百二話:決着
激しい戦いが続いていた玉座の間に一瞬の静寂と、ヴァイルガリンの奇妙に声の重なった一人芝居のような怒声が響く。
突如次元門から飛び出して来た謎の光が異形化兵数体を切り裂き、ヴァイルガリンの右腕を肩からバッサリ消し飛ばしたのだ。
「何? 自爆?」
「――にしては、様子が変です」
ヴァイルガリンが深手を負った影響か、異形化兵の動きが止まっているが、状況を把握しきれない味方の動きも止まってしまっている。
そんな折、六神官の中でも魔力の解析に敏いルーベリットが、先程の光から呼葉の『聖女の力』とよく似た波長を感じたという。
「始めはコノハの攻撃かと。何かが同じで何かが違う。何かが何かは分からない」
「何が何だかわからない……」
ルーベリットの韻踏みに付き合ってそんな返しで応えていると、味方の魔族組、主にツェルオ達義勇兵部隊からも同じ指摘があった。
「確かに、コノハ殿にあの光線を撃たれた時の波長に似ていましたな」
「えー……じゃあちょっと前に撃った圧縮火炎光線が戻って来たとか?」
次元門の破壊を試みて撃ち込んだ圧縮火炎光線は、何の手応えも無く黒い亀裂の中に消えて行き、次元門にも特に変化は見られなかった。
なのでアレは攻撃してどうこうなるモノではないと見做していたのだが、もし撃ち込んだ攻撃が性質を変えて飛び出して来るような仕様だった場合、利用しない手はない。
「どういう仕組みなのか分からないけど、さっきの光って威力もおかしかったよね?」
一瞬しか見えなかったが、ヴァイルガリンの右腕を周囲の異形化兵ごと消し飛ばしたあの光は、異形化兵が展開していた多重障壁をモノともせず、まとめてザックリやっていた。
圧縮火炎光線は、異形化兵本体に当たれば簡単にその体躯を穿つほどの威力はあるものの、多重障壁には阻まれていたのだ。
次元門の仕様と利用法について考えを巡らせていた呼葉は、ふと先程のルーベリットの言葉を思い出して疑問を浮かべる。『何かが同じで何かが違う』が引っ掛かる。
(なんだろう? 何か根本的な見落としがあるような……?)
そんな時だった。動きが止まっていた異形化兵が、一斉にヴァイルガリンを目指して走り出した。何事かと警戒する呼葉やカラセオス達。
玉座のヴァイルガリンを囲んだ異形化兵は、多重障壁を何重にも張り巡らせて防御の姿勢を取った。多重障壁は次元門に向けられている。
次の瞬間、次元門から再び光が迸った。先程のような一薙ぎにする光ではなく、弓形に湾曲した五メートル近い棒状の光の刃が、撒き散らされるように飛び出して来たのだ。
次元門の真下に固まっている防御態勢の異形化兵が次々に殲滅される。その光の刃は呼葉達の方にも飛んで来た。
「危ない!」
咄嗟にツェルオ達が魔法障壁を展開するも、光の刃は障壁を貫通した、というよりも擦り抜けたかのように一切の抵抗を受けず、後方で待機中だった部隊や呼葉達にも直撃した。
「っ……!?」
異形化兵を一撃で屠るような強力な攻撃。最悪の展開が過って皆が一瞬硬直するも、この流れ弾で倒れた者は居ない。
たまたま誰にも当たらなかったという訳ではなく、光の刃はツェルオ達を含め、確かに何人かを貫いていた。にも関わらず、一人の怪我人すら出さなかったのだ。
「……無傷?」
「コノハ殿!」
「大丈夫ですかコノハ嬢!」
聖女部隊では呼葉と、呼葉を護る為に庇い出たクレイウッドとパークスも光の刃をまともに浴びていたが、三人とも無傷であった。
(いまのって……)
呼葉は自分の身体を通過して行った光の刃に、聖女の祝福と同じ力を感じた気がした。特定の条件に基づいて対象を選り分けているような感覚。それを意識した途端、閃く。
