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2:平凡を望む少女

 その年(私が9歳の時)は本当に酷い猛吹雪が吹き荒れていたのですが、大規模な補修も出来ずに騙し騙し使っていた家屋の一部が雪の重さに負けて崩落してしまうという事件が起きてしまい、貯蓄していた食料や色々な物が散乱して使い物にならなくなってしまいました。


 このままでは不味いと何とか掘り起こそうとしたのですが、凍り付くような冷気と猛烈な吹雪に襲われながらの作業はままならず……脆くなった家屋がパラパラと崩れてきてしまったので渋々掘り出す事を諦めたのですが、それから更に数日間、猛烈な吹雪は吹き荒れていました。


 切り詰めに切り詰めた食事と横穴から叩きつけられる凍った風とギチギチと軋む家屋に怯えながら親子共々餓死か凍死か圧死を覚悟していたのですが、家が半分ほど崩れたところで雪が小降りとなり、私達は白い息を吐きました。


 寝不足と凍えるような冷たさのせいでまともに動く事が出来なかったというのもあるのですが、ここまで盛大に崩落していると私や母の力だけではどうする事も出来なくて……埋もれていた物も猛吹雪によってどこかに吹き飛ばされているか、カチコチに凍ってしまっていました。


 それでも時間をかけて食べられそうな物だけでも掘り返しておいたのですが、備蓄は半分以下に減っており……到底この冬を乗り越えられる量ではありませんでした。


 その事実に目の前が真っ暗になりかけて、無理をしてでも物資を確保すべきだったと後悔したのですが、今更嘆いても仕方がないとパリパリに凍った涙を拭います。


 こんな事でへこたれている場合ではありません、寝室周りは変態貴族(前の住人)が無駄に頑丈な作りに替えていたのでもう少し持ち堪えてくれそうなのですが、次の吹雪に備えて家の補修をしないといけませんし、屋根の上にこんもりと積もった雪も下ろさないといけなくて……優先しなければいけないのは吹雪で崩れてしまった横穴を塞ぐための築材の確保と、駄目になってしまった食料の代わりになる物を手に入れる事でした。


 それが出来なければ待っているのは凍死か餓死で、私は白い息を吐いて擦り切れかじかんだ手を擦り合わせながら薄いコートを着込み、防寒具擬きの布を露出している肌に巻き付けて外出準備を整えました。


「…出かける、の?」

 母はここ最近の冷え込みで完全に体調を崩してしまっており、その日もベッドから起き上がる事が出来ない状態だったのですが……だからこそ私が出なければならず、私は買出し用の身の丈に合わない大きな袋を背負います。


「うん、今のうちに塞ぐ物と食べる物を探さないと」

 本当なら弱った母には栄養のある食べ物を用意してあげたかったのですが、ただでさえ1日1食の食事を親子で分け合っている状態ですし、それも凍ったパンとお湯が食べられればその日は幸せという有様では栄養価の高い食事などは夢もまた夢です。


「じゃあ…行ってきます」 

 体調の悪い母を残して出かける事に漠然とした不安を覚えたのですが、私は布の上からパチパチと頬を叩いて気合を入れると、早く帰って来ればいいのだと自分に言い聞かせて出かけようとしたのですが……まず外に出る事すら困難な量の雪が降り積もっており、結局2階から飛び降りる事で外に出る事になったのですが……動くと空腹に響いて眩暈がしました。


 降り積もった雪から脱出するだけで体温と時間を無駄に使ってしまったのですが、グラグラとした感覚を押し込めながら顔を上げると真っ暗な曇天からパラパラと雪が降ってきており、視線を戻すと降りしきる雪に埋もれるようにあちこちで家屋が倒壊していて、その周辺では復旧作業に勤しんでいる人達の姿が見えました。


 中には負傷している人や潰れた家屋に押し潰された人なんかも居るようで……死んだ人達の遺品をどういう風に分配するかという事で揉めていて、怒声やら嘆きがビュービューと吹き付ける冷たい風に混じって騒音になっていました。


 それ(富の分配)(したた)かという言うべきなのか意地汚いと言うべきなのかはわかりませんが、飢えた人々が草木すら食べつくしてしまった結果、殺風景な石の家だけが残ってしまった事から『雪と石の街』なんて皮肉な二つ名がついているアインザルフでは珍しくない光景で……私もフェンダおばさんから長男さんの形見分けという形で幾つか雑貨を貰った事があるので、その時感じていたのは意味のない感傷なのかもしれません。


