九十九話:進化の秘術
魔族国ヒルキエラの首都ソーマ。
共闘するカラセオス達、穏健派魔族組織の戦士に聖女の祝福を与えた事で、首都の重要施設は瞬く間に制圧され、聖女部隊は殆ど労せずソーマ城に突入した。
ソーマ城のエントランスで呼葉達を待っていた穏健派魔族の精鋭戦士達から現状を聞き、彼等と共にヴァイルガリンが立て籠もる玉座の間を目指す。
先行して偵察に赴いたカラセオス達は既に戦闘状態にあるらしく、玉座の間がある奥の方からは激しい剣戟音や魔術の爆発音が響いて来る。
(……?)
ただ呼葉は、戦闘の様子よりも廊下の先から感じる不穏な気配が気になっていた。
最初に召喚された五十年後の世界。廃都で修業していた時期、魔力を認識できるようになった頃から感じていた、あの世界を覆う重苦しい空気。
生き物の中を循環したり、宙空を漂う自然の魔力とは違う、悪意で縫われた薄いヴェールでも掛かっているかのような、ざらついた感覚。
廃都生活で鍛えられ、研ぎ澄まされた直感が警鐘を鳴らす。自然に宝杖フェルティリティを構えた呼葉は、火炎球を浮かべた。
「コノハ殿?」
「コノハ嬢、どうしました?」
呼葉の突然の臨戦態勢に、アレクトール達は何事かと訊ねる。パークスとクレイウッドは周囲に視線を巡らせて警戒した。
「何か、嫌な予感がする」
「! ……それは、聖女様の予言かなにかで?」
「ううん、そういうんじゃ無いけど……何となく覚えのある重い空気を感じるの。油断しないで」
呼葉の言葉に顔を見合わせた案内役の魔族戦士達は、楽勝モードで緩んでいた気持を今一度引き締め、皆で緊張感を持って歩を進めた。
やがて玉座の間に到着。扉は開け放たれているが、周囲に漂う異様な気配に一同は思わず足を止める。
「この魔力濃度は、障壁……いや結界か?」
「なんだ、あれは」
中を覗き込んだ魔族戦士が怪訝そうに呟く。呼葉は彼等の視線を追って目を凝らした。
玉座の間の最奥辺り。三段ほど高くなった壇上に立派な玉座があり、そこにヴァイルガリンと思しき魔族男性の座っている姿が見える。
その玉座の後方、ヴァイルガリンの頭上より少し高い位置辺りに、黒い何かが浮かんでいた。
斜めに走る亀裂のようなそれは脈動しており、玉座のヴァイルガリンから発せられている魔力の波動と連動している。
先程から感じている異様な気配は、その亀裂を中心に玉座の間を満たしているようだった。
「そうだ、カラセオス殿達は!」
異様な気配と光景に暫し固まっていた案内役の魔族戦士達は、我に返ると戦っている筈の仲間達を探して玉座の間に踏み込んだ。
呼葉達も後に続く。
かなり広い長方形をした玉座の間は、床一面に敷かれている絨毯が砕けた床石ごとざっくり削られていたり焦げていたり、壁や柱にもヒビが入っているなど激しい戦いの痕跡が見られた。
無数の血だまりは確認出来るも、そこに倒れている者の姿は無い。
そして戦闘は、玉座の間に入って左側の端、十メートルほど先にある壁際の隅で行われていた。カラセオス達は角に追い詰められている。
というか、壁際の隅に陣取る事で何とか凌いでいるようだった。
カラセオス達が戦っている相手は、城の兵では無かった。何と形容すべきか、化け物としか言いようがない異様な姿をしている。
「カラセオス殿!」
「来るな! 我々は良い! 聖女殿を御守りしろ!」
そのやり取りで、怪物の一体がこちらを向いた。
後ろから見えていた限りでは、無数の肉塊が捻じれて絡み合う一本の木の様な姿をしていたが、正面から見ると複数の腕に二人分以上の顔を持つ人型の大柄な怪物である事が分かる。
「おいおい、なんだよあの化け物は」
「魔法生物? にしても、あまりに禍々しい」
