男爵令嬢の叫び
「――ボニート公爵令嬢!君は私の婚約者に相応しくない!君との婚約は破棄させてもらう!!!」
「アシヌス殿下。その発言、二言はございませんね?」
「当然だ!!!王家に連なる人間として取り消すことはありえないと誓おう!」
事が起きたのは学園での卒業パーティの最中だった。
舞台は壇上。そして殿下の隣に立つ私。
「そしてここに宣言する!次期婚約者にはこのコナトュス男爵令嬢こそ相応しいと!」
静まり返る会場。呆然とする私。
顔は扇で隠しながらも射殺す様な目で私達を睨むボニート公爵令嬢。
「殿下は何を以て私より平民上がりのコナトュス男爵令嬢のほうが相応しいとお思いで?」
ボニート公爵令嬢は問う。
「そんなことも分からないとは……。だからそなたはだめなのだ。」
ボニート公爵令嬢はこめかみに青筋を浮かべながら言う。
「――だから具体的にどこが相応しいのか、“そんなこと”、も分からない私に、ご教授頂きたいですわ……!」
アシヌス殿下はやれやれと首を横に振って話し始める。
「いいだろう…。そなたはコナトュス男爵令嬢のことをいじめたというではないか。そのような心の持ち主、我が王家に相応しくないに決まっている!」
「いじめ……?そのようなこと身に覚えがありませんが?証拠はあるのですか?」
「コナトュス男爵令嬢がそういっておるのだ!これ以上の証拠はいらないだろう!」
ボニート公爵令嬢は一つため息を吐く。
「それはただの証言ですわ。例えば殿下は犯罪者が犯罪を犯していないと言ったら無罪放免にするのですか?だからこそ、何か物事に判決を下すときというのは、証言と証拠が必要なのです。」
「ええい、うるさいうるさい!そなたはいつもそうだ!!この前だって――」
一体いつまでこの泥沼離婚劇のようなものは続くのだと、誰もが思っていたその時、入口のドアが勢いよく開く。
「そこまでだ!!!」
輝く太陽のような黄金の髪をなびかせ、入ってきた美麗な男子。
驚いてドアを見た殿下と公爵令嬢、 二人の声が重なる。
「兄上…!?」
「アウルム様…!?」
ドアから壇上までの人混みは割れ道を作る。
「経緯は聞かせてもらった。この件に関しては父にも報告済みだ。」
「父様に…!!では…!!」
「あぁ、お前の婚約破棄を認めるそうだ。」
それを聞き喜色満面の笑みで私に話しかけてくれるアシヌス殿下。
「やったな!コナトュス!!」
それを遮るように話し始めるアウルムと呼ばれた男性。
「待て。まだ話は終わっていない。お前の婚約破棄は認めるのが1つ目。2つ目がお前を王族から追放だ。もうお前は儂の子ではない。好きなやつと結婚して勝手に生きろ、だそうだ。」
その言葉を聞いたアシヌス殿下はみるみる血の気が引いていき真っ青になった顔で訴える。
「そ、そんな!!なぜ追放なのですか!?わ、私は――」
「くどいッッ!王が決めた婚約という約束事を身勝手に破ったものに王族たる資格があるものかッ!」
「ぐっ……」
悔しそうに下を向く殿下。
そんな殿下を一瞥したアウルムと呼ばれた男性は次にボニート公爵令嬢に跪き手を差し出す。
「――ボニート公爵令嬢。」
「はい。」
「私、――いや、俺はそこにいる愚弟と三人でいっしょに遊んでいた小さい頃から貴女に惚れていた。愚弟の婚約者だったから気持ちに蓋をしていたが……。こんな王家など嫌われても仕方がない。――だが、貴女さえ良ければ、この俺と、これから共に歩んで行ってはくれないか。」
ボニート公爵令嬢は扇を閉め、頰を染めながら答える。
「――私でよければ喜んで。」
会場でぽつぽつと拍手が鳴り出し、やがて共鳴し大きな拍手喝采となる。
「おめでとー!!」
「王国万歳!!」
ボニート公爵令嬢の腰を抱き寄せ、歓声を浴びていた二人。しばらくして落ち着いた頃に話し始める。
「さて、愚弟の処分は伝えたとおりだ。コナトュス男爵令嬢。そなたの処分については北の修道院送りとなっている。最後に何か言うことはあるか。」
私は言う。
「―――ないわよ」
「なんだ?」
私は叫ぶ。
「ふざけんじゃないわよって言ったのよッッッッッ!!!!」
