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1:マリアン・フォン・ロッシュフォール

※はじめましての人ははじめまして、人畜無害な猫です。今回ものんびりまったり投稿をしていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。☆や良いねや感想を送っていただけますと励みになりますので、気軽にポチっとしてくれると猫が小躍りします。

 私、マリアン・フォン・ロッシュフォールが生まれたのは雪と石の街とも呼ばれている帝都エリュタスの端の方、ギリギリ貴族街に入っているかもしれないというボロ屋敷の中でした。


 父はおらず、母はナタリー・フォン・ロッシュフォール女男爵という身分を頂いていたのですが、管理する土地がある訳でも皇宮での役職がある訳でもない法衣貴族で、国から出ている僅かな給金だけで暮らしているようなしがない貧乏貴族でした。


 そんな名前だけの貧乏貴族だった為、2階建ての頑丈な石造りの家は全て母の努力で維持・管理されており、諸々の事情もあって使用人などはいませんでした。


 暮らしぶりは平民とそれほど変わりませんし、流産紛いの未熟児として生まれた私を育てるのはとても苦労したようなのですが……母が目一杯の愛情を込めて育ててくれたおかげで何とか命を繋ぎ止める事が出来たようです。


 そして病弱だった私も成長するにつれて元気になっていく事になるのですが、何もできない赤子と維持管理費だけが重く圧し掛かって来る家の修繕費などがかさんでくると国からのお金だけでは足りなくなっていき、母が働きに出なければいけなくなり……それでも何とか餓死したり凍死したりする事無く比較的平和と言っても差し支えのない暮らしが出来たのは母の愛情と努力のおかげでした。


 身内びいきも入っているとは思うのですが、美人で頭の良い母は私の自慢で……事実、母は私が生まれる前までは皇宮務めをしていた程の人物だったそうで、私の出産を期に職を辞す事になった時に色々あってこの家を貰ったのだそうです。


 成長してから徐々にわかってきた事から考えるとかなりドロドロしたややこしい事情があったんだろうなと推測出来たのですが、被害者である母を問い詰める訳にもいかず……子供の頃は皇宮勤めをして家まで貰えた母は凄い人なんだと無邪気にはしゃいでいたのを憶えているのですが、幾つか守らないといけないという決まりについては子供ながらに納得しがたいものがありました。


 というのもその言いつけが本当に厳しくて、母が皇宮勤めをしていた時の知り合いだという騎士のおじちゃんがやって来て決まり事を守れているかを確認されるという徹底ぶりで……しかもその内容というものが「ロッシュフォール家では人を雇ってはいけない」とか「マリアン()が1人で外出をしてはいけない」とか言う不思議なものであり、小さな私にとって一番辛かったのが「目隠し用の布を外してはならない」という決まりでした。


 赤ちゃんに目隠しなんてしても外そうとするだけですからね、その度に容赦なく巻き直されましたし、あまりにも酷く泣き叫ぶ時には外に音が漏れない石牢のような地下室に閉じ込められる事もあったそうです。


 そこは奴隷や使用人をいたぶっていたという変態趣味の貴族が作らせた地下室らしいのですが……拷問する事を目的に作られたような部屋なので冬場だと霜が凍る程冷え込みますし、空気の取り入れ口もまともに無いので火を焚く事すらままなりません。


 そもそも備蓄に余裕の無いロッシュフォール家の場合はそう簡単に火を焚く事が出来なかったのですが、私が大人しくなるまで母が毛布を被って抱きしめてくれていた時の温もりと、泣きながら「ごめんなさい」と繰り返す母の顔と、何でこんな酷い事をするのだろうといった漠然とした不満を抱いていた事を薄っすらと覚えているような気がします。


 大人になった今では母と騎士のおじちゃんの考えもわかりますし、黄金の瞳(皇位継承者の証)を持つ私という存在が外部に漏れないための致し方が無い処置だったという事がわかるのですが、もう少しやりようがあったのではと思います。


