七十九話:出撃前夜
王都アガーシャで聖女部隊の滞在に与えられている離宮の一室にて。魔族の令嬢ルイニエナと協力関係を結ぶべく対談を続ける呼葉達。
込み入った話はまた後日にと、雑談を交わして親睦を図ろうとしたのだが、ルイニエナ嬢が同胞から命を狙われていたと暴露した事で、より深刻な込み入った話になってしまった。
「それって、原因に心当たりとかは――?」
「思い当たる理由が無いんですよね……」
ルイニエナと、彼女が率いていた『救護隊』は師団内で不遇な扱いをされており、他の兵士達から役立たずの穀潰し集団などと謗られる事はあれど、大きなトラブルにまでは至っていなかった。
呼葉達が遠征訓練で解放した辺境の街カルモアにて、駐留魔族軍第三師団の先遣隊司令官による判断で籠城した時も、ルイニエナ達に宛がわれた隠れ家は物置小屋のような倉庫だった。
一応、軍事施設用に接収された建物ではあったが、通りに面した店舗の裏手に立てられていた物資保管所だったらしい。
籠城出来るような施設では無かったのだが、それ故に呼葉達の籠城破り巡りや、決起した住民の襲撃を免れている。
本隊の全面降伏で捕虜になった後は他の同胞グループと絡む事も無く、また捕虜としての待遇が他より良いという事も特に無かった。
「本当に、どうして狙われたのか分からないのですが、コノハさんの祝福のお陰で助かりました」
手練れの暗殺者らしき相手に襲われていた時、突然身体能力や魔力が二倍近くになり、何とか撃退出来たという。普段着ている囚人服などの衣類も強度が高くなっていて、命拾いしたそうな。
カルモアの街から移送される事になったのは、その出来事から数日後だったらしい。
「おお、生存確認に祝福送った私ぐっじょぶ」
「しかし、収容施設内で暗殺未遂とは……」
「報告が上がっていないという事は、施設職員も共謀している可能性が?」
「穏やかじゃねーな」
「陰謀の予感がします」
「ルイニエナさんが無事でよかったですね」
「コノハの機転冴える」
ルイニエナの話に、アレクトール達六神官も困惑したり労ったりしている。未解決なら事件として放置しておくわけにもいかない。
「まあ、その辺りもあの街で動いてる『縁合』が調べてくれてるだろうから、その内レポートが届くでしょ」
呼葉は本人も心当たりがないと言っているのだから、今悩んでも解決しない事は後回しにして、アガーシャを発ってからの事を考えようと話を変える。
「それでルーシェント国だけど、アガーシャから街道を北上したら最初の街がルナタスよね?」
「ええ。恐らく、アガーシャから撤退した魔族軍部隊が入ったかと。王都シェルニアには第一師団が配備されていると思われます」
「ヒルキエラに退いてる第三師団がどう動くか、『縁合』の情報待ちですね」
呼葉の確認に、ザナムとアレクトールが答える。
聖女部隊のこれまでの戦いにより、魔族軍側には遠征訓練で第三師団の先遣隊に痛撃を与え、クレアデス国の解放の道中において第四師団の三分の一に当たる『贄』と儀式魔法部隊を殲滅。
王都アガーシャの奪還戦では第四師団の残りと、第五師団に第二師団も壊滅させた。
魔族国ヒルキエラには殆ど戦力を残していないとの諜報内容に間違いが無ければ、魔族軍側は無傷の第一師団と、まだ補充の済んでいない第三師団が戦力の全てとなる。
「できるだけ早めにシェルニアを解放してルーシェント国も復興させたいけど、あの国の統治者とかはどうなってるの?」
「王族や主立った貴族達は皆処刑されてしまったらしく、国家を運営出来る者がいません」
「今はルーシェント国の避難民の中に高貴な血を引く者がいないか捜索中で、為政を行える人材を探しているそうです」
「それって、クレアデスとかオーヴィスからも野心家貴族が入り込みそうだね」
ロイエンのように王家の血を引く庶子が見つかれば話は早そうだが、自称ルーシェントの王族とか貴族は湧いてきそうだという呼葉に、アレクトール達もあり得ると頷いた。
そういった案件には、聖女の名はほぼ確実に政治利用されること請け合いなので、呼葉としてはあまり関わり合いになりたくない。
「って事なので、ルーシェント国入り後はなるべく現地で色々済ませる方針でよろしく」
「コノハ様の御心のままに」
ルナタスやシェルニアを奪還、解放しても、その都度本国や隣国から人を呼ばず、現地採用で領主を任命して統治者を立てる。
利用されそうな立場を自ら利用する。ここぞとばかりに『救世主の権威と威光』を振り翳す予定だ。
旧クレアデス国の宮廷で幅を利かせていた、主立った重鎮貴族達の到着を待つ事なく戴冠式が決行され、アルスバルト王子は正式にクレアデス国の王となった。
ロイエンはアルスバルト王の補佐に就いて宰相の任を担えるよう、これから直に国政を学ぶ事になる。
解散したクレアデス解放軍はそのままクレアデス国軍として再編。グラドフ将軍も宮廷騎士団を再建して団長職に復帰し、近衛周りを纏める事が決まっていた。
新生クレアデス王国が始動して数日。アルスバルト王と彼を支える周囲の者達が着々と地盤固めを進めていく中、クレイウッド元王国騎士団長は引き続き聖女部隊で参謀を務める。
「兵士隊以下、傭兵部隊、随行員の準備は全て整いました。いつでも出発できます」
「ご苦労様、クレイウッドさん。あとはクラードさんに引き継いで今日はもう休んでね?」
ルーシェント国の解放に向けて、諸々の準備を済ませた聖女部隊は、明後日にも出発を予定していた。
これまでのメンバーにルイニエナを加えて、総勢五十六人。十台の馬車隊での進軍となる。
もう二、三日もすれば、オーヴィスを慌てて出発した旧クレアデス国の軍閥や重鎮貴族達が到着するそうなので、騒がしくなる前にアガーシャを発つ。
「ルーシェント国との国境辺りに『縁合』の連絡員を寄越すそうだから、初日はそこまでかな」
聖女部隊の馬車が並ぶ離宮の敷地内で、付き添いを引き連れて歩く呼葉が呟くと、アレクトールとザナムにソルブライト、それにルイニエナがそれぞれ反応する。
「例の辺境の街――カルモアからの情報ですか」
「ルイニエナ嬢が狙われた原因が分かると良いのですが」
アレクトールとザナムがルイニエナの暗殺未遂に言及すると、ソルブライトは一連の事件が有利に働く事を期待する。
「まあ理由如何によっちゃあ、カラセオスって大物魔族を説得する材料になるかもな」
「そう……かもしれませんね」
複雑そうな表情を浮かべながら、ルイニエナが同意する。その時、隠密中のシドがスーと現れてソルブライトの尻をポスッと叩いた。
シドはそのままルイニエナの傍を掠めて呼葉に寄り添う。何だか猫を思わせる動き。
「ん? なんだなんだ?」
謎の行動にソルブライトは小首を傾げたが、アレクトールとザナムは困ったような顔でかぶりを振る。そんな彼等を見て苦笑した呼葉は、シドの頭を抱き寄せていい子いい子しながら言った。
「そうだねー、ソルブライトさんはデリカシーが無いよねー」
「えっ 俺か!?」
聖女部隊のメンバーが時々見せる緩い雰囲気に、ルイニエナの緊張も順調に絆されていくのだった。




