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遅れた救世主【聖女版】  作者: ヘロー天気
おわりの章

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八十四話:ルナタス奪還





 強烈な光を帯びる圧縮火炎光線が空を薙ぎ、迫りくる過縮爆裂魔弾の群れを迎撃する。

 上空に円を描くようにぐるりと光線が一周すると、撃ち抜かれた魔弾が数瞬遅れて次々に大爆発を起こした。

 大気を震わせる落雷のような凄まじい轟音が連続して鳴り響く。


 過縮爆裂魔弾の群れを撃墜した呼葉は、そのままルナタスの街の防壁上部を削るように圧縮火炎光線を走らせた。

 防壁上に陣取っていた魔族軍第一師団の上級魔術士と、その補佐役である第三師団の魔術士が、削られた防壁の一部と共に爆炎に包まれる。


 返す刀で、聖女部隊の後方に陣取っている魔族軍の騎兵部隊にも一閃させる呼葉。そこでようやく集束させていた魔力が尽きたらしく、宝杖の先端で輝いていた圧縮火炎球も消えた。




 聖女が放つ光線の一薙ぎを受けて半壊した迎撃担当部隊は、魔法の矢の追撃を恐れて散らばるように距離を取っていた。

 作戦では、過縮爆裂魔弾の連撃でダメージを負った聖女部隊に突撃、蹂躙する予定だったのだが――


「こ、ここまで苛烈だとは……」


 迎撃担当部隊の指揮官は、強化魔獣部隊の残りを片付けている聖女部隊を避けて大回りでルナタスの街の裏門に撤退しながら、聖女に対する想定が甘かった事を反省する。


 難民を手厚く保護したり、奴隷兵を救済しながらの進軍。

 捕虜をも大事にする様子などを聞いていたので、敵に手心を与え過ぎる甘い先導者かと思っていたのだが、予想以上に容赦が無かった。


 ルナタスに入って第三師団本隊と合流した迎撃担当部隊は、聖女部隊と間近で戦った感触などを報告して一先ずの任務を完了した。



「では、予定通りルナタスからは全面撤退とする」


 総司令部となっている領主の館にて、ルナタスの管理を任されていた魔族の統治者は、軍議の席で全軍の引き揚げを告げた。


 ルーシェント国の王都シェルニアまで退き、魔族国ヒルキエラに情報を確実に届ける事を最優先とする。


 まだ聖女部隊の強化能力に有効な対抗手段がないので、これ以上の損害を重ねる前に速やかに退くべきと主張した。


「是非も無し」

「では直ぐに準備を――」

「待たれよ。今の時点で退くのは早計ではないか?」


 一度痛い目を見ている第三師団は異議なく撤退の判断に従ったが、ルナタスの防衛と第三師団の支援に派遣されて来た第一師団の精鋭部隊は納得しない。


「せめて我等にも聖女と一当てやらせてもらわねば」


 過縮爆裂魔弾の飽和攻撃をあそこまで鮮やかに迎撃した上、強烈な反撃まで重ねて来た事には驚かされたが、被害は上級魔術士を数人失っただけに抑えられている。

 このまま退いたのでは魔族軍第一師団精鋭支援中隊の名折れだと訴える。


「……では、殿(しんがり)をお任せする」

「引き受けよう。我々がそのまま聖女討伐を成し遂げたら、その時はすまぬな。はっはっはっ」


 統治者の魔族と第三師団長は、無駄に好戦的な支援部隊長に内心で溜め息を吐きながらも、撤退支援をしてくれるなら無駄にはならないかと思い直し、全面撤退の段取りを詰めて行く。



 『雪辱の機会を奪う事になったら申し訳ない』等という軽い皮肉と挑発を投げつつ、配置に就く第一師団の精鋭支援中隊。


 強化魔獣部隊を残らず殲滅した聖女部隊が街に突入して来るタイミングで、第三師団は街を統治していた魔族関係者を連れて裏門から撤退を始めた。


 これまでの交戦記録により、聖女部隊は目標とする制圧拠点から撤退する相手に、追撃を仕掛ける事は殆どないと分かっている。

 今回もルナタスの奪還が目的であるなら、街の外まで追い掛けて来る事はないと推測しているので、殿を務める精鋭支援中隊は最後尾に布陣して睨みを効かせるだけで良かったのだが――


