表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

14:外患誘致に対する諸事情と

 セルゲイ・ペトレンコ(胡散臭い執事)はピエニモンタの東端鉱山集(辺境)落で生まれたごくごく普通の少年で、その村では先祖代々の鉱山を数百年かけて掘り続けているという鉱山業を生業にしていたのだそうです。


 なのでセルゲイ少年も物心つく前から網の目のように張り巡らされている坑道を掘り進めるという生活を行っていたのですが、彼らが掘っていた坑道がたまたまアインザルフ側と繋がってしまう事となり……一緒に掘り進めている仲間とどうしたものかと話し合っている内に魔物の襲撃を受けてしまい、その場から必死に逃げ出したので仲間達と逸れてしまったのだそうです。


 その後はお決まりの流れで、野垂れ死にかけていたところをアインザルフの騎士に拾われて……彼は密入国しているという負い目があり、鉱山の向こう側には蛮族の国が広がっているという迷信を信じていた事もあって口を噤みました。


「わからない、目が覚めたらここにいた」

 気が付けば嘘をついていたのですが、こういう越境はたびたびあるようで……彼を助けた騎士が周囲を調べてみると、魔物に食い荒らされた人間だったモノと土砂崩れのような跡が見つかったのだそうです。


「これは…どうしようもないな」

 そう言ったのかはわからないのですが、魔物が暴れた時に通って来た通路(帰り道)が崩れてしまったのだろうと結論づけられて、瘴気の濃さが増していた事もあって調査が打ち切られ……仲間と離れ離れになったセルゲイ少年は近くの()で保護される事となり、最終的には海外通の道楽者として知られるミュラー公爵家に拾われる事になりました。


 そこで頭角を現し采配を振るえるまでに成長していく事になるのですが、アインザルフに骨をうずめるつもりだったセルゲイの前にやって来たのが元鉱夫の仲間達で……必死に生きて来た彼らは母国に帰ろうとしていて、同志ともいえる人達を集めて色々な活動をおこなっていたのだそうです。


「どうだ?また一緒に一山当ててみないか?」

 彼らが言うには自分達が通って来た坑道以外にも抜け道があり、資金と人手があれば今すぐ繋ぐ事が出来るそうで……裸一貫で公爵家の采配を行えるまでになっていたセルゲイは自分の力を過信しており、一山当てるつもりで元同僚の話に乗る事にしたのだそうです。


「事の顛末は…そんなところですね」

 こうしてミュラー公爵家はピエニモンタと関係を持つ事になり、最初の内はピエニモンタから物品を運んでくる(密輸入)程度の話だったのですが、気が大きくなった仲間達が持ってきた儲け話がご落胤騒動にまつわる諸々で……。


「それだけの事をやっておいて、バレていないと思い込むのは流石に俺達(アインザルフ)を舐めすぎだ」

 ヴィクトルが言うにはミュラー公爵家の動きはバレバレだったのですが、どこまでピエニモンタと繋がっているのか(全面戦争になる?)がわからず、その調査をするために敢えて泳がせていただけなのだそうです。


「その、ようですね…改めて考えると、なぜ成功すると思っていたのかがわかりませんが…気が大きくなっていたのでしょう」

 見積もりが甘かったと苦笑いを浮かべる執事(セルゲイ)なのですが、ヴィクトル達は公爵が欺瞞情報(塩と魔物)をばら撒き始めた辺りで近々動きがあるのだろうと見当をつけていて……というのもセルゲイ達が使っていた抜け道(坑道)というのが北西部の山々にあって、反対()側に誘き出そうとしているのが見え見えだったからです。


 なので遠征に出るフリをしながら鉱山(抜け道)を見張っていると息子(ブライツ)の方が引っかかり……捕まえたブライツ達からミュラー公爵に入れ知恵をしている人物やピエニモンタの情報を得る事が出来たのですが、その中に執事の名前があったのだそうです。


 会った時に名前を聞いたのは情報の信憑性を確認する為で……とにかくそんな事(情報を吐かせる)をやっている間に合流して来たハンナ筆頭聖女から私がミュラー公爵領に向かった事を聞き……。


