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最低で最悪な手段

 8.690628


「どうしたの? もう終わり?」

「なに言ってんの? まだまだこれからよ……」

「そんなに息があがってるのに? 飛翔魔法を維持するだけでもキツいんじゃないの

?」

「うっさい。黙れ」

「反論もできないほど疲弊してるじゃない? そろそろ殺されてくれない?」

「あきらめて『はい』とでも言うと思ってるの? 残念。私は生きるわ」


 アリスは精一杯の強がりを吐露していた。


 だが、見た目に反してその身体の負担は大きい。


 息はあがって、胸の鼓動も激しく、肩は息継ぎの度に上下している。

 表情は疲弊の一途。額には汗が流れている。


 魔力の消費と飛翔魔法の維持。それに加えての戦闘。


 魔力と体力。


 その両方を削られているのだ。


「じゃあ、魔力の撃ち合いといきましょうか」

「いいわね。望むと所よ」


 手を、杖を互いにかざす。


「終わりなさい」


 放たれた青い魔力がアリスを襲う。


 だがアリスは魔法陣が描かれた魔力障壁を展開してこれは弾く。


「まだまだよ」

 連続しての魔力放出。


 直線、曲線を描きながら魔力の槍はアリスに迫る。


「ナメないでよね!」


 飛翔と移動を繰り返しながら魔力障壁を四方無数に展開して放たれた、魔力槍すべてをいなした。


「へぇ~意外と持つのね」

「どうしたの? もう終わり?」

「アリス。この言葉を返すわ」

「言葉?」

「ナメないでよね」


 アリスの背後の空間が静かに裂かれて中から魔力の槍が飛び出す。


 ……はずだった。


 レナスの算段ははずれ、空間はアリスのすぐ背後で裂かれて魔力の槍が自分に対して飛び出してきた。


「!?」


 驚いたレナスは放たれた魔力を翼で弾き飛ばしてその難を逃れていく。


「空間制御? なんで……」

「もう一度言うわね。私を……ナメないで」


 杖を構え、空を背後にアリスは言い放つ。


 空間制御の応酬。


 アリスの背後から空間を引き裂いて現れた魔力の槍をアリスは自分の背後の空間を裂いて、レナスの目の前まで空間を圧縮して槍を返したのだ。


「まいったわね……これはまいったわ。私が一番嫌いなタイプね」


 レナスは心中でつぶやく。


 『戦闘で成長するタイプ』と。


 そして……


「これがホントにイヤだ。あいつは魔法に関しては天才……大嫌いなタイプ」


 恨みを込めたかのような感情的な声でレナスは呟いた。


 ◆


「ミストさん! どうしょう! どうすればいいの? どうすればいいかな!?」

「そ、そんな事言われても! あたしだってどうすればいいかわかんないわよ!」

「でも、レナスさんを元に戻さないとアリスさんが……」

「わかってるって! でも戻す方法が……」

「そうだ! ミストさん!」

「なに!?」

「ごめん、ちょっと思いついた!」


 考えているミストさんに話しかけると、少しキレ気味で返されてきた。


 ……焦っているし……それと思考を遮られてイラだってる。


 ミストさんも真剣に考えているんだ……考えてくれているんだ……


「ミストさん。わたし思ったんですけど!」

 スマホをスカートのポケットにしまい込んで、考えを話す。


「だからなに?」

「あのメモリを抜けば戻るんじゃないですか?」

「抜く……確かにでも……」

「そうなんですよ。そこです」


 ここからは、メモリを抜けば元に戻るって前提になるけど……思っていることはミストさんも同じだ。


「どうやって、『近づく』かです」

「そうだけど……そもそも、抜いたところでって感じじゃない?」