「あっ もしかして――」
呟いて次元門を見上げる呼葉。
ヴァイルガリンは並行世界に繋ぐ次元門を開いて、並行世界の自分自身の協力を得たと自慢げに語っていた。
あの門の向こうに、もう一人のヴァイルガリンが居るのなら――
「そのヴァイルガリンと敵対する人達も当然いる筈」
今この瞬間、誰かが次元門の向こうでもう一人のヴァイルガリンと戦っているのではないか。そして先程の光の刃は、並行世界にいる自分のような存在が放ったモノなのではないか。
呼葉は次元門に向かって聖女の祝福を祈った。
「ヴァイルガリンと対峙する全ての存在に」
手応えは曖昧だったものの、確かに複数人の新たな対象に祝福が届いた感覚があった。
その感覚は直ぐに消えてしまったが、見れば次元門が形を崩している。どうやら並行世界との繋がりが失われたようだ。
ほんの一瞬の共闘。見も知らぬ並行世界の自分と同じような存在は上手くやったのだろうかと、呼葉は黒い亀裂から靄の塊のような姿になった次元門を見詰めて、静かに息を吐く。
直ぐ下の壇上に視線を向ければ、斬り刻まれた大量の異形化兵の骸と、その中心に埋まるような玉座に、満身創痍のヴァイルガリンが不満げな表情で鎮座していた。
「意図ハ伝わっテいた筈なノに、向こウの我ハ応用力が足りなイ」
憮然としたまま愚痴を口にしているヴァイルガリンは、まだ意識を保っているのが不思議なほどの深手を負っていた。
とは言え既に虫の息であり、異形化兵も復活する様子は無い。
「ヤってくレたな、聖女……。向こウの世界ニ、祝福を送ったダろう」
「分かるんだ?」
もはや戦意を感じられないヴァイルガリンに、呼葉はゆっくり近付く。
アレクトール達六神官にクレイウッドとパークスがそれに付き従い、カラセオス達も脅威は消えたと判断して警戒を緩めた。
「次元門、消えるんだよね?」
「見てノ通りダ。実に口惜しイ」
自身にはまだ余力が残っていたが、並行世界の共鳴相手が致命傷を負った事で、次元門を維持出来なくなったという。
次元門の繋がりが消えた事で、ヴァイルガリンが並行世界の自分自身と互いに掛け合っていた特殊な付与魔法も、効力を失った。
この世の摂理を超えた力でなくては、『闘争の蟲毒』の安定した運用はできない。
「あの光って、結局何だったの?」
呼葉は概ね予想しながらも、正しい答えを知っているであろうヴァイルガリンに問うてみる。
「アレは、勇者の刃と、イうものダ」
「勇者……」
曰く、向こうの世界の聖女たる存在で、勇者が敵と定めた対象のみを問答無用で消滅させる攻撃らしい。味方や建物、自然物等には一切の影響を与えず、すり抜けるそうな。
「ああ、そういう……」
異形化兵を殲滅しながら、自分達には一人の怪我人さえ出さなかったあの光の刃の特性を聞いて納得する呼葉。
ヴァイルガリンが持つ向こうの世界の記憶によると、呼葉が祝福を送った瞬間、光の刃を攻防一体の結界のように展開した光の壁が一気に広がり、玉座の間を中心に城全体を包むほど巨大化。
向こうのヴァイルガリンの戦力の大半が消し飛んだという。
並行世界のヴァイルガリンは、その勇者の刃に対抗する防御手段として強力な魔法障壁を欲し、こちらのヴァイルガリンからの付与魔法によって『複合障壁』という特殊な魔法障壁を得ていた。
勇者の刃がこちらの世界まで飛んで来て猛威を振るった後は、複合障壁で次元門を覆い護っていたので追加の攻撃は防げたが、その直後に聖女の祝福が届いて巨大光壁が発生した。
