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人魚の憂鬱2

前回の海賊との戦いの続きです

波の音だけが静かに響く浜辺で、

月明りの中、アイネスは静かに語り始める。

それはまるで、海そのものが紡ぐかのような、

澄んだ旋律だった。


「……私は、ある日──」


アイネスの声は、どこまでも穏やかで、どこまでも切なくて。


「沈んだ船の近くで、ひとりの“人間の王子”を助けました。

 彼は傷だらけで、何も語らず……ただ、私の腕の中で眠っていたのです」


彼女の瞳が遠くの波間を見つめる。

まるで、今もそこに“彼”がいるかのように。


「彼はとても……優しい顔をしていました。

 眠っているだけなのに、私は目が離せなかった。

 触れたら壊れてしまいそうで……けれど、離れられなかった」


エトラがそっと息を呑み、ミレイナが無言のまま目を伏せる。

だが、アイネスは語りを止めなかった。


「私は彼を、岸まで運び……人間の女性に託しました。素敵な王子様⋯きっと私なんかよりふさわしい人がいると思って」


そして、ぽろりと──一粒、涙がこぼれた。


「……それでも、忘れられなかったのです。

 彼の手のぬくもりも、表情も、鼓動も……」


「私は……人間を、愛してしまった。

 でも私は海を離れられません⋯足もない、あな人の居場所も分からないす……」


「それでも会いたくて。

この町に⋯ほんの一目でも……会えるのなら、

それでいいのに……もしあの日の事を思い出して、この海岸に立ち寄ってくれたらと⋯」


夜風がぴたりと止まり、静寂が満ちる。


アイネスは、それきり何も言わなかった。


だが、その沈黙を破ったのは──ワイアットだった。


「……なるほどな。いい話だ」


彼はゆっくりと立ち上がり、火の粉を見つめながら続ける。


「でもな、アイネス。

 いい話ってのは、“叶って”こそ本物なんだよ」


その瞳には、いつもの軽薄さはなかった。

真っ直ぐで、強くて、少しだけ……優しかった。


「涙で終わらせるな。

 お前の“好き”って気持ち、俺たちがちゃんと届けてやる」


「──だから、信じろ」


「俺が、“運命”だろうが“種族の壁”だろうが、

 ぶっ壊してみせるってことをな」


言葉を失ったアイネスは、そっと目を伏せる。

その頬には、もう一筋──あたたかい涙が流れていた。


こうして一人の人魚姫が、

“過去の恋”ではなく、未来へ踏み出す



カレンが気付く

「ねえ……めっちゃ手、震えてるよ?」


ワイアットは無言で手をそっと隠す

だが、その震えは確かに止まっていなかった。


少し離れた場所から、ミレイナの冷静な声が響く。


「……狙ってた人魚が、他の男に心奪われてますからね。我が君は」


その言葉に、ビクッと肩を揺らしたワイアット。

だがすぐに、顔を上げ、無理やり笑顔を作る。


「……いいんだよ、俺は」


「女の涙は、止めてやるのが男だろ……っ」


そう言ってそっぽを向いたが、その口元は引きつり、目元は悔しさに滲んでいた。

声には出さなかったが、内心では叫んでいた。


(俺が……先に好きだったんだぞ!!)


