八十二話:ルナタス攻防戦
クレアデス国とルーシェント国の国境付近にて、『縁合』の連絡員から情報を貰い、野営で一泊した聖女部隊は、翌朝からルーシェント国領内に入った。
現在は一路、ルナタスの街に向けて街道を爆走中である。
『縁合』の情報によれば、ルナタスにいる魔族軍は多くは無いが、王都シェルニアの第一師団から少数精鋭が防衛に入るか、ヒルキエラで補充を済ませた第三師団が向かう可能性が高いという。
呼葉としては、先にルナタスに入って街の統治者を立て、祝福で強化しながら体制と防備を固めてしまえば、少々大きな軍勢に攻められても十分対応出来ると考えている。
なのでまずはルナタス入りを目標に街道をぶっ飛ばしていた。
「この分だと明日には着くかな?」
「そうですね、何事も無ければ明日のお昼頃には街が見えて来ると思います」
「ルーシェント国領内はクレアデス国以上に魔族の支配が浸透しているので、道中の警戒も一層強めるべきかと」
呼葉の問いにアレクトールが答えると、ザナムが窓の外に目を凝らしながら注意も促した。
聖女部隊の車列からかなり距離を置いているが、遠くに魔族軍の斥候と思しき姿が見え隠れしている。
魔族軍の騎獣や騎馬では、祝福強化されている聖女部隊の速度に追い付けない。
なので複数の部隊が連絡を取り合いながら事前に進行方向に散らばり、聖女部隊の動向を監視しているようだ。
「こっちがルナタスを目指してる事は、向こうも予測してるわよね」
「ええ、恐らくは。その上で、ルナタスに行くと見せかけて街道を逸れたルートから王都シェルニアを目指される事を警戒しているのでしょう」
魔族軍の警戒網がどの程度までルーシェント国領内を網羅しているのか分からないが、通常なら十台も連なる馬車隊を見失うほど粗くはない筈だ。
が、祝福で強化された馬車隊は普通の馬車なら絶対に通れないような道なき道でも平気で走破するので、常に位置確認をしておかなければ、街道を逸れた途端に見失ってしまい兼ねない。
遠方に見えていた魔族軍の斥候部隊らしき影が遥か後方に消えて行く辺りで、別の部隊が遠く前方に見え始めた様子を指して、ザナムがそう分析する。
敵の支配域を駆け抜けるだけで、相手にかなりの負担を強いている聖女部隊であった。
そんな調子でルーシェントの地を突き進んだ聖女部隊は、夕刻頃に街道脇の開けた場所で野営に入った。
人の往来が消えて久しい休憩場所は、呼葉の胸の辺りまでありそうな背の高い雑草が生い茂り、すっかり荒れ果てていた。
時々魔族軍の部隊も利用するのか、水場の周りは雑草も少なく、幾つか焚き火の跡があった。
「とりあえず見晴らし良くしとくね」
馬車を下りた呼葉は宝杖フェルティリティを掲げると、風の魔術を発現させる。
竜巻ほど巨大ではないが、祝福で強化されているのでやたら吸引力の高いつむじ風を走らせて周辺の雑草を引っこ抜いていく。
「俺もコイツで手伝おうか?」
「火事になるからダメ」
パークスが宝珠の大剣をトントンとしながら申し出るが、辺り一面を火の海にする訳にはいかないので却下した。
休憩場所周辺の視界を十分確保出来る程度に片付けると、何時ものように馬車を防壁代わりに並べて天幕を張る。
食事をとりながら、明日のルナタス攻略について皆と話し合った。
「基本はいつもと変わらず、突っ込んで拠点確保したら味方を増やしながら削っていく感じで」
呼葉がざっくりと方針を述べると、ルナタスの街のどの辺りに拠点を設定するか、また味方となる勢力がどれだけ存在するのか、推測も交えて確認する。
「『縁合』の情報では、街に残されている人々は凡そ数千人。ラダナサ殿達のように、こちらの味方に付きそうな魔族も数十人からは期待できるという事でしたが」
「いずれも隷属系の呪印が施されている可能性もあります。解呪が必要になるかもしれません」
「『贄』も居そうだしなぁ」
呪印の解呪については、魔族ラダナサとその同胞達を助けた際の『瞬間一発解呪』という、祝福乗せ前提だが実績があるので、もし『贄』が居たとしても"呪・即・解"で救済が可能だ。
「最も警戒すべきは『贄』のような存在。後は暗殺でしょうか」
「これまで以上にコノハ殿の周辺警備は厚くした方が良いでしょう」
ザナムとアレクトールがそう纏めると、他の六神官達やクレイウッド参謀にパークス傭兵隊長も頷いて同意した。