 ミストさんは光のない空を見上げる。


 その先には灰色の翼を羽ばたかせている天使の姿があった。


「あんなに変化したら……もしかして……」

「でも……それでもやってみるしかないと思うんです! わたしは」

「そうよね。大問題は……」

「はい。どうやって近づくか」

「しかもかなりの至近距離。言葉通り『目の前』に立たないといけないわ」

「目と鼻の先……ですね」


 ミストさんとわたしであれやこれと話していると『その話……俺も加わっていいかな?』と後ろから声が聞こえてきた。


「ミストさん……」

「そうね」


 声の方を振り向く。


 そこには不気味は紫の光に包まれている光球。


「あの時とか……今とか、丸いものに縁があるわね。あたし達って」

「そうですね……あまり思い出したくないですけど」


 ミストさんの世界で起こった出来事を思い出す。


 正直、死にかけたけど……


「まぁ、あいつと一番縁がありそうなひとに意見を聞いてみた方がいいわね」

「そうですね」


 ミストさんとわたし。ふたりで紫の光球に近づくのだった。


「ミストさん」

「なに?」

「触っても……大丈夫ですよね」

「う~ん……たぶん」


 おそるおそるゆっくりと、人差し指でちょんとツツくように触ってみたのだった。



 ◆



「いい加減、終わってくれない?」

「……」

「返答もできないくらいに疲労してるじゃない」

 アリスは遠目から見ても疲労していた。額からは汗が流れ、息は荒れ、肩は呼吸の度に上下している。杖も片手では持てず、両手で抱きしめるように抱えていた。


「……特大の魔法を披露してあげましょうか?」

「皮肉を言えるほど余裕がある……訳ないか。ハッタリね」


 その声からも疲労が滲みでている。


「勝手に想像してなさい」

「さっきから魔力で弾いているだけ」

「だから?」

「防御一辺倒」

「だから、なんなの?」

「飛翔魔法の維持もおぼつかない」


 レナスの指摘通り、アリスは所々で飛翔の維持ができずに体制を崩して落ちそうになっていた。


「……」

「今だって、集中が途切れると飛翔魔法が途切れそうだし」

「……」

「もう、苦しいでしょ?」

「なに? 時間稼ぎ? そっちも疲れてるんじゃないの?」

「そっちよりマシよ」


 アリスは大きく深呼吸をしてレナスを見据える。


「終わりよ」


 レナスは手の平を空へとかざす。


 手のひらから魔力を溜めた光の球が形成されていた。


「この『デッドエンドエクスデス』で終わらせてあげる」

「なにそれウケる。ただの魔力球に大層な名前つけるんじゃないわよ」


 その光はどんどんと輝きがまし、大きくなっていく。


「……種は蒔いた。あんたの策略使わせて貰うわよ」


 ◆


「メモリを抜けば……か」

「そうなんです。抜けば元に戻る……と、思います」

 紫の光球を挟んでわたしとミストさん、ラケロスさんで会話をしている。


 近づいてみたけどちょっと怖いかな? この光の球。


 なんか……マーブルチョコアイスみたいな模様だし……模様が動くし……


「声に自信がないね? もしかして勘?」

「いや……勘とかじゃないんですけど……まぁでも実際にひとに刺さったメモリは抜いたことがないんですよ……鉄球体の時とは状況が違いますし……」

「鉄球体?」

「あ、いえこっちの話です」

「無駄な話をしてる場合じゃないかもね」

「ミストさん?」


 ミストさんは夜のような暗い空を見上げている。


 習うようにわたしも見上げると……まるで煌々と輝く大きな月がそこにあった。

 確かお昼頃ような気がしたけど……これもメモリの影響?