巨大光壁の一撃はどうにか凌いだものの、複合障壁は崩壊寸前に。障壁の再構築をする前に聖女の祝福を受けた勇者の刃の一閃で薙ぎ払われた――という事らしい。
「そっか……教えてくれてありがとね」
「ふン……こレで貴様ノ、使命モ、終ワりと、いうワケか……」
血濡れの玉座に身を預けるヴァイルガリンが、徐々に姿勢を沈ませる。もう直ぐ彼の命は尽きるのだろう。
魔王の最期を看取るような形になりながら、呼葉はふと思いついて訊ねてみた。
「そういえば、召喚魔法陣に細工したのって、結局貴方の指示だったの?」
「細工……ああ、アレか……我ノ、仕掛けハ、完璧だっタ……託しタ、神官が、ミスをしたのだ」
ヴァイルガリンの計画通りなら、聖女召喚は成されない筈だったという。
召喚魔法陣を解析して仕掛けを施したモノを魔族派の神殿関係者に流したのだが、呼葉が召喚されている事実から、仕掛けを施した召還魔法陣は使われなかったのだろうと鼻白む。
アレクトール達六神官が、思わず顔を見合わせている。
「それって、魔法陣は発動するけど選定状態のままループする仕掛けよね?」
「……なゼ、それヲ……」
既に生気の無いヴァイルガリンが困惑の表情を浮かべる。
その憐れみを誘う弱り切った姿に呼葉は言うべきか逡巡するも、このまま何も知らせず他者への不満と自己満足に浸ったまま逝かせるのは違うと思い直す。
ヴァイルガリンが私情から始めた戦争によって、多くの人々が傷付いたのだ。思い知らせなければならない。
「貴方の策は成功してるよ。私が召喚されたのは五十年後だったからね」
五十年後の別の未来。老いた六神官が自分達の死に場所として神殿の聖域跡に集い、そこで稼働を続けていた召喚魔法陣を囲んだ際、呪文に一ヵ所、間違っている部分を見つけた。
実はその部分こそ、巧妙に改変された魔法陣の中でも、偽装しきれなかった部分であった。
偶然か必然か、修正された魔法陣が五十年の選定ループ状態から抜け出し、その世界の現状に求められる最もふさわしい力を与えられて召喚された聖女が呼葉だ。
「貴方が魔王として君臨する、魔族に支配された世界で、人類を救う力を与えられて召喚された。私はその時代から時間を遡って来たの」
「なんダ……ソれは」
召喚される聖女の力は、召喚先の状態に合わせて付与される。呼葉は、完全に人類が詰んでいる状態からでも救済できるような力を持って、過去の時間にやって来た。
「貴方の工作が上手くいったお陰で、私が今ここにいる」
「そ、そんナばかナ……!」
言うなれば未来からの刺客。それも自らの策によって生み出されたという規格外の聖女。
「そんナ事ガあり得ルのか……大体、未来で召喚サれたとしテ、なゼ過去に遡ろう等と……」
その時代の環境に合わせた力を得て召喚されたのであれば、その時代の世界を救う為に振るうのが筋ではないのか。
ヴァイルガリンの真っ当なツッコミに対して、呼葉は当時の六神官に寿命と召還魔法の問題があった事を明かす。
「私を元の世界に還す分の寿命が足りないから、過去の自分達を頼るように提案してくれたの」
「アあ……そうダ……召喚魔法陣ハ本来、術者の寿命ガ……対価デあっタ……」
そんな対話を続けている間も、黒い靄と化していた次元門は次第に魔力へと還元され、溶けるように消えていく。
「因果応報というか、なんか凄く人間っぽいね」
「……なんタる、皮肉カ……」
呼葉の意図を察したのか、冥途の土産とばかりに聞かされた真実によって微妙な気分にさせられたヴァイルガリンは、実に厭そうな表情を残したまま、静かに滅びていった。