ミレイナとカレンは、そんなワイアットの様子に気づいていた。

だが、あえて何も言わず、そっと背を向けた。


風が吹く。

新しい一日が始まろうとしていた。


次はアイネスの恋の相手――“人間の王子”を探す

だがそれは同時にワイアット自身との戦いでもあった。


砂浜の一角。

ワイアットたちは“恋の後押し作戦会議”を開始していた。


問題は――


「しかし、問題は“陸上での移動手段”ですね……。

 尾びれのままでは、人間の王子に会うこともままならないかと」


腕を組みながら、ミレイナが冷静に指摘する。


アイネスは、少しだけ申し訳なさそうにうなずいた。


「……はい。私、人間の足を持っていないんです。

 海の外で歩くことは、できません……」


長い銀髪が、そっと揺れる。

その横顔は、どこか儚げだった。


だが、ワイアットはすぐに前を向いた。

そしてふと、隣にいたエトラの方に視線を向ける。


「エトラ。なんとか……ならねえか?」


その問いに、エトラは一瞬驚いたように瞬きをした。

だがすぐに、小さく笑みを浮かべながら、腰のポーチから一つの小瓶を取り出す。


「“変形魔法”なら、私の得意分野です。

 一時的に身体の構造を組み替えることができますよ?」


──その瞬間、場の空気が静止した。


「……ねぇ、もうエトラだけで良いんじゃないかしら?」


呆れたようにカレンが呟き、半目でワイアットを見る。


「うん……正直、ちょっと思ってた……」


全力でうなずくワイアット。


「えっ!? いえいえ、私は……皆さんがいるからこそ私も頑張れてるんですっ///」


頬を染めながら、慌てるエトラの姿に場が和んだ。


そして――


変身の時 


エトラが小瓶の中の薬液を取り出し、静かに呪文を紡ぎ始めた。

魔力の光が淡くアイネスを包み、彼女の尾びれは、ゆっくりと光の中に溶けていく。


代わりに現れたのは、白く細い、しかししっかりとした“人間の脚”だった。


「……これが……“足”……?」


信じられない、といった様子で目を見開くアイネス。

恐る恐る立ち上がり、一歩、また一歩と、砂浜の上に足を進めていく。


その動きはまだおぼつかない。だが、確かに――歩いていた。


「……すごい……私、本当に……歩けてます……!」


光に照らされた横顔が、はじめて見る世界に心からの感動を浮かべていた。


「良かったですね、アイネスさん」


ミレイナがそっと声をかけ、カレンはニッと笑って親指を立てた。


「さ、王子探しに出発だね!恋ってのは、逃げたら負けだよ〜♡」


夜明け前の砂浜に、希望の風が吹いた。


アイネスの一歩は、まだ小さい。

けれど――この旅の中で、やがてその一歩が、奇跡を起こすのかもしれない。


情報収集の任務を引き受けたカレンは、街中の酒場や港の関係者、さらには商人たちの話を器用に繋ぎ合わせて――やがて、ひとつの“手がかり”を持ち帰ってきた。


「──王子、今は『海上離宮』に滞在してるってさ」


報告を受けたのは、海辺の宿の一室。

一行は地図を広げ、王子の居場所とされる“海上離宮”の場所を確認していた。


ルミルナ近海に浮かぶ、貴族専用の巨大な浮島。

波に囲まれたその宮殿は、豪奢な離宮であると同時に、外部の者が容易に近づけない“要塞”でもあった。


「ただ──」


カレンが、少し表情を曇らせながら続ける。


「その王子、最近は“貴族の婚約者がいる”って噂もあるよ……」


「……!」


空気がピンと張り詰める。

静かに地図を見つめていたミレイナが、ふと目を伏せて呟いた。


「もしその噂が本当なら……アイネスさんの恋、ますます難しくなるかもしれませんね」


険しい現実。

そして、越えるべき壁。


しかし、その渦中にいるはずのアイネスだけが

――ふんわりと、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……それでも、構いません」


その声は、波音のように優しく、そして確かだった。


「たとえ……彼が誰かと婚約していたとしても。

 たとえ、もう会えないとしても……」


「私は……一度、ちゃんと会って、伝えたいんです」


かつて命を救ったあの人に。

心から愛してしまった、たった一度の出会いに。


「そのためだけに、私は……この足を、もらったんですから」


小さな肩が、決意を宿していた。


ワイアットたちは、しばし言葉を失い――

やがて、ミレイナがそっと立ち上がる。


「……なら、行きましょう。

 海上離宮へ。あなたの恋に終止符を打つために」


カレンも頷いた。


「愛してるって、ちゃんと伝えなきゃ……始まらないもんね♡」


ワイアットは軽く肩をすくめて、苦笑いしながら呟いた。