「ああ…マリアン、凄い音(崩落音)が鳴っていたけど…大丈夫だったかい?ナタリーは?」

 そんな中、私の事を見つけて話しかけてきたのが雪かきと壊れた小屋の修理をしていたフェンダおばさんで……。


「色々崩れましたが、なんとか…母は…()()()()()です」


「そう、もう少し精のつく物でも持っていけたら良いのだけど…ウチも、ね」

 猛吹雪の被害にあっているのはフェンダおばさんも一緒ですし、なんでも旦那さんと()()兄妹の内の2番目と3番目の息子さんが体調を崩してしまったようで、いつも元気なフェンダおばさんも流石に疲れた顔をしていました。


「お気持ちだけでも…ありがとうございます」


「子供がそんな事を気にしなくてもいいのよ…まあ今はちょっと…難しいけど、息子達が元気になったら手伝いに行かせるから、そんときゃこき使ってあげてね」


「はい、その時はお願いします」

 そんな会話をしてからフェンダおばさんと別れて、崩れ始めた天気を気にしながら必要な食料や補修道具を求めて駆け回る事になったのですが、何処も似たような状況なので中々必要な物が手に入りません。


(早く…集めないと)

 一応大通りでは街の人達や騎士の人達が除雪作業や復旧作業をしていたのですが、パラパラと雪が降り続けている状態では大人の背丈に近い雪が積もったままですし、何とか作った通り道の上には倒壊に巻き込まれたらしい重傷人や体調不良者が溢れかえっていました。


 その中には死体らしき人達もいたのですが、そんな死体を見るたびに背筋が凍りつき、家に残してきた母の事が心配になりました。


(大丈夫、家は頑丈だから…うん、絶対に大丈夫)

 私は物言わぬ死体達に背を押されるように足を速めて知っているお店を訪ね歩いたのですが、必要な物を集め終わらないうちに日が暮れ始めてしまい……途中で酷く天候が崩れてしまい、再度吹雪いてきました。


 パタパタとぶつかって来る雪と氷を見上げながらこれ以上は無理だと一旦家に帰る事にしたのですが、私は街の中で立ち往生する事になりました。というのも私の気配探知は吹雪の中だとうまく働かず、周りの状況がよくわからなかったからです。


 ただでさえ空腹で力が出ませんし、流石にこのままでは不味いとこの時初めて母との約束を破って目隠しを緩めて外の世界を覗き見る事にしたのですが……それでも吹き荒れている吹雪の前では何の意味もありませんでした。


 むしろ瞳の表面が凍り付きそうな冷気にパシパシしてしまって、余計に何も見えなくなってしまいます。


(早く帰らないと…母さんが待ってるのに)

 そう強く念じるのですが、伸ばした指先すら見えないような吹雪とガンガンと冷え込む気温に体温が奪われ続けてしまい、湿り気を帯びた服が凍り付いて徐々に体の動きが緩慢になっていくのがわかりました。


 安物のコートでは突き刺さるような冷気に対して何の効果も発揮してくれませんし、呼吸をするだけでも口の中がパリパリと痛んで体の芯から熱が奪われていきます。


 それでもなんとか気合で足を動かすのですが、何度も雪に足を取られて滑って転んでしまい、その度に意識が遠のき……とうとう私は猛吹雪の中で動けなくなってしまいました。


「ーーーー!?」

 気が付くと雪に埋もれかけていたようで、私を担ぎ上げて(助け出して)くれた人が何か叫んでいたのですが……意識が朦朧としすぎて何を言っているのかがよくわかりません。


 ただ何となくその人の着ている()からして騎士らしいという事と、私を担ぎ上げる手がとても大きかった事を覚えているのですが……私はその温もりに気が弛んでしまい、そのまま意識を失いました。


 この時助けてくれた騎士というのが街の被害状況を確かめる為に駆け回っていたヴィクトル・フォン・パージファルで、彼とはこの時から続く腐れ縁になるのですが……とにかく私はヴィクトルに抱きかかえられたまま近くの詰め所(騎士の溜まり場)に連れていかれて治療を受けたそうです。


「お…目が覚めたか?よかったな、もう少し遅かったら死んでいたか…そうじゃなくても指先が(凍傷で)無くなっていたらしいぞ」

 家屋を叩く吹雪の音に混じって聞こえてくる呻き声と、バタバタとした慌ただしい足音、パチパチと何かが爆ぜるような音に揺すり起こされるように薄目を開けると見上げる様なボサボサ頭の大柄な騎士(ヴィクトル)物騒な事(「死んでいた」)を言いながら笑っていたのですが……とにかく目が覚めたらいきなり知らない場所で、目の前に知らない大男が居た事に対して警戒心が湧いて来ました。