「まあ、あの様子では本気で一戦交えるつもりだろうな」

「大丈夫ですかね……?」


 第三師団長の呟きに、傍で控える側近達が懸念を示す。余計な手出しをしてとばっちりを受けては堪らない。


 ヴァイルガリンによる簒奪の尖兵となった者達で構成される第一師団は、魔族としての力も相応に強いが、兎角プライドも高い。


 聖女が現れてからの魔族軍は連敗を重ねており、撤退に次ぐ撤退を繰り返しているのだ。

 魔王ヴァイルガリンが『今は手を出すな』と指示していても、魔族軍最強師団を自負する彼等の自尊心が戦わず退く事を許さない。


「まあ、我々は堅実にやるさ。とっとと退くぞ」

「ハッ」


 安定重視な中堅筆頭の第三師団長は、血気盛んな若い武将魔族達の好戦嗜好に肩を竦めつつ、ルナタスの街の裏門を後にした。

 後はとにかくシェルニアの第一師団と合流して、魔王ヴァイルガリンに指示を乞う。



 第三師団と魔族関係者が無事に脱出を果たし、シェルニアに向けて移動を始めた頃、ルナタスの街の中心部からかなり大きな爆発音が鳴り響いた。


「今のは過縮爆裂魔弾の簡易版か……? 街中で使うような術じゃないと思うが」

「第一師団はやたらと街を破壊する悪癖がありますからね……」


 ルナタスを振り返って呟く第三師団長に、側近達は苦笑気味に返した。

 攻撃を重視する第一師団は火力偏重傾向な部隊を多く抱える。件の精鋭支援中隊もその例に漏れず、高威力で広範囲に影響を及ぼす強い魔法を好むらしい。

 ただし、『贄』を使うような儀式魔法は彼等の志向からは外れるようだが。


 ともあれ、強力な攻撃魔法を使う聖女は彼等にとって興味の対象であり、力を試さなくてはいられない相手なのだ。


 その結果は、第三師団長が想像したものとは違う展開になったが、概ね予想通りであった。





 ――時は少し遡り、魔族軍の魔獣部隊を全滅させた聖女部隊が、隊列を整えて街への突入を開始した頃。


 ルナタスの街はパルマムの街と同程度の発展具合で、比較的高い建物が目立つ。

 道幅は広くあまり密集していないので見通しも悪くないが、中央通り添いの建物は大軍を効率よく移動させる為に打ち壊したらしく、瓦礫が散乱していた。


「……」


 久々に見た強化魔獣と瓦礫の山に廃都での修業時代を思い出した影響か、普段よりも少し力が入る呼葉。軽く目を瞑って一呼吸置き、同乗しているアレクトールとザナムに目を向ける。


 廃都で徘徊する魔獣や魔物を討伐し、宝珠シリーズを集めていた頃は、この二人にソルブライトを加えた三人で行動する事が多かった。

 最近ようやく見慣れて来た若いアレクトール達に、廃都で共に生き抜いた老いた六神官の面影が重なる。


「うん、ちょっと感傷的になってるかも」

「コノハ殿? 大丈夫ですか?」


 どうも別方向から『付け焼き刃の悟りの境地』の反動が出ているぽいと自覚した呼葉は、この後の事を考えて早めに相談しておく。


「ルナタスは今日中に制圧出来ると思うけど、多分一段落したら私もダウンするかもしれないから」

「分かりました。ご無理はなさらない様に」


 街の制圧とその後の段取りを再確認しつつ、呼葉が途中で行動不能になった場合の活動方針を打ち合わせる。


 中央通りを抜けた聖女部隊が街の中心部にある大広場に差し掛かったその時、先頭を行く兵士隊とパークス達から同時に警告が上がった。


「周囲の建物に敵影!」

「魔術士だ! デカいのが来そうだぜ!」


 大広場に面した建物の屋根部分に、ずらりと並び立つ魔族軍の魔術士らしきローブ姿が見える。そして正面の大きな屋敷のバルコニーには、衣装の豪華さでそれと分かる指揮官風の男。