「くそ、どうしてこう女の子の涙に弱いんだ俺は……。仕方ねぇ、行くぞ。“お姫様の恋”ってやつに、付き合ってやるか」


そして。

風がまた、海から吹いた。


ルミルナでも屈指の市場――

その中でも最も華やかな通り、“ブティック街”を三人の少女が歩いていた。


ミレイナ、エトラ、そして……人魚姫アイネス。


高級なドレス、香水、宝石、装飾品が軒を連ね、

店先に並ぶ品はどれも、王侯貴族をもてなす“本物”ばかりだ。


アイネスは、戸惑いながらも目を輝かせていた。


「……すごい……どれも綺麗で、眩しい……」


ふわりと笑ったのは、エトラだ。


「どれが気になります?可愛い系? それとも、大人っぽいのが良いですか?」


「えっ……あの、その……」


アイネスは少しだけ頬を染めて、目を泳がせた。

そんな様子を見ながら、隣のミレイナが真面目な声で言う。


「“王子に会う”という目的を踏まえれば、落ち着いた上品系が妥当でしょう。

……ただし、胸元を強調するデザインも候補からは外せませんね」


「~~~~っ!?///」


\ アイネス、顔真っ赤 /


頬まで真っ赤に染めて、俯いてしまうアイネス。

そんな初々しい反応に、エトラは思わずくすりと笑っていた。


その後も、三人はドレスを選び、香水を試し、髪飾りやチークまで相談し合った。

まるで、普通の女の子同士の、恋バナのように。


そして、ふとした瞬間――

アイネスは、大きな鏡の前でそっと立ち止まる。


試着したドレスは、シンプルながら上品な藍色のワンピースドレス。

動くたびにスカートが波のように揺れ、胸元の貝殻の装飾が、さりげなく海の名残を語っていた。


アイネスは、鏡越しにそっと自分の姿を見る。


「……私……人間みたい……」


「これで……会えますかね

 ──王子様に」


その呟きは誰にも聞こえなかった。


けれど、確かにその瞳の奥に宿った“想い”だけは、

仲間たちに、そしてこの街の空にまで届きそうなほど、まっすぐで純粋なものだった。


──恋をすることが、こんなにも嬉しいなんて。

アイネスは今、少しずつ“女の子”になっていく。




―ルミルナ沖。

そこに浮かぶのは、王族専用の海上離宮


王族や要人たちが静養や社交に使う、まさに“海上に浮かぶ城”と呼ぶにふさわしい壮麗な構造。

高い外壁、護衛付きの巡回ボート、そして魔法防壁。


ここに、一人の王子が滞在している。

その男が――アイネスの“忘れられない人”。




夜の潜入を前に、ワイアットとカレンは沖合の小型船から離宮を観察していた。


カレンは双眼鏡を構え、離宮の中庭をじっと覗き込む。


「……いた。あれが噂の王子。

容姿は……うん、文句なしの美形。でも……妙に取り巻きが多いわね」


「取り巻き……ってか、あれなんかチンピラって感じだな」


ワイアットも目を細めながらつぶやく。


「アイツ、本当に“王子”か……?」


王子は笑顔を振りまきながら、まるで舞台役者のように仕草が整いすぎていた。

取り巻く人間たちも、どこか不自然なテンションで彼を称え、褒めそやす。


カレンは眉をひそめ、ぽつりとつぶやいた。


「……この空気、嫌い。

なんだろう……“セリフを読んでる”みたい。

全部が出来すぎてる」


「……カレン、お前もか。俺も思ってた。

なんか過去の恩とか微塵も感じてなさそう」


ワイアットの瞳が静かに、そして鋭く光る。


「……ま、夜までには確かめるさ。“本物”かどうか」



---


一方その頃――


ルミルナのブティック街にて。

準備を終えたミレイナ、エトラ、そして……アイネスが再び姿を見せた。


彼女が選んだのは、水色のシルクワンピース。

その柔らかな生地は波のように揺れ、

首元には淡く輝く真珠のネックレスが寄り添っている。


海を感じさせるその装いは、彼女の静謐な雰囲気とよく合っていた。


ワイアットが、ふと目を見張る。


「……おいおい、王子に会わせるの、なんか惜しくなってきたな……」


その一言に、カレンがくすっと笑う。


「なに? 王子に“取られたくない”とか?」


「バカ言え、そんなんじゃねえよ。ただ……」


ワイアットは黙ったまま、アイネスを見つめる。



――ルミルナ沖、海上離宮。


王子リュシアンが主催する外交懇談会は、煌びやかな光に包まれていた。


招かれたのは各国の要人、商人、貴族、外交官。そして──

その中の一人に、アイネスの姿があった。


彼女は今、“人魚”ではなかった。


魔法で与えられた足で、ドレスをまとい、真珠を胸に飾った、

――ただの一人の“人間の女性”として、そこにいた。


けれど。


アイネス(小さく震える声で)

