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19/20

19:混迷

 一面の雪景色、突き刺さるような冷たさに白い息を吐きながら私達は黙々と歩き続けていたのですが……除雪に手間取っている内に追いついて来たドヌビス軍の追撃を受ける事になりました。


「手間取っている間に追いつかれるとは、ワシも焼きが回ったものじゃな…まあ、干からびた爺の首とはいえまだまだくれてやる気はないのでな!今じゃ、ゼタ!ゲオルグ!押し包め!!」


「「「おおおおっ!!」」」

 追撃して来た敵部隊をアレクサンダー団長本人が囮になるという偽装撤退で包囲殲滅し、時には先制の弓撃によって出鼻を挫き、時には地形を利用して手痛い一撃を加えながら……()()()()()になるアレクサンダー団長の魂を燃やすような奮戦を見た護衛騎士の奮起によって猛追をかけて来るドヌビスを退け続けていたのですが、流石に体力のない重傷者からバタバタと倒れていく事になり……それでも敵の手にかかって死んだ者がいないというのはこの時のアレクサンダー団長の部隊運用能力が如何に神懸かっていたのかという事の証明であったのかもしれません。


「ここまで来れば…の、ようじゃな」

 そして国境線を越えた辺りからドヌビスの追撃が鈍っていき、ルーケルベルン(アインザルフ側の国境)に差し掛かった辺りで何かしらの罠を警戒したのか……それとも囮部隊となっているヴィクトル達の必死の誘引が効いて来たのかもしれませんが、ドヌビスの追撃がパタリと止みました。


 それからは黙々と雪掻きに勤しむ事となり、囮部隊の頑張りに応える為にも己のするべき事をこなしていく状態になり……そろそろバンフォルツ(帝都に近い大都市)が見えてくるという段階になって、ようやくの事で味方と合流する事になります。


マリね…(マリ姉)筆頭!ご無事ですか!?」


「カリン…?」

 パタパタと駆け寄って来たのは見習い聖女のカリンで、見慣れたお隣さん(幼馴染)の姿に涙が滲んでしまって……カリンはカリンで疲労の色を濃く漂わせていましたし、目の下に真っ黒な隈をこさえていたのですが、それでもその姿を見た私はやっとの事で帰って来たのだという実感を得る事が出来ました。


「はい!クラウディアさん(第三聖女)の指示で…その、聖女不足なので見習いの私も動員される事になったのです…が?えっと…筆頭?」

 懐かしい顔を見た事で一気に緊張が弛んで涙が溢れてきてしまったのですが、この時になってようやく多くの人達を見捨てて来たのだという実感が湧いて来て……ようやく危機を脱したのだという安堵感もあって……よくわからないまま泣きじゃくる私に対して年下のカリンがオロオロとしていたのですが、とめどなく流れ落ちる涙を止める事が出来ませんでした。


 たぶんクラウディアさんはこうなる事がわかっていたので親しい人間を送り出してくれたのだと思いますが、こうして涙を流す事によってようやく気持ちの整理を始められるような気がしましたし……涙が凍り付いて顔が痛くなってきたのでそろそろ頑張って涙を引っ込めたいと思います。


「大、丈夫…それよりそっちはどうなっているの?」

 ぐしぐしと涙を拭いながら国内事情についての質問をするのですが、カリンが言うには何とか持ち堪えている状況で……比較的正確な情報が国民に知らされている事もあって、今のところは落ち着いているのだそうです。


「流石にこれからの事はわからないけど…あ、それより…前線はどうなっているんですか?怪我人を送り届けた後は前線に向かわれるんです?」

 因みにドヌビスの悪辣な策略によってラークジェアリーが敵に回ったという事になっていたのでドヌビスへの悪感情がとんでもない事になっていたのですが、概ねヴォルフスタン皇帝が頑張っているのだから俺達も頑張ろうという感じで酷い暴動などは起きていないのだそうです。


 ただ皆も生きていかなければなりませんし、物資が尽きて来たら(餓死者が出て来たら)どうなってしまうのかがわからないというのがカリンの所感なのだそうです。


「それは…そう、ですね」

 もう一度前線に立てるのかはわかりませんし、ヴォルフスタン皇帝(公的には唯一の後継者)が自殺まがいの突撃をおこなっているなんていう事が知れ渡ったら大変な事になりそうなので濁しておいたのですが……何も言わないのも不自然なので簡単に状況を伝えておく事にしました。