激情のまま。
「なによッッ!なんなのよッッ!!どうしてそんな結論になるのよッッッ!!!」
呆れたように男が言う。
「やはり王妃という座にしか興味がない、それが貴様の本性か…」
私は叫ぶ。
「――王妃なんてどうでもいいわよッッ!!なんでアシヌスと結婚できないのか、そのワケを説明しなさいよッッ!!」
「は……?貴様どんな思惑でこの愚弟と結婚したいと…?」
想いを叫ぶ。
「そんなの…そんなのッ……!好きだからに決まってるでしょうがッッッ!!!」
会場が静まり返る。
「そりゃ最初は権力目当てに近づいたわよ!顔もいいし!」
「ほ、ほら!やはりそうじゃないか!これだから平民は――」
野次が飛ぶ。
「うるっさいッッ!そこのアウルムとかいう男に問題よ。あんた達が言う通り、私は平民上がりよ。ただの小娘がある日貴族の仲間入りよ。そんな私に、イチから礼儀作法なり、勉強なりを教えてくれる人がどの程度いたと思う?」
しかめっ面で男は答える。
「それは…一人か二人くらいは…」
私は嗤う。
「――ゼロよ。そんな中、少し愛想を良くしたら根気強く、丁寧に、分かるまで教えてくれたのは誰かわかる?」
「まさか…」
私は叫ぶ。
「そうよッ!アシヌスだけよッッッ!!!右も左も分からない不安定な環境で、カラダ目当てなんかじゃなくッ!誠心誠意向き合ってくれたのはアシヌスだけなのよッッッ!!」
男は絶句する。
「そんな…馬鹿な…」
嗚咽混じりに叫ぶ。
「その状況をここにいる女子生徒は想像してごらんなさいよッ!一人ぼっちの自分に差し伸べられる正真正銘王子様の手よ…!
見様見真似の礼儀作法を、平民から来たのにすごいなって褒めてくれた。
赤点だった私に勉強を教えてくれた。
点数が上がったことを一緒に喜んでくれた。
あなた達には普通くらいに見えてたのかもしれないけど、普通にさせるのにどれだけの苦労があったのか、理解して、認めてくれた。
そんなのもう、もう、恋に落ちるに決まってるじゃない……!!」
まだ止まらない。
「だいたいボニートだってそうよ!」
急に名指しされた女はビクリと肩を震わせる。
「わ、私になにか…?」
「そこのよく分かんない、ぽっと出の男の婚約をすぐに受けるなんて、私とアシヌスと何が違うのよッッッ!」
女は狼狽える。
「わ、私はアシヌス様に婚約破棄された身ですので、誰と婚約を結ぼうと私の勝手で――」
「えぇそうね!そうでしょうね!でもアシヌスだって貴女と最初に婚約破棄してから私と婚約したいって言ったじゃないッ!!貴女証拠がどうとか言ってたけど、それこそ私とアシヌスが浮気してるような決定的な証拠があるわけッ!?ないなら、ただの貴女の言いがかりよ!アシヌスが非難されるいわれはないわよッッ!!」
女は言い淀む。
「いや、でも――」
私は言葉に詰まりながら叫ぶ。
「大体貴女は知らないでしょうけど!アシヌスは…アシヌスはねぇ…!貴女との関係を良くしようと、ずっと、ずぅっと悩んできたんだからッ…!!」
「え……?」
女から声が漏れる。
「先に断っておくけどアシヌスの頭は良くないわよ!馬鹿よ!私に相談もせずこんな事を起こしてしまうくらいには大馬鹿よ!」
アシヌスが横で項垂れている気がするが気にしない。
「でも、でもね、大馬鹿かもしれないけど…!アシヌスは、真っ直ぐで裏切らないわ!」
女は言う。
「ですが先程私のことを婚約破棄と言い、裏切ったではないですかッ!」
私は叫ぶ。今日一番の声で。
「――貴女がッッッ!!貴女が先に裏切ったんでしょうがッッッッ!!!」
アシヌスが止める。
「コナトュス…!」
私は聞こえないふりをする。
「アシヌスはずっと悩んでたよ。貴女が誰かと文通してること。たまたまその手紙を読んでる貴女を見た時、その時だけ貴女が自分には見せたことのない幸せそうな表情をしてたこと。」
「なっ……」
「推測だけど、多分そいつなんでしょ。その相手。
自分が馬鹿だからッ…!呆れた顔しかさせることのできない自分よりその人と一緒になったほうが絶対いいよなぁ…って。
泣いてたんだからッッ!