「……リュシアン様……」


それは、海の底からずっと追いかけ続けてきた、たったひとつの想い。

命を懸けて救った王子の名。


──そして、その瞬間だった。


会場が少しざわめく。

王子・リュシアンが、姿を現した。


磨き上げられた金の礼装。隙のない身のこなし。整いすぎた笑み。


彼は、アイネスの真正面に立ち、優雅に礼を取る。


リュシアン(微笑みながら)

「やあ、お初にお目にかかります、美しいお嬢さん。

まるで“海の精霊”のような方だ」


アイネスの息が止まる。


──何も、覚えていない。


あの時の手も、声も、涙も、全部。


「……」


「リュシアン様、わたしです。あの日、あなたを……」


王子の視線はどこまでも優しく。

どこまでも、よそよそしかった。



アイネスの手が、小さく震える。

そして、握りしめたドレスの裾に、そっと涙が一粒、落ちた。



その様子を見つめる影

遠巻きにそれを見ていたのは、ミレイナだった。


彼女は静かに、ワイアットの方へ視線を向ける。


「……我が君。あの王子、“あれ”が本性です。

アイネスさんの想い……届きませんでしたね」


「……失敗か⋯」




外交懇談会が終わり、ワイアットたちは静かに離宮を後にしようとしていた。

警備の目を避け、船着き場へと抜ける廊下――その途中だった。


物陰で、数人の男たちが口論していた。


一人は、見覚えのある顔。

──先日、人身売買のオークション会場で裏方を務めていた“あのスタッフ”だった。


もう一人は……王子リュシアンの“側近”として懇談会でも随行していた男。


──その声が、静かな廊下に響く。


側近の男が吐き捨てるように

「……人魚を逃がした無能に用はない! お前の代わりなんていくらでもいる!」



「し、しかし王子様に届ける予定だったんです!

“高値で売れる”と仰っていたのは、あんたゃ……!」


「黙れ。……“王子様”は忙しいんだよ。

くだらない尻拭いで我々の仕事を増やすな」



---


ワイアットたちが息を呑む。


──王子は、“人魚の競売”に関与していた。


ワイアットが歯を食いしばる

「……あの野郎……!アイネスを……“商品”として……」


「……確定ですね。王子はただの政治家じゃない。

人身売買の“後ろ盾”だった」


カレンが険しい顔で

「愛を語るどころか……アイネスを“売る側”だったってわけか……!」


沈黙するアイネス

一行の背後。

そこには、追いついてきたアイネスの姿があった。

言葉は、ない。

ただ、こぼれるのは涙でも叫びでもなく――“沈黙”。


彼女は、自分がずっと想い続けてきた“王子様”の正体を、この目で見てしまったのだった。



「……聞いたかアイネス。

あいつが欲しかったのは、“お前の価値”だけだ」


彼の声に怒気が混じる。


アイネスの震える声

「……そんなの、信じたくない。

でも……私が助けたのは、あの人だった……」


「海の底で……あの人の手を……」


アイネスは、そこで初めて声をあげて泣いた。


出口へと続く最後の通路へ降りる階段

静寂を破るように、黒服の集団が現れた。


「なんだお前?」


ワイアット達を取り囲むように現れる十数名。

上の階の窓にはリュシアン王子の姿があった。


その目は冷たく、鋭い。


「……逃がすつもりか? 俺の“商品”を」


空気が一変する。

誰もが息を呑んだ。


「……気づいてたのか」


低く呟く声。

それは驚きではなかった。ただ、怒りの確認だった。


「名前も、声も、忘れていたくせに……商品としての私は、覚えていたんですね」


「当然だ。あれほど美しい個体は滅多にいない。

それを盗み出すとは……これは国家への反逆にも等しいぞ?」


「うるせえんだよ……!」


怒声と同時に、風が走った。


「俺たちが助けたのは――“恋をした、ひとりの女”だった」


拳が握られ、剣が抜かれ、魔力が灯る。


背後には、アイネスがいる。

もう誰も、彼女を傷つけさせはしない。


波の音をかき消すように、戦の気配が迫る。


──“海上離宮の決戦”、ここに開幕。



黒服達に剣を向けられた瞬間


「アイネス、こっち!!」


カレンはアイネスの手を掴むと、一直線に駆け出す。

目前は海、高さはある、しかし――


「飛ぶよ!!」


ためらう暇もなく、アイネスを抱きかかえたまま、カレンは海へと飛び込んだ――!