 そして、その真下にはレナスさん、対峙しているのはアリスさん。


「えっと……あれって大きな月ですか?」

「それだったらすごく平和的ね。綺麗だけどたぶんあれ、爆発するやつよ」

「えっ!? それってマズいじゃないですか!?」

「そうよ。だからなんとかしないと……たぶん、どっちか……最悪、両方ヤバいかも」

「今すぐいって止めましょう!」

「あんな空高く? 無理よ」

「でも!」

「……俺に考えがある」


 紫の光の中からの声。


「考え?」

 ミストさんの問いに、ラケロスさんは『たぶん、だぶんだけど、アリスがレナスは『ここに落として』くる……はずだ』


 と、答えたのだった。


「落として……くる?」


 わたしの疑問は宙を舞った。



 ◆



「……」

「……」

「どうしたの? その輝く光ははったり?」

「アリス。何か考えがあるでしょ?」

「はぁ? なんで?」

「疲れは見えてるけど、焦りが見えない。ううん。まったく焦ってないし動揺も見えない」

「もう、あきらめてるだけだけど?」

「違う。絶対に違う。私はアンタに対して何かを見落としている」

「……何を見落としているか知らないけどさ、さっさと『それ』わたしに放ったら? もしかして、考えすぎかもしれないでしょ?」

「その態度と余裕。やっぱり何かあるけど……わからない。わからないから確実に当てる!」


 空いていた左手をアリスに向ける。


「その場にじっとしてて!」


 向けていた左手を水平に薙た瞬間。


「なんで、うそでしょ!?」


 アリスの足に木のツルような物が巻き付かれる。


「これって、長老の樹兵!? まさか……召喚魔法!?」


 引き裂かれた空間からツルが伸びてきてアリスの四肢をがっちりと巻き付き、拘束していた。


「これで、終わりよ!」


 レナスの手から光が放たれる。


「……これでいい。これで種は芽吹く」

 アリスの口の橋が、ずるかしこく吊りあがった。



 ◆



「本当に……ここにレナスさんがくるんですか? あんなに空高くいるのに?」


 空を見上げる。輝く光がさらに大きくなったような気がする。


「ああ、アリスならやりとげるよ。どんな事があってもね」

「ホントに?」


 ミストさんが疑心感をぶつける。だけど、ラケロスさんの答えは必ず、『ここにくる』だった。


「そう、でも、来たところでどうすることも……」

「おいおい。話が違うだろ?」

「えっ……?」

「近づければ、メモリを抜けるんじゃないのか?」

「あ……」


 そうか……もともとの話の根元はレナスさんにどうやって『近づく』事だ。


「信頼してるのね? あいつの事」

「ああ、あいつほど信頼に値する人物を俺は知らない」

「ずいぶんと買ってるのね」

「それほどの価値と信頼があるヤツだ」


 ミストさんとラケロスさんの会話。ラケロスさんはとてもアリスさんを信頼している

みたい。


 でも……そこまで信頼していると、過去に何があったのかちょっと気になるな。同じ師匠の所で魔法を学んでいたことに関係してくるのかな?


