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10:外界

 帝都を発ってから2日と半日、第三騎士団から選抜された500名の騎士と案内役を買って出てくれたミュラー領の兵士達(300人)の前に見えて来たのは城塞のような威容を誇るアインザルフの第三都市で……領都ミュラーが夕暮れに染まりながら荘厳な雰囲気を醸し出しているらしいのですが、目隠しを付けたままの私にはその威容を直接この目で見る事ができませんでした。


 なので周囲の反応からの推測となるのですが、帝都より帝都らしいと言われている第三都市がどのようなものかと気配察知で探ろうとしていると頭が痛くなってきてしまい、周囲の様子を探るのは程ほどのところでやめておきましょう。


「お疲れのようですが…ミュラーに入る前に休憩していきますか?」

 そんな私に声をかけて来たのは遠征の責任者であるグラード隊長で……これはアインザルフの聖女は常に毅然としているべきであるという考えがあるからで、疲れた顔を領都の民に見せない為にも一息入れていくかという事を聞いて来ているのだと思います。


「いえ、お心遣いありがとうございます…ただでさえ遅れていますし、先を急ぎましょう」

 北方から西北西に広がる急峻な山々や南東方面の山岳地帯(ヴァールウェレクト)を除けばなだらかな荒野が広がるアインザルフの場合、見えて来たからと言ってもまだまだ距離があって……度重なる魔物の襲撃のせいで予定に遅れが出てい(日が暮れかけてい)ますし、皆の疲労や集中力を考えると早めに(次の襲撃を受ける前に)領都入りをしておいた方が良いような気がします。


(それにしても…)

 いくら聖女と言っても部隊を指揮するのはグラード隊長ですし、15の小娘の意見をいちいち確認しなくてもいいような気がするのですが……これはきっとハンナ筆頭聖女から「一人前の聖女としてやれているかを確認しておいてください」とでも言われているのでしょう。


 つまり私がどういう判断を下すかという事を見定めようとしているのだと思いますが……そもそも馬に乗せてもらっている身ですし、歩いている騎士達の前で弱音を吐く訳にもいかず、これは忍耐力を試す訓練なのだと思って表情を引き締める事にしました。


「了解しました」

 そしてグラート隊長の顔には虚勢を張る子供を眺めるような苦笑いがあったのですが……一度仰々しく頷くと、響き渡るような大声で周囲に居る人達に声をかけていました。


「聖女様も気合を入れろと仰っているぞ!もう少しでミュラーだが…気を緩めた時が一番危ないからな!周囲の警戒は怠るな!!」


「「「おおおおおおっっ!!!」」」


「「おおおおーー!!」」


「「「「「おおぉぉおおおおお!!!」」」」」

 グラード隊長の掛け声に対して疎らに叫び声が上がるのですが、これは練度の差といいますか、疲労の蓄積具合による違いなのだと思います。


 というのもこれが始めての遠征だと言う新人達は熟練者(ベテラン騎士)にどやされ小突き回されながら隊列を維持するのが精一杯といった状態で、唐突な叫び声にオドオドと周囲を見回している人までいるような有様です。


 それもこれも私達が第三騎士団の遠征訓練に乗っかる形で移動をしているからで、部隊の半数近くが新人騎士や従士達で占められている事が関係しているのですが……そんな騎士達にとって昼夜問わず魔物が襲い掛かって来るというのはなかなか得難い経験になっているのでしょう。


 しかも初日は途中にある(宿場)に泊まったものの、2日目は野営の訓練をしたので夜襲の警戒もしなくてはならなくて……唐突に響き渡る怒号や魔物の唸り声、戦いが終わった後も気持ちが高ぶりすぎているせいでまともに寝る事が出来ず、結局一睡も出来ないまま朝の行軍が始まったという人が大半です。


