七十八話:ジッテ家の令嬢ルイニエナ
王都アガーシャの王城にやって来た呼葉達一行。魔族軍に占拠されていた間も司令部として使われていた事もあり、城内に荒らされた痕跡などは見当たらない。
案内された大会議場に入ると、大きなテーブルの向こうにアルスバルト王子と、その側近達が揃っていた。オーヴィスの離宮の部屋でも見た面々だ。壁際には近衛の騎士も並んでいる。
そして王子の側近達の中に一人、フードを深くしたローブを纏う小柄な人物が呼葉の目を引く。
「よくぞ参られた聖女コノハよ。此度の祖国奪還に尽力頂いた事、心から感謝する。それから――流石に目敏いな」
会議場に入って直ぐ呼葉が目を向けた事に、アルスバルト王子が歓迎と謝意の口上を述べながら感心したように言葉を崩すと、ローブの人物に目配せした。
一歩前に出て会釈した彼女は、フードを取って挨拶する。
「お初にお目に掛かります。ジッテ家カラセオスの娘、ルイニエナと申します」
思わぬ人物の登場にアレクトール達は驚くが、彼女から軽めの祝福が掛かっている事を感じ取って何となく察していた呼葉は、特に動じる事も無くアルスバルト王子に訊ねる。
「一緒に連れて来てくれてたんですね」
「ああ、フォヴィス王子のはからいでな」
その返答に「なるほど」と納得する。フォヴィス王子は呼葉の計画する『魔王の挿げ替え策』には全面的に協力してくれているので、今回も適切かつ迅速に動いてくれたようだ。
アルスバルト王子の戴冠式は明日にも略式で行われるという。オーヴィスでは今頃、王子の動きに気付いた軍閥や旧王宮貴族達が、慌てて帰国の準備に追われているだろう。
「コノハはルーシェント国への出立を急ぐのであろう? 必要な物は全てこちらで手配しよう。貴女は聖女部隊の準備に注力するといい」
「ご配慮ありがとうございます。アルスバルト様」
オーヴィスに残っているクレアデスの元重鎮達が、ルーシェント国解放のどさくさに領地を狙っているらしいという話も、『縁合』経由の諜報網で届いている。
呼葉としては、彼等がクレアデス国に帰国して動き出す前にとっとと出発したいと思っていた。
短い挨拶とやり取りを済ませ、王城を辞去して離宮に戻った呼葉は、まずは連れて帰って来たルイニエナ嬢と話をする。
「改めまして、オーヴィスの聖女をやってる呼葉です。ルイニエナさんは私達に協力してくれるという事でいいんですね?」
「は、はい。その……何処までお役に立てるか分かりませんが……」
伝説の存在を前に緊張しているのか、躊躇いがちに答えるルイニエナ。彼女の諸事情については、事前に『縁合』からも少し情報を得ている。
以前、呼葉達は遠征訓練先で魔族軍の先遣隊と戦い、占拠されていたオーヴィスの辺境の街を奪還したのだが、ルイニエナはその先遣隊に所属する特別部隊の指揮官だった。
特別部隊とは言っても、彼女に充てられた『第三師団随行救護隊』の『名誉兵長』という役職は、実は人事の担当官が配属先に苦慮した結果捻り出した、急ごしらえのでっち上げ部隊である。
魔族国の中で政治的に厄介な存在であるジッテ家の令嬢ルイニエナを、穏便に囲っておく為の処置であったらしい。
ジッテ家は魔族国ヒルキエラで古くから続く有数の名家である。
当主カラセオスは前魔王の臣下の中でも実力者として名高く、現魔王ヴァイルガリンが直接対決を避けているなど、その武勇は一目置かれている。
そんなカラセオスだが、魔王ヴァイルガリンの覇権政策に従属もしなければ積極的に敵対するでもなく、侵攻にも加担せず中立を宣言して傍観に徹していた。
そうした動きにより、ジッテ家は魔族国内で穏健派と見做されている。実際、穏健派ではあるのだが、現在のヒルキエラにおいて穏健派は、ヒエラルキーで最底辺の扱いを受ける。
ヒルキエラ国内でジッテ家は、格下の者からも嘲りを向けられるほど冷遇されていた。ルイニエナはそんな実家の現状を改善したくて、家族の反対を押し切り従軍したのだ。
しかし、彼女が与えられた『救護隊』は、軍内での扱いがあまりよろしくなかったらしい。
魔族軍の兵士はほぼ全員がそれなりの魔術を扱えるので、治癒術も個々が自前で行使出来る。各部隊には治癒専門の担当者もいるので、救護専門の部隊など必要とされない。
更に『救護隊』にはルイニエナと同じように、ヒルキエラで実家が穏健派とされている微妙な立場の者達ばかりが集められていたので、師団内では役立たずの穀潰し部隊として蔑まれていた。
予算も物資も下りて来ないので、部隊としての活動も満足にこなせない。随分と肩身が狭かったそうだ。
「父の反対を押し切っての従軍だったので、実家の支援も受けられず――」
ジッテ家には何度か部隊運用に必要な物資などの支援を求める手紙を送ったのだが、これまで梨のつぶて状態。父カラセオスにも見放されていると、ルイニエナは俯きながら言う。
「なので、父の説得も上手くいくかどうか」
「ふーむ。まあその辺りは追々考えましょ」
まずは情報集めと正確な現状把握を優先する。ルイニエナの協力は得られたのだ。
ヒルキエラで活動している『縁合』からの連絡が届くまで、カラセオスとの交渉の仕方については一先ず保留する事になった。
話が一段落して場の空気が緩む。使用人さん達が皆にお茶を淹れて回っている時、ルイニエナが訊ねた。
「ところで、この身に祝福を下さったのは聖女様なんですよね?」
「私の事は呼葉でいいよ。ルイニエナさんの話を聞いた時に生存確認的な意味でね」
「その節は、本当にありがとうございました。私も、同室の仲間も助かりました」
呼葉の返答を聞いたルイニエナは、今も自身を強化している『聖女の祝福』を与えてくれた事に、とても真摯な感謝の意を示した。
実は彼女は、捕虜として収容所に居た頃、何故か同胞から命を狙われるという危険な状態にあったという。
「え、それは初耳なんだけど」
「はい。同じ部隊に居た、同僚の者にしか教えていませんでしたから」
ルイニエナ達『救護隊』のメンバーは、収監時に小分けして一纏めにされていたらしく、沢山の小部屋の並ぶ収容施設の一画を元救護隊員が占めていた。
そのお陰で普段は気心の知れた味方同士で固まり、安全を確保出来ていたのだが――
「食事や自由時間で広い場所に集まって他の部隊の同胞達と交流する機会があった時、何度か殺され掛けました」