「本当にあの時は驚いたぞ、何でこんなタイミングで…ってな」

 配属先の決まっていない私は安全な場所(帝都)に居ると思われていましたし、護衛の騎士がいなければ帝都から離れる事もないだろうと考えていたのですが、ハンナ筆頭聖女が第三騎士団の演習に捻じ込んでしまい……この辺りは情報格差(公爵の動きと黄金の瞳)による擦れ違いと言いますか、大捕り物でバタバタしていた事もあって後手に回ってしまいました。


 因みに私が公爵家の事情を聞かされていなかったのは配属先の決まっていない見習い聖女(責任の無い半人前)に近い立場であった事と、細かな駆け引きが出来ないと思われていたからで……ミュラー公爵家の話を聞いた後にブライツと顔を合わせたらボロが出てしまい、強引に拉致される(知られたからには!)かもしれないと考えられていたからなのだそうです。


「だからって…少しくらい教えてくれていても!」

 そんな愚痴の一つも言いたくなりますし、そもそも公爵家を泳がせていたのもご機嫌取りの食糧支援をギリギリまで続けてもらう気でいたような気もしますし……とにかくローランド宰相が公爵家に対する遅延工作をおこなっている間に坑道の調査を続行し、ピエニモンタ(国家単位)ではなく辺境の一領主が関与している事を突き止めたヴィクトル達は向こう50年は掘り返せないような崩落を起こして抜け道を埋めて来たのだそうです。


「それについては…すまん、んでもって、埋めて来たつっても向こう三分の一くらいだけどな…こっち側(アインザルフ側の鉱山)は丸々の丸儲けだ」

 なんて笑っているヴィクトルなのですが、どう考えても私の事は二の次だったようで、鉱山の調査や奪取に時間がかかっていただけのような気がしてしまいます。


(そりゃあ、ヴィクトルが国益のために動いているっていうのはわかっているけど!)

 あまり腹を立てていても子供っぽいとは思うのですが、それとこれは話が別で……その後は引き返して来たヴィクトル達による領都ミュラーでの攻城戦だったのですが、軟禁されていた私としてはさっさと助けに来て欲しかったと文句の一つも言いたくなりますね!


 とにかくそんなモヤモヤとした気持ちを飲み込もうとしながら中庭の先にある一際大きな建物に到着すると、ミュラー公爵家に仕えている兵士達や奇怪な服を着たハインツ(ミュラー公爵)や公爵夫人が捕まえられているのが見えました。


「貴様ら!こんな事をしてただですむと思うなよ!私がいったい誰だかわかっているのか!?そもそもお前達は()()()()に忠誠を…っ!」

 ミュラー公爵は元気に喚いているのですが、公爵の奥さんについては状況について来れていないのかオロオロとするばかりで……ザイン第一騎士団団長などは「やれやれ」みたいな呆れ顔で対応に当たっていたのですが、そんな建物の広間に私達がやって来ると青筋を立てたアネス先輩がズカズカと近づいてきました。


「こっの…馬鹿ッ!何でお前はそうホイホイと!ああもう、腹立たしすぎて言葉も出ねぇ…説教は帰ってからだ!とにかく…無事でよかった!」


「す、すみま…せん」

 色々と変わってしまったハンナ筆頭聖女とは違い、怒り心頭といった感じのアネス先輩は相変わらずのようで……その説教が懐かしすぎて頬が弛んでしまい、一通り怪我がないか確かめた後に強く抱きしめられると胸が熱くなってしまったのですが、抱擁をおこなった後に「ああ、そういえば」というノリで一本の剣を差し出してきました。


「これ、お前のだろ?刃こぼれもしていないし、使った形跡がないしで…帰ったら一から鍛え直しだな…騎士が相手だっとしても返り討ちにできるくらいまで鍛えてやるから、覚悟しとけよ?」


「わかりました…ありがとうございます」

 どうやら取り上げられていた武器は居城の方に置いてあったようで、アネス先輩から愛用の剣を受け取ると折れた長剣を使っているヴィクトルが「それ、俺の剣なんだけどな」みたいな顔で見て来たのですが……愛用している剣をへし折られても困りますし、今更返す気もないので無視する事にしましょう。


