///ワイアットさんにそう見られるのなら//」
最後方であり最高峰のエトラ
「あの……順番って、これって……その……っ!」
「この旅はなぁ、戦闘もロマンスもバランスが大事なんだよ……頼る宛も少ない旅だし、ならせめて面白可笑しく旅した方がいいだろ!」
ワイアットが真顔で言い放ったその瞬間──
持っていたグラスが、ミレイナの投げたクッションで粉々に砕けた。
こうして夜は、平和かつ騒がしく、更けてゆく。
──そんなくだらなくも愛しい一幕が、
旅路の片隅で、確かにあった。
静かな夜の、ちょっとした癒やし
宴のあとの空気が落ち着いた夜更け。
仲間たちがそれぞれ部屋に戻る中、ワイアットはひとり、裏庭に設けられた小さなベンチに腰を下ろしていた。
少しして、そっと隣に腰かける気配がある。
「……ワイアットさん。まだ起きてたんですね」
振り返ると、そこにはふんわりと微笑むエトラの姿。
「ああ……なんかちょっと、反省っていうか……」
「ふふっ。ミレイナさんのクッション投げが効いたんですね?」
くすくすと笑うエトラに、ワイアットは肩をすくめた。
「……あの人、絶対に狙ってたよな……」
「ええ、かなり正確でした。でも──」
そう言って、エトラはそっとワイアットの頭を自分の膝に乗せた。
「ミレイナさんも、照れ隠しですよ。ああいう時、不器用なんですから」
その言葉に、ワイアットの肩の力がふっと抜ける。
「……やっぱエトラ、癒しスキル高すぎだわ……」
「ふふっ、ワイアットさんだけにですよ」
夜風が心地よく頬をなでる。
ワイアットはそのまま目を閉じ、エトラの膝のぬくもりに身を委ねた。
彼女の指先が、優しく髪を撫でる。
静かな夜の、ほんの少しの休息。
笑って、戦って、時にやらかして──
そんな旅の毎日に、こんな時間があってもいい。
そう思わせてくれるのが、エトラという少女だった。
翌朝の町
海賊団の討伐、闇市場の壊滅。
ワイアット一行の名は、今やこの地方のどこへ行っても語られるほどの英雄譚となっていた。
ギルドを訪れたその日、旅団はいつものように軽い依頼を物色していた。
「もうどれも遊びだな、これ……」
アイネスがときめくように
「ワイアットさん///やっぱり余裕のある所が素敵です…」
ワイアットが指先で掲示板の依頼書を弾きながら、冗談めかして笑う。
かつては命がけだった金策も、今となっては余裕の旅のスパイスに過ぎない。
そんな折――
ギルドの扉が音を立てて開いた。
「久しぶりだね、ワイアット・クレイン!」
その声に、ワイアットの手が止まる。
懐かしさと少しの緊張が背を走った。
振り返れば、そこに立っていたのは――
金髪碧眼、騎士のような姿勢で胸を張る青年。
かつての“勇者パーティ”を率いていた男、アーネスト・ロイド。
そして、彼の隣にはもう一人。
清楚な修道服に身を包んだ、聖女のような微笑みをたたえる女性――かつてエトラが所属していた“元の仲間”たちだった。
「アーネスト……!」
エトラが小さく声を上げる。
その瞳には驚きと、ほんのわずかに複雑な影が差していた。
ワイアットはゆっくりと口角を上げ、アーネストの方へと歩み出る。
「よう、派手にやってんじゃねえか。英雄サマよ」
二人の間に流れる、張り詰めた空気。
それは、過去の因縁と、今の立場をはっきりと物語っていた。
ギルドの空気が、一気に冷えた。
アーネスト・ロイド。
かつて“勇者”として名を馳せたその男は、エトラを追放した張本人である。
理由は些細な行き違い、けれど――彼女の心には今も、その決断が“裏切り”として深く刻まれていた。
ワイアットは小さい声で囁く
「大丈夫だエトラ、堂々としてろ」
それに応じてエトラは俯きながら、震える声で言った。
「……お久しぶりですね。アーネストさん」
その声音には、かつての信頼も、敬意もなかった。
あったのは、明確な――嫌悪。
隣でそれを感じ取ったカレンが、にやりと口角を上げる。
「へぇ〜……あれ〜? 確かそっちのパーティ、管理不備で活動制限出てなかったっけ?」
まるで無邪気に思い出したような口調。だが、その目はまるでナイフのように鋭い。
ミレイナも腕を組み、冷たい視線を向けながら言葉を添える。
「左遷されたか、制限逃れで遠方に“出稼ぎ”に来ているのでしょう。前の国では居場所が無くなったとか……」