バッシャアアアアアアン!!!


蒼い水飛沫が、夜の離宮を切り裂くように舞い上がった。


一方、ワイアットたちの出口は完全に封鎖されていた。

しかし、ワイアットは口元を吊り上げる。


「下がダメなら上がある。屋上に出るぞ!!」


「了解!!」


ミレイナが剣を構え、エトラは詠唱に入る。

彼女たちが黒服たちを迎え撃つ間、ワイアットはすでに走り出していた。


「足止めは任せてください!」


「行ってください、我が君!」


ワイアットは振り返らず、上層へと駆けあがる。

その先に待つ男――リュシアン。



---


屋上にたどり着くワイアット

そこにリュシアンは待っていた。まるで最初から

ここでの決着を望んでいたかのように。


「……来たか、俺のビジネスを邪魔した落とし前をつけて貰おうか」


「お前とは、どうしてもここでケリをつけなきゃなんねぇからな」



屋上――月光が照らす決闘の舞台。


ワイアットはゆっくりと拳銃をホルスターに納める。

その目は怒りを湛えながらも、冴え渡るように冷静だった。


「来いよ。こっちは素手で十分だ」


リュシアンが嘲るように鼻を鳴らす。


「貴様――舐めた真似を!!」


刹那、鋭く閃く銀の刃。

風を裂く突きを、ワイアットは半身でいなす。


そのままリュシアンの背後へ抜け――


バキィッ!!


肘打ち一閃。リュシアンの背中に炸裂し、体勢が崩れる。


「な……っ、馬鹿なッ!」



拳が、重く沈む。


ワイアットのストレートがリュシアンの頬を貫き、再び体勢を崩す。


剣を振るうリュシアン。

足元を払うフェイント。

掴まれた襟元――そして!


「終わりだ」


ズドォッ!!!!


ワイアットのローキックが、正確にリュシアンの右膝を砕いた。


バキッッ!!


鈍い音が月夜に響く。

リュシアンの膝が逆に折れ、そのまま崩れ落ちた。


「が、あああああああああああああッ!!!!!」


悲鳴を上げて地面に転がるリュシアン。剣は遥か遠くに飛び、もはや戦意も姿勢も保てない


足を砕かれ、剣を失い、もはや動けぬリシュアンは、屋上の柵に身体を預けていた。

息を荒げ、顔を歪めながら、ワイアットを睨みつける。


「……こんな……下衆どもに……私が、私が……ッ」


ワイアットは一歩、また一歩とゆっくり歩み寄る。

怒りは収まり、代わりに酷く冷たい目をしていた。


「なあ、“王子様”。俺は言ったよな。

──お前が忘れても、俺たちは覚えてるって」


リシュアンの背にあるのは、もはや海しかない。

その場から逃げる術も、足も、もう無い。


そこで、ワイアットがふと空を仰ぐ。


「ミレイナ〜」


次の瞬間――


シャッ!!


夜空を裂いて現れたのは、箒で飛ぶエトラ、

それにしがみついたミレイナが空中に現れる


その手には、鞘からわずかに抜かれた銀の剣。


「お任せを」


箒から夜空へ飛翔するミレイナ


鉄が切断される鈍い音とともに、リシュアンの体重を支えていた屋上の柵が、静かに崩れた。


「……っ!? ま、待て! 貴様ら、何を──」


ギィッ……ガタン!


