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20/20

20:これからの事

 私達は終戦の報告を受けてもすぐに信じる事が出来なかったのですが、よくわかっていなかったのはドヌビスも同じだったようで……いったいどういう事かと進軍を停止する者がいたり直接事情を問いただそうと引き返して行く人がいたりとバタバタしていて、私達がセルン=フェネヘン(ドヌビス側の国境)を奪い返す事が出来たのはそれだけドヌビスが混乱していたという事なのかもしれません。


 そういう混乱が落ち着くまでにはそれなりの時間が必要で、情報の整理をおこなうためにも事の経緯を説明してもらう事になったのですが……まずドヌビスを挑発する為にヴォルフスタン皇帝が……安全を考え今の今まで前線に立つ事の無かった皇帝陛下がクワンリープ要塞(中央要塞)に立て籠もるドヌビス軍とラークジェアリーに向かって突撃を敢行し、その獅子奮迅っぷりは肩を並べて戦ったロルフから見ても異常な戦闘力だったのですが……陛下の膨大な魔力は鎧だろうと防壁だろうと関係なく蹴散らし大暴れをしていたようで、陛下が開けた穴に向かってヴィクトル達が突撃を開始しました。


 実情としては単騎特攻に近い状態だったので上手く分断する事が出来たらヴォルフスタン皇帝の自滅を狙えたのかもしれませんが、大所帯で横の繋がりの弱いドヌビスは最優先目標(皇帝陛下)の出現に色めきだち、陣形を崩してしまったのだそうです。


 そしてクワンリープ要塞を掠めるように進路を変えていった(北に向かった)ヴォルフスタン皇帝の挑発に乗る形でドヌビス軍の一部が突出し……こうなって来ると友軍に遅れてはなるものかと追撃を行う者がいたり状況を見守ろうと追撃を中断する者が出たりとドヌビス側の足並みが乱れました。


 そこに後方支援をおこなうべく現れたロベルト団長(混成第七騎士団)が混乱を広げていくとドヌビス軍は大きく崩れてしまい……ヴォルフスタン皇帝の尋常ではない突破力に北部連合の集合が間に合わないままリピッド=ラム=ダム(ドヌビスの王宮)前に王宮近衛を並べる事になったのですが、補給もままならない状態で最奥まで突撃して来るとは思ってもいなかったというような慌てっぷりで、王家への忠誠心の低さを表すような薄い防衛線だったのだそうです。


 因みに最後の最後で温存していた“杖持ち(魔物使い)”が出て来たのですが、失敗の教訓が中央まで伝わっていなかったのか自陣内で集めた魔物が暴れ始めたりと……ドヌビス側の混乱に乗じてアインザルフの攻城戦が開始されました。


 ロルフが言うには「相手が馬鹿でよかった」という事になるのですが、リピッド=ラム=ダムは軍事的な拠点というより社交の場としての意味合いが強い風光明媚な山の麓に広がっている池の傍に建てられている街だったようで、アインザルフは混乱の極みにあるドヌビスの防壁をぶち破って市街地に流れ込み……楽々と城壁を破壊していく陛下達も色々と可笑しいのですが、流れ込んだ後は王宮警備の為に残っていた部隊との激しい市街戦を展開する事になります。


 この頃になるとアインザルフを追撃して来た部隊が追いついて来ていたのですが、リピッド=ラム=ダムの中に入り込んでしまったアインザルフを攻撃するかどうか(城下町での乱戦の可否)で揉めていたようで……逃げ惑う国民(王都に住む貴族達)の保護もしなくてはなりませんし、なかなか突入に踏み切る事が出来なくなっていたのだそうです。


 そうしてドヌビスが手をこまねいている内にヴィクトル達は内堀に守られた王宮の目前まで到達して、もう少しで宮殿内に突入するというところでオーベル・ファルコ・デ・ドヌビス14世……ドヌビスの国王が白旗を上げて降伏を申し入れて来る事になりました。


