第1話
とくに大きな事件は起きない、ゆる〜いお話です。
頭空っぽの省エネモードで読みたいとき向けかも。
全3話でいったん完結予定です。
よろしくお願いいたします。
私、頑張ったよね。
弱小ブラック企業の年度末は、やばかった。
残業して残業して土日出勤してやっと、来年度の予算案草案の作成が終わった。
規定の残業時間に収めないといけないから、土日出勤なのに休憩5時間とか、ありえない勤怠表をつけて。
珍しく休日出勤してきたと思った課長は、「家にいると家内がうるさくてさ〜」って言いながら、チラチラって横目で見てくるし。お茶くらい、淹れてあげるけどさ。
私も「会社にいると課長が気になって〜」って、どこかへ逃げたい。ひとりのほうが捗るし、好きなのだ。
そんな事を、思っていたからだろうか。
あと少しで家に帰るところだったのに、やっと眠れると思ったのに。
アパートに続く百階段を、転がり落ちた。
痛い。
痛いということは、生きている?
一番上から落ちた事は覚えているのだけど、はて、ここはどこ?
階段は、コンクリート。
雑草こそ、ヒビ割れた隙間から、あちこち生えていたと思うけれど。
大の字になった私の下にあるふわふわの芝生なんて、見たことがない。
やはり、死んだのだろうか。
草葉の陰の草葉って、こんなにふわふわなのだろうか?
いや、たとえそうだとしても、草葉の上だなこれは。
目に映るのは、見たことのない空だ。
たしかに私は、いつも下を向いて歩いていた。
登るときは、あと何段と、一段一段踏みしめながら。
降りるときは、落ちないように、一段一段睨みながら。
だから、いつもの空がどんな景色だったかなんて、覚えてはいないのだけれど。
少なくとも、目の前に広がるだだっ広い空と紫の雲は、短い人生の中でも一度も見た事が無い。
しばらく、こうしていよう。
これが現実だったら、頭を打って幻覚を見ているのかもしれない。
近所の小学生から谷底アパートと揶揄されるような立地にたつボロアパートだけれど、大家さんもいるし、ほかの住人もいる。
きっと、救急車くらい呼んでくれる。
いや誰も来ないな!
たぶん、3時間くらい経ったと思う。
その間、カマキリが3匹と、バッタが1匹、数匹の蟻が、私の腹の上を通り過ぎて行った。
眠ろうかなとも思ったけれど、なぜか目が冴えて眠れなかった。
疲労ハイというやつかな。
しかしじっとして横になっていたからか、体力は回復している。
起き上がってみる。
もう、どこも痛くなさそうだ。
ちょっと歩き回ってみても、良いかもしれない。
相変わらず空に浮かぶ雲は紫で、新しい発見としては、川の水はオレンジ色だった。
もしかしてオレンジジュースかもしれないと思ったけれど、味はただの水だった。
30分くらい、歩いただろうか。
ずっと真っ直ぐ歩いていたけれど、ここらであたりを見回してみよう。
「え、えぇ〜」
我ながら情けない声が出てしまった。
何もないと思っていたけれど、来た方向に小屋があった。というか、見渡す限りに建造物はその小屋しかない。
ずっと、小屋を背に歩いていたらしい。
「君、そういうとこ、あるよね。確認だよ、確認」
ああ、課長の声の幻聴まで聞こえてきた。