 まあその当時は母(出産時は19歳)も一杯一杯だったのでしょうし、まだ自我すら確立されていない皇帝陛下のご落胤なんていう都合の良い手駒が居たら薄汚い貴族達に利用された挙句、大量に処刑された人達の列の端に親子共々序される事になっていたのでしょう。


 とにかくそういうよくわからない決まり事があったのですが、母や定期的にやって来る騎士のおじちゃんにそれらの疑問をぶつけたのは3歳だったか4歳だったかの頃で、何かと物心がつき始めた時期でした。


「ねえ、なんで目をあけちゃダメなの?なんで私はほかの子と遊んじゃダメなの?」

 私としては外に出られない事や他の家の子供達が楽しそうに遊んでいる光景を窓越しに見ているだけの生活に対しての不満だったのですが、子供らしい疑問に母の表情が曇ってしまいましたし、いつも母の様子を見に来てくれていた騎士のおじちゃんがとても怖い顔をしていたのを憶えています。


「流石にこれ以上隠し通すのは無理じゃないか?お前(ナタリー)の安全を考えるとマリアンの目を抉るか…それともいっその事、禍根となる前に……」

 「殺す」とは断言しなかったのですが、いつもは優しい騎士のおじちゃんがこの時ばかりは怖い顔で腰の剣に手を添えており、今にも私に斬りかからんばかりの気配に私は泣いてしまい「それだけは」と泣いて縋る母に根負けするように騎士のおじちゃんが溜め息を吐いてから、改めて目隠しをして生活をしていくという約束をする事になりました。


 この時初めて父親の事を()()()()()だけ聞く事が出来たのですが、なんでも私の父はややこしい事情がある偉い人という事で、その人の色を強く受け継いだ(黄金の瞳)私という存在は色々な火種になる可能性があるという事を幼い私に滾々(こんこん)と説明してくれました。


「本当に気を付けてくれ、それ程今の皇宮は…きな臭い」

 顕在化していないとはいえ上の方では色々とあるようで、年々国から支給されるお金が少なくなっていましたし、魔物の襲来を告げる鐘の音や大通りを渡る葬儀の列の多さは帝都の端の方に住んでいる私達にも伝わって来ていましたし、色々な事が不味い方向に向かっているのだという事だけは子供ながらに理解する事ができました。


「とはいえ、まあ…その年齢で遊びに出かけられないというのは寂しいだろうし、目が見えないのも不便だな」

 核心的なところは私が小さすぎる(子供すぎる)という事で濁されていたのですが、疑問に思えばその度に母か騎士のおじちゃんが説明してくれましたし、その度に2人の思いつめた表情を見ていると「私の目は人に見せてはいけないものなんだ」という事を理解していく事となります。


「目隠しを外す訳にはいかんが…代わりにおっちゃんが遊んでやるし、目の代わりになる技術を教えてやるっていうのはどうだ?その代わり、もう少し世の中が落ち着くまでは外に出ちゃ駄目だぞ?」


「えー…おじちゃんとー?」

 因みにおじちゃんは訳あって名乗ってはいけないという約束がありましたし、本当なら接触も必要最低限にしなければいけなかったのですが……おじちゃんは色々な理由をつけて家にやって来てくれました。


 すべてを知った後から考えると、もしかしたら母とおじちゃんは将来を誓い合う仲(引き裂かれた?)だったのかもしれないと思う事があるのですが……今更の事を掘り起こす訳にもいかず、母に確かめた事はありません。


 とにかく私は生まれた時から何かと世話をしてくれているおじちゃんの事が大好きで、本当の父親だったら良かったのになと思っていたのは内緒です。


「そうだな、まずは自分の気配を周囲に馴染ませるようにするんだ」

 そうして目隠しを外さない代わりに教えてくれたのが周囲の気配を探知する技術で、「気配」という曖昧な物を捉える方法だったのですが……これは騎士として出仕しているおじちゃんの得意技で、他にする事もなかった私はその練習にのめり込んでいきました。


