八十六話:聖女の本音
彼等代表者達が選んだ統治者候補は二人。
片方は若者グループが全面的に支持しており、もう片方は年配者グループと彼等に追随する熟年者グループが推している。
年配者と熟年者グループが推す候補者は彼等の住む屋敷に匿われているらしく、現在部下の人達が呼びに出ている。
旧ルナタスでは領主の側近をしていた人物であり、領主代理としての活動経験も豊富な人材なのだそうな。
「領主だった人は?」
「……魔族の侵攻があった時に、亡くなられております」
「そっか……」
一方、若者グループが支持する候補者――というかグループの代表者本人だが、彼は魔族の統治下で密かにレジスタンスを組織して活動していたという。
若者グループから「クレバートさん」と呼ばれているのが聞こえた。
ルナタスのレジスタンス組織は『縁合』の情報にも無かったので、余程上手く隠れていたのか、その活動に殆ど影響が無かったのか。
「とりあえず、おじさん達が支持する統治者候補の人が来たら始めますね」
「おじさん達……」
呼葉の突然の『おじさん』呼びに思わず呟く年配者グループの代表者と、それを聞いて吹き出しそうになっている熟年者グループの代表者。
若者グループの代表者による反目的な態度でギスギスしていた場の雰囲気が、少し和む。
が、アレクトール達六神官は、呼葉が言葉を崩したのは彼女が抱える『反動』の表れだと理解して、密かに緊張を高めた。
『付け焼き刃の悟りの境地』の揺り返しによる強い精神的負荷で、取り繕う余裕が無くなっているのだ。これ以上深刻化させないよう、この先の交渉は自分達が請け負う事を主張する。
「コノハ殿、少しお休みください」
「後は私達にお任せを」
「ん~、でも祝福で選定しなきゃいけないし、そこまでは頑張るよ」
穏やかに話し合いが進んでいれば、とりあえず味方全員に祝福を掛けて統治者の選定は明日に持ち越すという手もあったのだが、どうにも若者グループの代表者に不審な気配を感じる。
呼葉は彼等に何かしらの工作をする猶予を与えず、今夜の内にルナタスの体制を整えてしまうつもりでいた。
そうこうしている内に、年配者と熟年者グループの代表達が推す、元領主の側近をやっていたという年嵩の男性が案内されてやって来た。
見た目は人の良さそうな執事っぽいお爺さんだった。
「お初にお目に掛かります、聖女様。色々とお手数をお掛けしているようで申し訳ありません」
物腰柔らかで腰も低いが、気弱な雰囲気は一切ない。神殿や王宮等に見掛けるやり手の重鎮という雰囲気を感じた。
互いに挨拶を済ませて本題に入る。
「揃ったようなので始めますね」
呼葉は先程提示した条件でこの会場にいる者達に聖女の祝福を与えた。見た目に大きな変化がある訳ではないので、特に何も起こらない事に戸惑っている代表者達。
「それでは皆さん、その場で跳んでみてください。天井に頭をぶつけないよう気を付けて」
聖都の王宮や神殿で魔族派狩りに参加した経験がある聖女部隊の面々は慣れたもので、参考としてまず六神官が跳んで見せた。
嵩張って動き難そうな神官服を纏うアレクトール達が、自分の身長ほども垂直に跳び上がるのを見た代表者達は目を瞠って驚く。
そして顔を見合わせた熟年者グループが真似るようにジャンプ。
「うおぉっ」
「なんと!」
「あいたっ!」
一人天井に頭をぶつけた人が居たが、全員が同じくらいの跳躍力を見せた。
それで意を決した年配者グループも祝福の垂直飛びに挑戦し、やはりこの場にいるほぼ全員が老人とは思えないような跳躍をした。
勿論、統治者候補の元側近の人も、体幹の強さを感じさせる綺麗な姿勢で跳躍していた。
「な、何と凄まじい」
「ワシらのような老骨でさえ、これほどの力が与えられるのか」
「こ、これが……伝説の聖女の御力」
杖を突いてプルプルしている腰の曲がった御老体は流石に垂直飛びはしなかったが、反復横跳びみたいな素早い動きをして感嘆しつつ、周りを心配させたりしている。
「うわっすげぇ!」
「あぶねっ」
「マジか!」
年配者と熟年者グループの様子を見た若者グループも次々と跳躍を試し、軒並み天井近くまで跳ぶ者がいる一方で、彼等の中の何人かは祝福の掛かっていない者がいた。
「……」
統治者の選定に立候補している若者グループの代表者クレバートも、呼葉の祝福が掛かっていなかった。
クレバートは、魔族との繋がりという後ろ盾があったからこそ、オーヴィスから来てルナタスを解放した救世主一行相手にも強気でいられた。
魔族の支配下でレジスタンス組織を運営していたのは本当だが、魔族軍を相手に徹底抗戦するような組織ではない。
住民の中から本格的に反抗する者を出さないよう、不満を持つ者を纏めて毒にも薬にもならない活動で満足させる。
魔族の支配者が街を容易く、穏便に、滞りなく統治する為の組織。
その実態は、不穏分子を集めて管理する下請け工作機関。レジスタンスとは名ばかりの、所謂ガス抜き組織であった。
「こんなもの、納得出来るか!」
