七十一話:穏健派魔族と難民集団
魔族側が対人類戦略用に仕掛けていた幾つかの長期的な罠の中に、儀式魔法を使うものがあった。
ルーシェント国やクレアデス国の王都から脱出した人々の中に、『贄』の呪印を刻んだ者を紛れ込ませ、人類領の街に難民として受け入れさせてから、広域殲滅魔法を発動させるというもの。
今回の『贄』入り奴隷部隊は、そんな難民集団を回収して仕組まれた部隊だったらしい。
『贄』の呪印を刻まれていたのは、中州に陣取っていたラダナサという魔族の男性と、彼の同胞50人。魔族の集団も解呪・保護した聖女部隊は、彼等の事情について話を聞いていた。
「まずは感謝を。まさか伝説の存在に救われる日が来ようとは……」
ラダナサは集団を代表して聖女コノハと聖女部隊に謝意を伝えると、自分達が如何にして『贄』となり、人間の難民集団と共に奴隷部隊へ組み上げられたのかを語る。
現魔王ヴァイルガリンが魔族国ヒルキエラの全権を簒奪し、隣国ルーシェントに侵攻を始めた日。魔族の穏健派組織として南の街ルナタスで活動していた彼等は、ルーシェントの民を国外へ逃がす為に奔走していた。
ルーシェント国の王都シェルニアから逃げ遅れた人々を救い出すべく、王都に滞在していた仲間達と合流したまでは良かったのだが、その中にヴァイルガリン派と通じる裏切り者がいた。
「侵攻の混乱に乗じて、ヒルキエラの反ヴァイルガリン派を一掃する作戦だったらしくてね。その時に我々と同じく活動していた他の穏健派や、協力してくれていた武闘派の有力組織も纏めて潰された」
戦闘能力の高い者は、その場で殆ど処刑されたそうだ。
ラダナサ達のように、あまり戦いに向いていない能力に寄った穏健派組織の構成員は、隷属の呪印を刻まれて労働力に回されたりしていた。
そんな中でも、魔力の扱いにおいて非凡な才を持つラダナサは、それ故に隷属の呪印程度では御しえないと判断され、使い捨て戦略兵器の一部にするべく『贄』の呪印を刻まれた。
さらに複数の呪印で縛られ、意識も無く自力で動けない状態にされた上で、裏切り者の手によって難民達に預けられたのだ。
難民集団は、自分達の避難を助けてくれた魔族の穏健派組織の一員から託される形で、それと知らぬままラダナサの身柄を預かり、恩人として手厚く保護していたらしい。
ラダナサを保護していた難民集団は、避難先だったクレアデスの王都アガーシャにも魔族軍が侵攻して来た為、脱出を余儀なくされた。
王都の南にある、砦のような三つの街では受け入れてもらえなかったので、クレアデスの王族が向かっていると聞く国境の街パルマムや、その先にある南の大国オーヴィスを目指した。
だが、クレアデスの王族を追って来た魔族軍にいつの間にか追い抜かれていたらしく、パルマムが占拠されてしまい、中央街道の途中で進む事も戻る事も出来ず、立ち往生する事態に。
パルマムから少し距離を置いた街道脇で難民キャンプを形成して、しばらく自給自足の生活をしていたそうだ。
しかしながら環境は劣悪で、いつ病気や飢えで全滅してもおかしくないジリ貧状態だったらしい。そんな折り、パルマムから撤退して来た魔族軍により、難民集団とラダナサは接収された。
それまで北部からやって来た魔族軍部隊は、難民キャンプを見ても素通りしていたのだが、突然の事だったという。
「後で分かった事だが、パルマムから撤退して来た部隊はレーゼム隊という精鋭部隊だった。聖女とアガーシャの騎士達に追い払われたと聞いたな」
「あー、あの時の」
パルマム奪還戦に参加した時、少し言葉を交わした魔族軍の部隊長がレーゼムと名乗っていた事を思い出す呼葉。
「でも罠として放置してたんだよね? なんでわざわざ回収して奴隷部隊にしたんだろう?」
「見破られると思ったのではないか?」
『贄』として回収されたラダナサは、動きを封じる為に重ね掛けされていた複数の呪いが解かれ、自力で動けるようになると、体力の回復に努めながら諜報にも勤しんだ。
自分達『贄』部隊が編制されるまでの間に、魔族軍内から零れて来る情報を集めてヒルキエラの現状を調べていたらしい。
その中で、元々『贄』の罠を用意した第四師団長が、『贄』の回収についてレーゼム隊長に説明を求める一幕があったという。
レーゼム隊長は『伝説の聖女』に脅威を感じ、街の近くに人類側の利になりそうな要素を放置しておくのは危険と判断して、『贄』入りの難民集団を独断で回収したと説明したそうな。
「広域殲滅魔法なんていう、ある意味『切り札』のような強力な武器を、相手に拾わせるのではなく自らの管理下において運用するべきだと説得したようだ」
「ふ~む。確かに、うちの六神官にも呪い系に詳しい人もいるからなぁ」
ちなみに、六神官の中では独特の言い回し方をするルーベリットがその詳しい人である。
ラダナサ達の『贄』の呪印を安全に解けたのは、呼葉の祝福とルーベリットの解呪指導があったからだ。呼葉が確認するように視線を向けると、ルーベリットはニコリと笑みを浮かべて頷いた。
「コノハの愛と祝福あらば、呪いの印など恐れるに足らず。ほっぺにくっつくパンくずの如し」
「祝福はあげるけど愛は期待しないでね」
「もっと愛を!」
黙っていれば少しミステリアスな雰囲気のある美形なのだが、喋るとこの有様である。あの廃都での修行生活の頃はあまり喋らなかったので、こんな愉快な性格だとは知らなかった。
「……人間には、個性的な神官もいるのだな」
「まあそれはさておき、ちょっとラダナサさん達魔族の人に頼みたい事があるんだけど、いい?」
「我々にか? 手を貸す事はやぶさかではないが、今の我々に出来る事は多くないぞ」
全ての呪印から解放されて正常な健康状態を取り戻したとはいえ、長い期間動きを抑制される呪印に縛られて過ごしていたのだ。
筋力も体力もかなり落ちているという彼等に、呼葉は「そんなに身体を使う仕事じゃないから」と、元穏健派魔族組織のラダナサ達にこちらの事情を説明して仕事を依頼する。
「とりあえず、一旦みんなで野営地に戻りましょう」
そうして、呼葉達聖女部隊は魔族の元穏健派組織と難民集団約1200人を引き連れて、関所陣地跡へと戻るのだった。