柵が崩れ、支えを失ったリシュアンの身体が、後ろに傾ぐ。


そして、重力に従うように――


「誰か⋯」


月下の海へと、一直線に落下した。


風に揺れるマント、浮かぶ水しぶき。


ミレイナはワイアットの横へふわりと着地する。

二人は、静かにその場を背にした。


夜の海は、深く、冷たく、静かだった。


波打つ水面に、リシュアンが落ちてゆく――

脚を砕かれた彼は、まともに泳ぐこともできず、もがくように沈みかけている。


その様子を、少し離れた入り江の岩場から見下ろしていたのは、カレンとアイネス、足はヒレに戻っていた


静寂の中、波の音だけが鼓膜を打つ。


カレンは小さく溜め息を吐き、隣の少女に目を向ける。


「……どうする? 助ける?」


しばしの沈黙――


アイネスは視線を逸らさず、ただその姿を見つめていた。

かつて一度だけ、彼を救ったあの日と同じように。


けれど。


「……いえ」


その声は、波よりも静かで、けれど確かに強かった。


「もう……誰もあの人の手を取る気がない。

人を踏みにじり、自分の欲のために……“愛”すら、

利用したんです」


カレンは何も言わず、ただ隣の少女の横顔を見る。


アイネスの頬に、一筋の涙が流れていた。


「私は……あの人を、好きだった。

でも今は、ちゃんとさよならが言えます」


海から視線を外し、アイネスはカレンの方へ微笑んで振り返った。


「だから……もう、いいんです。

“本当に優しかった人”は、別にいるから──」


リシュアンは、誰にもすくわれぬまま海へと沈んでいった。



「ありがとう、ワイアットさん……あなたは、わたしの“英雄”です」



長い夜が明ける。

東の水平線が静かに朱に染まり、波が金色の光をはね返す。

残骸と砲煙の匂いが残る浜辺で、

アイネスはひとり静かに海を見ていた。

アイネスは振り返らない。

でも――その声はもう、泣いていなかった。


ワイアットが隣にやってくる


「もう大丈夫か?」


「……ずっと夢を見ていたみたいです

でも……もう目が覚めました」



---


波間を見つめて、アイネスは手を胸元に添えた。



---


「夢の中で私は“愛してくれる王子様”を探していた。

でも、目が覚めて初めて気付いたんです」



---


そして、ワイアットの方を向く。

銀の髪が朝日にきらめいて、

大きな海のような瞳に、真っすぐな恋が宿っていた。


「――私の王子様は、貴方がいい」



---


ワイアットは、驚いたように瞬きした後、

照れたように笑って、頭をかいた。


「そりゃあ、荷物は重くなるけど……

“そう言ってくれる子”は、誰よりも歓迎だな」


そっと、アイネスの手を引いて立ち上がらせる。

その手は、今度こそ“誰にも奪わせない”と語っていた。


そしてルミルナの国境線付近

アイネスの尾びれが、再び光に包まれた。


エトラが展開した魔法は淡い海色に輝きながら、静かに波紋のように広がっていく。


「それじゃ、始めますね──“陸上永久仕様”の脚、作ります!」


エトラが手をかざすと、尾びれのうろこが淡く光を放ち舞い散る。


やがて、すらりと伸びた脚が現れる。


「……はい、完了ですっ!」


エトラは満面の笑みで親指を立てる。


「これで大丈夫。ただし――水に浸かると一時的に尾びれに戻っちゃうので、お風呂とか海では注意してくださいねっ!」


一同は開いた口がふさがらない


「いや、なんでも有りね⋯この白魔道士……」


「法則がガバガバですね……」


「でも助かるわマジで。お前、何でも屋かよ」


「皆さんのおかげですっ……」


──かくして、人魚姫アイネスは、正式に旅の一員となった。


その微笑みは、もう過去に囚われることのない、前を向く人のものだった。



そして──次の国へ


照りつける陽光の下、青空を背にして一行が再出発する。


ノワールジェネシスには、ワイアットとカレンが乗る


レオノールにはミレイナ、その背には初めて乗る馬の感覚に緊張しているアイネスがしがみつきながらも、笑顔を浮かべていた。


そして、空からフワフワと同行するのはエトラ、

箒に乗り、柔らかく風を受けながら微笑んでいた。


ワイアットが声を張る。


「さあ行くぞ!次はどんな面白ぇ国が待ってるかな!」


砂漠、海、宮殿、人魚姫──


数々の出会いを越えて、

彼らの旅はまだ、終わらない。


──次なる舞台へ

これでヒロインが揃います

Pixivでヒロインの容姿公開してます

https://www.pixiv.net/dashboard/works

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