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プロローグ ― 勇者ノーザ

はじめまして、初投稿になります。

右も左も分からず至らない所もあると思いますが宜しくお願いします。

少しイカれたヒーローや大好きな競馬ネタを盛り込んでみた作品です。是非読んで見て下さい


――その英雄譚の終わりは、新たな旅の始まりだった。


かつて、ひとりの男がいた。

その名はノーザン・クレイン。

剣を握り、愛馬と共に戦い、悪しき王国にたった一人で立ち向かった不世出の勇者である。


彼が討ち滅ぼしたのは、魔族が支配する〈奈落の王国〉。

幾多の試練と戦いの果て、ついに王の首を刎ね、世界に平和をもたらした英雄――


だが、彼の隣には、常に一人の魔女がいた。

名はニーナ・ピサロ。

かつて“氷の魔女”と恐れられた大魔道士にして、ノーザに忠誠を誓い、そして彼を深く愛した女性だ。


人々が祝福を送る中、二人は旅の終わりを迎え、

やがて静かな村に身を寄せ、平穏な暮らしを手に入れる。


そしてある日。

ニーナの身体に、新たな命が宿っていることが告げられた。


それは、世界を救った英雄と、孤高の魔女との間に生まれし“希望”。


平穏の果てに芽吹いた奇跡のような物語は、

やがて新たなる時代の扉を開けてゆく。


――これは、かの英雄の“息子”が綴る、もう一つの伝説である。


――剣を置いた英雄と、その妻が育む日々。


「……ニーナ」


「ノーザ様♡」


名前を呼ぶだけで通じ合う夫婦など、この世界にどれほど存在するだろうか。


静かな山間の村。その一角にある小さな家には、かつて世界を救った英雄と、その妻が穏やかな時を重ねていた。


「ったく……朝からまた甘いの焼きすぎだって、ニーナ」


「ふふっ、でもノーザ様、甘いのが一番好きでしょう?」


テーブルには焼きたてのシナモンパンがずらりと並び、湯気を立てていた。

その香ばしさに目を細めつつも、ノーザは苦笑しながら手を伸ばす。


一見、どこにでもある夫婦の朝。

けれどこの男こそが、かつて〈奈落の王国〉を討ち滅ぼした“伝説の勇者”ノーザン・クレインであり、

この女性こそが“氷の魔女”と呼ばれた大魔道士、ニーナ・ピサロに他ならない。


――そして今、ただの夫婦として平凡に、しかし深く幸せに暮らしている。


「……これが俺の勇者人生の終着点だとはな」


「私は今が一番好きですよ。ノーザ様とこうして、同じ家で朝を迎えられるだけで……」


「……ニーナ」


「ノーザ様♡」


何度目かの名前の呼び合いに、空気が甘くとろける。

……いや、本当に甘い。焼き菓子の匂いのせいだ、多分。


そんな二人の世界に、少年の声が割って入った。


「行ってくるよ、父さん、母さん!」


「気をつけてね、ワイアット!」


玄関の扉を開け、駆け出す少年の名は――ワイアット・クレイン。

父親譲りの野性味と、母親譲りの整った顔立ちを持つ、精悍な少年である。


彼の目的地は、村外れの放牧場。


そこには一頭の馬がいた。

名は〈ノワールジェネシス〉。漆黒の毛並みと深紅の瞳を持つ、気高くも荒々しい牝馬である。


その血統は、まさに“奇跡”。


祖母は、かつてノーザが乗りこなした“怪物馬”〈ドラグーンラヴズ〉。

そして父は、世界最強の名を欲しいままにした伝説の競駿〈エクノリクス〉。


闘争本能と美しさを兼ね備えたその馬は、人の手には余るはずだった。

実際、どれほどの名騎手が挑んでも、皆振り落とされて骨を折ったという。


――だが、ただ一人だけ、彼女を乗りこなせる少年がいた。


「ノワール、おはよう。今日も頼むぞ」


そう声をかけながら、ワイアットは彼女の首筋にそっと触れる。

ノワールジェネシス――、彼の言葉にだけ静かに耳を傾け、目を細めるのだった。


「兄ぃ!おにぎり持ってったほうがいいよー!」


声をかけてきたのは、家の前で手を振る小さな少女。

妹のリリィ・クレイン。黒髪に満開の笑顔、まさに天使のような存在だ。


「ありがとな、リリィ!行ってくるよ!」


そう言って、ワイアットは鞍に飛び乗った。

軽く手綱を引くだけで、ノワールジェネシスは驚くほど滑らかに駆け出す。


彼女は、ワイアットと共にだけ、走る。


風を切り、土を蹴る。

地を裂くような疾走感とともに、少年と愛馬の調教が、今日も始まる。


まだ、旅立ちは少し先。

だがその背には、確かに“新たなる冒険”の風が吹いていた。


その日の夜

家の中は、焼き立てのグラタンの香りで満ちていた。


テーブルの上には、ニーナ特製の夕食が並び、

ノーザはグラスを片手に、ゆったりと椅子にもたれていた。


「リリィ、ちゃんと野菜も食べなきゃダメよ?」


「やだ~、にんじん残す~……ワイアット兄、食べて~!」


「おいおい、何で俺に来るんだよ。ちゃんと自分で……って、うわ、もう口に入れてんじゃねーか!」


わいわいと賑やかな食卓。

かつて魔王を討ち滅ぼした勇者と魔女とは思えない、微笑ましい家族の風景だった。


そんな空気の中、ノーザはふと、息子に視線を向けた。


「……なあ、ワイアット」


「ん?」


「お前も、来月で二十歳だな」


フォークを置いて、ワイアットは父を見返す。


ノーザはグラスをゆっくりと傾けながら、続けた。


「どうするつもりだ? 王都に行って騎士になるか?

