六十四話:三街の制圧と厄介事
遠くから戦いの喧噪が響く夜の平地。バルダームの街の門前より数十メートルほど離れた位置に陣取る呼葉達。
西の方角に見えるメルオースの街を攻めているクレアデス解放軍は、早々に街門を抜いて籠城を食い破ったようだ。
聖女の祝福効果で、全ての兵士が身体能力から装備まで数倍の性能に上がっているのだから、当然の結果ともいえた。
「ありゃあ落ちたかな?」
「街の造りがカルマールと同じであれば、行政館がある辺りですね」
パークスとザナムが、メルオースの陥落を推察する。メルオースの街には火の手が上がっており、先程まで激しい魔法の応酬らしき光が瞬いていた。
今は、煙る街の空をぼんやりと照らし揺らめく火災の赤が、立ち昇る黒煙を浮き立たせている。
一方、呼葉達が牽制するバルダームの街。街門の防壁上に陣取り、時折こちらの様子を窺っていた魔族軍の兵士達が、慌ただしく動き出し始めた。
メルオースから何かしらの連絡が入って、対応しようとしているのかもしれない。
「何か動きがあったみたいね」
「偵察を出しますか?」
「ううん、もう出てるから大丈夫」
兵士隊がしっかり周囲を警戒している中、馬車内でのんびりとお茶を頂いていた呼葉は、隠密状態で偵察に出ているシドがそろそろ戻って来る筈だと、扉に視線を向ける。
シドは大体いつも姿を消しているので、味方ですら今近くに居るのか居ないのかが分からない。それは密偵として動くのに中々良い環境でもあった。
――トントン、と軽く扉をノックする音。シドに祝福を与えている呼葉は、その繋がりで何となく彼の存在を感知できる。馬車の扉を開けると、シドが隠密を解きながら現れたので迎え入れた。
「おかえり。どうだった?」
「駐留軍は撤退準備中。街の有力者と少し揉めてた」
シドが街に潜って調べて来たところ、どうやら各方面の魔族軍部隊には『聖女部隊と遭遇しても交戦は避けて情報を集めよ』との通達が出ているらしい。
カルマールの駐留部隊が早々に撤退したのも、聖女部隊の存在を確認したので早目に引き揚げる準備をしていたからのようだ。
メルオースはカルマールから追撃して来たクレアデス解放軍の中に聖女部隊が居ないのを見て、普通に籠城戦で迎え撃とうとした。
が、解放軍の兵士達には聖女の祝福効果が続いているので、あっという間に陥落した。
この結果を見たバルダームの魔族軍駐留部隊は、街からの撤退を決めた。
それに対して、魔族軍に協力していた街の有力者達が、このままクレアデス解放軍に街を奪還されれば、自分達の身の安全が図れないと同行を願い出ているらしい。
「あらまぁ」
「クレアデス国内の魔族派でしょうか」
「解放された街から逃げ出さなきゃいけねぇって事は、そういう事なんだろうな?」
シドが拾ってきた情報を整理しながら、六神官にパークス達も交えて状況を推察する。
占領される前から街の有力者が魔族側と通じていたなら、反ヴァイルガリン派組織の『縁合』が入り込んで活動するのは厳しかったかもしれない。
道理で『縁合』も、この三つの街の情報を掴めていなかったわけだと納得する。
「如何なさいますか? コノハ殿」
「ん~~、基本はロイエン君達に丸投げで。なるべく現場で済ませちゃおう」
「妥当な判断だと思います」
アレクトールの問いに対する呼葉の答えに、ザナムが真剣に頷いて同意した。クレアデス国内の魔族派に関しては、クレアデス側で処理してもらうのが無難であると主張するザナム。
彼によれば、この問題は下手をするとかなり拗れる恐れがあると言う。
「クレアデスの王族がパルマムで捕らえられた原因が、魔族軍の進軍速度が想定外だった為ではなく、王族への追撃を阻止する筈の街が魔族軍を素通りさせていた可能性が出てきましたね」
「あ~……」
それは拗れるわと、呼葉も納得する。まだ明確にそうであったという証拠がある訳ではない。が、もし三つの街の何れかか、何れもかの街の有力者達が魔族側と結託して、落ち延びて来た王族を捕らえさせたのだとしたら――
「粛清の嵐と、それを恐れての内戦待ったなし?」
「ええ、王都の奪還を待たずして分裂からの勢力争い。最悪の場合、そのまま崩壊しますね」
クレアデス国の復興は、その先のルーシェント国を解放する足掛かりに必要なのだ。魔族の侵攻を抑える役割を果たす前に潰れて貰っては困る。
「とりあえず主体はロイエン君達に任せるけど、情報の共有はしっかりやっときましょ」
祝福による敵味方の選別方法もあるので、オーヴィスに滞在中のアルスバルト王子やクレアデス諸侯のところには持ち帰らず、現場判断で処理して事後報告で済ませる方針で進める事になった。
やがて、メルオースからクレアデス解放軍の凡そ三分の二ほどの部隊が、バルダームに向かって進軍して来た。
ロイエン総指揮とグラドフ将軍もその部隊に同行していたので、合流して情報を共有し合う。
「魔族派ですか……オーヴィスに身を寄せている諸侯の中にも居たくらいですし、当然クレアデス国内の他の街にも居て不思議はないですね」
「うむ。我々の判断で処理して王子達には事後報告で済ませる案、ワシは賛成する」
「では、そのように」
クレアデス解放軍と聖女部隊の意見も一致したところで、バルダームの街の攻略に取り掛かる。とはいえ、相手は既に撤退を決めているのだ。
街を完全には包囲せず、北側の門を手薄に――というよりあからさまに脱出路として使えるよう兵を敷かず、南側からのみ攻め入る姿勢を見せると、魔族軍は少数の斥候をまず脱出させた。
それで待ち伏せなどの罠が無いか確かめている様子だったが、『撤退を容認する』というこちらの意図を理解したらしく、魔族軍駐留部隊は全軍が速やかにバルダームから撤退していった。
「向こうの指揮官が優秀な人で良かったわ」
敵味方とも、無駄な犠牲を増やさずに済んだと、呼葉はふっと息を吐く。
呼葉の宣言通り、クレアデス解放軍と聖女部隊は、夜明けまでに三つの街を制圧・解放した。
この後は街の有力者から魔族派の燻り出しを行い、ロイエン達が処分を下す予定だ。兵士達の勝ち鬨と街の住人達の歓声、そして一部の有力者達の戸惑いの視線。
様々な思惑の渦巻く中、呼葉達はもっとも被害の少なかったバルダームを三つの街の中心に添えて、それぞれの街の代表達を集めに掛かるのだった。