「で、落ちてきたらどうするの?」


 その問いに、ラケロスさんは静かな口調でたった一言だけ……耳を疑いたくなるような言葉をいい放った。



 ◆



「これで、終わりよ!」


 その瞬間。


 レナスから巨大な光球が手元から離れた。


「制御を手放したわね!」

 長老の騎兵の拘束を魔力で吹き飛ばし、アリスは魔法を無詠唱で発動させる。


 刹那、アリスの身体は透明になるかのように消えた。


「……! 空間制御移動!」


 驚くレナスの背後に突然。アリスが現れた。

 それは、レナスから見たら一瞬だった。


 アリスは突然消えて、突然レナスの背後に現れたのだ。


 それはまさに……瞬間移動と、言っても差し支えない魔法行動だった。


「瞬間飛翔の応用よ!」

「……離せ! 光が……」

 アリスは右手首と左肩をがっちりと掴み羽交い締め、さらに光球の制御を奪う。追い打ちで拘束魔法をかけて自分をも巻き込んで動きを奪っていた。


 だが、アリスの背中の翼だけは拘束をしていない。


「そうね、光が落ちてくるわね!」

「アリス! あれが落ちてきたらあんたもただじゃ済まないわよ!」

「あんた『も』? じゃあレナスもただじゃすまないのね?」

「な、何を言っているの!?」

「大丈夫、私の見立ててではあんたは死なないし、私も死なない!」

 そう言っている間にも光球はゆっくりと下へと……アリスとレナスの元へと落ちてくる。


「寝ぼけたことを!」

「寝ぼける? 寝ぼけてるのはあんたでしょうが」

「ふざけるな!」

「ふざけてないわよ! 私のみるところあんたのその翼は、自動防御が搭載されている。だから、背後からの攻撃もその翼で防げた。あんたは気づいてないかも知れないけどね。まぁ、そんな姿になりたてだから気づかないものわかるけど!」

「さっきから何を……」

「要はデッドエンドエクスデスを一緒に食らってあげるっていってんのよ!」

「……! 離せ!」

「だいぶ焦ってるわね。でも大丈夫。その翼が防いでくれて死なないから。でも……ものすごく痛いかもね!」


「は……離せ!」

「一緒に……生きましょう」


 レナスの灰色の翼が大きく広がり、ふたりを包みこむ。


「ぴったり、真下にいるわね……」


 アリスは下をみた。そこにはふたりの少女と不気味に光る紫色の半球体があった


 そして、光がアリスとレナスを飲み込み弾けた。



 ◆



「落ちてきたら……どうするの?」

「……」


 ミストさんが紫の光球の中のラケロスさんに問う。


 落ちてくるっていうのは……もちろんレナスさんの事。


「……俺は、これから彼女に最低なことをする」

 ラケロスさんはゆっくりと、しっかりとした口調で口を開く。


「最低……な、ことですか?」


 今度はわたしがラケロスさんに問う。


「彼女の心……を使ってスキを作る」

「心? 何言ってんの?」


「……俺は……レナスに……」

 表情は見えないけど……意を決した声色でラケロスさんは言葉を届ける。


「結婚を申し込む」

「「けっ、結婚!!」」


 わたしとミストさんは目を丸くして、驚きの声を表情をあげた。


 こんな緊急事態の時にプロポーズ? ホントにマジで!?


「結婚て……あの、結婚ですか?」

「あの結婚なの?」

「……あの結婚って意味がわからないけど……彼女と一生を添い遂げる事だけど……」

「えっと……おめでとうございます」


 この状況でお祝いの言葉はどうかと思ったけど、声がでちゃった。


「ラケロス……あんたって……そういう趣味なの?」

 と、ミストさんが口走る。


「ミストさん!」

「ミナミ。あんただってそう思わない?」

「う、う~ん」

 確かに……そのレナスさんって見た目な感じ、わたしやミストさんと同い年っぽいけど……でも見た目や体型が童顔幼児体型っていうか、年に似合わずに幼いって感じで……かわいいはかわいいであるけど……


「あ、いやいや違うよ! 正式に結婚するのは彼女が成人になった時だよ! さすがに今のレナスと結婚なんてできないよ!」

「まぁ……成人になれば……ちなみにレナスさんって何歳なんですか?」

「えっと……確か19才だったかな?」


 あ、わたしより年上だった。そうか……あの見た目で19才なんだ……


「いやいや待って、待って! それでも『今』申し込むんでしょ!? そう疑われても……それに……19であの体型って……」


 ミストさんは抗議の声をあげる。わたしの世界では『恋に年齢は関係ない』って言葉があるけど……きっと、反論されるからやめておこう。


 でも、言いたいことはわかるよ!