「……」

 そうしてよくわからない状況に対して身を固くしていたのですが、連れて来た少女が警戒心を剥き出しにしている事なんて微塵も感じさせない能天気そうなガタイの良い騎士……ヴィクトルが豪快に笑うと、少しだけ空気が緩むようでした。


「待ってろ、すぐに何か温かい物を用意して来てやるからな」

 まだ意識がはっきりとしておらず、体が動かなかった私はこの時ガッハッハッと大口を開けて笑いながら部屋を出て行く騎士を()()で眺めていたのですが、彼のカラッとした笑い声とは裏腹に外の吹雪はまだまだ止みそうになくて……。


「………」

 とにかく能天気そうな騎士が部屋を出て行ってから息を吐き、ソロリソロリと周囲の気配を窺うと……どうやら私が寝かされている部屋はちょっと広いくらいの確りとした作りをしており、自分がフカフカの毛布でグルグル巻きにされてベッドに寝かされている事、濡れて凍っていた服も分厚いローブの様な物に換えられている事、奇妙に部屋が温かい事なんかがわかってきました。


(助か…った?)

 ゆるゆると事情が呑み込めてくると驚き以外の感情が湧き上がって涙が溢れてくるのですが、部屋の中に誰も居ないのを確認してから薄目を開けて辺りを見回すと薄暗い部屋の中には机と箪笥とベッドだけが備え付けられていて、部屋を暖める為だけに暖炉に火が入れられている事がわかりました。


 必要最低限の煮炊き以外に薪が使われているという事に呆れてしまい、こんなに無駄に出来る薪があるのだったら母に温かいスープを沢山飲んでもらえるのにと、ある所にはあるのだというよくわからない義憤めいた怒りにフツフツと体が熱くなったのですが……そんな暖炉の傍には私の着ていた服やコートが紐で吊るされていて、その端にヒラヒラと揺れる一枚の布を見てヒュッと息を飲みました。


(目隠し…!!)

 当然濡れて凍ってしまった布の目隠しも一緒に乾かされていたのですが、その事を知った瞬間ドキンと心臓が跳ね上がってしまい、意味もなく眼球をキョロキョロとさせてしまってからギュッと強く目を瞑ります。


(見られた?え?どうす(しよう)っ?)

 ずっと人に見せてはいけませんと言い聞かせられていて、ずっとずっと守っていて、心臓がドキドキしていて、息が上手く吸えません。


 色々な感情がこみ上げてきて、母との約束を破ってしまった申し無さと人に見せると大変な事になると言い聞かされていた事への恐怖に襲われてしまって、奇妙な焦燥感に追われるようにここから逃げ出そうとしたのですが……凍傷の残る体はあちこち赤く腫れて疼くように痛んでいますし、口の中はパリパリしていて唾を飲み込むのにも一苦労していて、まともに立ち上がる事も出来ませんでした。

・ネタバレのようなただの補足

※ヴィクトル程の人物(ヴォルフスタン皇帝の右腕)がマリアンと接触をもっていたら色々と怪しまれるので、まともに顔を合わせたのはマリアンが雪の中に埋もれていた時になります。拾い上げた時はかなり驚きました。


※帝都内の植物は毟り取られているのですが、流石に街の外に出れば林があり木材くらいは取れます。ただこの世界は瘴気と魔物の問題があって、樵が気軽に薪を取ってこられるような世界ではありません。


 基本的に騎士団や兵士達が集めて来る国家事業的な貯蓄に頼っていたり、不足分はハンターギルドに依頼して購入したりしています。


 ここで言うハンターというのは民間の何でも屋みたいな人達で、平民の人達が「木を切りたいから連れていって」みたいなノリで騎士団を動かす事が出来ないので、そういう時の護衛や運送などを請け負ってくれる人達の総称(自警団と混同されている場合もあります)みたいなものです。


 一応ピエニモンタ連邦(大陸北方の大国)にハンターギルドの本部(自称)があるのですが、国を越えての連携は取られておらず、名前の似た別の組織が国別(酷ければ町別)にあると言った方がいいのかもしれません。


 これは単純に通信網の未発達と国家間の仲が悪いからという理由があるのですが、隣国のハンターギルドと連携を取りすぎるとスパイ容疑で摘発される可能性があるくらいに仲が悪いです。


 まあハンターギルドは浮浪者救済の職業斡旋所的な役割や雑用を担ってくれている団体なので本格的な摘発はありませんが、トップが挿げ替えられるくらいはよくあります。


 逆に貴族とズブズブの関係でハンターが私兵を兼ねている場所もあったりと扱いは千差万別で、帝都にあるハンターギルドは日雇い雑用の職業斡旋所と言った感じの団体です。

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