その時だけよアシヌスの涙を見たのはッッ…!!
皆そうよッ!
アシヌスはお馬鹿だけど、心はあるのよッッ!?人からどう思われてるのかくらい分かるわよ!
態度で、対応で傷つけ続けてきたのがあんたらよッッッッ!!!
だから私はッ!私だけはッッ!この人の味方でいたい、一緒にいたいって想ったのよッッッ!!!」
私は哭く。
「アシヌスが好きに結婚して、勝手に生きていいっていうのなら、私に結婚させなさいよッッッ!私の好きにさせなさいよッッッッ!!!」
周りからは物音一つ聞こえない。
私は叫びきった。気持ちを。考えを。想いを。
しかし、酸欠なのかなんなのか。意識が薄れていく。
足元が揺らぐ。
横のアシヌスが、驚いて手を伸ばすのがみえる。
ごめんね、アシヌスごめんね。
あなたを少しは守れたかなぁ。
起きたら離れ離れになっているかもしれないけど、もう会えないかもしれないけど。
最後に全部、想いの丈を伝えられてよかった。
アシヌス。
ありがとう。
愛してる――
――――――――――――――――――――
コナトュスが倒れるのを防ぎ抱きかかえる。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
こんなになるまで私を、私の気持ちを守ってくれた。想ってくれた。そんな君をこの世の何より美しいと思う。愛しいと思う。
今度は、私の番だ。
物音一つしない静寂の中、私はコナトュスの顔を見つめ話す。
「兄上。私は馬鹿です。そしてダメな男です。
女性にここまでさせてしまいました…。しかし、
馬鹿で、ダメな私でもはっきりわかることがあります。
兄上にとってのボニート公爵令嬢のように。
コナトュスは…
コナトュスは、手放してはいけない存在なのだと。
誰にも渡せない存在なのだとッッ!」
私は叫ぶ。
「改めてここに宣言します!私の人生の伴侶はッ…!
――コナトュス以外、ありえないとッッ…!!」
私はコナトュスを抱えたまま外に向けあるき出す。
道は割れる。
「ま、待てアシヌス!」
「ま、待ちなさい!」
止める声が聞こえる。
だが、届かない。
コナトュスの想いを聞いたあとでは何も響かない。
外に出る。
あぁ、空は広い。
この空に負けないくらい広く。底の見えない大海原より深く。
――コナトュス、貴女を愛しているよ。
――――――――――――――――――――
後に。
王都より離れた村にて、とても仲睦まじい夫婦が誕生した。
そして生涯、その仲の良さは変わらず、一人が亡くなった後、もう一人も後を追うように亡くなったという。
「あら…貴方の涙を見るのはこれで、人生2度目…ですね……。
私、苦労もたくさんしましたけど…
貴方に愛されて……幸せ…でし、た――」
「儂こそ…愛して、愛させてくれてありがとう。
――また、来世でな。」
続編的立ち位置の『公爵令嬢の嘆き』を投稿しましたッ!
よければ続けて御覧くださいッ!
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