 条件は自分の命を助けてくれたらという全面降伏に近く……アインザルフ中では降伏など認めずこのまま息の根を止めてしまえ(王を殺せ)と言う過激な人達も居たのですが、そんな事をしてしまえばリピッド=ラム=ダムを包囲しているドヌビス軍(大軍)から袋叩きにあうのが目に見えていますし、王様を人質にしながら講和条約の締結を推し進める事になったのだそうです。


 そしてドヌビスはドヌビスで王が勝手に降伏しただけだと言い出しており、直接血と汗を流しているは我々だと反乱の兆しも見えたのですが……ドヌビスの救援という建前を守っていたラークジェアリーが参戦理由を失い(ドヌビスの降伏)、早々に矛を収めた事で彼らも暴発する訳にはいかなくなったのだそうです。


 というのも1年近く続いた戦いは彼らにもそれなりのダメージを与えていたようで、ドヌビスの復興にはラークジェアリーの力(治療の力や物資)が必要だったという事情もアインザルフに味方をする事になります。


 とにかくドヌビス側が条件を飲むという形で休戦が成立し、ラークジェアリーの仲立ちを受けながら降伏条件を詰める為に陛下やヴィクトル達が王宮に留まっており……というより下手に動くと速攻で叩き潰されそうだったので、王宮に立て籠もるアインザルフをドヌビスが包囲しているという逆転現象がおきていたのだそうです。


「と、言う事があったのだが」

 ロルフは事の経緯を味方に伝える為にドヌビスの包囲網を突破して来たのですが、交渉自体はドヌビスの暴発を警戒し……というより現実的な問題としてドヌビスを丸々手に入れたとしても持て余すだけですし、奪還した旧領一帯の領有権の主張と賠償金代わりの物資を要求するという比較的受け入れやすい条件を提示しているのだそうです。


 後は敵国として戦う事になったラークジェアリーにも何かしらの賠償をして欲しいところなのですが、お金を貰っても使い道に困りますし、隣国(ドヌビス)の隣国であるラークジェアリーから食料などの物資を融通してもらうにしても運送の手間を考えたらいまいちで……。


「なので今後下手に首を突っ込まないという約束と、人質としての聖女や戦闘行為で傷ついた物への補償という名目でポーションなどの薬品類の提供を条約に盛り込む予定ですが…どこまで話がまとまっているのかは」

 因みに“杖持ち(魔物技術)”に関する諸々なのですが、コストとしてエーテル(魔力回復剤)とかいうエリクサー(完全回復薬)並みに貴重な薬品が必要で、アインザルフが運用するのは色々と難しい物なのだそうです。


 ドヌビスはこの辺りの問題を解決する為にラークジェアリーとの取引を行っており……そういう伝手の無いアインザルフでは宝の持ち腐れですので、接収した技術は第四騎士団(魔法部隊)に丸投げする事になります。


 とにかくそういう話し合いがリピッド=ラム=ダム(ドヌビスの王都)で行われていましたし、私達が報告を受けた時点で揉めに揉めたドヌビスとの講和条件が概ね決まっていたのですが、ラークジェアリーとの交渉はこれからで……ドヌビスからはキッチリと取り立てるもののラークジェアリーに関しては口約束だけでのらりくらりと言い逃れられる可能性が高く、下手に機嫌を損ねて再び戦端が開かれたら厄介な事になるのであまり強く出られないというのが実情なのだそうです。


「そう、か…わかった、ルドガルド宰相にはワシの方から話しをつけておく…が、どうしたものかの~」

 陛下はこのままラークジェアリーに向かう予定で……移動の手間を考えたら負けた方(ラークジェアリー)から来て欲しいのですが、国力的な問題(ごねられたら困る)でアインザルフの方から調印やら諸々の雑務を終わらせに赴く事になるのだそうです。