「だからだよ……『今』結婚を申し込んでスキを作るんだ」

「スキ……?」

「俺は彼女の気持ちを知っている……実際に言われたこともある。だからこそ、これは俺にとって彼女の心を使った最低で最悪な手だ」


「……わかった」

 ミストさんがラケロスさんの決意を聞いて答えた。


「あんたの気持ちはどうなの? こうなったらあんたたちが結婚することもなんら異論はない。でもさ、あんたはあいつの事をどう思ってるの? ただ元に戻すだけで好きでもないかもしれないのにスキを作って結婚するの?」


 確かに。


 ミストさんの的を得た正論すぎる正論。


 わたしたちはまだ、ラケロスさんの気持ちを聞いていない。


「俺は……彼女の事が好きだ……」

「歯切れが悪いわね?」

 ラケロスさん声のトーンが落ちる。


「まぁね……魔法が使えない俺なんかとは一緒になってくれない……かもしれないからね。なったとしても幸せにしてあげることができないかもれない。それに婚約を受けれてくれないかも知れない」

「かもしれないばかりね。自信があったように見えたけど後ろ向きなのね。気持ちを知ってるんじゃないの?」

「そうだね。正直不安だ。本当にあの気持ちが本当なのか。後にも先にも不安がいっぱいだよ」

「そ、そんな事ありません!」


 話を聞いていたわたしは声を上げていた。


 自分でもびっくりしたくらい大きめの声で。


「少なくとも昨日、癒術所に来ていたおばあちゃんはきっと祝福してくれます。喜んでくれます! もっと言えば癒術所にお世話になった人たちは絶対にふたりを祝福してくれます! 喜んでくれます!」

「そうかな……?」

「そうです。だから……まず」


 わたしは天を仰いだ。


 空には巨大な月のような光が輝いている。


「レナスさんを……元に戻しましょう」

「戻すって……何か考えがあるの?」

「はい……知っていると思いますけど、ひとつだけ」


 たぶん……いやきっとこれしかない。


 ミストさんの世界で行った事をすれば……絶対に大丈夫!


 その瞬間。月と例えていた光が弾け光が散った。


 そして……ラケロスさんを閉じこめた紫に光るマーブル模様の玉も砕け散った。



 ◆



 光の球は爆発して、光が散りばめられる。


 光のない空に映えて、それはまるで流星のように流れ落ちる。


 もし、どこかで恋人同士がこの幻想的な景色を見ていたら、いい雰囲気となって『綺麗……』などとつぶやいてしまうだろう。


 だが、当のふたりはそれどころではない。


「生きてるわよね……レナス」

「やってくれたね……アリス」

「いいわね……そんな口が叩けるなら十分」


 デッドエンドエクスデスをまともに受けたふたりはキズだらけだった。


 レナスは翼が片方もげていて、もう片方も羽が抜け落ちて、かなり小さくなっている。額からは血を流していて服も血だらけで焦げ後がありボロボロ。所々から肌が見え隠れしている。


 そして、アリス。


 レナスと同じく血を流し、服も焼け焦げボロボロ。かぶっていたとんがり帽子は焼け落ちてすでにかぶっていない。さらに持っていた杖も宝玉がはめられていた上部が消し飛び、見た目ただの木の棒と化している。もっと言えばレナスよりも肌の露出が増えてた。


