人魚の憂鬱1
人魚救出編、勿論ワイアットは勝てる戦いしかしません
海賊団“黒鯱”のアジトは港町の裏通りにひっそりと構えられていた。
表向きはただの倉庫群。だが奥に進めばそこには世に知られてはならない“市場”が広がっている。
──政府非公認の海賊商会。
そこでは、強奪した財宝の売買、違法薬品の流通、民間企業との秘密取引──
果ては奴隷のオークションや、見世物小屋との契約までが“商談”という名で進行していた。
「……なるほどな」
一行はそれぞれに変装し、
ワイアットは黒いフードを被り田舎の商人風、
ミレイナはスーツ姿、マフィアのボディガード風、
カレンはノリノリで踊り子風海賊(※胸元全開)
エトラは魔法で透明化して通路を進む
「やべぇな、今夜の目玉は“本物の人魚”らしいぜ」
「海で捕まえたってよ。見世物小屋の連中、10億でも買うってさ」
そんな声が、密談の中から聞こえてくる。
ワイアットの眉がぴくりと動いた。
「──いたな。絶対、取り戻す」
その時、倉庫の奥──特に厳重な鍵の掛かった一室に護衛を連れた男が入っていくのが見えた。
「貴重品は保管室だ。あそこだな」
壁に沿って、音もなく歩み寄る。
天井の梁、搬出用の滑車、積み上がった麻袋──
地形を利用し進む
“音を立てずに倒す”という旅の中で培った実戦技術
それを駆使しながらワイアットは保管室の前まで辿り着いた。
そして──
ガチャン、と静かに鍵が外れる音。
薄暗い部屋の奥には、大きな水槽があった。
水の中、白銀の髪がゆらゆらと揺れている。
青い瞳、涙に濡れた頬──
間違いない。人魚姫だった。
「……助けに来たぜ、姫さん」
静かに扉を閉め、ワイアットは水槽の前に立った。
まだ彼女は気づいていない。だが──
「あと少しで出してやる、全員撤退だ⋯
ミレイナ、エトラは裏から逃げろ、バレないように堂々としてろよ」
「はい、我が君もお気をつけて」
確認は済んだ、後は仕掛ける時を待つ
ワイアットはいつに無く慎重だった
「……その前に、カレン」
「えっ、なに?どうしたの急に?」
ワイアットは彼女の衣装――
濃紺の海賊ドレスに、大胆に開いた胸元、腰に巻いた金の装飾布、
そしてやたら似合いすぎる無造作髪と揺れるピアスを、
ゆっくり……いや、舐めるように見つめた。
「……その変装用の服ヤバい。
ちょっと……興奮した。今からいい?」
カレンは一瞬だけ目を見開き――
それから、にっこりと笑った。
「ワイアット〜♡いいよ♡ しよっ♡このまま
“潜入プレイ”ってことで♡ 裏倉庫とかどぉ?♡」
不自然に時間を置いてアジトからの
撤退に成功したワイアット達、
簡易の野営地で作戦会議を開いていた。
「──中には確かにいた人魚だ。まだ売られてはいなかった」
ワイアットが地図の上に指を走らせながら、倉庫内部の構造と見取り図を記憶の限りに再現する。
「見張りは多いが、動きは鈍い。商談が多すぎて、守りが甘いところもあった」
「なら、次で確実に奪還を……!」
ミレイナの目が鋭く光る。
だがその時──
「……やっぱ気に食わない」
カレンが珍しく真面目な声で呟いた。
皆の視線が集まる中、彼女はサングラスを外し、やや低いトーンで続けた。
「アタシもさ、前は海賊だったよ。船も襲ったし、宝石も盗んだ。 でも“カタギ”には絶対に手は出さなかった」
焚き火の光に照らされる横顔が、今だけは本気だった。
「力のない奴、騙されやすい奴、そういう“弱い人”を食いもんにするのは、最低のクズのやることだよ」
誰よりも海賊を知るカレンの言葉だった。
「見世物にされる人魚、買い取ろうとする業者、それを斡旋する海賊商会……全部まとめてブッ潰さなきゃ、意味ない」
「カレンさん……」
エトラが小さく呟く。どこか畏敬のこもった声だった。
「よし」
ワイアットが立ち上がる。
「だったら、やることは一つだ。全員で乗り込んで、あの人魚を救い出す。そしてこの街から、黒鯱を消す」
ワイアットのその言葉に、ミレイナは一礼し、剣の柄に手を添えた。
「ならば、全力でお供いたします。騎士として……貴方の隣に立ちます」
カレンがニヤリと笑う。
「さ〜って!火薬でも仕込んでやろうかな〜♡爆発オチってのもアリだよね〜?」
そしてエトラはそっと目を閉じ、右手に魔力を灯す。
「私は……“真実を暴く魔法”を使います。あの場所に巣食う偽善と偽装を、全て白日にさらしてみせます」
ワイアットが笑った。
「よし、作戦決行は明日の夜。全員、準備はいいな?」
焚き火の火が、風に揺れながら高く燃え上がった。