 とにかくそういうやり取りをしてから捕まっているミュラー公爵の様子を見に行く事になったのですが、彼らの敗因は何事にも中途半端すぎる事で……国を取るつもりならもっと徹底的にやればよかったのにと思ってしまいます。


(小悪党が調子に乗った結果…という事なのかもしれませんが)

 聖女の力を見て目が眩んだのかもしれませんが、私の利用価値などを考えずにさっさと手籠めにするとかさっさと帝都に攻め込んでおくべきだったとか……私はそんな事を考えながら、公爵達の近くに置かれているブライツの首を出来るだけ見ないようにしながら顔を上げました。


ピエニモンタ(執事達)に唆されたともいえるのですが、そういう愚か者達と手を組む事を選んでしまった…という事ですね)

 ただの外国好きなら見逃されていたのかもしれませんが、ここまでしでかした後となると……自分の器を知っていれば長生きできたのにと思わなくもありません。


 何はともあれ、私の軽はずみな行動と彼らの愚かな行いの結果を見届けないといけないと思っていると、急に空気が重くなったような感じがして、ピリピリとした空気に全身の産毛が逆立ちました。


 どうやらそのような違和感を覚えているのは私だけではないようで、この場に居る全員が背筋を正しながらもどこか落ち着きがない様子で身じろぎをして、その後にごく自然な流れで出入口を一斉に見やると……第一騎士団を連れた皇帝陛下がやって来るところでした。


「ひぃっ!?」

 気の弱い公爵夫人は短い悲鳴を上げてヘナヘナと崩れ落ち、あの五月蝿かったハインツすら脂汗を流しながら蹲ってしまったのですが……私はこの場で平伏するのもおかしいと胸を張り、虚勢を張る事にしました。


(空気が…歪んでいる?)

 皇帝陛下の周囲は内包している魔力が溢れ出している影響で歪んで見えるのですが、そんな歪みの中に皇族の証と言われている黄金の瞳がギラギラと輝いていて……冗談ではなく、暗闇の中であれば光り出しそうな瞳の圧力に思わず顔をそむけてしまいました。


「ぐ…っ!?はっ、お、お前達は…こんな化け物に従っていて怖くないのか!?この…人殺しめ!!こんな化け物を皇帝と崇めるくらいならマリアンとかいう小娘の方がまだマシだ!!」

 ハインツは怖気づいた心を奮い立たせる為なのか、ただただ無意味な罵声を皇帝陛下に浴びせているのですが……こんな状況で私の名前を出すのは本当に止めて欲しいですね!


「はっ、はっ…はー…っ!?」

 顔を上げて言いたい事を言い終わったハインツは、濃厚な魔力に曝された影響でボロボロと涙や鼻水を垂らしていて……。


()()()()()()()()()()()()?」

 この時初めて至近距離で皇帝陛下の“声”を聴いたのですが、魔力の乗った声はワイバーンの羽ばたきのような物理的な衝撃波として辺りに響き渡ります。


(“これ”が…ヴォルフスタン皇帝!?)

 ビリビリとした空気に押し返されかけたのですが、間に入ってくれたヴィクトルの腕を掴んで何とか踏み留まり……そんな周囲の様子などお構いなしに近づいて行くヴォルフスタン皇帝はただただそのまま……苦悶の表情を浮かべて蹲っているハインツを()()()()ました。


 そして妙に大人しい……実は泡を吹いて気絶していただけなのですが、公爵夫人を蹴り飛ばすように殺害(処刑)すると、蹴った衝撃だけで床材がはじけ飛んで壁にぶつかり屋根が崩れ落ちて来るという訳の分からない事態になってしまい……私は触れただけで人が弾け飛ぶところを始めて見る事になったのですが、この人が先輩達が恐れるヴォルフスタン皇帝であり、私とはあまりにも違いすぎる腹違いの兄なのだという事を嫌というほど印象付けられる事になりました。


 つまり私が女帝に祭り上げられるというのはこの人(現皇帝)と戦う事と同義で、勝ち目なんてこれっぽっちもありません!