 状況としては現在、アリスがレナスを支えていて浮いている状態だ。


 アリスはうなだれるレナスを抱き留めてかろうじて空中制御を維持している。


 まさに、今落ちてもおかしくないと言ってもいいだろう。


「じゃあ……生きましょうか。レナス」

「離せ……まだ終わってな……い」

「……そうね。まだ終わってない。終わってないから終わらせましょう」

「ふざけないで……離してよ」

「ダメよ。まだ……ダメ」


 ゆっくりと、とてもゆっくりとアリスは地上へと近づいていく。


「アリスさん!」

「……ごめん……もうムリかも……」


 ミナミの叫びに力なく答えたアリス。


 直後、ふたりは重力の働きにより、急激に落下スピードが増して行く。


「レナス!」

「先生……」

 光から解放されたラケロスは落ちてくるレナスの下に入り、手を広げる。


「うっ……ぐっ!」

 落下したレナスを受けとめたラケロスはうめき声を上げ、地面に倒れる。


 いくら女性とは言え、落ちてくる人間をひとりで受け止めたのだ。その衝撃はすさまじいはずだ。


「先生! 大丈夫ですか!?」

「なにってるの、レナスの方がすごいケガじゃないか」

「わ、私は大丈夫です……」

「レナス……こんな時にこんな事を言う事じゃないけど……」

「はい……?」


 ラケロスはレナスの後ろをチラっとみた。




「結婚しよう」




 レナスの目は丸くなり、暗くてわからないが顔が真っ赤になっているだろう。



 ◆



「ミストさん!」

「わかってるって!」


 わたしとミストさんは落ちてくるアリスさんを受け止めるために落下地点であろう場所へと急ぐ。


「気合いをいれてしっかりね!」

「わかってます。ミストさんこそ衝撃すごいですから気張ってください!」


 そして、アリスさんが……


「ミストさん! うわっ!」


 落ちてきたひとを初めて受け止めた衝撃はすごかった。手がもげそうなくらいに衝撃と重さが腕を走った。


 そして、アリスさんを抱かえて、後方へと地面を転げ回る。


 それでもアリスさんを離さなかったのは誉めていいと思う。そして……


「大丈夫!? アリス!」


 ミストさんがいなかったらわたしひとりでは無理だった。


「うっ……」

「アリスさん!」


 体中が痛いけど、そんな事は気にしていられない。痛がるのはあとで気が済むくらいできる。でも今は……


 わたしは必死にアリスさんに呼びかけに、ホントに小さい声でうめいて答えてくれた。


「大丈夫ですか!? アリスさん!」


 アリスさんは答えずに首だけを縦に振った。


「血が……すごい出てる……何かで拭かないと……アリスさん?」


 ポケットにハンカチかなにか入ってないか手を突っ込んでいると、弱々しいく震える手でわたしの手を掴んでアリスさんはひとことだけ言った


「行って……」


 その言葉で……わたしはすべてを理解した。


「……行ってきます」


 わたしは立ち上がり、ミストさんに『お願いします』と託して眼前にいるふたりを見据えた。


 ラケロスさんもわたしを見据えている。


 小さい声で『行きます……』と自分に言い聞かせ、ゆっくりと歩き出して……そして駆けだした。


 ◆


「あの……今なんて……? 私の聞き違いですよね?」

「いいや、聞き違いなんかじゃない。レナス結婚しよう」

「先生……その、本当なんですか?」

「ああ、本当だよ」

「あ、あの……こんなふつつか者でよろしければ……その、うれしいです……」


「おめでとうございまぁあぁあぁああぁあああぁあああ~~~~す!」


 祝言を発しながらこの世界では異様な格好の少女がもうダッシュで駆け寄ってきた。


「な……なに?」


 レナスの目は別の意味で目を丸くしたのだった。


 ◆


「おめでとうございまぁあぁあぁああぁあああぁあああ~~~~す!」

 祝福をあげながらダッシュでレナスさんに近づく。


「な……なに?」

 顔にハテナがいっぱいでるけど、今は無視で!


「失礼しまぁあぁああぁあぁああ~~~す!」

「ちょっ、なんなの!?」


 ダッシュのままレナスさんにタックルをかまして、マウント状態に移行!


「いった! 離せ! 私は先生と……!」

「わかっています! これからの事、大事ですよね!?」

「そう思うなら……離せ!」

「はなせ!? いいですね、お話ししましょう! とりあえず式には呼んでくださいね!」


 寝そべっていて暴れるレナスさんの手首を握り、なんとか抑えつける。


「でも……結婚式の前に……まずは戻りましょう!」

「戻る? 何いってんだおまえは!」

「戻りましょう! 人間に!」

「なっ……!」

「式場選びとか! 新婚旅行とか! 子ども何人とか! そう言った話はまずは人間に戻ってからです! 人間に!」

「おまえ……なにを言って!」

「ごめんなさい! 胸さわりますね!」


 許可を取って……正確には取ってないけどレナスさんの胸の……『魔法使い』のメモリを掴んだ。


 最低で最悪な手 完

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