百話:『闘争の蟲毒』
ヴァイルガリンが編み出した『闘争の蟲毒』とは、その範囲内に存在する特定の条件を満たした生物の肉体を融解し、意思諸共融合させる特殊な結界を指す。
この結界の影響下で変異した者は、異形と化した身体に宿る複数の意思と主導権を争い、勝ち残った意思が他の意思を支配下に置く。
そうして出来上がったのが、強化魔族という異形化兵だった。
複数の事柄を同時に考え、処理できる並列思考能力。複数人分の高い魔力量と同時行使可能な魔法の数。
融合した肉体の密度も高く、硬質で弾力のある皮膚に鋼鉄のような骨。そんな異形化した強化魔族同士でもまた更に融合できるので、際限なく強くなれる。
それだけの変異を安定して制御維持する結界を張り続けるには膨大な魔力が必要だが、集めに集めた魔鉱石を加工して不足分の魔力を補っているようだ。
現在はこの玉座の間にのみ『闘争の蟲毒』が張られており、結界の中でなら何度でも融合と再構成が可能なので、実質不死の存在でいられると、ヴァイルガリンは自らの成果を誇った。
「ばかな事を……人をこのような怪物に作り変えるなど」
「生命と魂に対する冒涜だ」
「ハッ! 貴様ラがソれを言うのカ」
アレクトール達が思わず零した呟きを拾ったヴァイルガリンが鼻で嗤う。
異界より喚び寄せる人間にこの世の摂理を超えた力を植え付け、使役するのが聖女召喚の儀式の本質だ。
強制力こそないものの、召喚魔法陣に素質で選ばれた対象者は、説明も同意も無く異なる世界へと喚ばれ、従事させられる。
「秘して神聖化しタところデ、やってイル事は我ト同じ――いや、我ガ自らの僕と我自身を使ってイるのに比べれバ、召喚魔法陣こソ悪辣なモノ。我の方がよホド崇高的と言えヨウ」
召喚魔法陣を批判して自画自賛するヴァイルガリン。
「その術に自分自身を使っているとは、どういう意味だ」
カラセオスは時間稼ぎも狙いつつ問う。『闘争の蟲毒』を維持するのに膨大な魔力が必要なのであれば、遠からず限界が来る筈だ。
ヴァイルガリンには、昔から己の力や知識をひけらかす傾向があった。なので自慢したいであろう部分を訊ねて機嫌よく喋らせておけば、時間を稼ぎつつ情報収集もできる。
そんなカラセオスの思惑に気付かずか、分かっていて敢えて乗っているのか、ヴァイルガリンは自分の研究成果を嬉々として語り始めた。
何でも言う事を聞く忠実なる僕たち以外の、誰かに披露したかったのかもしれない。
「我ガ至った究極。召喚魔法陣ヲ解析して新たに創り出シタ魔法陣こソ、我ノ頭上に浮ビし世界の亀裂。並行世界に繋がる次元門なり」
「並行世界、だと?」
聖女召喚の魔法陣は、異世界に繋いで喚び寄せる対象を選ぶ。その魔法陣の構成を弄って、大きく異なる世界ではなく、僅かな差異しかない世界に繋ぐ魔法陣を作った。
少しだけ違った同じ世界に存在し、価値観や目的を等しくする自分自身という最高の同志と協力し合う事で、互いにこの世の摂理を超えた存在へ進化したのだとヴァイルガリンは語る。
「世界の枠ノ外から自分ノ分身に付与魔法ヲ施す事で、異界ヨリ召還されシ伝説の存在ト同じく、コノ世の摂理を超えた力ヲ得ることがデキるのダ」
ヴァイルガリンがそこまで語った時、玉座の間にツェルオ達義勇兵部隊が到着した。
「遅れて申し訳ない。義勇兵部隊、参上仕った」
「ううん、いいタイミングだったよ」
「よく来てくれた。心強く思う」
南門の奇襲で首都入りした義勇兵部隊は、ソーマ城を目指す途中にある『地区』を通過する際、カラセオスの勢力に敵対する武闘派一族の『地区』で少々足止めを食ったと詫びる。
呼葉達は問題無いと労って彼等を迎えると、現状を軽く説明した。
戦える味方の人数が一気に増えた事で形勢はこちらが有利になったと思いきや、ヴァイルガリンは異形化兵を大量に出して来た。
玉座の後方に併設されている各種施設の小部屋には、まだ大勢の素材が確保されていたようだ。
先程ヴァイルガリンが実演して見せた、最前列に居る成り立ての異形化兵もまた融合を始める。数こそ半分に減らしたが、その姿は最初にカラセオス達が戦っていた大柄な異形化兵となった。
出力を上げた祝福効果により七倍から八倍の力を持ったカラセオス達の猛攻にも耐えた怪物が、新たに現れた異形化兵同士の融合によって次々と生み出されていく。
「いかん、アレは危険だ。これ以上増やされる前に倒さねば」
「だね。ちょっと圧縮火炎砲試してみるよ」
カラセオスの判断に頷いた呼葉は少し前に出て射線を開けて貰うと、圧縮火炎球を作り出す。
このまま放っても十分な威力になるのだが、それは室内で爆弾を炸裂させるようなモノ。どこぞの自爆した精鋭部隊の二の舞になり兼ねないのでしっかり制御して狙い撃つ。
ソレの威力を身をもって知っているツェルオが首を思わず窄める。そのとんでもない濃度に凝縮された魔力の塊を感じ取れるカラセオスや、彼の周りの精鋭達が目を瞠る中。
呼葉が付き出した宝杖フェルティリティの先端部分に浮かぶ圧縮火炎球から、眩しい光線が放たれた。
「ッ……ヌ」
流石にアレの直撃は不味いと感じたのか、ヴァイルガリンは玉座の周りに並べていた異形化兵を中央に寄せつつ魔法障壁を多重展開させた。
一体で複数の障壁を一度に発現できる異形化兵は、正面に居た成り立ての二体ほどが六枚の障壁を貫通され、身体にも大穴を開けて倒れた。
が、玉座の近くに居た数体は一体で八枚ほどの障壁を展開しており、圧縮火炎光線を防ぎ切ってみせた。
「聖女ヲ仕留めロ!」
ヴァイルガリンは防御に特化した異形化兵で玉座の護りを固めつつ、余った異形化兵を突撃させる。
「コノハ殿を護れ!」
聖女の祝福で強化されたカラセオスと魔族の精鋭戦士に、ツェルオ達義勇兵部隊も迎撃に加わる。
パークスとクレイウッドはいくら祝福で強化されて宝珠装備を託されているとはいえ、人の力ではこの戦いの中に入って行けそうにないので、呼葉と六神官の傍で警護に徹した。
エントランス程ではないが相応な広さの玉座の間にて、魔王ヴァイルガリンと聖女部隊連合との総力戦が開始された。