 教えられた私にも適性があったのか、ある程度の気配がわかるようになると日常生活でも出来る事が増え始め……騎士のおじちゃんには「筋がいいな!」と褒められて、その時の誇らしい気持ちと笑っている母とおじちゃんの笑顔がとても嬉しかったのを今でも覚えています。


 思い返せばこの時が一番幸せな時期で、国からお金が出ていた事も実はかなり異例の厚遇だったという事を知ったのですが……それから数年後、騎士のおじちゃんは魔物討伐に出かけて命を落としました。


 なんでも近隣に出たとても強力な魔物との戦いだったそうで、丸齧りにされて死体すら残らなかったと騎士のおじちゃんの部下だったという人が一度だけ報告に来てくれました。


 私が初めて外出したのはその時の戦いで命を落とした人達の合同葬儀の場で、それも目立つ場所ではなく母と一緒にこっそりと端の方から眺めていただけなのですが、人が沢山いたのを憶えています。


 それ以外の事は憶えていません。


 初めてのゴチャゴチャした人混みに酔ってしまい、泣き出してしまった私を抱えた母に連れられながら家に帰る事になったのですが、世情はますます悪くなる一方で、母は心の支えを失ったように床に臥せる事が多くなりました。


「家の事は私がするから、任せて」

 この国(アインザルフ)では物心ついた頃から家の手伝いをするのは普通の事ですし、もう何年かすれば私も10歳で……これくらいの年齢になれば簡単な仕事をしたり大人の手伝いをするのが当たり前の事なのですが、母から人との接触を減らす様に言い聞かされていたので働きに出る訳にはいきませんでした。


 なので母の苦労を少しでも減らそうと家の事は私がやろうと思ったのですが、家の事だけとはいっても買い物や細々とした外出はありますし、始めて1人で出た時はとても緊張しました。


 因みに「1人で外に出てはいけない」という約束を破って外出したのは母が酷く体調を崩してしまった時で、「よくなったら私が買い出しに出るから」と言う母の言葉を無視して騎士のおじちゃんに教えて貰った気配探知で恐る恐る外に出て……母と騎士のおじちゃん以外の人と話しました。


「あら、もしかしてロッシュフォールさん家の…?外に出ても大丈夫なの?」

 それは隣に住んでいたフェンダ・ラリアンさんで……旦那さんの雑貨屋を手伝いながら()()兄妹を育てている肝っ玉の据わったおばさんで、年の離れた長男さんが兵士として出仕している関係で家を貰い受けてこの辺り(貴族街の端)の治安維持やまとめ役を引き受ける事になったのだそうです。


「そっ、おか…お母さんが!」

 初めてフェンダおばさんに話しかけられた時の私は跳びあがり、泣きそうになり、それでもしどろもどろになりながらも母が倒れた事や食料の買出しに出かけようとしている事などを伝えると、「それは大変!」と急いで母の様子を見に来てくれました。


 何でも騎士のおじちゃんが相手を選びながら「ロッシュフォール家には目の悪い子が居るから気にかけて欲しい」という事を周囲の人達に話してくれていたのだそうです。


 勿論それは色々と危険な行為でしたし、私が言いつけを守って目隠しをつけている事が前提(黄金の瞳がバレない)の話だったとは思うのですが……とにかく私が何不自由なく周囲の人達に溶け込む事が出来たのは騎士のおじちゃんのおかげでした。


「ほら、あんたの母さんって何か訳ありでしょ?助けていいものかと…」

 ご近所さんとして心配していたフェンダおばさんなのですが、母の方から接触を断つようにしていたので手を差し伸べていいのかよくわからなかったそうで……とにかくこの日から度々フェンダおばさんが様子を見に来てくれるようになり、ラリアン家(隣人)との交流が始まりました。


 特にフェンダおばさんの5人兄妹の末っ娘である3歳年下のカリンとは仲良くなる事となり、初めての友達(妹分)というものに心躍ったものです。


 ただ外界との接触が増えるという事は色々と気苦労が増える事でもあり、フェンダおばさんやカリン、そしてフェンダおばさんの息子さん達が時々様子を見に来るようになり……目を見られてはいけない私からすると気の休まる時間は減りました。