「それより…カリンはこの後?」

 因みにクラウディアさんが忙しすぎて帝都から離れていた事もあり、アネスさんから頼まれている伝言を伝えそびれる事になるのですが……。


「あ、はい、それは…」

 「どうするのですか?」と訊いてみると、カリン達はこれから私達が抜けた西方領域の浄化作業や防御陣地の準備に移るとの事で、ドヌビスが雪崩をうって国内に入って来るのを防ぐ為の陣地づくりをするのだそうです。


「流石に本格的な物を作る時間も資材も無いのですが…それでも準備をしない訳にもいかないという事になりまして」

 勿論問題は山積み……というより問題しかなかったのですが、こうなったらやけくそ気味の総力戦で迎え撃つしかない状況なのだそうです。


「わかりました、カリンも頑張…無理をしないでください」

 とにかくカリン達と別れて移動を再開し、出兵してから約1年、懐かしい帝都が見えてくると泣き崩れる人が居たりと大変な事になったのですが……第三騎士団の居残り組に引継ぎを行ったアレクサンダー団長は大きく息を吐くと、腰に差している剣を外しました。


「団長?」

 それは第七騎士団の団長であるという事を示す大切な物(団長の印)だったのですが、アレクサンダー団長は自前の剣に差し替えるとニヤリと笑ってみせました。


「なに、この引継ぎが終わったら陛下に任せられた任務も完了じゃからな…まあ、完遂できた(死者0人)とは言えんし、アインザルフの騎士としてはこのまま帝都に留まり忠誠を尽くすっちゅーのが筋なのかもしれんが…ここからは好きにさせてもらおうと思うてな」

 言いながらクラウゼ家伝来の剣(家宝の愛剣)を装備したアレクサンダー団長は晴れ晴れとした顔をしていたのですが、その意図を理解した騎士達が自分達もと言うように装備の切り替えをおこなっていきます。


「いい年なんですから、髭爺1人で戻ろうったって途中で魔物に食われるのがオチですよ…あ、引き留めても無駄ですよ?私には心配をしてくれるような妻子もおりませんし、最後まで団長に付き従うと決めておりましたので」


「いないというより出来ないの間違いじゃないのか?お前の顔じゃあ結婚は…って、おい、ここまで来たら馬車の1つや2つを貰っていってもいいだろ?なに、給料代わりの徴発だよ」

 なんて笑う騎士が次々と老将の周りに集まって来るのですが、そんな愉快な連中にアレクサンダー団長は困り顔になりながらも笑っていて……。


「お前達は…本当に馬鹿じゃなぁ」

 そのお馬鹿さん達の元締めが笑っていたのですが、私もそんな彼らを見ながら……覚悟を決めました。


「あ、あの!私も、その…」

 戦場に戻るのは途轍もなく怖いのですが、それと同じくらいヴィクトル達が無事かどうかが気になってしまい……。


「好きにすると良い、剣を捨てたワシは団長どころかアインザルフの騎士でもないからな…と、言いたいところなんじゃが、陛下から御身の安全を図るように頼まれておるからな~…」

 「どうしたものかの?」と髭を撫でているアレクサンダー団長なのですが、ここでついて行かなければ帝都で悶々と悩み続ける事になりますし、それどころか一生この時の決断を後悔する事になるのかもしれません。


「わた、私も…連れて行ってもらっても…良い、ですか?その…途中まで」

 そんなのは嫌だと勇気を出したのですが、「途中まで」と言ったところでドッと周囲が湧いたのですが……そのあまりにも中途半端すぎる決意に顔が熱くなるのですが、逆にそれが良かったのかアレクサンダー団長も苦笑い気味に「途中までなら」と同行を認めてもらう事ができました。


 とはいえ流石に事情(黄金の瞳持ち)を説明した専属の護衛を付けられる事になったのですが、急いで引継ぎを終えた私達は今来た道を最低限の人数で引き返す事になり……除雪の跡が残っていますし、カリン達という先行部隊が居たので大した問題もなく引き返してくる事ができたのですが、国境付近に近づいたところで色々と困惑する出来事に直面する事になりました。