翌日。そこだけ草が刈り取られて整地されている野営地を出発した聖女部隊は、ルナタスの街を目指して街道を北上していく。
そうしてルナタス到着を予定していた昼頃、少し予想外の事態に出くわした。見えて来た街の影を挟んで、反対側の街道から魔族軍の大軍が迫っているのだ。
「あれって、第一師団の援軍かな?」
「『縁合』の情報通りなら、第一師団の少数精鋭は既に街に入っている筈ですから――」
と、その時、伝令が近付いて来て、別の馬車に乗っているルイニエナからの警告が伝えられる。『接近中の魔族軍は、第三師団の軍旗を掲げている』と。
「第三師団かぁ」
「情報通りでしたね」
ルナタスの街を前に魔族軍の第三師団と遭遇した聖女部隊は、直ちに臨戦態勢に入った。
呼葉の乗る馬車を中心に使用人達の馬車を内側に配置し、傭兵部隊と兵士隊の馬車で外側を固める。
魔族の本国ヒルキエラで補充を済ませた第三師団の規模は凡そ一万。
数の上では聖女部隊との戦力差は約200倍くらいになるが、呼葉の強烈な魔法攻撃と祝福効果がその差を逆転させるので、これまでの経緯から考えると大した脅威にはならないように思える。
第三師団は全体の三分の一ほどが陣形を敷いて聖女部隊と対峙する構えを見せると、残りはルナタスの街へと入っていった。
外に残った魔族軍部隊は大半が騎兵のようだったが、その中に奇妙な姿が交じっている。呼葉には、それに見覚えがあった。
「あれって……」
「んん? ありゃあ小鬼型を乗せた騎獣兵か?」
「狼型に似てるが、なんかでけぇな」
呼葉の周りに集まった各部隊長の中でも、傭兵部隊のパークスと副長が呼葉の視線の先を見て思った事を口にした。
クレイウッド参謀は、魔族軍は兵を惜しんで魔物や魔獣を前面に押し立てる戦術を取るつもりなのかと分析している。
その魔獣兵が先陣を切って飛び出して来た。
背上に武装した小鬼型を乗せているモノや、魔獣単体で駆けてくるモノが入り混じる魔物の群れのような部隊は、自然と単体で駆ける魔獣が前面に出て来る。
速度は通常の騎兵を上回る勢いだ。
一定の距離まで近付いた事で、聖女部隊の面々はその魔獣部隊の異様さに気付いた。
「おい、やっぱりでかくねえか? アレ」
「見た目もえらくゴツイな。新種か?」
普段見慣れている狼型の魔獣は、体長一メートルほどでスマートな体躯をしているが、今向かって来ている魔獣は猪のようなずんぐりとした体躯で、大きさも二メートルくらいはありそうだった。
「あれは、狼型魔獣の強化版だよ」
馬車の屋根に上がった呼葉が、ざわめく傭兵や兵士達にそう告げながら宝杖フェルティリティを構える。
この時代の人類は初めて目にするであろう強化魔獣。魔族軍が連携も取らず、魔獣部隊だけでぶつけて来る辺り、恐らく魔族側にもまだ馴染みのない存在かと推察する。
呼葉が五十年後の世界で、実際に戦っていた相手だ。
パークス傭兵隊長やクレイウッド参謀は、『狼型魔獣の強化版』について詳しく訪ねようと呼葉を振り返り、思わず目を瞠って口を開けなかった。
「コノハ殿、強化版というのは――っ!?」
そんな二人の様子に気付かず、馬車の窓から顔を出したアレクトールは、呼葉を見上げて息を呑んだ。呼葉の纏う雰囲気が、いつもと違う。
まるで数十日前、大神殿の儀式の間に初めて現れた時のような、威圧感さえ覚える凛とした佇まい。凄みのある横顔に、他の六神官達も固まっていた。
呼葉は、パークス達傭兵部隊やクレイウッド参謀と兵士隊に、強化魔獣と戦うに当たっての注意事項を促す。
「強化魔獣は首を刎ねても、落ちたその場で首だけで噛み付いて来たりするから、縦に割った方が安全だよ。身体も脚を潰す事優先で立ち回って」
胴体は首が無くなってもしばらく走り回って暴れるので、綺麗に倒そうとすると危ない。とにかく動きを止める事と、攻撃力を奪う事を優先で脚と頭を潰すよう指示を出す。
「強化型の小鬼も基本は同じだから、殺し切るまで油断しないようにね」
小鬼型はたとえ胴体が上下に切断されても、上半身だけで這い寄って来たりする。確実に手足を斬り落とすか、縦か斜めに両断してその後の動きを封じる方が安全だ。
強化魔獣との戦い方を一通りレクチャーした呼葉は、宝杖フェルティリティの先に圧縮火炎弾を発現させながら号令を発した。
「全軍、迎撃準備!」