(絶対に無理!なんで、私が!)

 恐れおののきながら砂煙の中に立ち竦んでいると、何気ない動きで陛下の視線がこちらに向き……どれだけ砂煙で見通しが悪くなっても黄金の瞳に宿る輝きだけは私の事をギロリと睨みつけており、咄嗟にヴィクトルが間に入ってくれたのですが……私はその視線の圧力だけでギチギチと体が締め付けられているように呼吸が苦しくなってしまい、この場から逃げ出したくなってしまいます。


()()()()()()?」

 最初はその質問の意味が分からなかったのですが、どうやら「皇帝になり代わるつもりがあるのか?」と訊いているようで……。


(あの公爵は!最後まで碌でも無い事を!!)

 どう考えても「マリアンの方がマシだ!」なんて事を言っていた事への当てつけなのですが、歯の根があわずにガタガタと震えていた私はすぐさま返答が出来ず……濃厚な魔力に晒され続けている影響で涙や鼻水が出て来たのですが、鉄さびの味が口の中で広がり……後で拭ったら真っ赤な血が噴き出していたのですが、ここで発言を間違えたら私もハインツ達と一緒に処刑されてしまうのでしょう。


(そんなのは…絶対に、嫌ッ!!)

 なので怖気づきそうになる気力を奮い立たせて、必死の思いで口を開きました。

・ネタバレのようなただの補足

※執事が住んでいた場所は辺境も辺境で、具体的に言うとピエニモンタ連邦の横幅がアインザルフ帝国とドヌビス王国とラークジェアリー聖王国の横幅を合計した距離に等しく、首都のある西端から見た東端なんてものは人が住んでいるのかすらわかっていませんでした。

 そういう自治独立しているような勢力が関与していた訳ですが、頑張って採掘していた鉱山(向こう側からするとアインザルフ側が奥側となり、まだまだ色々な鉱石が採れる)を奪われる形となります。報復しようにも抜け道はことごとく潰されていたので、ピエニモンタと事を構えるのは世代を経た後になります。


※言語の問題ですが、この大陸に居る人達は600年前に移住して来た人達の子孫なので共通の言語を話しています。とはいえ流石に年数がたちすぎているので方言的な差異がありますし、文字に関しては色々な違いもあります。

 セルゲイ少年もそういう言語上の違いでピエニモンタからの移民であるという事がバレたのですが、そのうち矯正される(方言がうつる)程度の違いしかないのでアインザルフに溶け込む事が出来ていました。


※因みに息子のブライツはそこまで悪い奴ではなく、両親に言われるがままに従っている良い所のボンボンといった感じです。

 親に言われて教会に通い詰めていたのですが、マリアンが働いている姿も見ているので憎からず思っており、彼なりに大事にしようと思っている(拷問禁止等)という、ただただ考えの足りない人でした。

 彼の首がミュラー公爵家に運ばれたのは死体を見せびらかすような目的ではなく、最後に一目だけでも会わせてやろうという感じです。後は単純に最低限の葬儀を実家で行わせてあげようという慈悲です。

 ついでに公爵家の話をすると、奥さんは公爵に付き従うタイプの影の薄い人なので連座で処刑されるまで表に出て来る事がありませんでした。


※本編側のヴォルフスタン皇帝はもう少し落ち着いているのですが、この当時は制御力の問題で魔力が駄々洩れでした。妹?が怯えているのを見て魔力を控えてみようと頑張るくらいには誠実な人ですし、自ら公爵家の面々を処刑したのは「公爵という立場の人間を殺すのは色々と抵抗があるのだろう」と慮った結果で、彼なりの善意です。


※そして皇帝に従えない理由をでっちあげているミュラー公爵なのですが、やっている事は他国の言いなりになって反乱の手引きをしているだけですし、その後の統治の事なんかこれっぽっちも考えていないお馬鹿さんでした。もしここで何かしらの提案や代案を提示する事が出来ていたら生き延びる事が出来たのですが、出てきた言葉が皇帝陛下の悪口だけという有様では「言いたい事はそれだけか?」となるのもやむなしといった感じです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