13:救援
本格的な攻城戦でもやっているのか、ドーンガラガラと金属製の重い物が吹き飛び崩れるような音が響き渡り、続いて言葉にならない叫び声が押し寄せて来たかと思うとあちらこちらで激しい剣戟の音が響き渡り始めました。
とはいえこの時の私は軟禁生活に心が摩耗していたので「騒がしいなー」と呑気に考えていたのですが、周囲に居る見張りの兵士達は何があったのだろうと顔を見合わせていて……とりあえず様子を見に行こうという話になったみたいなのですが、彼らが地下牢から出ていく前に胡散臭い執事が取り巻き達を連れて戻ってきました。
「くっ、流石に強いですね…いいでしょう、こちらにはまだ人質が居るというのをみせつけてあげますよ」
どうやら彼らは一戦交えた後だったようで、軽い手傷を負っていたのですが……諦めるつもりはないのか、ガチャガチャと檻の鍵を開けると私の髪をおもいっきりつかんで引きずって行こうとします。
「ッ!?」
元気な時であれば多少の抵抗を示したのかもしれませんが、軟禁生活で弱り切っていた私はされるがままで……そんなタイミングで、アインザルフの騎士達が地下室に押し寄せて来ました。
「何処へ行く?大人しくお縄に…っていう訳にもいかないんだよな?」
そうして鎧兜を着込んだ重装備のヴィクトル達と対峙する事になったのですが、その姿を見た瞬間に鳥肌が立ち、これで大丈夫と安心しきってしまったのですが……。
「私とした事が、つけられていたようですね…しかしそんな状態でまともに戦えるのですか?」
追いつめられた執事達は雑多な武器を構えながらヴィクトル達と向かい合う形になったのですが、激戦を潜り抜けて来た騎士達は埃や返り血で汚れていて……ヴィクトルも総長に就任する時に受け取った長剣が中程から折れて曲がりかけていました。
(本当に…馬鹿力)
檻を壊せるかもしれないと考えていた時もあるのですが、鍛え抜かれたヴィクトルの筋肉だったらこの檻や枷を本当に壊せるのかもしれません。
後で聞いたところによると、城門を破壊する時に叩きつけたら切っ先が欠けてへし折れかけたのだそうで……これについては後々ローランド宰相から特別製の大剣を作ってもらう事になるのですが、この時はやや短くなった剣として振るっていたのだそうです。
「なに、返り血だ…人間が相手だとどうしても力加減が難しくてな…そんでもってそいつにも色々と言いたい事があるし、あんたらも大人しくお縄についてくれると助かるのだが?」
そんな状態でありながらも、特に気にも留めた様子を見せないヴィクトルの胆力はかなりのもので……。
「わかりました、と言う訳にはいかない立場ですので…それに、大人しくするのは貴方達の方ですよ!コレがどうなっても良いのですか?」
「ぐっ…!?」
出来れば足手まといになりたくはないのですが、無理やり引っ張り上げられた私の首筋に魔法剣が当てがわれてしまい……その様子を見ながら、ヴィクトルは軽く肩を下げながら返答とは違う言葉を口にしました。
「セルゲイ・ペトレンコ…ミュラー公爵の腰ぎんちゃくをやっているようだが、連邦系の移民か?」
「棄民、ですよ…この国ではそれほど珍しい事でもないでしょう?魔物に襲われて一家離散…何処にでもある話ですよ」
お前達の事は知っているぞという脅しなのか、会話を続ける事によって隙を窺おうとしているのかはわかりませんが、本名を言い当てられた執事は忌々し気な苦笑いを浮かべ……どうやら彼らは生粋のアインザルフ人では無かったようで、その辺りのややこしい事情というのが彼らのチグハグ感の源となっているのかもしれません。
「そう言うのを減らすために頑張っているんだが、な…身なりからしてそこそこの立場になれたんだろ?そこで止めておけばいいものを…今からでも投降する気は?」
「知恵と腕がたちましたので…そうですね、確かに蛮族の国と言われている割りには過ごしやすい国で…だから敵同士でも言葉が通じると思うのですが…引いてください、私もまだ死にたくはありませんので」