二人の言葉は刃のようにアーネストの心を刺す。
彼は眉をしかめ、口元を引き結んだ。
しかしすぐに笑顔を作り
「……まあまあ、俺は君達に仕返しをしに来たわけじゃないよ!ちょっと冒険者としての箔を取り戻したくてね!」
何かを弁明しようとしたその瞬間、ワイアットがゆっくりと片手を上げて遮る。
「話は聞いてやるよ。とりあえず座れよ、勇者様」
軽薄に見えて、その目だけは笑っていなかった。
こうして、ギルドの片隅で、かつての仲間と新たな旅団の間に、一触即発の火種が撒かれたのだった。
応接用の長椅子に、アーネストと彼のパーティメンバーの女性二人が腰掛けた。
どちらもかつて王都で名を馳せた高位冒険者だ。派手な装飾の施されたローブや、煌びやかな指輪は、彼らが今もそれなりの地位にいることを物語っていた。
その中心で、アーネスト・ロイドは実に爽やかに笑っていた。
「君たちと正式に、“冒険者としての勝負”がしたくてね」
軽い調子で言いながらも、瞳には確かな熱が宿っている。
「もちろん、僕らは挑戦者の立場だ。だから失礼にならないよう、丁寧にお願いに来たんだよ」
ワイアットはテーブル越しにじろりとその姿を見据え、鼻を鳴らす。
「ふ〜ん……勝負、ねぇ〜」
その声には、明らかに呆れと疑念が滲んでいた。だがアーネストは気にした風もなく、さらに一歩踏み込んだ。
「それと、エトラ」
彼は真正面から、かつての仲間に視線を向ける。
「俺たち、反省したんだよ。あのとき、君を追い出したのは本当に間違いだったって、ちゃんと分かった」
心の底から悔いています――と言わんばかりの真剣な目。
「だから……もし僕たちが勝てたら、また一緒にやってほしい。あの頃みたいに、もう一度さ」
一瞬、沈黙が落ちた。
ワイアットたちの誰もが、その“爽やかすぎる態度”の裏にある何かを感じ取っていた。
そして何より、エトラは――俯いたまま、表情を見せなかった。
エトラは、しばらく俯いたままだった。
だがやがて、小さく深呼吸をすると、そっと顔を上げた。
その瞳は、かつての彼女を知る者が驚くほど、真っ直ぐで、揺らぎがなかった。
「お気持ちは……受け取りました」
声は震えていなかった。丁寧で、優しくて、だが確かに芯のある響き。
「けれど、戻るつもりはありません。あの時、私は“もう戻ってくるな”と言われましたから」
「……その言葉通り、私は別の道を選びました。もう、あなたたちのパーティに所属する理由はありません」
まっすぐに告げるその声に、場の空気が静まり返る。
アーネストの取り巻きの一人が口を開こうとしたが、何かを感じ取ったのか、結局何も言えなかった。
エトラは続けた。
「それに……今の私は、“自分を大切にしてくれる人たち”と、一緒に旅をしていますから」
ふっと微笑んで、隣にいるワイアットをちらりと見る。
そのささやかな仕草に、ワイアットは静かに笑い、
カレンとミレイナがそれぞれに優しい目線を送った。
だが、言葉の意味は痛烈だった。
「だから、“勝ったら戻ってきてほしい”というのは、受け入れられません」
それが、エトラの答えだった
「そうか……それは、残念だ」
アーネストは目を伏せながらも、表情にはあくまで爽やかさを保っていた。
それが彼なりの余裕の現れか、あるいは強がりか。見極める者は少ない。
「まあ、勝負は内容次第では受けてやるよ」
と、ワイアットが肩をすくめながらも応じた。
その言葉を待っていたように、アーネストが指を立てて言う。
「このギルドの“最高位クエスト”で勝負だ」
その場の空気がピリッと緊張する。
ギルドの奥に掲げられたクエストボード──
その最上段に記された赤文字の札が、何よりその難易度を物語っていた。
【Sランク討伐依頼】
《古代の地下遺跡・封印解放任務》
──魔物が巣食う未知の地下構造体を攻略し、内部に眠る古代の財宝を持ち帰れ。
数世紀前に閉ざされた遺跡であり、内部の魔力異常・罠・地形崩壊の危険が極めて高い。
※複数パーティによる同時攻略を想定。依頼内容に応じた評価基準あり。
ワイアットが札を見上げて、にやりと口角を上げた。
「……いいじゃねぇか、儲けもありそうだ」
カレンが腰に手を当てて笑う。
「どこからでも来なさいな、元勇者パーティさん?」
エトラは少し不安そうだったが、そっとワイアットの背中に手を添える。
