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中国経済崩壊 ・ Cの手順(シナリオC)

【あらすじ】

2025年の秋。中国の地方融資平台(LGFV)の不履行が広がり、不動産バブルの後始末が家計と地方銀行を直撃した。香港ではドルが足りず、さらに米国の追加関税が重なって、円は急騰。株も社債も一緒に下がった。

日本の製造業は同時多発ショック(シナリオC)のただ中。営業課長の「俺」は三つの選択、逃げる・耐える・攻めるのうち、いちばん難しい「攻め」を選ぶ。鍵は、現金の確保・契約の作り直し・国内需要の掘り起こし・為替ヘッジの三本立て。そして三年後、南海トラフ地震。俺たちは「Cの手順」で、もう一度立て直す。

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第一話 静かな港、鳴り止まない電話

港は静かだった。

前の週まで、コンテナが山のように積まれていた。今日は、風とカモメしかいない。

通関業者から電話が入る。

「先方の信用状(LC)、香港の銀行が開けません」

ニュースは、地方融資平台の公募債が飛んだと繰り返している。香港では、朝はドルが高く、夕方だけ少し緩む。ドルが足りない。

社に戻ると、購買からも連絡が来た。

「中国のEVサプライヤ二社が夜逃げ。ブレード電池の納入、見通しゼロです」

不動産が崩れ、地方財政の蛇口が閉まった。LGFVの現金は蒸発し、工場の賃金は遅れる。下請けは連鎖で倒れる。そこへ米の追加関税が重なった。

為替ボードを見る。円が跳ねている。

紙の上の採算が、音を立てて崩れていく。

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第二話 非常時ダッシュボード

会議室。スクリーンの数字は、どれも赤い。

ホワイトボードに、俺は四つの柱を書いた。

1)キャッシュ最優先——運転資金は90日分を死守。在庫回転は月次で追う。四半期待ちは禁止。

2)契約の再設計——不可抗力+価格自動見直し(関税・為替・運賃に連動)を標準条項に。

3)国内で稼ぐ——海外が止まるなら、**省エネ補助(GX)**で設備更新需要を一気に獲る。

4)バランスシート防御——コミットメントラインを増額。格付機関には先回りで説明。

経理部長が問う。

「……為替は、どうする?」

「三本立てでいきます」

俺は指を三本立てる。

「分割(小口で入る)/階段(時期や深さを分散)/ロール(期限前に入れ替え)。ネットで70%をカバー、残り30%は価格条項で回収します」

言葉にすると、嵐の中にも細いがまっすぐな道が見えた。

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第三話 落ちる音、伸びる糸

民間EV二位が、法的整理に入った。

モーターとインバータの仕様変更の相談が、同時に三件。現場は悲鳴だ。

一方、国内の省エネ補助は想像以上に反響がある。古い工場ほど、電気代が重い。

「KPIは“海外が止まったら国内で稼ぐ”。見積から受注までの転換率を週次で出せ。詰まりは現場で解す」

夕方、香港の流動性残高(Aggregate Balance)がさらに縮むという速報。ドルはじわじわ高い。円はさらに跳ねる。

株も社債も沈む。それでも、一本の糸は伸びた。

国内の自動車工場が、ラインの省エネ改修を前倒し。対米向けはメキシコで最終組立に回し、日本は電力コストの最適化で息をつなぐ。

攻めは、こうして始まる。

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第四話 価格条項という剣

米向けの見積に、DDP(関税込み納入)を標準装備した。

「関税は自動スライド、為替は月次中値、輸送は実費。赤字にはしません」

先方は渋る。だが、同業が次々と同じフォーマットに切り替えた。市場は現実に合わせて、静かに形を変える。

価格条項は盾ではない。剣だ。

人民元建ての与信は上限を半分に。代わりに前受金+在庫引取りを条件化した。

アジアの販売は、代理店モデルから直販へ。地域の売上比率は、中国60:他地域40 → 50:50へと動き出す。

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第五話 Cの中で生きる