 そういう経験を繰り返している内に気持ちの切り替えがうまく出来るようになるらしいのですが……今の彼らには少しだけ難しい事なのかもしれません。


 偉そうに分析している私も馬に乗っていなければ倒れる側に入っていたと思いますし、疲労とマナの使い過ぎをグラード隊長に心配されてしまったのですが……とにかくもう少しで領都に到着ですし、ようやくゆっくりと休む事ができるのでしょう。


「………」

 そんな私とグラード隊長のやり取りを無言で聞いているのがミュラー領から派遣されて来ている兵士達をまとめ上げているひょろりとした色白の執事で……ブライツ様がどうしても外せない用事があるとかで別行動になったのは良かったのですが、代わりにお目付け役である胡散臭い執事がミュラー公爵領までの案内をしてくれる事となり……バタバタと駆け寄って来たミュラー兵からの報告に耳を傾けながら、難しそうな顔をしていました。


ロッシュフォール(マリアン)様、この先で数匹のズムウルフ(沼狼)を見かけたとの事ですが…如何いたしましょう?」

 別に私が指揮官という訳ではないのですが、この人達は私を案内するように仰せつかったという態度を崩しておらず……。


「……」

 そんな彼らの様子にグラード隊長(本来の指揮官)が何とも言えない顔をしていたのですが、今は魔物への対応を考えなければいけません。


 報告にあったズムウルフ……場所が変わればロックウルフやグリーンウルフとも呼ばれているのですが、瘴気が体毛に絡まり泥状の塊になった狼型の魔物で、鋼鉄のような毛皮は並みの武器なら弾いてしまうというなかなかの強敵です。


 しかも狼系の魔物は意外と数が多かった(群れを作っていた)という可能性もあって……判断がつかずにグラード隊長の方に視線を向けると「やりましょう」というように頷いており、私も(たず)ねて来た執事に向かって頷き返します。


「わかりました、このまま領都に被害が出ても問題ですし…撃退しましょう!すぐに付与をおこないます」

 間に私が入るという迂遠なやり取りなのですが、その言葉にミュラーの兵士達も頷き戦闘準備を開始しました。


 因みに聖女を含まない兵士の戦い方というのは物量で押しきる事が多く、適当に痛めつけてから(動けなくしてから)逃げ出すというのが主流であり、殲滅と浄化を目指す騎士達の戦い方とは根本的に違います。


 要するに彼らは生き残れば勝利であり、騎士の場合は魔物を浄化すれば勝利となるのですが……そんなどうでもいい雑念を頭の隅に追いやり、私は精神を集中させて奇跡の準備に入ります。


「ハイニッシュティアー(マナ付与)ズ!!」

 万全の状態なら鼻歌交じりに発動させる事が出来る付与の聖印も、疲労で集中力が低下してくると崩れてしまいますし、マナが枯渇してくると印が途切れて失敗してしまいます。


 そうならないようにするのが腕の見せどころであり、どんな状況でも100%の成功率を叩き出せるように訓練をおこなうのですが……遠征による疲れも馬鹿に出来ませんし、疲れたから同行している先輩聖女の力を借りるという訳にもいきません。


 たぶんこれが遠征慣れをしていない私への試練なのだと思いますが、疲労で失敗するようならグラード隊長経由でハンナ筆頭聖女に報告がいき、帝都に戻った後に徹底的な扱きが待っているのでしょう。


「3本…付与をします!」

 なので聖印が崩れないように気を付けながらマナの付与をおこなったのですが、戦闘後の治療や魔石の浄化の為の余力を残しておかないといけないのでこれ以上は温存となります。