「みんなが一緒なら、きっと大丈夫です……」
ミレイナも落ち着いた声で言った。
「“攻略と収集”が評価基準なら、我々に不利はありませんね。特に“慎重さ”という点においては……」
アーネストは構わず爽やかに笑った。
「では、三日後。出発と同時に、攻略開始ということで」
「“真の実力”を、互いに確かめ合おうじゃないか」
その言葉とともに、ギルドの空気が戦の前夜のような静けさに包まれていった。
拠点の一室。
静まり返ったその空間に、こらえていたような笑い声が響き渡った。
「よし! よしッ! ワイアットが乗ったぞッ!」
アーネスト・ロイドが拳を握りしめ、笑いを堪えきれずにいた。
「ククッ……俺をコケにした報いだ。エトラもワイアットも……一生後悔させてやる!!」
その横で、取り巻きの女たちも艶然と笑う。
「エトラちゃんも、今頃ワイアットに色目でも使ってるんじゃなぁい?」
「ふふ……でも無駄よね。結局“力”が無きゃ、また追い出されるのがオチよ」
アーネストの顔には、復讐の喜びと勝利への確信が浮かんでいた。
---
一方その頃。
ワイアット達はギルド内の別室で作戦会議を開いていた。
「アイツら3人だし、こっちも3人で行くか」
ワイアットが軽い調子で言う。
「俺と……エトラと、アイネスで」
「ええぇ!? アタシも行きたい!!」
カレンが机に身を乗り出す。
ミレイナも声を上げる。
「そうです、我が君!魔物との戦闘があるなら、前線は私が受け持ちます!」
だが、ワイアットは首を横に振って微笑んだ。
「いいって。あいつらの“勇者ごっこ”でこっちも遊んでやるだけさ」
その言葉と共に、口元がゆっくりと吊り上がる。
「──俺達は本気を出さなくても、“現実”ってもんを見せてやれるからな」
その笑みは、明らかにアーネスト以上にドス黒かった。
クエスト当日
朝焼けが差し込むギルド前。
颯爽と姿を現したのは、アーネスト・ロイドとその取り巻きの女冒険者たちだった。
表情は爽やか、態度は紳士風の仮面
まるで先日の高笑いなど存在しなかったかのように。
「ふふ……ワイアット達はまだ来てないようだね。なら、先手必勝だ。行こう!」
「はい、アーネスト様!」
「前回は先を越されたものね、今度は私たちが先行!」
足並みを揃え、意気揚々と遺跡へと向かう三人。
彼らの後ろ姿は、傍目には絵になる一団だった。
---
遺跡の入り口に立つ。
古びた石造りの階段。苔むしたアーチ。
地下深く続くその構造は、確かに“危険”を思わせる雰囲気を放っていた。
だが──
「……おかしいな。弱い魔物しかいない……?」
アーネストが眉をひそめる。
雑魚モンスターと呼べるような相手ばかり。
しかも、その数もまばらだった。
「話が違うよな? ここ、歴戦の冒険者でも踏み込みをためらう“未攻略ダンジョン”だったはずだろ?」
「うそぉ……これじゃ初心者向けの訓練所みたいじゃない」
「……罠も、ほとんど作動してない。妙に静かだわ」
迷路のように入り組んだ構造のはずが、まるで道筋を誘導するかのような一本道。
湿った空気と微かな金属音。
――どこか“仕組まれた空間”に踏み込んだような、奇妙な違和感が広がっていた。
アーネスト達は、遺跡の深層部にたどり着いていた。
崩れかけた石壁を越え、古びた扉を押し開けると、そこには──
「……あった! 財宝だ!」
黄金の燭台、宝石の詰まった箱、装飾された古代の武具……
積まれた財宝の山に、アーネストの瞳が輝いた。
「くくっ……思ったよりも、あっさりし過ぎだったな……!」
取り巻きの女たちも顔を見合わせ、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「やっぱり、ワイアット達は遅れてたんですね! 私たちの勝ちです!」
「これで、エトラにも……!」
だが、その時だった──
少し離れた階層。
静かな通路の先、石の階段を登った先にある隠し部屋で──
ワイアットが耳を澄ませて呟いた。
「……アーネスト、たどり着いたみてぇだな」
ワイアットの隣で、小さく頷くアイネス。
彼女はその場で、静かに唄を止めた。
たった、それだけのこと。
しかし──
「……!?」「えっ……な、なに、これ……!?」
アーネストたちの耳に、ずるり……と何かが這う音が響いた。
ガチャリ。ガチャリ。ギャギャギャ──ン!