会話を続けながら、執事は私の体を盾にしながら逃げようとするのですが……ヴィクトルは折れた剣を構えながら立ち塞がります。
「個人的には思うところがあるんだが…そいつを殺してもらった方が後腐れが無くてな」
後々考えればこんなややこしい人物をさっさと処分したい気持ちもわかりますし、反対の立場なら確実にヴィクトルと同じ判断を下したとは思うのですが……この時の私はまさかヴィクトルに見捨てられるなんてと驚いてしまいましたし、人質にしている執事も驚き後ずさる事になりました。
「本当に殺しますよ?良いのですか!?」
執事が焦ったように刃を押し付けると、首筋に当たった魔法剣がチリチリと肌を焼くのですが、それでもヴィクトルは眉一つ動かしませんでした。
「………」
「どうぞ、お好きに?」とでも言いたげなヴィクトルが折れた長剣を構えながら距離を詰めて来るのですが、執事の周りを固めていた三下達は歩みを止めない騎士に対して腰が引けているようで、どうしたら良いのかわからないといった様子でオロオロとするだけです。
「くそっ、だから蛮族の国は!!…きぃぇえええっ!!」
「勝手が違う!」みたいなノリで、盾にしていた私をヴィクトルに押し付けて……受け止める一瞬の隙をつくように執事が踏み込み、私という足手まといが居る方向から突きを放つのですが……。
「短いなら短いなりの戦い方がある…勉強になったか?」
左手で私を抱きとめたヴィクトルはダンスでも踊っているように回って執事の攻撃を躱すと、遠心力の込められた必殺の一撃をカウンター気味に叩きつけます。
「まったく、馬鹿な事をしたものだ…これだけの腕があれば騎士としてもやっていけただろうに」
色々と話を聞かないといけないので殺すつもりは無いようで、剣の腹でおもいっきり叩かれた執事は肩を押さえながら蹲る事になったのですが……骨が砕ける程の威力で殴られていますし、適切な治療を受けなければ二度と腕が上がらない体になってしまうのかもしれません。
「そう、いう…事、を…考える余裕が…あり、ませんでしたので」
そんな状態でも、脂汗を流しながら執事は憎まれ口を叩くのですが……その反骨精神には多少の敬意を払いながら、ヴィクトルは落ちている魔法剣を手の届かない場所まで蹴り飛ばしました。
「さて、色々と聞きたい事があるんだが…どうする?お前達もやるか?もっとも…次も手加減が出来るとは限らないが」
「あ、いえ…お、俺…いえ、私達はハインツのクソ野郎に言われてやっていただけで!」
ギロリとヴィクトルが睨みを利かせると、手下達が武器を捨てて投降して来るのですが……これはこれで「どうしたものかな」といった様子でヴィクトルが呆れてしまい、連れて来た騎士に命じて拘束しておく事にしたようです。
「まったく、お前はいつもいつも…とんでもない事をしでかすな」
それから私につけられている枷をガシガシと壊してくれるのですが、気が抜けてしまった私はフラつきヴィクトルに抱き留められる事になります。
「うるさい、私は平穏無事に暮らしたいだけ…なの、にッ!」
そんなヴィクトルの大きな腕の中に包まれていると、いつ殺されるかわからなかったという恐怖が一気に溢れて来て……ボロボロと涙をこぼす情けない姿を見せたくなくて、私はヴィクトルのがっしりとした胸に飛び込みポカポカと叩くのですが……そんな私達に対して追加の騎士達が駆け寄ってきました。
「マリアン様、ご無事ですか!!」
そしてハンナ筆頭聖女の声と共に「ピュ~イ」と場違いなほど軽い口笛が地下室に響き渡る事になるのですが、筆頭聖女であるハンナさんに「マリアン様」と様付けで呼ばれるとムズムズしてしまいますね。
というより何かとても恥ずかしい状態になっているような気がして顔が熱いのですが……因みに青い顔をしているハンナ筆頭聖女と対照的な気軽さで口笛を吹いたのは第五騎士団のベクター・クライン団長で、『アインザルフ“最高”の騎士団は第一騎士団ではあるが、“最強”の騎士団は第五騎士団である』と言われている最強の一角で、敵地でありながらどこか呑気そうな顔をしているのは揺るぎない自信の表れなのかもしれません。