パークスが宝珠の大剣を構えながら呻く隣で、同じく呼葉から譲渡された宝珠の盾を構えるクレイウッドが呟く。
ズゾゾゾという引き摺るような足音を鳴らしながら迫って来る怪物に対して、案内役の魔族戦士が迎撃態勢に入る。パークスとクレイウッドも呼葉の前に出て護りを固めた。
呼葉は、魔族の戦士達には二倍から三倍、特に信頼できるカラセオスとその私兵には四倍から五倍近い力を発揮できるよう祝福を与えていた。
にも拘わらずカラセオス達が押されているという事実。呼葉は改めて祝福を掛け直す。
「祝福の効果を上げます! 力に振り回されないよう気を付けて!」
「おおう、かたじけない!」
「更に力が高まるなら何とかなるっ!」
強い祝福効果で強化度は七倍から八倍に達し、今の魔族戦士達が繰り出す攻撃は、通常時の彼等が全身全霊を掛けて放つ一撃にも匹敵する威力を叩き出す。
剣戟というより最早爆発物でも炸裂させたかのような音を轟かせる魔族戦士の剣の連撃に、歪な姿の怪物は身体の彼方此方を削られて怯んだ。
壁際のカラセオス達も威力の上がった祝福効果で何とか押し返し、味方と合流する事が出来た。
それでも倒しきれなかった歪な怪物は、ヴァイルガリンの居る玉座の方へと退いて行く。
「ほう……コレを退けるカ……」
部屋全体を震わせるような声が響く。決して音量が大きい訳ではなく、玉座の間を満たす重苦しい異様な気配が、声の主――ヴァイルガリンの言葉を部屋の隅々にまで届けているようだ。
同時に、部屋の中で発せられるあらゆる言葉や動きも捉えられている。そんな感覚があった。
「この禍々しい気配は何だ。その怪物といい、後ろのソレは何をしている」
険しい視線と剣を向けて問うカラセオスに、ククと嗤ったヴァイルガリンが語り出す。
「我は、あの召喚魔法陣を解析し、ツイに究極へと至っタ。喜べ。我ら魔族ハ、新たナ段階に進化すル」
何の話だと訝しむカラセオス達。聖女の祝福強化で態勢を立て直せはしたものの、強力な怪物を前に迂闊には斬り込めない為、玉座のヴァイルガリンと正面から対峙しつつ情報を集める。
「召喚魔法陣の解析だと? 異界より使者を呼び出す禁呪と、魔族の進化がどう繋がる」
聖女召喚の魔法陣が魔族国に流出していた事に、アレクトール達六神官は動揺していた。
が、呼葉は高位の神殿関係者に魔族派が居た時点で予想の範疇だと、前衛をカラセオス達に任せて冷静に聞き耳を立てる。
「難しイ事ではナい。コノ世の摂理を超えタ存在を淘汰スルには、自らモ、コノ世の摂理を超越すれバ良い。我ハ、それを成したのダ」
ヴァイルガリンが手を広げるような動作をすると、玉座の間に併設されている各種施設の小部屋からぞろぞろと人影が現れた。
どこか覚束ない足取りで朦朧とした顔つき。
警戒するカラセオス達を余所に、ヴァイルガリンを護る怪物達の更に前へと出て来た彼等は、亡者のようにゆらゆらと身体を揺らしながら整列する。
服装や身形から、城に勤務していた者達である事が分かる。その大半は兵士だが、使用人達も交じっていた。
「あれは、操られているのか……?」
「一体何のつもりだ」
ヴァイルガリンの意図が分からず、困惑するカラセオス達。
「見ヨ、これガ我の創り出した進化の秘術・異形化結界『闘争の蟲毒』の成果ダ」
玉座の間を満たす異様な気配が震える。すると、整列していた彼等が隣の者と引き寄せ合わせられるように身体を密着させ、そのままズブズブと混ざり始めた。
「なっ……!」
「これは……っ」
流動する皮膚が裂けた衣服から零れ出し、絡まり合い、やがて捻じれた木のような姿を形作る。そうして複数の顔と無数の手を持つ、異形の怪物が生み出された。