最深部の入り口以外のすべての扉が封鎖される。
そして、各地から“何か”がうごめき、集まってくる気配が……。
アーネストが振り返った瞬間、部屋の四方八方から現れたのは──
「う、嘘だろ……!?さっきまでいなかった、魔物どもが……!」
大量の魔物。それも、さっきまでの雑魚とは比べものにならない。
牙を剥いた異形、鉄骨のような腕を持つ巨躯、地を這いずり回る虫の群れ。
あらゆる種類の魔物が、部屋の中に向かって殺到していた。
その数は、まさに──遺跡に巣食う魔物すべて。
それらは、先ほどまでアイネスの“歌声”によって引き付けられ、封じられていたのだ。
餌に辿り着いた獣のように、今まさに、牙を剥いた──
遺跡の最深部。
無数の魔物に囲まれ、混乱寸前のアーネスト一行。
「くそっ……! なんでこんなに集まって──!?」
アーネストが剣を構えながら叫んだ
一方その頃。
遺跡近くの静かな湖
その湖畔で、カレンはのほほんと髪をいじりながらくつろいでいた
──すると頭の中に、エトラの声が響く。
「カレンさん? 聞こえますか?」
「聞こえるよ〜。こっちは準備OK!」
「よし、起爆!」
テレパシー越しに届く、ワイアットの合図。
直後──
ドォン!!!
地鳴りのような爆音が地下遺跡の奥まで響き渡る。
「な、なんだ今の揺れ!?」
「きゃーっ!? 床がびしょ濡れにっ……!?」
爆音に続いて、地下の壁面の一部が崩れ、勢いよく水が流れ込んでくる。
どんどん高まる水位。
天井から滴り落ちる水。床を這う魔物の群れ。 そして、まさかの浸水地獄!
「ちょ、ちょっと待って! なんで水が入ってきてんのよ!?」
「私のスカートが濡れるぅぅうう!!」
「落ち着け! 魔物が水の中に……わわっ!来るなっ……!」
──水と魔物とパニック。
アーネストたちは、想像すらしていなかった“水攻め”に完全に翻弄されていた。
水位はついに、部屋の天井にまで迫っていた。
「くっ……! 溺れる……っ、やば……っ」
「た、たすけて……誰かぁ……!」
アーネストとその取り巻き二人は、必死にもがきながら天井に向かって手を伸ばす。
そこへ──頭の中に、涼しげでどこか楽しげな声が響いた。
「お〜い、お前ら。泳いで上の階まで上がって来いよ〜。そしたら助けてやるって」
その声は、間違いなく……ワイアット。
アーネスト(ワイアット……!)
唇をかみながら、彼は財宝に手を伸ばすのを諦める。
「くそっ……財宝は捨てるっ! 泳げ!!」
「ア、アーネスト様ぁああっ!!」
「い、一度くらい助けてから口説いてぇええ!!」
わめきながら、三人は命からがら水面へ向かって必死に手足を動かす──
そして、上階の通路に這い上がったその瞬間。
「──よし、エトラ。コイツら連れて脱出しろ」
「はい!」
返事とともに、エトラが素早く魔法陣を展開。
まばゆい光が三人を包み──
シュッ……!