 その人物が何やら仰々しい身振りをしながら語り始めた。


「待っていたぞ聖女よ。我らこそは精強なる魔族軍第一師団所属、精鋭支援中隊――」


「全車防御陣形! 周囲警戒を最大限! シド君はまだ出ちゃダメよ」


 呼葉は敵の声を無視して即座に防御を固めると、全方位に警戒を促す。しかし、周囲には忍び寄る影も無く、奇襲の気配すら無い。

 注意を惹き付けておいてから強化魔獣なり伏兵なりの一斉突撃を予想していたのだが、大広場には魔族軍第一師団の精鋭支援中隊と称する敵方の声が朗々と響くばかり。


 未だに名乗りを続けている相手に、ぽかんとする呼葉。


「え、今さら名乗りとか必要?」


 既に一戦も交えており、魔族軍側の本隊である第三師団は撤退に入っている様子。味方の撤退を支援する時間稼ぎだろうかと困惑する呼葉に、ルイニエナから情報が伝えられた。


 第一師団が抱える精鋭部隊の傾向について。彼等は非常に好戦的でプライドが高く、時に傲慢で自己陶酔が過ぎる部分もあり、色々と面倒臭いとの事。


「あの温厚そうなルイニエナさんからの評価が酷い事になってる」

「力の信望者故に、強い相手を求める傾向にあるのでしょう」


 苦笑気味にフォローするアレクトール達。戦場で碌に陣立てもせず、無防備に姿を晒して悠長に自己紹介をする敵方の姿に、呼葉は何とも言えない気持ちになる。


 実力と自信に裏打ちされた余裕と自己顕示の表れなのかもしれないが、廃都で過ごした修業と戦いの日々を思い出していた為か、当時の空気と比べてしまう。

 ――とても、(ぬる)い。


(なんて平和な時代なんだろう)



 長々と紡がれた口上に、ようやくクライマックスが訪れる。


「我が名はフラーグ! 最強師団の精鋭支援中隊長フラーグ・ガーイッシュだ! 我が名を魂に刻んで逝くがよい!」


(フラグ?)


 彼等は自信満々意気揚々と、自慢の攻撃魔法を構築し始めた。呼葉は「フラグは折ってあげなきゃ」等と呟きながら相手の出方を覗う。


「いや、この場合は折らなくていいのか」

「コノハ殿?」


 呼葉の謎の呟きに小首を傾げるアレクトール。


 最強師団の精鋭支援中隊長を自称するフラーグは、彼の傍に付き従う五人の側近から補助を受けつつ魔力の塊を頭上に浮かべた。


 周囲の建物の屋根に居る大勢の魔術士達も、数人一組で同じような魔力の塊を生成している。数や禍々しさこそ少ないが、その塊は過縮爆裂魔弾に似ていた。


「あれは危なそう」


 爆裂魔弾系の攻撃魔法には圧縮火炎光線で対抗出来るが、現状では微妙に距離が近く、相手の数も多い。

 手投げ爆弾よろしく一斉に投げ付けられると流石に厳しい。


 そう判断した呼葉は、魔力の塊を生成中の『フラーグ中隊の魔術士全員』に祝福を与えた。装備も含めて数倍まで能力を強化された彼等の頭上に、超強力な魔力の塊が浮かび上がる。


「う、うおおおっ! 何だ、この力はっ! 魔力が漲るぞ!」


 そして直ぐ祝福を取り消した。


 超高出力で生成された魔力の塊はそのままに、身体能力だけ元に戻った彼等は、強化された魔力の塊を全く制御出来なかった。


 呼葉は姿勢を低くしてそっと耳を塞ぐ。それを見た聖女部隊の面々も、呼葉に倣って耳を塞いだ。次の瞬間、閃光と共に周囲の建物の屋根を巻き込む大爆発が起きた。


 フラグは回収され、フラーグ中隊は自爆して吹き飛んだ。


「えげつない」


 というシド少年の呟きを、誰も否定できない。



 斯くして、ルーシェント国の属領ルナタスの街から魔族軍は一掃され、聖女部隊による解放が宣言されるのだった。




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