騎手ってのもいいだろう。お前の馬の腕なら、すぐにでも食っていける。

それとも、学者や商人って道もある。魔道学院の推薦も、母さんなら書けるぞ?」


リリィが「お兄ちゃんが学者!?」とポカンと口を開ける。

ニーナも苦笑いしながらグラスを口に運んでいた。


けれど、ワイアットの表情は、少しだけ硬くなる。


彼は、一度だけ深く息を吐いてから、ゆっくりと答えた。


「どれでもないさ」


ノーザの手が、止まる。


「……俺は、父さんみたいな“伝説の勇者”になれない。

騎士も、騎手も、学者も商人も……誰かの敷いたレールに乗るのは、どうも性に合わないんだ」


「そうか」


「俺は、自分の夢を探すよ」


静かな、でも確かな声だった。


「何がしたいのか、まだ分かってない。でも、ノワールと旅に出て、世界を見てみたいんだ。

誰かの背中を追うんじゃなくて、自分の足で、自分の道を探したい」


沈黙が流れた。


けれど、それを破ったのは――母の笑顔だった。


「……素敵ね。ワイアットらしいわ」


「……うん、兄ちゃん、かっこいいかも!」


ノーザは、目を閉じて、ひとつ頷いた。


「俺も、昔そうだったよ。何がしたいか分からなくて、とにかく外に出た。

気がつけば戦って、仲間ができて、気づいたら英雄なんて呼ばれてたけどな」


「……それって、だいぶ規格外じゃない?」


「ははっ、そうかもな。だが……」


ノーザは、グラスを置いて、息子に正面から向き合う。


「“伝説”なんて、他人が勝手に語るもんだ。

お前はお前のままでいい。やりたいことを、胸張って探してこい」


「……ありがとう、父さん」


ワイアットは、まっすぐ父を見返して、深く頷いた。


その夜、食卓にはいつも通りの笑い声が満ちていた。

けれど、そこにはもう一つ――


“旅立ち”という名の、確かな決意が静かに灯っていた。


――夢追う少年と、黒き名馬


朝露の匂いが、まだ冷たい空気の中に残っていた。


木製の馬小屋に、荷物を詰める控えめな音が響く。

屋根の隙間から射し込む光が、少年の横顔を優しく照らしていた。


ワイアット・クレイン。

栗色の髪を後ろでひとつに束ね、鍛え抜かれた身体に簡素な旅装をまとっている。

年齢は十九。だが、その瞳にはもっと遠くを見据える何かが宿っていた。


彼の目の前には、小さな荷鞍袋が広げられている。


中には、母ニーナが手縫いしてくれた替えの下着とシャツ、

保存食や水筒、夜の冷え込みをしのぐ薄手のマント。

そして――彼が大切にしまっていた“宝物”が、ゆっくりと詰められていく。


お気に入りのカウボーイハット。

旅のあいだ、陽射しと雨から彼を守ってくれる相棒のような存在だ。


風除けのゴーグルは、砂埃の多い荒野や疾走時に必須の装備。

そして、腰には新品の革製ホルスター。

そこに収められているのは、村の商店の手伝いで何ヶ月も働いて貯めた金でようやく手に入れた、

ピカピカの2丁のピストルだった。


銀の輝きが朝日を反射し、未来を照らすようにきらめいている。


「……ふぅ」


準備を終え、ワイアットは深く息を吐いた。

肩にかけた鞄の重さが、これからの旅の実感となってのしかかってくる。


だが、その胸には不安以上に――“ワクワク”があった。


「よし……行こうぜ、ノワール!」


その声に呼応するように、奥の馬房でひときわ高く嘶く声が響く。


ノワール。


真っ黒な毛並みに、燃えるような紅の瞳を持つ牝馬。

祖母は、かの伝説の勇者ノーザが乗りこなした“怪物馬”ドラグーンラヴズ。

そして父は、世界最強の名を欲しいままにした名馬エクノリクス。


――奇跡の血統。その頂点にして、唯一無二の存在。


だが、そんな気高き馬が唯一心を許すのが、

目の前に立つ若き騎手、ワイアット・クレインただ一人だった。


「行こう、ノワール。世界を見に行こうぜ」


ノワールが足を踏み鳴らし、またひと声、力強く嘶く。


その響きはまるで、彼の旅を祝福するかのようだった。


扉が開く。

朝日が差し込む中、少年と名馬が、世界へと第一歩を踏み出す。


まだ見ぬ風景が、彼らを待っている。

まだ知らぬ出会いが、彼らを試す。


夢追う若者と、黒き名馬。

――彼らの旅が、今まさに始まろうとしていた。

