六十三話:メルオース攻略とバルダーム牽制
オーヴィス領に近いクレアデス国の平野。この地域を治めるカルマール、メルオース、バルダームという三つの街。
この内、カルマールの街を制圧したクレアデス解放軍は、残り二つの街を制圧するべく二手に分かれて出撃した。
解放軍本隊は、カルマールから撤退した魔族軍が向かうと思われるメルオースへ。
呼葉達聖女部隊は、本隊のメルオース攻略中に背後を突かれたり、カルマールの奪還に動かれないようバルダームの牽制に出向く。
「我々の非戦闘員は、街に残さないのですか?」
「うん。カルマールには解放軍の部隊が守備についてるし、私達は全員で行きましょ」
クレイウッド参謀の問いに、呼葉は雑用係の使用人達も一緒に連れて行くと答える。
元々、単独で動く事を想定している聖女部隊は、クレアデスの王都アガーシャを奪還した後は、解放軍と分かれて独自に行動する予定なのだ。
「常に私たちだけで行動する事を意識しましょう」
夜の進軍。見通しの良い平地だが、街道を外れた地面には所々に身を隠せそうな岩が転がっていたり、大きく隆起している箇所も見られたりと、周囲の警戒は怠れない。
街道の先には、まだ少し距離のあるバルダームの街の篝火が見える。メルオースの街がある西方向を見やれば、クレアデス解放軍が少し軍列を長くしながら移動している様子が覗える。
「昼からの強行軍で徹夜になりそうだし、徒歩の人はそろそろ疲れて来てるわね」
バルダームにはどこまで近付こうかと相談しているところに、見張り役から警告が上がった。
「敵襲!」
街道脇の暗闇に幾つかの光が浮かび、聖女部隊の車列に向かって矢と氷の槍が飛んで来た。カルマール攻略中に近くまで来て潜伏していたのか、待ち伏せを受けたようだ。
一方、奇襲を仕掛けた魔族軍部隊。彼等はバルダームの駐留部隊に所属する偵察遊撃隊で、カルマールの守備隊がメルオースに撤退する報を受け、敵軍の動きを探りに来ていた。
クレアデス解放軍がメルオース方面へ追撃に出たのを確認して、カルマール周辺まで偵察の足を延ばそうとしていたところ、バルダーム方面に向かっている十台ほどの馬車隊を発見。
その編制から噂の聖女部隊と判断し、襲撃を仕掛けたのだ。が――
(なんだありゃ、武装はしているが普通の旅馬車なのに、矢だけでなく攻撃魔術まで弾いたぞ)
偵察遊撃隊の隊長は、完全な奇襲だったにも関わらずまったく被害を与えられていない事に、どれほど強力な魔法障壁が張られていたのかと驚く。
聖女部隊の噂に関しては、パルマムから撤退した精鋭レーゼム隊の証言の中に、人間の凡庸な騎士が攻撃魔術の『氷槍』を弾き返したというモノもあった。
「馬車隊停止! 敵兵、来ます!」
「敵は少数だ、押し潰せ!」
最近、アガーシャに駐留する遠征軍から各方面の部隊に『聖女部隊と遭遇しても交戦は避けて情報収集に徹せよ』という通達が降りて来ていると聞いた。
しかし、この偵察遊撃隊はまだ正式に命令を受けていない。
(こんな辺境一歩手前の駐留部隊から、中央軍に転属できる良いチャンスだ。逃すものかよ)
偵察遊撃隊の隊長は、件の『聖女』を己が手で仕留めるべく、攻撃魔術の魔力を練り込みながら剣を片手に、降車して来る敵兵に向かって踏み出した。
§ § §
「このまま止まらず駆け抜け――」
「全隊停車! 迎撃用意!」
呼葉は、部隊運用指揮のクラード元将軍の指示に被せて、迎撃指示を出した。相変わらず咄嗟の非常事態では判断を誤るクラード元将軍が「ぐぬぬっ」となっていたが。
「これから大して距離も無いバルダームの街の前で牽制の陣を敷く予定なのに、後方に敵部隊を残して行くなど、背後から襲ってくれと言っているようなものだ」
クレイウッド参謀にそう諭されて「ぐぬぬ……」とテンションを下げた。
「馬車隊の護りはクレイウッドさんと兵士隊が担当。パークスさん達は迎撃に出て」