「髭爺?それに筆頭も…?」


「おう、まあ…ワシらの事はええ…それよりどうなっている?」

 カリン達の部隊を率いていた第三騎士団の臨時指揮官が私達を見つけると怪訝そうな顔をしていて、説明するのもこっぱずかしいと用件を切り出したアレクサンダー団長の男気に苦笑いを浮かべながら現状の説明をおこなってくれたのですが……端的に言うとよくわからないのだそうです。


「我々も国境付近まで来たらドヌビスの襲撃を受けるものだと思っていたのですが」

 との事で、現在は偵察部隊を出しながら恐る恐るルーケルベルン周辺(アインザルフ側の国境)の情報を探っているところなのだそうです。


「ふむ、ロベルトの野郎(足止め部隊)が上手くやっていると思いたいが…確かにちと変じゃな…こうも状況が読めんと流石に動けんし、筆頭聖女には一度戻っていただくかどうかだが」

 自慢の髭を扱きながら考え込むアレクサンダー団長なのですが、襲って来るのはそれこそ数十人単位の偵察部隊くらいで……よくわからないまま一度進んでみる事にしたのですが、セルン=フェネヘン(ドヌビスの国境)にも最低限の駐留部隊しかいなくて余計に訳が分からなくなります。


「どういう事じゃ?そりゃあ抜け道やら何やらまで知り尽くしている(調べつくしている)ちゅーのはあるが…手ごたえが無さ過ぎる…誘因が成功したにしても引っ張られすぎじゃろうに」

 帝都からやって来た治安維持目的の部隊と臨時第十兵団の生き残りだけでセルン=フェネヘンの()()()が出来てしまい……本格的に訳が分からないと陣地構築を始めながら再度偵察部隊を出す事になりました。


 そんなよくわからない状況の中、ドヌビス側から単騎突撃してくる騎兵が居て……。


「待て、あれは第一騎士団のロルフじゃ、撃つな!おい、どうした!?陛下は?ロベルトの野郎は…他の連中は!?」

 咄嗟に迎撃の指示を出しかけたアレクサンダー団長なのですが、駆けて来る騎士が第一騎士団(囮部隊)の人間だとわかると攻撃を中止させました。


「団…長?アレクサンダー団長?」


「ワシの事はどうでも良い、それよりどうなった?」

 ロルフは「何故ここにアレクサンダー団長が?」といった顔をしていたのですが、前線の様子が知りたいアレクサンダー団長達に詰め寄られると言葉を詰まらせていました。


「そ、それが…」

 前線から全速力で引き返して来たというロルフは酷い有様で、ボロボロと泣き出してしまったので囮部隊の全滅を覚悟していたのですが……。


「陛下達は…無事、リピッド=ラム=ダム(ドヌビスの王宮)に…突入、し!ドヌビスの野郎どもに城下の盟を誓わせる事に、成功…ラークジェアリーが間を取り持ってくれる事と、なりっ…終、戦!アインザルフの…アインザルフの大勝利です!!」

 ロルフから訳の分からない報告がもたらされてしまい、私達は顔を見合わせる事になりました。

・ネタバレのようなただの補足

※流石にこの状態では何がどうなっているのかがよくわからないので、囮部隊がどうなっていたかというのは次話エピローグで語ろうと思います。


※根暗野郎 = ドヌビスが森に覆われており、常に日陰に居るので根暗野郎とか日陰者とかいう蔑称で呼ばれています。

 とはいえ実際のところは森ばかりではないと言いますか、大都市になると周辺の伐採くらいおこなっているので鬱蒼としている訳では無いのですが、アインザルフから見たイメージみたいなものになります。


※アレクサンダー団長の年齢が57歳から58歳になっているのは戦役中に誕生日が来たからです。因みにマリアンも19歳から20歳になっています。


※アインザルフの場合役職や立場に応じた剣(騎士)や短剣(文官)が渡されており、それが身分証にもなっているので無くすとこっぴどく怒られます。


※ラークジェアリーがドヌビスの策略で敵に回った事にされているのはラークジェアリーが正義の国であるという固定概念があるからで、何かしらの策略があったという風にしておいた方が都合が良かったからです。


※アレクサンダー団長がマリアンの同行を許可したのはどうでもよかったからです。このまま散るつもりだったので責任感とか色々なものを放棄しており、ある程度の場所までなら安全じゃろうという楽観もあり同行を許可しました。


※物語としてはどちらでもよかったのですが、本編側に多少影響が出るかと思って少しだけ補足しておきました(4/22)。

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