第2話
小屋まで行くと、急に緊張してきた。
初対面の人と話すのは、苦手だ。
そもそも、出てくるのは人なのだろうか。
というか、チャイムが無いのだけれど。
いきなり扉ドンしないといけないのだろうか。ハードルが高過ぎる。
迷っているうちに、また30分くらい経ってしまった。
そのうち中から人が出てきて、あらどなた、となるのを期待していたけれど、無理そうだ。
意を決して、扉をたたく。
誰も出てこない。
仕方ない、待つか……。
扉に体を預けて座っていると、いつのまにか寝ていたようだ。
肩を揺さぶられて起きる。
「ねぇ!」
目の前にギャルがいた。
すごい美人。
茶色の髪はサラサラで、まつ毛は私の10倍くらいあった。
「あ、え、あ」
言葉が出てこない。
「新しい人ぉ?」
目の前にしゃがんで、目線を合わせてくれる。
でもごめんなさい、目を見て話すの苦手なんです。
「あなたは、どこから?」
「えっと、階段を転がり落ちて、気づいたら……」
「そうじゃなくて、都道府県」
「あ、神奈川です」
「落ちたんだ。それは怖かったね」
「そそそそうなんです、谷底アパートの百階段から……!」
「谷底アパートの百怪談? 何それホラー?」
けらけらとわらう美人。嫌味がない。
根っから明るいタイプの人なのだな。
「皆、別々のところから来てるんだよ。私は奈良! 立てる? そこにいると、扉、開けないからさ」
「あ、ごめんなさい」
ギャルが扉をあけて「誰かいる〜?」と声をかけるけれど、返事はなかった。
鍵が無いようだけれど、不用心ではないのだろうか。
ギャル以外にはまだ虫にしか会ってないから、元の世界よりよっぽど治安が良いのかもしれなかった。
「ああ、いま誰もいないのね。帰ってきたら紹介するよ」
「はい。ありがとうございます」
「ここで靴を脱いでね……」
「はい」
「大家さんはそのへんにいると思うんだけど。畑かな? ちょっと待ってね。適当に座ってて。荷物、置いてくる」
「はい。おかまいなく」
初期のAIのような返事しか出てこない。
おしゃべりしながら、玄関から廊下を通って、居間に入ってきた。
またその先に続く廊下に、ギャルは消えていった。
「お邪魔します……」
ひとりになったので、ダイニングセットの椅子に座り、ギャルとの会話を思い出す。
皆、という事は、複数人が住んでいるということ。
大家さん、という事は、下宿か何かだろうか。
廊下の先は暗くてよく見えない。あちらに、個人部屋があるのだろうか。
居間の隅っこに、ちいさな土間と、外に続く勝手口のような扉があった。
扉の下の方に、昔の家でよく見た、猫の出入り口のようなところがある。
誰か、猫を飼っているのだろうか。
猫は、好きだ。
ぼんやりと眺めていると、その小さな仕切り窓がカタンと動いた。
ひよこ。
入ってきたのは、ひよこだった。
いや、ひよこなのだけれど、私の知っているひよこじゃ無いかも……。
大きさといい、ふわふわの毛といい、ポメラニアンみたい。
でも黄色くて、ひよこ。
アニメのようにデフォルメされたタイプの、まん丸いひよこだった。
あ、ひよこがいるということは……。
養鶏でも、しているのだろうか。
昔よく行ったおばあちゃんちのおとなりさん、庭で鶏飼ってたなぁ。
新鮮な卵が食べられるなら、自給自足ライフも、悪くないかも。
「あ、大家さん」
いつのまにか、ギャルが戻ってきていた。
大家さん。
部屋を見回すけれど、居間にいるのは、私、ギャル、ひよこ。
ああ。不埒な勘違いをいたしました。申し訳ありません……。
私は三つ指をついて床に額を擦り付けた。
とりあえずひよこに土下座する。
「お邪魔しております! 嘉洋梨花と申します!」
「やだそんな気にしないでほら! 気楽にしなよ」
ピィ。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします……」
ピィピィ。
「ねぇ、得意なものってある?」
「え?」
「私たちもよくわからないんだけど、この家、住人として認められないと、部屋が与えられないのよねぇ。その条件は、皆の役に立つかどうか。働かざるもの食うべからず、みたいな?」
ピィ。
「あ、お料理が好きです。得意と好きは、違いますが……」
「料理! やったー!」
食い気味に喜ばれた。責任重大だ。
「今、ちょうど料理できるが人いなくてさぁ。嬉しい」
心なしか、大家さんも嬉しそうだ。
「ねぇねぇ、さっそくで悪いんだけどさ、今晩何か作ってくれない?! 家庭料理に飢えてるの私〜!」
そんなキラキラした目で見られたら、はりきってしまいそうです。
「疲れてるだろうし、簡単なもので良いからさ!」
「あ、疲れはそんなに……」
寝たらほぼ回復していた。
階段から落ちる前より元気なくらいだ。
「私でよければ、作ります。お口に合うと、良いのですが」
「やったー! 超嬉しい、ありがとう!」
「あ、自己紹介、してなかったね。私はキョーコっていいます。お掃除担当ね。好きでやってる。掃除マニアなのよ」
「あ、嘉洋です」
「うん、さっき聞いた。リカちゃんね。ええっと、自分の部屋の掃除は各自でね。ほら、触られたくないものとかあるじゃない?」
いつの間にか、ここに住む流れになっている。
でも元の世界に帰れるのかもわからないし、しばらくはお世話になることになるのかもしれない。
「あとはー、洋服担当が洗濯もやってて、こっちも下着類は自分でかな。残る一人は……ちょっとややこしくてさ、まぁ普段は音楽担当と思っといたら良いかな」
洋服担当って何だろう。
洗濯担当ではないのだろうか。
そして音楽担当って。
謎は深まるばかりだが、説明中に口を挟むのが忍びなくて、あとでまとめて聞こうと思う。
「こないだまで料理担当がいたからさ、調味料とかはひと通り、揃ってると思うんだけど」
「はい、確認します」
「あ、野菜は裏の畑にあるよ! 大家さんにいるもの言えば、とってきてくれる! 勝手に採っちゃ、だめだけどね」
「了解しました」
「あとはー。コンビニで買えそうなものなら、他のやつに買ってこさせるよ。言ってね」
スマホを取り出すキョーコ。
あ、スマホ繋がるんだ……。
驚くことが多すぎて、脳の処理能力が追いつかない。
ご飯を食べてエネルギー補給してから、考えることにした。
キョーコと一緒に、食材の確認をする。
「どう、何か作れそう?」
「そう、ですね。土鍋でご飯は炊けるし。あ、おあげがありますね。使っても良いですか?」
「うんうん、冷蔵庫のものは好きに使ってー!」
「あ、卵もある。でも卵……って」
どうなのだろう。
ちらりとソファでくつろぐ大家さんを見ると、キョーコは十まで察してくれた。
「大丈夫〜! 大家さんひよこじゃないから〜! だからって何なのかは分からないけど。食べるよ、卵! むしろ好物! 黄色いとりさんの絵のラーメンもよく食べてるー! 卵落として!」
「ぶふっ。美味しいですよね。私も卵入れるの、好きです」
「あ、初めて笑ったね。笑顔、可愛いじゃーん」
「え」
こんな美人に可愛いなんて言われたら、自分がいつもより上等なものになったように感じてしまう。