七十話:奴隷部隊の行方
王都アガーシャに続く中央街道に陣取っていた魔族軍の関所陣地を強襲して、発動寸前だった戦略儀式魔法を阻止した呼葉達、聖女部隊とクレアデス解放軍。
生き残った魔族軍兵士の捕虜から得た情報によると、ここは魔族軍第四師団がクレアデス解放軍を迎撃する為に急造した、前線基地だったらしい。
アレクトールやザナムが推測した通り、件の奴隷部隊には『贄』の呪印という、広域殲滅魔法の発動起点となる生け贄の印を刻まれた者が配属されていた。その数、50人。
「今回、儀式魔法の構築に従事していたのは、魔族軍第四師団の魔術士1500人だそうです」
「1500人……」
ザナムが報告に挙げた人数を反芻する呼葉。第四師団内でも上層を占める熟練魔術士から、見習いを卒業したばかりの新人魔術士まで。
戦略儀式魔法の巨大魔法陣を囲んでいた全員が、呼葉の放った竜巻に飲み込まれて上空に吸い上げられたが、それで落下死したのは三分の一ほど。
魔術士以外の兵士も含め、重軽傷者合わせて1000人近くが生き残っているが、この関所陣地に詰めていたのは2000人程という事なので、全体の実に半数が失われたようだ。
「流石にこの人数を我々だけでは管理しきれませんので、バルダームからの応援を待つ事になります」
「そっか。しばらくここで足止めだね」
捕虜の移送と収容先はカルマールとメルオースにも振り分けるので、そちらからも人を寄越して貰う予定との事。
クレアデス解放軍と聖女部隊は、応援の部隊が到着するまでここで駐留待機。遠征訓練の時の経験が、さっそく活かされる形となった。
ちなみに、魔族兵を拘束する為の魔術封じ付き枷は、捕虜の魔術士達の中にそれらの魔導具制作技術を持っている者がいるので、作らせて使うそうな。
「そう言えば、あの奴隷部隊は?」
「バルダームに向かった伝令に偵察隊が同行していますよ」
クレアデス解放軍と聖女部隊を追って来るかと思われた奴隷部隊は、一向に現れる気配も無い。応援を呼びに向かう道中で奴隷部隊を捜索し、見つけ次第こちらで保護する方針なのだとか。
もし街に向かっていた場合は、そのまま街側で保護する。
「ここの魔術士部隊は壊滅しましたが、第四師団にはまだ4000の兵力が残っているそうですからね」
『贄』の使いまわしが利くのかは分からないが、危険な広域殲滅魔法用の呪印を刻まれた者達をそのまま放置するわけにはいかない。
「恐らく、『贄』の呪印を刻まれた者には、奴隷用の隷属の呪印も相当に強力なモノを刻まれていると思われます」
「隷属の呪印を解呪可能な高位の神官でも、コノハ嬢の祝福が無ければ厳しいでしょう」
アレクトールとザナムの説明に、呼葉は「なるほど」と頷く。ここから王都アガーシャまでは、祝福込みの馬車で一日以内の距離。魔族軍側は第四師団を始め、多くの戦力を王都に集中させていると思われる。
全力で奪還戦に臨めるよう、不安要素は徹底排除して、後顧の憂いは断っておく。
ほぼ更地になった関所陣地跡にて。辛うじて残っていた建物を補強して捕虜の収容場所を確保しつつ、天幕を設営するクレアデス解放軍と聖女部隊。
呼葉達は基本的に馬車泊だが、解放軍の兵士達には夜露を凌げる屋根と壁が必要だ。応援の部隊に捕虜を引き渡すまで、今日から数日間を野営で過ごす。
例の奴隷部隊が見つかったという報せが届いたのは、この日の夜半頃であった。
「お休み中のところ、申し訳ございません」
「いいよ。それで、その人達の状態は?」
「大きな怪我もなく、一応健康には問題無い様子でした」
クレアデス解放軍の偵察隊兵士に案内されて、中央街道を南に下って行く呼葉達。
捜索していた奴隷部隊は、クレアデス解放軍と聖女部隊が進軍中に遭遇した地点から、少し離れた場所にある河原で見つかったという。
なんでも、呼葉達が強行突破した際に、奴隷部隊を統率していた第四師団の指揮部隊を轢き潰した事で、一時的に使役する者が消えて隷属の呪印の強制力が失われたらしい。
彼等はその隙を突いて隷属の呪印に呪いの重ね書きを加え、呪印の効果を変質させる事で再び隷属状態に戻るのを防いだ。
「それって、簡単な事じゃないよね?」
「そうですね。呪印に干渉させるとなると、かなりの技術と知識が要求されるはずです」
「魔力の扱いに相当長けていなければ難しいでしょうね」
呼葉の問いに、ザナムとアレクトールが答える。それほどの腕を持つ術者を、生け贄に使い潰そうとした魔族軍の意図は何処にあるのかと考えてしまう。
「見えて来ました、あそこです!」
案内の偵察隊兵士が指差す先。中央街道脇に幾つかの篝火が焚かれており、見張りの兵士が立っている。
篝火は街道を逸れて平地の方へとポツポツ続く。その先には、そこそこの広さの川が流れていた。開けた河原には、一帯を橙色に照らす大きな焚き火。
装備の不揃いな元奴隷部隊の集団が、一塊になってその火を囲っている。
「おお、聖女様が御着きになられた!」
「お前達、もう大丈夫だぞ!」
彼等から話を聞いていた偵察隊の兵士が、聖女部隊の到着を見て周りに報せる。
刻まれた呪印は、基本的に解呪以外で消す事が出来ない。その為、広域殲滅魔法が発動されても被害が少なく済むようにと、水辺に移動したのだそうだ。
呪印の効果変質による隷属の誤魔化しと、集団の河原への移動。一連の行動を先導したのは、ラダナサという魔族の男性であった。
彼も含めて『贄』の呪印を刻まれている者50人が、河原の中州に陣取っている。
ラダナサから「先に隷属の呪印だけ刻まれている人々を解呪してやって欲しい」との要望を受けて、呼葉と六神官達は解呪処理に取り掛かった。
大神殿から派遣されている聖女部隊付きの神官4人も加えて、10人体制で処理を進める。
祝福効果で疲れ知らずな上、祈りに集中したり念じる間も無く瞬間一発解呪なので、ほぼ流れ作業で捌いていく。
ものの五分と掛からず、河原に居た1200人近い集団は、全員が隷属の呪印から解放された。
「……すごいな。それが聖女の力なのか」
河原の中州から作業の様子を見守っていたラダナサ達は、唖然とした表情を浮かべながらも、感心したように呟いた。