「喜ぶべき事…では、あるのだが…複雑な気分なんじゃよな~」

 そんな報告を聞いたアレクサンダー団長がぼんやりと呟いていたのですが、この時のアインザルフはやや不完全燃焼な状態で、あまりにもあっさりと戦争が終わってしまった事に対して気が抜けてしまいました。


 これでアインザルフが負けたとなればまた違っていたのかもしれませんが、転がり込んで来た勝利に唖然としてしまい……喜べばいいのか悲しめばいいのかわからないという感じではあったのですが、勝ちは勝ちであり……アレクサンダー団長はこのまま旧領地(ドヌビス東部)に留まり割譲作業に着手する事となり、仕事に没頭する事でぽっかりと空いてしまった心の空白を埋める事になります。ただ私の場合はその辺りの切り替えが上手く出来なくて……。


(こんなにあっさりと終わるのだったら…この戦いで散っていった人達って)

 あっさりと負けを認めるくらいなら襲ってこなければ良いのですが、きっと彼らにも彼らの主張があって……そして国家の上に立つというのはこういう理不尽なものを飲み込み続けなければいけないという事で、私にはとてもできないと思いました。


 とにかく私は何とも言えない気持ちで講和条約が結ばれていくのを見守る事になるのですが、事務作業の引継ぎを終えたヴィクトルが本国に連絡を入れる為に国境付近まで戻って来て、その呑気すぎる姿を見たらようやく何処か頑なだった心の奥底にあったモノが解けていくように顔がニヤけてしまって……それだけで終戦を受け入れられるような気がしました。


「っと、こんな所に居たのか…ってぇ!?何でいきなり蹴りを入れて来るんだよ…お前も筆頭聖女として人の目を…つーかもう少し威厳とかお淑やかさとかいうものをだな」


「うっさい!好きでやっている訳じゃない!」

 何か恥ずかしくてゲシゲシとおもいっきり向う脛を蹴っ飛ばしてやったのですが、勝利の余韻に浸っているヴィクトルはニヤニヤとしているばかりで……。


「まったく、俺達がどんな思いで勝利をもぎ取って来たと思って…って、それは良いんだが…少しばかり頼みたい事があってな」

 なんて切り出してきたのですが、ヴィクトルが言うには講和条約を纏める為にラークジェアリーに向かう必要があるようで、私にもついて来てほしいのだそうです。


「何で私が?」

 政治的な話はわからないので断りたいのですが、他国に向かうというのに聖女の護衛が居ないというのは問題なようで……ヴィクトル達と突撃して行ったアネスさん(第五聖女)は疲労で寝込んでしまい、国境付近に居るカリン(見習い聖女)はまだまだ経験不足、本国からクラウディアさんや他の聖女を呼び寄せるとなったら時間がかかるという事で、丁度暇そうにしているのが私くらいしか居なかったのだそうです。


「って事で丁度いいのがお前しかいなくてな、そういうの(政治的な話)が苦手っていうのはわかっているし、浄化作業だけしてくれたら後の事は俺達に任せてくれたら良いんだが…わざわざ頼みに来たっていうのには訳があってな」

 やや気まずそうに説明をしてくれたのですが、ヴィクトルが言うには皇帝陛下と騎士団総長に筆頭聖女という国のトップ層が他国に出ているという状況は襲撃の対象になるという事で、私には侍女か何かに変装しておいて欲しいのだそうです。


「変装って…役職持ちが問題ならヴィクトルが抜けたら?」


「それが出来たら良かったんだが…」

 なんでもザイン第一騎士団長は陛下の名代としてドヌビスに残る事になり、第五騎士団のベクター団長は生き残った騎士達を纏め上げる仕事に就いているのだそうです。


 アレクサンダー団長は割譲予定のセルン=フェネヘン周辺の治安維持と編入手続きに忙しいですし、混成第七騎士団のロベルト団長は戦闘中の怪我が元で本国送りと……交渉の場に副団長クラスを連れて行く訳にもいかないという事で、陛下と立場が釣り合うヴィクトル(騎士団総長)が護衛につく事になったのだそうです。


