第七話:深夜の邂逅
目が覚めると、夜になっていた。衣服などはベッドに倒れ込んだ時のままだ。
異世界召喚にVIP待遇というシチュエーションであれば、眠りから覚めたら寝間着に着替えさせられていた、何て展開が容易に想像出来るところだが――
「まあ、この装備じゃねぇ」
宝具を無造作に差し込んだバックパックに、大きな外套。武骨な装飾の付いた大杖を抱えたままベッドに埋まっている状態だったのだ。無闇に手出しする事は憚られる。
「お風呂……」
ベッドから起き出した呼葉は、水場を求めて広い部屋の中をウロウロ歩く。
これまでの半年間、水を張った浴槽に浸かれるのは十日に一度程度で、普段は濡らしたタオルで身体を拭くくらいしか出来なかった。今の環境でなら、安全に普通の湯浴みが出来るはず。
未だ身体に括り付けたままだったバックパックのベルトを解き、装備を外していく。暗い部屋の中で作業をしていると、あの廃都での生活を思い出す。
決して良い環境では無かったが、自室の居住性だけはアレクトール爺さん達が頑張って整えてくれたので、そんなに不自由は感じなかった。
「はぁ……、つい昨日の事なんだよね――」
魔族軍の大群が押し寄せる地響きの中、自分をこの時代に送り出すべく、時空回廊を開く儀式を行った未来の六神官達。最後に見た彼等の表情は、皆穏やかだったと思う。
「あった」
いくつかの部屋を回って行くうち、大きな浴槽が置かれた湯浴み場の部屋を見つけた。下着姿になった呼葉は、石造りの床を裸足でぺたぺた鳴らしながら進み、浴槽を覗き込む。
「流石に準備まではしてなかったか」
使用人もおらず、今はこの自室から人払いがされているようだった。どこかで今後のお世話の仕方について話し合いが行われているのかもしれない。
この部屋の隅の方に石槽があり、壁際に立つ石像が抱えた水瓶から流れ出た水が溜まっている。どこかから引いているのだろう。石槽からあふれた水は周囲に掘られた溝を伝って壁の下の隙間から外へ排出されていた。桶もあったのでここから水を汲み、浴槽に注ぐ。
十分な量を移したところで、宝杖フェルティリティを構えて浴槽の水に軽く熱を与える。
(宝具でお湯を沸かす聖女ってどうなのよ)
何となく自分にツッコミを入れてみたりしつつ、杖を立て掛け、下着も脱いでいざ入浴――
「っ!?」
「ん?」
カタンという物音に振り返ると、湯浴み部屋の出入り口に驚いた表情のアレクトールが立ち尽くしていた。
「……」
とりあえず、既に浸かっている片足に体重を掛けてもう片足を引き入れ、そのままゆっくり湯船にからだを沈めていく。
「ふぃ〜――生き返るわ〜」
「――ハッ! こ、コノハ殿、一体何を……」
何だか慌てふためいているアレクトールに、呼葉は両手ですくったお湯で顔を濡らしながら問う。
「見ての通り湯浴みだけど……この国の男の人って女の人の湯浴みを堂々と見て良い文化なの?」
「あっ、いえ! し、失礼しました!」
さーっと青ざめつつも紅く上気したような混乱した様子のアレクトールは、慌てて謝罪しながら退出していった。
(アレクトールさんって確か、この時代だと私と同じ十七歳か……そりゃ慌てるか)
特に動揺を見せる事もなかった呼葉だが、これも廃都での訓練の賜物である。いつ何時、魔獣に襲われるか分からない過酷な環境での生活で心身共に鍛えられ、滅多なことでは揺るがない。
ただし、これはその場その時、咄嗟の事態に対応する為に身に付けた、その場限りの悟りの境地に過ぎず、所詮は付け焼き刃でしかない。
安全が確保されれば、後から時間差で反動が来たりする。
(……あああああ、ハダカ見られた! バッチリ見られたーーーー!! ぎゃーーーー!)
湯船に顔まで沈んでゴボボボボと吐き出した叫びは、水面に多くの泡と波紋を生み出し、夜の静けさに吸い込まれていった。
その後、連絡を受けた専属使用人達が湯具を片手に大挙して押し寄せ、呼葉の丸洗いが行われたのだった。