「はっ、はっ…はー~…行ってください!」

 というより一時的なマナ不足に眩暈がして、これ以上の付与が難しかったのですが……呼吸を整え唾を飲み込み、私は腰に差している剣を引き抜きました。


 馬上からなので殆ど意味がない(長さが足りない)のですが、いざという場合は私も斬り込まないといけませんし、前線が突破されたら自衛のために剣を振るう必要があります。


 そういう戦術的な意味合いのある抜剣だったのですが、この剣は私が見習い聖女になる前から愛用している物で……ヴィクトルから貰った物をそのまま使い続けているのですが、中々の切れ味で重宝していますし、本人(ヴィクトル)には絶対に言うつもりはありませんが、これを持っていると勇気が出る様な気がして心が落ち着きました。


「感謝します…よし、お前ら!行くぞ!!」

 マナの付与が終わる頃にはズムウルフとの戦闘が始まっていたのですが、そこに付与を受けたグラード隊長含む3人の騎士が斬りかかります。


「GURURURU!!GAUUxx!!」

 襲い掛かって来たのは成人男性くらいの苔むしたドロドロに覆われた8匹の狼なのですが、そのうちの6匹が騎士隊に、残りの2匹がミュラーの兵士に襲い掛かっていました。


「訓練を思い出せ!陣形を崩すな!協力して囲んで削りきれ!!」

 騎士隊の方は新人が多いとはいえ数の優位を保っていますし、ミュラー領の兵士も押し負けてはいないのですが……小規模の輸送隊なら全滅していたかもしれない強敵ですし、ズムウルフが身に纏っている鋼鉄のような毛皮に苦戦を強いられているのかあちらこちらで悲鳴が上がりました。


 そんな彼らに対してグラード隊長が発破をかけているのですが、瘴気を帯びた魔物(ズムウルフ)は鎧を着た騎士を平然と引きずり倒す程の膂力を誇っていますし、首元を噛み千切られた騎士やその勢いを殺そうとして吹き飛ばされる騎士達……盾持ちの騎士が壁を作って押しとどめようとするのですが、下手なナイフより鋭く尖った爪に引っかかれると持っている盾が大きく削れてしまい、踏ん張り切れなかった者から吹き飛ばされて怒声と叫び声があがります。


 騎士達の中にも浮足立つ者が少なくないようで、このままでは後衛(聖女の居る場所)まで突破されるかと思ったのですが……付与を受けた3人が駆けつけると戦況はひっくり返りました。


「一瞬でもいい、押しとどめろ!機動力を削れ!足だ!足を狙え!!」

 流石にマナが付与されている剣の効果は抜群で、数十回斬られても平然としたズムウルフに致命傷を与えていき、次々と討ち取っていきます。


 続いてミュラーの兵士達の方に向かったズムウルフの討伐に乗り出すのですが、どうやらあの執事が持っている剣は魔法剣(アーティファクト)だったようで、硬い沼狼の毛皮を削って斬り裂いており……驚くべき事に、襲い掛かって来た2匹のうち1匹は彼らだけで討ち取っていました。


「どけ!俺が止めを刺す!」

 最後の1匹もボロボロになるまで斬りつけられたり突かれたりで動きが鈍っており、そこにグラード隊長が駆けつけて止めを刺すと歓声があがり……。


「いやはや、流石聖女様の力ですな…我らもそのお力にあやかりたいものですが…まあ、これだけ倒しておけば帝都へ続く道もしばらくは安定するのでしょう」

 剣を収めた執事が感情のこもっていない顔でお世辞を言ってきたのですが、一応は褒められたという事で軽く頭を下げておきます。


「そちらこそ…なかなかやるな、流石ミュラー公の育てた兵だ、ウチの若い奴らと変わって欲しいくらいだが…何なら騎士団に入らないか?今なら絶賛募集中だぞ?」


「ご冗談を」

 そうしてグラード隊長がミュラー兵の奮戦ぶりを褒め称え、執事さんが薄気味悪い笑みで受け流したので少しだけ空気が悪くなったのですが……とにかくこれで戦闘は終了です。


 因みにこの戦いで死亡したのは首元を噛み千切られた騎士が1名、爪と牙によって四肢が抉り取られた兵士の2名だけで……人が死んでいるのに軽微と言わないといけない事に吐き気がするのですが、聖女がそんな事ではいけないと顔を上げます。


