九十八話:ソーマ城に突入
厳戒態勢にひりつく首都ソーマ。大通りには軍用の獣車や地竜も行き来しており、大正門前の広場には大勢の魔族兵が整列している。
一般民を装っている呼葉達が容易に近付ける状況ではない。が、大正門前に集まった部隊には穏健派組織の工作部隊も紛れ込んでいた。
呼葉達は大通り脇の路地に身を潜めて合図を待つ。やがて、配置に付いていた穏健派組織の工作部隊が大正門の制圧に動き出す。
突然、轟音が鳴り響いて大正門前の広場が砂塵と煙に包まれる。
「何事だ!?」
「広場で何かが爆発したぞ!」
「聖女部隊の攻撃? あの位置からか?」
「被害状況を――」
一瞬で混乱に陥る大正門前広場。立て続けに更なる爆裂音が響き、広がる煙が辺り一帯を覆い隠す。
巨大防壁の内側に突き出ている三重の足場から広場を見渡している見張り役も、煙に覆われた大正門前の様子が窺えない。
この目くらましの煙の中で、穏健派組織の工作部隊は粛々と制圧を進めて行った。
「……大正門を護る兵士は、結構な手練れだった筈なんだがなぁ」
「まあ、これは仕方ないでしょう」
顔の半分をマスクで覆った、忍者っぽい姿の工作部隊長が溜め息交じりに呟くと、部下の副官が苦笑気味に答える。
作戦開始から僅かな時間。最初に放った目くらまし用の煙がまだ晴れない内に制圧が完了してしまった。
普段の倍以上の速度で煙幕の中を駆け抜け、倍以上の精度で敵の位置を捕捉し、倍以上の力で捩じ伏せた。
これほどの超強化ながら副作用もなく、効果は永続するという。
聖女の祝福の凄まじさを身をもって実感した部隊長は、「そりゃ第一師団の我が侭精鋭部隊も負けるわ」と深く納得していた。
中央街道と首都ソーマを結ぶ大通りに布陣し、正面に大正門を見据えていた聖女部隊は、開門と同時に掲げられたジッテ家の旗印を確認して安堵の空気に包まれる。
「合図だ。全軍前進!」
クラード指揮補佐の号令で聖女部隊の車列が大正門を潜り、門前の広場に入ったところで呼葉と合流を果たした。
「みんな、お疲れ様」
「コノハ殿も、御無事で何よりです」
アレクトールとザナムが迎える馬車に乗り込んだ呼葉は、全隊に向けて号令を掛ける。
「これからソーマ城に向かいます!」
聖女部隊の本隊は随行員と共に城前で待機。クラード指揮補佐の指揮下で傭兵部隊と兵士隊が護衛に就く。
「カラセオスさん達が先行して露払いをしてくれてるので、玉座の間に直行します。パークスさんとクレイウッドさんは六神官の皆と共に私に同行してください」
「了解だ」
「承知しました」
丁度その時、南門付近で騒ぎが起きた。ツェルオが率いる義勇兵部隊の奇襲が始まったようだ。彼等の後方攪乱に乗じて、聖女部隊は崖丘の城を目指す。
大正門前に集結していた首都の防衛部隊は、門が解放されて聖女部隊が突入して来た事に加えて南門からの襲撃騒ぎで混乱しており、中途半端な包囲は容易く突破された。
聖女部隊の馬車を引く普通の馬が、足止めに放たれた攻撃魔術を弾き返している時点で包囲など有って無いようなものであったが。
首都ソーマの混沌とした街並みを縫うように敷かれた『地区』間の通りを、聖女部隊の馬車隊が駆け抜ける。
途中、魔族軍部隊が何組か現れて立ちはだかろうとするも、そのまま撥ね飛ばされた。
「馬、車体共に問題無し!」
先頭を行く馬車から報告が届く。呼葉が乗る馬車を中心に囲む形で三列になって進む聖女部隊は道幅一杯まで取っており、魔族軍部隊の兵士だけでなく進路上に駐車している馬車や荷車もかまわず豪快に吹っ飛ばして行く。
そうして幾つかの『地区』を横切り、ソーマ城に続く崖丘の道に入った。
戦闘の跡が見られる崖丘には、拘束された捕虜らしき兵士達が道端に集められていた。その傍には味方の魔族戦士がぽつぽつと立っていて、彼等はこちらに手を振って先導してくれる。
やがて城の門前に到着。ここも制圧が済んでおり、カラセオスの私兵が護っていた。
「皆はここで待機。クラードさん、お願いね」
「了解した」
待機組の防衛指揮を任せられたクラード指揮補佐が敬礼で応える。
聖女部隊の随行員はここで待機させつつ、何かあれば直ぐに撤退できるよう備えさせる。何時も通り馬車で防護陣を組んで、傭兵部隊と兵士隊が周りを固めた。
「突入組は私と一緒に行くよ」
「よっしゃ行くか」
「必ず御守りします」
「コノハ殿の御心のままに」
馬車を下りた呼葉は六神官とクレイウッド参謀にパークス傭兵隊長を連れて城内へ向かう。隠密中のシドが少し先行しているのを感じながら、皆で玉座の間を目指す。
城の扉は開け放たれており、ここもカラセオスの私兵が護っていた。
「おお、聖女殿」
「玉座の間はこちらです」
呼葉達に案内役が付く。巨大な扉を潜って直ぐの部屋は、異様に広いエントランスだった。
城内で中隊以上の規模の軍部隊を運用できる仕様になっているらしい。ここも床や壁に激しい戦いの痕跡が遺されていた。
そんなエントランスを抜けて奥に進むと、装飾も控えめで割と質素な廊下が続いている。案内される道中、城に斬り込んだカラセオス達精鋭部隊の活躍と現状が語られた。
「聖女殿の祝福。噂には聞いていましたが、実際に体験すると凄まじいものでした」
「まさか城守の騎士を我々だけで制圧出来るとは思いませんでしたな」
カラセオス達の精鋭部隊が城に急襲を仕掛けた時、まずは斥侯部隊が先鋒として一当てしつつ、防衛体制の詳細を測ろうとしたのだが、その斥候部隊の一当てで城門まで突破してしまった。
精鋭部隊は力を温存したまま城内に突入し、先程のエントランスに詰めていた防衛部隊を蹂躙したそうだ。
現在はヴァイルガリンの籠もる玉座の間の様子を探りに向かっているとの事。
「なんかカラセオスさん達だけで終わりそう」
この後ツェルオの義勇兵部隊も応援に駆け付ける予定だが、戦力が揃う前にヴァイルガリン討伐が成されそうだという呼葉に、案内役の魔族戦士もあり得ると首肯する。
呼葉は、ヴァイルガリンとは言葉を交わす機会もないのではと思っていたが、玉座の間の方向から金属の打ち合う音や爆発音など戦闘の喧噪が聞こえてくる。
戦いはまだ続いているようだった。