「総長、ザインのおっさんが城の方を制圧したってんで伝えに来たんだが…もしかしてお邪魔でした?って、あー…これが?」
そうして自慢の槍を肩にかけながらベクター団長がからかってきたのですが、流石に団長クラスには黄金の瞳の事が周知される事になったようで……。
「申し訳ありません、御身をこのように危険にさらしてしまい…この処分は後日必ず受けますので、今は治療を優先いたしたいと思います」
ハンナ筆頭聖女は憔悴しきっていたのですが、筆頭聖女という立場では敵対貴族との接触があり……念のためという事で事情を伏せていたのが仇となる形になったのですが、ここまで知れ渡ってしまったら隠しておく必要がないと情報が共有される事になったのだそうです。
(私としては…ハンナさんが裏切者ではなかった事の方が嬉しいのですが)
これでハンナ筆頭聖女が敵側と通じていたとかなら人間不信になってしまうのですが、どうやら本当に何も知らされていなかったようで……とはいえうっかり先帝の血を引く少女を独断で動かしたせいで内乱が起きてしまったのですが、償いは後々という事で救援に赴く事になったのだそうです。
この後の処遇については被害状況や私が救助できたかによって決まるのかもしれませんが、筆頭聖女が本来所属している第一騎士団ではなく第五騎士団と共に行動しているのが彼女の立場の危うさを示しているのかもしれません。
「で、どうします?このまま撤退ですか?」
とにかく駆けつけて来た騎士が執事達を縛り上げ、必要なら治療がおこなわれているのを見ながら……これからの事が話し合われます。
「出来ればそうしたいが…目を離す訳にもいかないからな、このまま合流しよう」
総長という立場で真っ先に離脱する訳にもいきませんし……もしかしたらベクター団長が「このまま自分が連れ出しますか?」と聞いていたのかもしれませんが、そんな会話をしている間もこれだけ人が集まっていると敵側の人間も何事かと見に来るようで……。
「了解~…って!しっかし、歯ごたえがねぇ…魔物と戯れている方がまだマシだぜ」
ベクター団長がヒュンと槍を振るうと、まるで一本の槍がグネグネと曲がるような軌道で押し寄せて来る兵士達を刺し貫いて無力化して行きます。
「一応…彼らもミュラー公爵家に古くから仕える兵士達…では、あるのですが」
この状況で忠誠心を発揮しているのは公爵家に昔から仕えている兵士達で、それなりに腕が立つ筈なのですが……ヴォルフスタンの猟犬と呼ばれる事になる戦闘狂、ヴィクトルが昇進した後に満場一致で第五騎士団の団長に選ばれる事になった人物は群がる敵兵を雑草でも刈り取っていくような気軽さで無力化していき、これには胡散臭い執事も呆れるしかありませんでした。
とはいえ彼も国に仕える騎士であり、自国民をむやみに殺していく趣味はないのか肩や脚を狙って無力化していく方針のようで……ただまあ、そういう手加減が出来るだけの圧倒的な実力差があるからできる芸当なのかもしれません。
「さて、敵さんも打ち止めのようだし…そろそろ行くか…歩けるか?」
「大…丈夫、自分で歩けるから…離してください!!」
そんなベクター団長の戦いぶりをマジマジと見ていたのですが、言われるまでヴィクトルに抱きついていたようで……急に恥ずかしくなった私は慌てて離れたのですが、足に力が入らなくてフラついてしまいます。
「わかった、わかったから…まったく」
強がる私を見て、ヴィクトルは苦笑いを浮かべながら「仕方がない奴だ」みたいな感じで頭をグシグシと掻き回してきたのですが、その動作があまりにも子供扱いしているような感じがして……ムカついた私はヴィクトルの脛をおもいっきり蹴とばしておきました。
・ネタバレのようなただの補足
※ヴィクトルが移民かどうかという質問をしたのは反乱に関する諸々の確認みたいなもので、詳細については次話あたりで語られる予定です。
※ベクター団長の槍がグネグネ曲がって見えるのはそういう魔法があるのではなく、変幻自在に操ってみせる腕があるからです。