こうして──
人魚を救うための“冒険者たち”の戦いが、静かに幕を開けた。
煌びやかなシャンデリアが天井から垂れ下がり、壁には高級絨毯。
赤絨毯の上には、香水と煙草の香りを纏った貴族風の男女、軍人崩れのような男たち、宝石をジャラつかせた成金、どこか胡散臭い紳士淑女がひしめいていた。
そこは──犯罪者たちの“社交界”だった。
舞台は海沿いの巨大なドーム型建築。
普段は閉ざされた空間だが、今日だけは“特別な商品”が出品されるという噂を聞きつけ、金と欲望にまみれた亡者たちが集まっていた。
──そう、人間や珍しい魔族の競売。
豪奢なロビーに、スーツ姿の男とドレスに身を包んだ女が現れる。
ミレイナは黒のイブニングドレス、背中の大きく開いた一着。
髪は上品にまとめられ、まるで本物の貴族のような出で立ち。
その隣に立つのは、タキシード姿のワイアット。いつもの軽薄さは微塵もなく、冷徹なビジネスマンの仮面を被っていた。
「まさか今日がオークション当日だとは……ワイアット、急がないとまずいのでは?」
ミレイナが低く囁く。
「焦るなよミレイナ……逆にチャンスだ。こういう“会場内で展示”するような競売は、商品に直接近づける」
ワイアットは口元を微かに歪めた。まるで本当に金目当ての悪徳貴族になりきったかのように。
「それに潜入とはいえ……俺たちは今、正面から堂々と入ってる。この場では“紳士淑女”で行け、裏社会の礼儀だ。武力を使うのは……最後だ」
ミレイナは頷いたが、その表情には怒りと緊張が混じっていた。
「……あの人魚、あんな連中の玩具になどさせません。我が君」
ワイアットはちらりと横目でミレイナを見た。
「もちろんだ。……お前も、今日は“騎士”じゃない。
“俺の女”って設定で頼むぞ」
「っ……!///」
ミレイナがわずかに頬を染めたが、すぐに表情を引き締めた。
「……心得ております、」
(設定じゃなく⋯本当に貴方の女です!)
二人は会場の奥へと進んでいく。
赤い絨毯の先、分厚い扉の奥では、間もなく“最も高価で貴重な商品”が披露されるという──
ガラスの水槽の中、金貨に囲まれ、冷たい視線に晒されながら、“本物の人魚”が展示される。
時は来た。
正義も、理屈も、秩序も通じないこの空間で──
ワイアットの牙が、静かに研がれていた。
会場中央に設けられたステージ。
豪奢なカーテンが左右に引かれ、そこに現れたのは、背丈ほどもある透明な水槽だった。
水槽の中には、銀の髪をふわりと漂わせた少女が一人──
尾ひれを持ち、目を伏せて身を縮めていた。
人魚――伝説の存在。
だが今この瞬間、そこにいたのは“商品”として晒された一人の少女だった。
「さぁぁ諸君!!お待たせいたしましたァァァ!!!」
ステージに立つ司会者が、マイクを握りしめて喉を震わせる。
「本日の目玉ァァ!こちらァァァ!!
伝説にして神話の存在ッ!
ついに捕らえましたァァァァァ!!──“本物の”人魚です!!!」
会場が、爆発するような歓声に包まれた。
「おい見ろよ本物かよッ!?」「マジか!?」「うちの見世物小屋で一生稼げるぞ!!」
「オレの屋敷の噴水に泳がせたいねぇ……!」
「ハハ!いっそ風呂に沈めて“ペット”にしてやるよ!!」
下卑た笑い声、口笛、金貨を鳴らす音。
誰一人として、彼女の不安や恐怖の表情を見ようとはしない。
「ではァァァァ!入札を開始いたしまァァァすッ!!」
「開始価格は──100万ダストッ!!!」
「150万!」「200!」「500万ダスト!!」
怒涛のような金額が飛び交う。
──それはまるで、少女の価値を金で殴り合う地獄の狂宴だった。
「……ミレイナ」
観客席の奥、静かに佇んでいたワイアットが、低く呟いた。
「──えぇ。許しません」
ミレイナの声は震えていた。
それが怒りによるものか、悔しさか、あるいはそれ以上の感情かは、自分でも分からなかった。
「5000万ダストーッ!!」
「6000万! 7000万!!」
「8000万ダストォォ!!」
値はうなぎ登りだった。
だが、その額がいくらであれ、ワイアットたちの“落札”はあり得なかった。
彼らが望むのは“救出”──
奪われた自由と尊厳を、取り戻すために。
「──ミレイナ、まだだぞ⋯
だが一つだけ、確実に言えるのは……この場にいる全員が敵だってことだ」
「……はい。我が君」
二人の眼差しは、ステージの少女――
傷つきながらも必死に、涙を堪える“本物の人魚”へと、静かに向けられていた。
──宴は、地獄の熱に包まれていた。
そしてその炎を解き放つ時!