クレバートが声を上げると、彼と同じく祝福の掛からなかった数人が、詐欺だインチキだと追随して叫ぶ。
「そう言われましても、今見えている答えが全てなので」
祝福の掛かる条件は『本気でルーシェント国を復興し、民を救いたいと願っている者』だ。
例え個人的な思惑や野望など、腹に一物抱えていようと、真に国の復興と人々の救済を願っているなら祝福は与えられる。
「祝福が掛からなかったという事は、本気で国の復興を考えていないか、人々の救済を願っていないって事ですね」
呼葉とクレバートのやり取りを不安気に、あるいは怪訝そうに見詰めている各グループの面々。
クレバートのレジスタンスメンバーが多い若者グループは、祝福が与えられなかったリーダーや幹部達に戸惑いの視線を向けている。
「俺には、魔族の支配下で民の安全な暮らしを護って来た実績と自負がある! 余所から来た者達に、それらを奪う権利は無い筈だ!」
「誰も奪いはしないから、これまで通りにやればいいんじゃないかな」
自分と組織の功績を挙げて訴えるクレバートに、呼葉は新しい統治者と相談して好きにすればいいと、肩を竦めつつ助言する。
解放された街での対魔族レジスタンス活動にどのくらい意味があるのかは分からないが。
「大体、あんたが祝福を与えるなら、与えたい奴だけ恣意的に選べるんじゃないのかっ」
「できるけど意味が無いからしないわよ」
「信用出来ん!」
「オーヴィス国とクレアデス国のお墨付きだよ?」
ヒートアップするクレバートに、呼葉はどんどん表情を失くしていく。
心配したアレクトール達が割って入ろうとするも、呼葉はそれを手で制して、クレバートに彼等の言い分を語らせる。
「あんたが本物の聖女だという事は認めよう。だが、異世界人に俺達の何が分かるってんだ」
「私の役割はこの世界の人類を救う事だからね。個人の諸事情にまでは配慮してられないなぁ」
「ハッ 結局は大国の操り人形じゃないか。あんたは権力者共にとって都合のいい力ある神輿だ。何も知らない小娘が救世主を気取っても――いぎゃっ」
突然、悲鳴を上げたクレバートが蹲った。
流石に聞き捨てならないと動き掛けていたアレクトールやザナム、既に拳を振り被っていたソルブライトと、彼を抑えていたクラインにネスとルーベリットが揃って立ち止まる。
同じく一歩踏み出していたクラード元将軍と、ギリギリ踏み止まっていたクレイウッド参謀も何事かと注視した。
左脚を抑えて呻いているクレバートの傍に、シドの姿が現れる。どうやら隠密状態のシドに脛を蹴られたらしい。
祝福で強化された人間に不意打ちで弁慶の泣き所を蹴られれば、さぞかし痛かろう。普段にも増して無表情なシドは、呼葉の隣に駆け寄ると、腰に抱き着いて姿を消した。
シドの行動に目を丸くした呼葉は、彼の頭がある辺りを一撫でして息を吐く。そしてクレバートに向き直ると、今まで胸に仕舞い込んでいた鬱憤をぶちまけた。
「何も知らない小娘? 当たり前でしょ。私まだ16年しか生きてない子供だよ! なんで知らない世界の人達の為に小娘の私が命張って戦わなきゃならないわけ?」
その言葉に、この場の皆がハッとする。初めて会った時から、呼葉はどこか超然とした雰囲気を纏っていたので忘れがちになるが、異世界から召還された聖女達が持っていて当然の憤り。
古代より紡がれし救世主伝説。聖女の記録にもあまり詳しく記される事の無い、生の声だ。
「貴方達の事情なんて知らない! 貴方達を救わないと、お父さんとお母さんの所に帰れないの。だから戦う。邪魔しないで」
聖女の激昂に会場は一瞬静まり返る。アレクトール達六神官と聖女部隊の使用人達が、呼葉を囲むように集まり暫し騒然となる――が、当の本人は至極冷静であった。
一応、ぶちまけた本音は本音ではあるのだが、クレバート達がこれ以上ごねられない空気を作る為の演出も込みだったりする。
(ふふふ、気まずさマックスで罪悪感抱くがいいわ)
こうして解放したルナタスの街の統治者を即日選定した呼葉達は、細かい取り決めなどは明日に回して、今日はこれで解散とした。
街の住民の各代表者達が引き揚げた領主の館にて。就寝前の軽い食事も終えて、自分に宛がわれている部屋に戻った呼葉だったが――
「……」
「……」
腰に相変わらずシドがくっ付いており、反対側にもネスが控えめに寄り添う。
「さあ、安心して身体を預けて下さいね」
「コノハに安らかな休息を」
背中にはクラインとルーベリットが大きなクッションを構えて自ら背もたれに。
「皆がコノハ殿を御守りします」
「ここにはコノハ嬢の味方しかいませんよ」
左右にはアレクトールとザナムが。
「警護は任せろ。クラードのオッサンも部屋の外を護ってる」
正面の椅子にはソルブライトが陣取っていた。館内はクレイウッドと兵士隊が巡回中で、館周辺はパークスと傭兵部隊が哨戒しているそうな。
「しまった、みんなの過保護がアップした」
大袈裟な反応に頭を抱える、割と自業自得気味な呼葉なのであった。




