表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

8:見習い聖女と政変のあらまし

 見習い聖女になって早一年、最初はいきなりよくわからない貴族が押しかけて来るのではないかと思っていたのですが、ヴィクトルが……というよりたぶんその上の人達が周囲に圧力をかけてくれたのだと思いますが、今まで隠れ住んでいたのが何だったのだろうというくらい平穏な毎日を過ごす事ができました。


 一日()食の食事と継ぎ接ぎの無い服や寝床、体が資本だという事で聖女の食事は優遇されていますし、明日食べるパンの心配をしなくて済むというのがこれほど心に平穏をもたらすものだという事を知りませんでした。


 勿論相変わらず世情はバタバタしていますし、目隠しをつけたままの生活ではあったのですが……ごくごく普通の格好では「大丈夫か?」と心配されるような目隠しも、見習い聖女の姿だと「それだけの力があるのならきっと良き聖女様になるのでしょう」と感心されるというのが面白かったです。


 中には「ケッ、自分の目すら治せないような奴の何が聖女だ」みたいな悪口を言ってくる人もいるのですが、欠損レベルの致命傷が治せないのは事実だから仕方がありません。


 この辺りはアインザルフに居る聖女の限界と言いますか、フィリス様(始まりの聖女)がいた時代は聖女の数も少なく口伝で事足りたのが災いし、3代目か4代目の筆頭聖女様が技術を残そう(書籍として纏めよう)とお考えになられた時には“大震災”という未曽有の大混乱が大陸を襲ってしまい、多くの資料や技術が散逸してしまったのだそうです。


 必要な部分だけをかき集めて再現したのが今日(こんにち)まで続くアインザルフの奇跡の御業であり、失われた技術というのはかなりの数にのぼるようで……これ以上の失伝を防ごうという事で詰め込み式の教育が施されるようになり、散逸した技術を少しでも回復させようと他国の聖女に教えを請おうとしていた時期もあったらしいのですが、人との戦い(戦争)にも利用できる聖女の力を気軽に教えてくれる国がありませんでした。


 そもそもの話、フィリス様がアインザルフに亡命して来られたゴタゴタが切っ掛けで今は無きフェルダルフィ(大陸南方の国)との戦争が勃発し、盗人のように現れたドヌビス(西の隣国)に豊かな西方領域を掠め盗られた事が今日まで続く確執の始まりだったという事を考えると、そう簡単に教えてもらえるような技術でもありません。


 勿論アインザルフでも独自の研究は行われていますし、クラウディア先輩なんかは独自に色々な奇跡を編み出そうとしていたのですが……そう簡単に作り出せるものでもありませんし、作り出せたとしても扱いきれるのは当人だけで、他の聖女では再現する事が出来ない事の方が多いのだそうです。


 実際のところは日々の業務に忙殺されているので研究どころではないというのがアインザルフの実情で、特に私の場合は世情が落ち着きご落胤騒動が収まるまでに自活できるだけの能力を身に着けていればいいやと割り切っており、クラウディア先輩からは基本的な技術を、アネス先輩からは応用と戦闘技術を習う事になっていたのですが……私が見習い聖女になってすぐ、アネス先輩が正式な聖女として第五騎士団に配属される事となりました。


 これでアネス先輩の鉄拳教育とはおさらばだと内心喜んでいたのですが、第五騎士団は強力な魔物や魔獣の出現に備えた後詰の部隊なので帝都に駐留しており、教員配置はそのままだったので少しだけガッカリしたものです。


 とにかく見習い時代の生活は基本的な知識や奇跡の習得に始まり、日常的な奉仕活動(危険の少ない実地訓練)と細々とした雑務と忙しくも平穏な日々だったのですが、私が10歳になった時に一つの大きな出来事がありました。


