八十一話:国境付近
中央街道を祝福爆走中の聖女部隊。王都アガーシャを発った呼葉達は、ルーシェント国領内に入る前にルナタスから来る『縁合』の連絡員と国境付近で接触する予定だった。
(あと半日も進めば、目的の場所につくかな?)
やがて、街道脇に広がる開けた休憩場所の一つに到着した。アガーシャからここまで、通常なら馬車で三日は掛かる距離を一日で走破した。
休憩場所の隅の方に、『縁合』が指定した目印となる布を巻きつけた木の棒が、目立たないように挿してあるのを確認すると、聖女部隊は野営の準備に入った。
十台の馬車を防壁にするようにコの字に並べて、その中に天幕が張られる。
兵士隊が野営周辺の守りを固め、パークス達傭兵部隊は近辺の安全確認に班別けして哨戒を始める。
シドは近くの森まで狩りに出かけた。
「シド君が獲物狩ってきたら食糧が浮くわね」
「彼は狩人だったそうですからね」
「コノハ嬢の祝福とあの外套があれば、大物も狙えそうです」
実際にそこまでシドの狩りに期待を寄せている訳ではないが、ここからの道程は補給もままならない過酷な旅になる事も予想される。
街や村に立ち寄れずとも、自力で食糧を確保できる手段があるのは良い事だ。
野営の準備も整い、日が暮れた頃に『縁合』の連絡員がやって来た。
何故かシドと一緒に現れたのだが、シドは猪のような大物を担いでおり、『縁合』の連絡員は山菜が詰まった籠を背負っていた。
「運んでもらった」
「なるほど」
シドの端的な説明と連絡員の苦笑に納得する呼葉。取り合えず「シド君、がんばり過ぎ」とナデナデしておいた。
今日の夕食は少し豪華になった。
天幕会議室の中で『縁合』の連絡員から話を聞く呼葉達。
今回はオーヴィス国の辺境の街カルモアから、ルイニエナ嬢の暗殺未遂に関わる情報を中心に、ルーシェント国の王都シェルニアの状況と、その南にあるルナタスの街の様子。
それぞれに駐留する魔族軍の規模に関する情報も用意されていた。
「では、まずはジッテ家と御令嬢に関するお話になりますが……こちらをどうぞ」
連絡員はこの場に同席しているルイニエナに、折り目の付いた紙の束を渡した。
「これは……」
それは手紙の束だった。宛名はルイニエナとカラセオス。
それぞれルイニエナから実家の父カラセオス宛てに送った手紙と、ジッテ家当主カラセオスから娘ルイニエナに送られた手紙。
ルイニエナは自分が出した覚えのある手紙と、見覚えのない父からの手紙を前に困惑する。
実家に送った手紙は自身の近況と支援を求める内容で、こちらは間違いなく自分が書いた物だと確認出来る。
一方、見覚えのない父カラセオスからの手紙には、娘の安否を気遣う言葉と共に、「偶には便りを寄越す様に」などと綴られていた。
金子や物資を包んだ事も書かれてあった。
「……どういう事?」
ルイニエナは実家に支援を求める手紙は何度か出していたが、梨のつぶてだったので父からは見捨てられたものと思っていた。
動揺しているルイニエナに、『縁合』の連絡員はカルモアで起きていた事――正確には、街に駐留していた第三師団の先遣隊内で起きていた横領と隠蔽工作について語った。
「主犯は街の住人達との調整役を担っていた、とある下士官とその一派になりますが――」
先遣隊はカルモアの街を駐留拠点化する際、街の機能を残したまま統治する事で混乱を最小限に抑える方策を取っていた。
住人から色々徴発する為に、実質接収でありながらも徴税という形で集めるよう一定のルールを設ける事で、軍全体の規律も維持する目論見だったようだ。
件の下士官とその一派は、街で臨時に任命された徴税官や検閲官を抱き込み、先遣隊の軍事物資や本国から届く兵士の家族からの差し入れなどを横領したり横流ししたりしていたらしい。
詳細が発覚したのは、下士官一派と頻繁にやり取りをしていた住人側組織の施設から、そこにあってはいけない数々の書類が出て来た事による。
先遣隊の手先となって動いていた住人側組織の中の一人が、保身目的でこっそり隠し持っていた魔族軍の指令書など、本来なら破棄処分されていた筈の書類を『縁合』の構成員が見つけた。
その中に、ルイニエナとカラセオスの握り潰された手紙も交じっていたのだ。
「ルイニエナ様が狙われたのは、事の発覚を恐れた為かと」
呼葉の方針で魔族の捕虜達の安全は守られている。
いずれ何らかの形でルイニエナが無事であるとジッテ家に伝わり、連絡を取り合うようになれば、双方の手紙が隠蔽されて送られていた筈の支援金や物品なども消えていた事がバレてしまう。
「それって、ルイニエナさん以外にも狙われた人が居ないの?」
「我々が調べた限り、捕虜達の中に不審死した者や命を狙われた者は確認できませんでした」
呼葉の問いに、連絡員は勿論調べて来たとばかりに淀みなく答える。
『縁合』の見解によれば、刺客を放った者達は恐らく、ジッテ家が相手だからこそ明るみになるのを恐れたのだろう――との事らしい。
ジッテ家当主カラセオスは、魔王ヴァイルガリンが直接対決を避けるほどの相手なのだ。
「……そんな人の御息女を冷遇したり、差し入れ横領しようって辺りに頭の悪さを感じるわ」
呼葉は、魔族の中にも意味の分からないおバカが居るのかと呆れつつも、本当に魔族も人間も大差ないのだなぁと納得して見せる。
ルイニエナ嬢に関する諸々の事情は既に『縁合』経由でカラセオス公に伝わっているので、問題の下士官と一派はもはや詰んでいる状態だ。
「今後ヒルキエラでカラセオスさんがどう動くか、『縁合』の続報待ちかな」
推しの魔王候補と交渉する良い説得材料も手に入ったと、呼葉的には朗報でもあった。
ルイニエナの暗殺未遂事件に関わる報告は一段落したので、次にルーシェント国内で確認されている魔族軍の動向について報告があげられる。
ルナタスから出張って来た第二師団は、王都アガーシャの奪還戦で第四、第五師団と共に呼葉が潰したので、現在ルナタスに残っている魔族軍はかなりの少数と見て良い。
「王都シェルニアの第一師団は大きく動かさないと思われます。なので、もしルナタスに戦力を送るなら、第一師団の少数精鋭か、ヒルキエラから補充を済ませた第三師団が来るかと」
「うーん、私達が先に街に入れたら楽なんだけど」
「距離的には我々の方が遠方になりますが、コノハ殿の祝福がありますので」
「第一師団の精鋭が既に入っている可能性は高いでしょう。駐留部隊を引き上げさせている場合は、街全体が罠という危険性も考えなくては」
「そういや『贄』とかあったな」
「あれはもう使えまいと信じたいが……」
『縁合』の情報を元に六神官とクレイウッドやパークスも交えてルナタス攻略について話し合う呼葉達。
そんな中、会議に同席しているルイニエナは、隠されていた父からの手紙にずっと目を落としていた。