「浄化を開始します、漏れ出ている瘴気に気を付けながら一か所に集めてください!」

 魔物の厄介なところはその凶暴性より体内に内包している魔石(瘴気の塊)の方にあり、死体から漏れ出す瘴気が周囲の土壌を汚染してしまう事です。


 この汚染された土地を放置していると新しい魔物が生まれてきますし、そもそも瘴気は人体に有害な物で……これを浄化するのが聖女の役目となります。


(落ち着いて、大丈夫)

 遠征の疲れと戦闘後の高揚感を吐き出すように息を整え、目隠しがズレていないかを確認してからズムウルフの浄化作業に入り……それ以外にも手首を捻ったり爪で引っ掻かれた人達の治療が待っているのですが、領都が近いという事で怪我人は執事さん達(ミュラー側)が診てくれる事となり……私達は最低限の浄化処理をしてからその場を離れる事となりました。

・ネタバレのようなただの補足

※騎士団の人数は出発した時の人数であり、ミュラー領側の数が明記されていない(注釈での記載)のはマリアンが把握していないからです。


※目隠しを付けている都合で景色に対する描写が薄いのですが、領都ミュラーは小高い丘を含む城塞都市なので遠くから視認する事が出来ます。


※どうでもいい馬事情 = アインザルフの食糧事情で軍馬が居る事への疑問なのですが、アインザルフにも農耕馬が居ます。これを調教したのが軍馬となるのですが、主な用途は先行偵察や伝令任務、そして馬車などの運搬業務となるのでサラブレッドというよりばんえい馬といったガタイの良い馬が多いです。

 これは瘴気が無生物や動植物にも影響を与える(少しだけ魔物化している)からであり、馬っぽい何かを「馬」と言っているだけの可能性があります。なので猫達の知る馬より体力があったり小食だったりと色々と違うところがあります。


※砦(宿場) = 魔物の脅威が大きい世界なので、のんびりと野営をする事ができません。この辺りの対処法は国によって違うのですが、アインザルフの場合は馬車で半日か1日程度の距離に拠点を建てて最低限の連絡路を維持しています。

 本来はこの連絡路の上を移動する事となるのですが、絶対にこの上を移動しなければいけないとなったら軍事的な行動に制限がかかってしまいますし、ある程度の規模の団体になったら野営をする事もあります。

 今回は聖女(初日の様子を見て可能だと判断した)やミュラー領からの援軍もあって、これなら何とかなるだろうと野営の訓練をする事になりました。


※第三都市 = 第二都市はバンフォルツ(帝都から西の公爵領)で、こちらは広大な農地を有する食料生産地です。

 アインザルフで食料が安定しているというのはそれだけで強みになりますし、人口という意味では帝都を超えているのですが……アルスウェイ公爵の反乱によって危ない立場に立たされており、公爵夫人が領主代行を行っています。


※第三騎士団 = 帝都を防衛するための騎士団ではあるのですが、配属先が帝都という事で新兵が真っ先に配属される騎士団でもあり、ここである程度の経験を積んでから各騎士団に振り分けられる形となっています。なので定数は他の騎士団より多いのですが、半数近くが新兵という歪な戦力配分となっております。


※第三騎士団の遠征訓練についてですが、聖女のいない遠征訓練はかなり地獄で、マリアンがミュラー公爵のお願いで南方地域に向かうというのは彼等にとっても渡りに船でした。

 というのも敵対派閥に所属していた騎士達が反ヴォルフスタン派として粛清されており、新しく集めた新兵もまだまだこれからという練度の低さで、騎士団の強化が急務だったからです。


※あの日ヴィクトルから貰った物を = 実は借りパクしているだけで、ヴィクトルからは(家宝の剣だからそろそろ返して欲しいなぁ)なんて思われています。

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