年末。

日本の実質成長率は、前年から2.0%ポイント低下した。

設備投資の計画は相次いで延期。

為替はドル安/円高に振れ、輸出の採算を削った。

それでも、倒れなかった。

・キャッシュ90日は守った。

・在庫回転は20%改善した。

・格付の照会には、先回りで答えた。

・省エネ案件は芽を出した。半導体装置は保守・消耗で粘り、自動車は北米域内(NAFTA)で一本橋を渡る。化学は高機能材で細く長く続く。

LGFVは再編の途中。不動産は長い調整に入った。民間EVは再編され、いくつかの名前が消えた。

それでも俺たちは、Cの中で生きる術を覚えつつある。

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第六話 三年後——地が鳴る

三年後。

景気は痩せ、政権は交代した。補助金の芽は選別され、税と財政は締まる。

政権が変われば、現場の空気も変わる。日本は自民党・国民民主党の連立政権になった。

・省エネ補助は「防災+排出削減+雇用継続」に絞られ、看板だけの案件は後回し。

・最低賃金は段階的に引き上げ。非正規の同一労働同一賃金のチェックが厳しくなり、人件費は重くなるが、離職は減る。

・公共調達の透明化が進み、電帳法・インボイスの運用が徹底。書類は増えるが、価格転嫁の説明が通りやすくなった。

・財政は「歳出に歳入を添える」原則。補正は小刻みで、補助は選択と集中に。

・輸入先の多様化が進み、対中依存はゆっくり低下。北米・ASEANの比重が増える。

・再エネPPA(電力購入契約)が普及。需要家側の省エネ投資は税額控除で後押し。

現場への波及ははっきりしていた。俺たちの価格条項は、公共・大手相手でも通りやすくなった。いっぽうで人件費と監査工数は増える。だから工程を洗い、自動検査と省力化に投資する。コミットメントラインは、信用保証の一時的な上乗せで枠が増えた。政策は変わったが、Cの手順はそのまま使えた。

このタイミングで、BCP(事業継続計画)を棚卸しした。BCM(継続マネジメント)の月例点検を再開し、RTO(最長停止許容時間)とRPO(許容データ損失)を最新の業務実態に合わせて更新。対策本部の連絡網は月1訓練、代替拠点への切替手順は四半期ごとにリハーサルした。

その夏、南海トラフ地震が来た。2011年の記憶が、2028年に反復する。

物流は寸断。部材は東西で孤立。電力は綱渡り。最終組立は一時停止。

俺たちはファイルを開く。タイトルは「Cの手順」。

BCPを発動——災害レベル3。対策本部へ指揮系統を切替。

・キャッシュ90日を再点検(支払・回収の前倒し/延伸の交渉)。

・DR(災害復旧)手順で基幹システムを九州DRサイトへフェイルオーバー(RTO=24h/RPO=4h)。

・代替拠点(メキシコ・九州)へ即時切替、優先SKUだけで縮小生産。

・価格条項の非常時条を発動(納期・コスト・為替を再設定)。

・サプライヤBCP可動率を確認し、一次/二次で迂回手配。

港は止まっても、人は止まらない。

Cの手順は、災害にも効いた。

翌月、最初のラインに灯が戻る。

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■ エピローグ “攻め”の定義

役員会。社長が訊ねた。

「攻めるとは、なんだ?」

俺は答える。

「止血=BCP発動で損失を最小化し、回復=DRと代替拠点で復旧曲線を前倒し、成長=価格条項と原産地と省エネでキャッシュを正の勾配に戻すことです。つまり、BCPで守り、BCMで続け、そこから攻めに繋げることです」

窓の外。港が、ゆっくり動き出していた。完全ではない。

だが、完全でなくても、勝てる戦いはある。



用語ミニ解説


LGFV:地方政府の資金調達会社。土地収入減で資金繰りが悪化。


オフショア債:香港など域外で発行する外貨建て債。再調達に詰まるとドル不足。


Aggregate Balance:香港金融管理局(HKMA)の供給流動性残高。縮むとUSDが取りにくい。


DDP/価格自動見直し:関税・為替・運賃の変動を自動反映する契約設計。


コミットメントライン:非常時に引ける約束融資枠。


GX:省エネ・脱炭素投資と補助の総称。

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