村の外れ、小さな石橋を越えた先にある街道。

そこが村の“出口”だった。


川のせせらぎ、草原を渡る風、鳥の鳴き声。

全てが、今日という日を祝福しているように聞こえる。


そしてその道端に――家族が立っていた。


父、ノーザ。

母、ニーナ。

妹、リリィ。


三人とも、ワイアットが来るのをじっと待っていた。


「……遅いわよ、お兄ぃ!」


先に声を上げたのは、リリィだった。

可愛らしいワンピースに身を包み、手には小さな包みを持っている。


「何してたのよ、最後なんだからちゃんと時間守ってよね!」


「悪い悪い。ノワールのたてがみ、旅用に整えてやってたら時間かかってな」


「ほんとは寝坊したんじゃないの?」


「う……それは……まぁ半分正解」


ワイアットが照れたように頭をかくと、リリィは包みを差し出した。


「はい、これ。私からのお守り。中には、チョコと……あと手紙!」


「お前、泣かせにきてんのか……」


「バーカ、泣かないでよね。私が泣いちゃうから」


そのやりとりに、ニーナが優しく微笑む。


「……気をつけてね、ワイアット。

寒くなったらこのマントを使って。あと……ちゃんと食べるのよ?」


「はい、母さん」


「それと、怪我をしたらすぐに薬草を──」


「……母さん、過保護が出てる」


「うぅ……だって……初めてなんだもの……こんなに遠くまで行くなんて……」


ニーナがそっとハンカチで目元を押さえる。

ノーザはそんな妻の背に手を添え、代わりに言葉を継いだ。


「行け、ワイアット」


その声は、静かで力強かった。


「お前はまだ何者でもない。けど、それでいい。

誰だって、最初は“ただの若造”だ。何かになりたきゃ、まずは外へ出ろ」


「……うん」


ワイアットはゴーグルのバンドを調整し、ハットを軽く押さえた。


腰には、ピカピカの双銃。背には鞄。

乗るのは、誇り高き黒き名馬、ノワール。


彼は手綱を軽く引いてから、家族の方を振り返る。


そして、胸を張って言った。


「俺はフリーターから、とんでもないビッグになるからな!」


「……なんて発言よ、それ!」


「ワイアットらしいね……ふふっ」


「がんばってね、お兄ちゃん!!」


三者三様のツッコミと笑顔を背に、ワイアットは拳を高く突き上げた。


「じゃ、行ってくる!!」


ノワールが地を蹴り、前へ走り出す。


その背に乗って、少年は風になる。


夢も、地図も、目的もない。

けれど、目の前には世界がある。


そして、その一歩を踏み出すに十分すぎる“家族の愛”が、背中を押してくれていた。


こうして、ワイアット・クレインの旅が――始まった。


――そして、仮面は脱ぎ捨てられる。


「じゃあ、行ってくる!!」


家族にそう叫んだワイアットは、ノワールの背にまたがり、颯爽と村道を駆けていった。

ハットが風に揺れ、ゴーグル越しに見える空は、限りなく高く澄んでいた。


橋を渡り、村の最後の民家を過ぎたその瞬間――


「……ふぅ」


ワイアットは、ふっと肩の力を抜いた。


そして……次の瞬間、

彼は満面の笑みで叫んだ。


「よーーーーっし!!」


「金と女と夢!! 欲しいもんは全部手に入れる!!」


ノワールが高らかに嘶き、道を蹴る。

その疾走は、まるで拘束から解き放たれた野生そのものだった。


「騎士? 商人? んなもん興味ねぇ! 俺は俺だ!!世界で一番イカした人生、楽しんでやるさ!!」


風が唸りを上げる。

黒き名馬ノワールは、村道を抜けて山道へ。

そしてそのまま、王都へと続く大街道へと躍り出た。


鞍袋の中には最低限の荷物と、ピカピカの双銃。

胸にあるのは、どこまでも自由な魂と、ちょっぴり危うい笑み。


誰にも縛られず、誰にも従わず、

“とんでもないビッグ”になると誓った少年は、ようやく――本当の意味で“自分”になった。


「なあノワール、いい女といい宿に出会ったら……どうする?」


ノワールは横目でギロリと睨み返してきた。


「……はいはい、調子に乗りすぎるなってことだな」


軽く笑いながら、ワイアットは馬の首筋を軽く撫でた。

次回から本格始動です

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