「──1億5000万ダスト! 他にいませんかァッ!?──よろしいッ!!!」
カンッ――!
司会者のハンマーが高らかに打ち鳴らされたその瞬間、
ドンッ!!!
会場裏手の倉庫から、鈍く空気を揺らす爆音が響き渡った。
天井が揺れ、観客席の一部がどよめく。
「な、なんだ!?」「爆発!?」「まさか襲撃か!?」「警備は何してる!!」
ざわつき始める会場。その混乱の中、マイクを握る司会者が必死に叫んだ。
「ス、スタッフ!今すぐ“商品”を裏へ!速やかに退避させろ!!」
「──了解です!」
即座に応じたのは、一人のスタッフに変装していたカレンだった。
フードを目深に被った彼女は、素早く水槽の横に駆け寄ると、警備員の隙を突いて鍵を奪い取る。
(よし……後は連れ出すだけ!)
「さあ、こっちへ!」
カレンは水槽の扉を開き、人魚の少女にそっと手を差し伸べた。
銀の髪を濡らしたままの彼女は、一瞬だけ目を見開き――
その手を、掴んだ。
「──ミレイナ!」
観客席の後方でワイアットが立ち上がる。
その声と同時に彼は自らの上着を脱ぎ捨て隠し持っていた拳銃を取り出し周りの注目を引き付ける
「カレンと人魚を頼む!」
「承知!」
ミレイナは即座に反応。座席の下に隠していた剣を取り出し、観客席から軽やかに跳躍する。
「くっ、何者だ!?」
「警備を呼べ!」
「あの男!!何者だ!?」
次々と騒ぎ始める観客と警備兵たち。
ミレイナはカレンと人魚を護衛する
「退け!」
ミレイナの斬撃が警備兵をなぎ払い、カレンと人魚の進路を確保する
この狂ったオークション会場を、戦場に変えるのは、ほんの一瞬のことだった。
脱出開始から数分後
裏路地の出口で全員が合流を果たした。
「間に合った……!」
ワイアットがカレンの腕を掴み、水を滴らせた人魚の少女を引き寄せる。
「あなた達は……一体……」
助けられたばかりの人魚は呆気に取られたようにワイアットたちを見つめていた。
銀白の髪が月光に濡れ、青く澄んだ瞳が揺れている。
「話は後だ!とにかくここを出るぞ!」
ワイアットがそう言い放った次の瞬間――
突如、頭上の壁が弾け飛び、着弾した銃弾が粉塵を巻き上げた。
「っち、来やがったか……!」
立ち込める煙の向こう、現れたのは黒装束に身を包んだ一団。
黒鯱海賊団――非合法武装組織の“処理班”だった。
「好き勝手やりやがって……」
「俺らの“商品”に手ェ出して、無事に帰れると思うなよ……!」
通路の出口、建物の屋上、背後の路地裏――
四方八方を黒服の海賊たちに囲まれ、全員が銃を構えている。
照準の先に立つワイアットたち。
その顔には怒りが、そして報復の意思がむき出しだった。
「くっ……」
ミレイナが剣を構えると同時に、カレンも小型ナイフを抜き、ワイアットは背後の人魚をかばうように一歩前へ。
「悪いが……」
ワイアットの口元が、わずかに緩む
「こっちも、こんなところで死ぬつもりは無ぇんだよ」
月明かりが、静かに照らしていた。
爆炎と喧騒の余韻が残る夜――
極限の包囲網の中でワイアットが叫ぶ
「カウンタック!!」
「「「YESボス!!!」」」
地響きのような声が響き、コンテナの裏、倉庫の屋根、影に隠れていた無数の人影が一斉に飛び出した。
全員が黒の外套に身を包み、手にはライフル、ピストル、その正体は――ワイアットが創設から資金提供し、動かしていた独立傭兵団。
「いつの間に呼んでたんですか!?」
剣を構えるミレイナが、驚きに声を上げた。
「オークション会場からずっと忍び込ませてたよ。俺が大人しく潜入してたとでも思った?」
そう言ってワイアットは、口角を上げて笑う。
「何事も“念のため”ってな。ま、奴らの始末はプロに任せて――俺たちは人魚を連れて脱出だ」
銃声が鳴る前に、カウンタックの傭兵たちが動き出す。
ワイアットは人魚の手を取り、叫んだ。