次の瞬間、ぐったりと水浸しになったアーネストたちは、遺跡の外、日差しが照りつける丘の上へと転送されていた。
倒れ込み、ぜえぜえと息を切らすアーネストたち。
その顔は、ずぶ濡れで泥だらけ。かつての爽やかさは、見る影もなかった。
濁流が満ちる地下遺跡。
ワイアットは、天井まで迫る水面をよそに、迷わず水底へと飛び込んだ。
冷たい水が全身を打つ。
だが──
(あった……! 財宝!)
沈んだ石像の背後、宝箱が静かに眠っていた。
ワイアットはそれにしがみつくようにして、心の中で叫んだ。
(アイネス!!)
──その声に、即座に反応した者がいる。
水中の光の向こうから、尾びれをたなびかせて現れたのは、人魚──アイネスだった。
彼女は迷いなくワイアットの腕を取り、そのまま宝箱ごと彼を抱えて、水を裂くように浮上する。
高速の推進力で地上を目指し、渦巻く泡を纏いながら──
遺跡の入口、丘の上。
先に脱出していたアーネストたちは、その光景を目撃した。
水柱とともに現れた銀の尾を持つ、美しき人魚の姿。
「──人魚!?」
アーネストの目が見開かれる。取り巻きの女たちも絶句していた。
だが、彼らを気にする者は一人もいない。
ワイアットは静かに地面に降り立ち、腕の中の宝箱を地面に下ろす。
「助かったよ、ありがとう……アイネス」
アイネスの銀髪が濡れたまま揺れ、しっとりと微笑んだ。
「……いえ。貴方の望むなら……私は、なんでも──」
濡れたままの唇が、静かに近づき──
二人は、そのまま引き寄せられるように、キスを交わした。
──そしてその瞬間、アーネストの心のどこかで、何かが確実に折れた。
遺跡の入り口。
ミレイナが軽やかに小走りで戻ってきた。
「お疲れ様です我が君。コンクリート買ってきましたよ」
「お疲れ! じゃあ──入口塞ごうぜ」
ワイアットが笑いながら受け取り、仲間たちとともに封鎖作業に取りかかる。
既に水没した地下遺跡の内部では、魔物たちが吠え声を上げながらも、脱出口を失い、為す術なく沈んでいく。
「よし、完成。魔物は閉じ込めて、あとは自然に任せりゃいいさ」
こうして、魔物は古代の遺跡と共に、永遠に封印されることとなった。
──そして。
丘の上、濡れたまま座り込んでいるアーネストたちを尻目に、ワイアットはふいに口元を緩めた。
「ねぇアーネストくん?作戦ってのは──」
にやりと笑う。
「こうやるんだぜ?」
静まり返った遺跡跡にワイアットが笑う
アーネストが拳を握り締め、顔を歪めて吠える。
「ふざけんな! お前がやってるのは……めちゃくちゃだ!」
その怒声に対し、ワイアットは――まるで退屈そうに肩をすくめた。
「だってお前、正面から行った結果が仲間をこんな危険に晒すことになったんだぜ?」
「勇者の肩書きに縛られて、そんな戦い方しかできないなんて……バカらしいだろ?」
アーネストが何かを返そうと口を開くが、その前に、ワイアットは杯を傾けて続ける。
「目的あって旅をするんならさ──」
「そんなバカ真面目に突っ込むより、面白おかしく、賢くスマートに行った方が楽しいに決まってんだろ?」
にやりと笑い、仲間たちを見回す。
「そもそも、命がけの旅ってのはよ。笑って進めなきゃ、心が先に死んじまうぜ?」
──その言葉に、アーネストは言い返せなかった。
傍らの取り巻きたちも、悔しげに唇を噛む。
だがワイアットは、そんな空気すら楽しむように軽く帽子を傾けて見せた。
「だから俺は──爆弾も、毒ガスも、囮も使う!」
振り返りもせずに、彼は言い放った。
「それが仲間を守れるんなら、迷わず使う。それが“俺たちの戦い方”なんだよ!」
ぐうの音も出ないアーネストを尻目に、ワイアットたちは悠々と宝を積み込み、遺跡を後にする。
焼けつくような夕陽の中、宝を背にして進む五人と二頭。
彼らの背に、敗北感と共に唇を噛むアーネストの姿があった。
──そう、これが“勝者の背中”。
そして、これがワイアット・クレインの旅の流儀だった。
使える物は使うべき