 それでもフェンダおばさん達との交流のおかげで沸々とした閉塞感はだいぶ薄れましたし、少しずつ外に出て遊ぶようになったのですが……この時の私が望んでいたのは本当にただの平凡な生活で、漠然とおじさんのような良い人が現れて母と再婚してくれたら良いのにとか、もう少し大人になったら私も誰かと結婚するのだとか、家族仲良くこんな生活が続いていったら良いなと思っていたのですが……そんな願いが大きくズレ始めたのは私が9歳になったとある冬の日でした。

・ネタバレのようなただの補足

※マリアン達の生活はアインザルフの平民視点で見ると結構上澄みです。というのもある程度成長した子供が働かずに生活出来ている事や、2人とも五体満足で生き延びているからです。


※この当時はヴァルシャイト陛下(本編時空では先帝)が生きているのですが、陛下が色々な人に手を出した後なのでご落胤の噂も多く、血筋っぽい(黄金の瞳を持つ)人達を探し出して擁立しようとかいうかなりゴタゴタしている時期でした。


 最終的にはヴォルフスタン(皇子)派とアルスウェイ(大公)派の二大派閥に纏まっていくのですが、ヴォルフスタン皇帝即位後も後継者問題が続いており、マリアンがこの時点で表舞台に出て来ていたら確実に処刑されていました。


※マリアンは未熟児として生まれ、公的な記録ではそのまま死亡したという扱いになっています。ナタリーはそのショックで心身不調となり皇宮を辞する事になったという事になるのですが、たぶん普通に出産していたら政争の種となる前に消されていたか、近づいて来た貴族達の傀儡として囲われ反皇帝派として親子ともども処刑されていたと思います。


 そんな状況(死亡したという事で一度土に埋められたりもした)でも徐々に回復していったのはマリアンの持つ聖女の力(聖女として力が発現するレベルでマナを内包している場合は自己治癒能力も高い)で、諸々の事情が意図的に伏せられていたのはバタバタした世情とヴィクトル達のおかげです。


※そういう粛清にマリアン達が巻き込まれなかったのは聖女という替えのききづらい存在になっていた事や、最も穏健な(やる気のない)皇帝のスペアだったからです。そして本編側でヴォルフスタン皇帝が「病弱な妹」と言う程度には(亡くなっているとは言っていない)事情を知っているのですが、公的な記録ではナタリーさんの再婚相手との子供という事になっています。そして騎士のおじちゃんが足しげく通っていた事から騎士のおじちゃんとの子供だと思われていたのですが、皇帝陛下の血を引く子供の父親なんていうややこしい立場にはなれず、2人の結婚は認められませんでした。


※ロッシュフォール家が貰っていた給金は「流産をさせてしまった事への詫び」や「手切れ金」的なもので、国政が荒れるにつれて打ち切られました。この辺りの事情を話すと色々とややこしいですし、ナタリーからは「貴族だから給金がある」みたいに説明をされているので、マリアンは生まれる時にあったゴタゴタについてはよく知りません。


※騎士のおじちゃんはなかなかの腕前で、マリアン達の事を任せるくらいには有能でした。


※フェンダおばさんの子供達についてなのですが、年の離れた長男(兵士長)は後々魔物にやられて4兄妹となってしまうのですが、アインザルフでは日常的な事なのであまり言及される事は無いと思います。


※因みにアインザルフの騎士は国に雇われている人、兵士は貴族やら何かしらの団体に雇われている人(私兵)、特にそう言うのが無い集まりが自警団という扱いになっています。そして騎士は選考基準もある滅茶苦茶なエリート職(特別な事情が無い限り兵士達の指揮権を持っていますし、簡易的な捜査や司法に関する権限も有しています)ですが、兵士や自警団の質はマチマチです。つまり騎士のおじちゃんは結構なエリートという事になります。


※少しだけ修正しました(4/8)。

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