 その出来事と言うのはヴァルシャイト・エリュタス・フォン・アインザルフ皇帝陛下の崩御という一大事でした。


 一応私の父という事ではあったのですが、最後まで面識はなく……ああ死んだのかといった感じではあったのですが、母が何とも言えない顔をしていたのを憶えています。


 改めて母の気持ちを聞く気にもなれず、私達親子の感想は何ともいえないものだったのですが、周囲の狼狽はなかなかのものでした。


 事の発端はエントンシュン(南西地域)グ大湿地帯に面した南方行路に馬車をも飲み込む巨大ワームが出現したとかで、その討伐に第八(南方)騎士団を主軸にした第四(調査・研究)騎士団と第五(魔物討伐)騎士団の半数が派遣される事となり、この派遣の時期が皇帝陛下の巡視の時期と重なったのだそうです。


 この視察は南方行路を巡った後に実の弟であるアルスウェイ公爵が治めるバンフォルツ領(西方行路基幹地)経由で戻られるという大規模なもので、危ないので取りやめてはどうかという話もあったのですが……魔獣が出たから逃げ帰りましたでは陛下の威信が下がると前線視察のつもりで第一(近衛)騎士団を引き連れ出陣し……そうしてスタンピード(魔物の暴走)に巻き込まれたのだそうです。


 端から聞いていると冗談みたいな話なのですが、スタンピードで近隣の町や村が滅んでいますし、第八騎士団付きの聖女が亡くなられているので笑える話でもありません。


 とにかく発生したスタンピードはヴァルシャイト皇帝と護衛をしていた騎士団総長と第八騎士団付きの聖女、そして付き従った数多くの騎士達の犠牲の上で何とか解決したのですが……一大事が過ぎ去ると出てくるのは後継者問題で、とりあえず直系男子であるヴォルフスタン皇子を即位させたものの実務能力は未知数で、国内の貴族は今から丁度いい後継者(第三者)を探すか、実績のあるアルスウェイ公爵(皇帝陛下の弟)を押すか、忌み子と嫌われているヴォルフスタン皇子をこのまま推すかという3つの派閥に別れていきました。


 情勢としてはアルスウェイ派が先手を打つ形で動いており、その速さは皇帝陛下が亡くなられたのも彼の仕業ではないかと噂される程だったのですが……とにかくこうなってくると一々無名のご落胤なんていう傀儡丸わかりの私を担ぎ上げようとする人もおらず、そもそも担ぎ上げたとしても誰も納得しなかったのだと思います。


 ある意味皆がバタついている間に適当な理由をつけて地方都市(田舎)に引っ込んだ方が良かったのかもしれませんが、10歳の子供に身の振り方の判断が出来る筈もなく……ただ流されるままに目の前のやるべき事を熟していく事しか出来ませんでした。


 そうして私がバタバタとした日々を送っている間も情勢は動いており、この頃からアルスウェイ派の重鎮達が次々とヴォルフスタン派に鞍替えを始めました。


 友誼に熱そうなヴィクトルですら長年親交のあったアルスウェイ公爵を裏切りヴォルフスタン派に鞍替えしたと聞いた時には彼の事を心底見損なったものですが、そのおかげ(現皇帝についたの)で先のスタンピードで亡くなられた騎士団総長の後を継ぐ事となり、それに合わせてパージファル家は侯爵へと陞爵されたのだそうです。


 あのヴィクトルが侯爵様とはお笑い種ではあったのですが、それ以外の身の回りの変化といえば先のスタンピードで亡くなられた第八聖女の代わりにザーラ先輩が第八騎士団に配属される事となり、帝都から離れる事になりました。


 明るく面倒見の良かったザーラ先輩が居なくなった事で帝都の教会は少しだけ寂しくなったのですが、そんなバタバタとした情勢が3年ほど続きます。


 そうして着々と足場を固めながら派閥作りをしていたアルスウェイ派がヴォルフスタン政権を打倒するのではと思われていたのですが、大方の予想を覆してヴォルフスタン皇帝がアルスウェイ公爵を自らの手で殺害するという形で決着がつく事となりました。


 それからのヴォルフスタン皇帝は機を窺っていただけだというように身の回りを固め(粛清を行い)、今度こそ私達も身の振り方を考えなければいけなくなってきたのですが……私にもパトリシアという後輩が出来ていたり、幼馴染のカリンが見習い聖女になっていたりと、聖女と言う立場にも色々なしがらみが出来ていました。