「行くぞ! ここはもう終わりだ!」
激しい戦火を背に、闇にまぎれて走り出す。
――これは計画通りの奇襲。
ワイアット流、“アウトローの美学”だった。
銃声が倉庫裏に響き渡る。
黒鯱海賊団の手にあるのはマスケット銃。単発で装填に時間がかかる代物だが、至近距離での殺傷力は侮れない。
しかし――
「なんだコイツらは!? 撃っても倒れねぇ!!」
海賊の一人が、目の前で堂々と進軍してくる傭兵に叫んだ。
確かに当たっている。だが、弾は傭兵の体に触れた瞬間に、まるで透明な壁に阻まれるように軌道を逸れ、地面に転がっていく。
恐怖に顔を歪める海賊たち。
その様子を見届けて、エトラが胸元で指を組み、小さく微笑んだ。
「皆さんには、防弾結界の魔法を全員に付与済みです。敵の火器程度では傷ひとつ付きませんよ」
ワイアットはそれを聞いて、にやりと笑った。
「ナイス!エトラ!これが本物の“支援魔法”ってやつだ!」
その言葉に、エトラの頬がほんのり紅く染まる。
「えへ……がんばりました」
その間にも傭兵たちは装填・排莢操作も無しに
ライフルを乱射する。
連射性、命中率、貫通力。すべてが圧倒的だった。
「バ、バケモンだ……!」
魔法と兵器――二つの時代を越えた力が融合した傭兵団は、まさに“戦場を制圧するため”に存在していた。
敵を寄せ付けぬ防御と、逃さぬ火力。
逃走する一行、ミレイナとカレンも呆気に取られていた。
「カウンタック⋯以前までのライフルとは違う⋯」
「最近になって新兵器に更新させたんだよ!」
「てかあんなのオーパーツでしょ!?どういう理屈!?」
するとエトラが
「発砲時の燃焼ガスの圧力を装填機構の作動に利用出来ないかと思いまして⋯試してみたら成功しました!セミオートと名付けました!」
もはや理解が追いつかないミレイナとカレン
「いや、エトラが考えたのか!?」
ワイアットも称賛
「俺の頭じゃレバーアクションやボルトアクションが限界だったからな!エトラのお陰だぜ!!」
砂浜に、静かな波が寄せては返す。
カウンタック傭兵団の援護もあり、ワイアットたちは海賊の包囲を突破し、無事に海岸へと逃げ延びていた。
夜明け前の空が淡く染まり始める中、ようやく落ち着いた空気が戻る。
そして、そこには――
金色の月明かりに照らされた、海のように澄んだ瞳の少女。
魚の尾を持つ、伝説の存在。
彼女が静かに、言葉を紡ぐ。
「……あなた達は、あの時の……」
人魚の少女が、そっと視線を上げた。
「……覚えていてくれたか」
ワイアットが苦笑しながら、頭をかいた。
「ゴメン。俺たちのせいで、捕まる羽目になって……」
だが、少女は小さく首を振る。
「……いいえ。あの入江にいた私の責任です。人の目に触れぬよう暮らしていたのに……私が、うかつでした……。あなた達のせいではありません……」
静かに、瞳から涙が零れる。
それは海に溶けるように波打ち際の砂に染みていく。
「大丈夫ですか!? 人魚さん!どこか怪我は!?」
エトラが慌てて駆け寄り、心配そうに問いかける。
少女――人魚は、かすかに微笑んで首を横に振った。
「いえ……身体はもう、大丈夫です……でも……」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……どうしても、届かないのです」
意味深な一言が、夜の静けさを裂く。
ワイアット達は言葉を失った。
誰も、その意味がすぐには理解できなかった。
だが、彼女はゆっくりと胸に手を当てて、続けた。
「……私の名はアイネス⋯アイネス・メランコリと申します」
その名が語られた瞬間、どこか運命の歯車が軋みを上げて回り始めたような――
そんな感覚が、皆の心に走った。
この少女が何者なのか。
“届かない”とは何を意味しているのか。
海賊との戦いは実は前座でメインは次回の予定です