 そして陛下とヴィクトルは事前交渉で顔が割れているので変装してついて行く事も出来ず、必然的に残っているのが筆頭聖女である私だけで……。


「そういう訳で…頼む!あ~…まあ、その…ようするに、お前も立場とか血筋とかを考えずに旅行気分でついてきたらどうだっていう事なんだが」

 たぶん私がぼんやりし過ぎているといった報告を受けたヴィクトルが気をまわした結果なのだと思いますし、ごくごく普通の人生を送りたかった私にごくごく普通の職業を体験してみないかという提案だったのですが、色々なしがらみに囚われている私を一時的とはいえ解放してあげたいという企みなのだと思います。


「それは…仕方がありませんね、最低限の浄化作業以外は好きにさせてもらいますよ?」

 一種の休暇っぽい何かに連れ出してあげようという彼なりの不器用な優しさに苦笑いを浮かべる事になるのですが……それはそれでムカつくのですよね。


「ほどほどに、な…お前の場合はとんでもない事をしでかしそうだし…って、何で蹴るんだよ!?」

 ニカッと笑うヴィクトルの笑顔がムカついたのでもう一度蹴っ飛ばしておいたのですが、少しだけワクワクして来ているのも事実で……。


「何か…ムカついたからです!」

 連れ出された先でアインザルフの運命と私の未来(女帝になるしかない)を変える女性(レティシア)と出会う事になるのですが、この時の私は何もわかっていなくて……ヴィクトルが良い感じに手を回してくれたおかげで仕事らしい仕事もなく、私は生まれて初めてともいえる国を跨いだ気楽な旅路に心をときめかせていました。

・ネタバレのようなただの補足

※アインザルフ最強の戦術が陛下の単騎特攻というふざけた国なのですが、特攻した後に前後で分断されたら目も当てられない状況になるので多用する事は出来ません。

 そして賠償関連はもう少し吹っ掛けても良かったのですが、アインザルフとしても綱渡りに近い状況なので無理を言う事が出来ませんでした。これは仲立ちを行っているラークジェアリーの顔色を窺っていたというのもあるのですが、下手に拗れたら国内の餓死者が出始めるという弱味を見せる事になりますし、相手が飲みやすい条件を提示する事で早急に纏める事を優先しました。


※ラークジェアリーから賠償金を分捕っても困るというのはお金だけあってもお腹が膨れないからです。というのもアインザルフの立地的にまともに交易が出来るのがドヌビスだけですし、こんな状況ではまともな交易がおこなえないので高確率で持ち腐れになってしまうからです。

 そして人質としての聖女とか言っていますが、これはラークジェアリーが聖女の多い国として有名だったからですし、戦場で苦しめられたという経験があるからなのですが、アインザルフの聖女が少なすぎるのでその補填が出来ればくらいの感覚で条約に組み込んでみたという感じです。当初は10人くらい送るように言ってみた(吹っ掛けた)のですが、渋るに渋られてボロボロの大聖女が1人だけ送られて来る事になります。


※マリアンがワクワクしていたのは血筋的なものがなければごくごく普通の聖女になっていたか、母と同じように皇宮勤めをしていたかというある意味彼女の理想の暮らしに近かったからで、それくらいのスローライフを目指して日々の活動を行っていました。


※最後になりましたが、前日譚をお読みいただきましてありがとうございます。感想や☆や良いねを押していただけると猫が小躍りしますし、活力になりますのでどうぞよろしくお願いします。とにかくこれで前日譚が終わり本編に続くのですが、本編側の修正や再開についのあれこれは活動報告の方に上げていきますので、再会までしばしのお別れという事で締めさせていただこうと思います。

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