「そう来なくちゃな! やっとこいつの出番だ!」
「かぁ~~、俺等もパークスみたいな特殊な武器が欲しいなぁ!」
「はんっ、この加護だけでも十分だろっ」
宝珠の大剣を振るいたくてうずうずしていたらしいパークスが、嬉々として先陣を切って飛び出していく。それに遅れず、部下の傭兵達も後を追った。
遠征訓練でも大活躍だった傭兵部隊は、ざっと見て三十人くらいで構成された魔族軍部隊と正面から斬り結ぶ。
「結構居やがったなぁ! そぉらよっ!」
パークスが宝珠の大剣で一薙ぎすると、噴き出した炎の剣波が広がりながら飛んで行き、氷槍を放とうとしていた魔族軍部隊の後衛に襲い掛かった。
その剣波が十分に殺傷力を有した、無視できないレベルの攻撃である事を感じ取った魔族軍側は、慌てて攻撃魔術を中止しつつ魔法障壁を展開したり、伏せて避けたりと混乱する。
その隙を逃さず、パークスの部下達が斬り込んでいった。
「クソ、なんだこいつ等は! 聖女部隊にこんな魔法剣士がいるなんて聞いてないぞ!」
「ああん? 俺はただの傭兵剣士だぜっ」
悪態を吐く魔族軍部隊の隊長が至近距離から放った氷槍を宝珠の大剣で叩き落とし、斬り返しの斬撃を浴びせるパークス。
魔族軍部隊の隊長はそれを辛うじて剣で受け止めたが、その瞬間、宝珠の大剣から炎の剣波が噴き出した。
「……っ!?」
ジュッという蒸発音。炎の剣波をほぼ密着状態からまともに浴びてしまった魔族軍部隊の隊長は、一瞬で重傷を負って戦闘不能になった。
パークスはそのままトドメは刺さず捨て置き、残りの魔族軍戦士の殲滅を優先する。
司令塔を失った偵察遊撃隊は、それから間もなく制圧された。
見通しの良い平地の街道上での戦いだったので、カルマールの街からも交戦の様子が確認されており、応援の部隊が駆け付けてくれた。
彼等に後の処理を任せて、呼葉達はバルダームの街を目指す。
「バルダームからも見えてたよね?」
「恐らく。何らかの対策は講じてくるかもしれません」
「まあ本隊から意識逸らすのが目的なんだし、いい流れなんじゃねーか?」
呼葉の問いにクレイウッドが答えると、パークスがそう言って宝珠の大剣を担いだ。その意見に皆で同意しつつ、街道の先に見えるバルダームの街の篝火を見上げる。
バルダームの街は堅く門を閉ざしており、防壁の上を魔族軍の兵士達らしき影が走り回っている様子が覗えた。
聖女部隊は街門の手前、数十メートル付近に停車した。この辺りは特に視界の開けた平地で、隠れられそうな場所も無い為、先程のような奇襲の心配もほぼ無い。
西の方角を見やると、クレアデス解放軍とメルオースの街の魔族軍との戦闘が始まったらしく、時折魔法らしき光が飛び交っている。風の音に交じって、微かに戦いの喧噪も響いてきた。
「始まったわね」
「ええ、我々は予定通りこのまま待機でよろしいですね?」
「うん。周囲の警戒と街の様子には注意してて」
呼葉は後の指揮をクレイウッド参謀に任せると、何か動きがあるまで待機という事で馬車の中に戻った。使用人達の馬車から給仕がお茶を運んで来てくれたので、六神官の皆と一息吐く。
「お疲れさまです、コノハ殿」
「ん、アレクトールさん達は大丈夫?」
「お前さんの加護もあるんだ。馬車に籠もってるだけの俺達は体力にも全く問題ねぇよ」
アレクトールの労いに呼葉が訊ねると、ソルブライトが肩を竦めながらそう答えた。他の六神官メンバーも頷いて同意している。
「ネス君は眠くない?」
「ぼ、僕は大丈夫です。コノハ様こそ、御心に負担はありませんか?」
最年少のネスを気遣ったら逆に気遣われた。
カルマールの制圧でも先程の戦いでも、然程衝撃を受ける様な場面はなかったので、付け焼き刃の悟りの境地も発動しているのかいないのか、といったところである。
「私は特に問題無いよ。ありがとね」
そんな他愛ないやり取りとお茶の温かみにほっこりしつつ、戦場の夜は更けていく。