 というのも私もアネス先輩の付き添いで帝都周辺の魔物退治に出始めており、色々な人の笑顔を見て、感謝の言葉を聞いて、聖女と言う役割に充実感を覚え始めていた時期だったので、それらを見捨てて逃げ出す事が出来なかったからです。


 そして私が14歳になる頃に第八騎士団に赴任していたザーラ先輩の訃報(死亡通知)が届き、仲の良かったメリー先輩が大泣きをしてから穴を埋める為に派遣されてと相変わらずアインザルフの聖女事情は悲しいくらい貧弱で、そんな状態で自分の身が危ないので皆を見捨てて逃げ出しますという訳にもいかないという事くらいは、幾ら薄情な私でも理解できました。


 そんな風に私が逡巡している間もヴォルフスタン政権の改革が進み、最初の数年はぼんくらを装い着々と証拠を集めていた陛下はアルスウェイ公爵を粛清したのを皮切りに、悪事を働いていた貴族や金持ち達に不正の証拠を突きつけ処刑して回り、彼らから奪った富を民に還元しながら改革を推し進めていきます。


 解放者、ヴォルフスタン。


 そんな圧倒的な民衆の声と共に集まった有能すぎる人材(元アルスウェイ派)によってアインザルフ帝国の舵取りが行われていたのですが、私には民衆の期待を一身に受けた皇帝に粛清されるような後ろ暗い過去もなければ没収されるような富もありませんでした。


 血筋的な問題はあるのかもしれませんが、別にヴォルフスタン皇帝も皆殺しという訳ではなくて……粛清されるのは評判の悪い貴族や悪徳商人だけだったので、漠然と何とかなるような気がしていました。


 とはいえ皇帝陛下と定期的に顔を合わせているハンナさん(筆頭聖女)はヴォルフスタン皇帝と会う時は青い顔をしていましたし、クラウディア先輩なんかは嘔吐と眩暈で3日ほどまともに動けなくなったほどで……アネス先輩ですら「あんなのと一緒にいるくらいだったら魔物の群れに突撃しろと命令された方がマシだ」と言って極力避けようとしている始末で、私の中でのヴォルフスタン陛下の評価が良くわからなくなります。


 とにかく下手に接触して粛清されても困りますし、政治云々に関する事は考えないようにしていたのですが……私が15歳の時、そんなヴォルフスタン皇帝と顔を合わせる事になる大きな事件がありました。

・ネタバレのようなただの補足

※アインザルフの食料事情では一日二食が限界で、三食食べているのはある程度の地位がある人達か肉体労働を行っている人達に限られます。


※大震災 = 広範囲の地震と瘴気が溢れ続けていた時代があり、その当時は魔物や魔獣が暴れ続けて常にスタンピードが起きているといった過酷な時代がありました。その影響で大陸全体の技術力が衰退し、その復興には数百年の時を有しました。


※扱いきれるのは当人だけ = 実は聖女にも向き不向きがあるのですが、アインザルフだと初歩的な所で技術が止まっているのでその辺りの研究が進んでいません。わかりやすく言うと生活魔法は誰でも使えるけど、各属性については良くわかっていないような感じで、火属性の魔法使いが水属性の魔法を使うのが苦手みたいな感じのものがあります。というより実は必要最低限の技術をどのような聖女でも扱えるようにまとめ直しているのがアインザルフの御業で、向き不向き関係なく使えるというのは人的資源の乏しいアインザルフらしい進化といえるのかもしれません。


※まったくの謂れのない誹謗中傷でヴィクトルの評価を下げているマリアンですが、彼は最後までアルスウェイに付き従うつもりだったのですが、公爵本人から説得されてヴォルフスタン側に寝返っています。


※ヴォルフスタン皇帝の荒れていた時期で、人との付き合い方もよくわかっていませんし、出力の調整も上手くいっていないので周囲の人達はかなり大変だったと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