表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

うっかり湖に斧を落としたら 怒った神が浮上した

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2022/11/15

木こりは湖に斧を落とした。

水の中から現れたのは頭に大きなたんこぶをこさえた男神。

木こりは青くなった。

斧がぶつかったに違いない。



男神は怒っていた。

澄んだ湖の底で、ゆったりとした時間を過ごすのが彼の楽しみなのだ。

それなのに、上から斧が飛び込んできた。

しかも、頭に当たるだと?


「誰だ? 私の楽しみを邪魔したのは!」


男神は水面から顔を出した。


木こりは謝罪した。

平身低頭して謝った。


「たいへん申し訳ございません。

この通り謝りますので、どうか怒りをお収めください」


男神は木こりと目が合った。


なんと、木こりは女性だった。美人だった。

身体は引き締まっているのに、胸が大きかった。

男神のどストライクだった。



そこで、男神は自分の務めを思い出す。

働き者で正直者、そんな人間には褒美を。

それが主神の言いつけだった。


人里離れた湖に、仕事道具を落とす者など滅多にいない。

あまりに暇なので、すっかり忘れていたのだ。


しまった。目の前の木こりは、どう見ても働き者で正直者。

サボっていて斧が当たり、怒ったことが主神に知られたら……


「済まぬ! 私が油断していた。貴女は少しも悪くない」


こういう時は、さっさと頭を下げるに限る。


「少し寝ぼけていたようだ。

さて、仕事をさせてくれ。

貴女が落としたのは、この金の斧か? それとも銀の斧か?」


「いいえ、わたしが落としたのは夫の形見の鉄の斧でございます」


なんと、木こりは未亡人だった。

男神はゴクリと唾をのむ。


「女だてらに木こりをしているのは、夫の跡を継いだのか?」


「はい、子だくさんでございまして、ちまちま働いていては養えませんもので」


丁度、領主館の普請があり、材木は確実に稼げる。

夫の手伝いをしたこともある未亡人は、なんとか頑張って木こりを続けていたのだ。

しかし、屈強な男仕様の鉄の斧は扱い辛い。

油断した隙にすっぽ抜け、湖へと落ちて行ったのだ。


それならば女性にも扱いやすい、軽めの斧を授けることにしよう。

男神は湖の底から、新しい斧を持ってきた。


「貴女にはこっちのほうが使いやすいだろう」


「まあ、本当です。とても、力が入れやすいようです」


ありがとうございます、と笑顔で言われ、男神はすっかり絆された。


「良かったら、私も伐採の手伝いを……」


ついつい口に出していた。



『許可する』


見回しても、他に誰もいないのに声が聞こえた。


『儂じゃ儂。主神じゃよ』


「主神様……」


『サボっとるので活を入れようとしたら、務めまで忘れとったとは』


「なんとも申し訳ございませぬ」


『まあ、よい。それで、彼女の手伝いをしたいのだな?』


「はい。そのように思います」


『神でなくなってもよいか?』


神でなくなる、すなわち人間になれば寿命がある。やがて死ぬ。

しかも、あくせくと働いて、休む暇もあまりない。


それでも、誰かのために何かをしたいと思ったのは初めてだった。

だから、迷わなかった。


「はい、かまいませぬ」


『うむ、達者でな』


主神の声は聞こえなくなり、男は自分から神の力が失われたことを感じた。



「あの、どなたと話されていたのですか?」


彼女には主神の声は届かない。


「主神と話していました。貴女を手伝いたいと言ったら、人間になることを許可されました」


彼女は息を呑んだ。


「わたしが誤って斧を落としたばかりに、神の力を失われたのですか?」


「いえ。私は神に向いていなかった」


男は笑った。



人間になったからには、屋根の下で寝た方が良い。

彼女は、とりあえず男を家に連れ帰る。


家では、父親を亡くした寂しさから、子供たちが男を離さない。

その夜は、父親が使っていたという大きなベッドで、子供たちにしがみつかれながら眠った。



それから、昼は彼女と共に森で木を伐り、夜は子供たちに囲まれて眠る日々。

あくせくと働き続けるのも、それほど悪くないと男は思うようになった。


一年を過ぎた頃、すっかり心を通わせるようになった彼女と結婚した。

二年を過ぎる前には妻が新しい命を宿し、男は一人で森に行った。

三年を過ぎて、一番上の男の子が仕事を教えて欲しいと、一緒に森に入るようになった。



それから何十年もして、男は人間の生涯を終える。

人の一生も悪くはないと思いながら、家族に囲まれ、穏やかに眠りについたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 泉の神様と木こりの性別が入れ替わっていると新鮮ですね。 仕事をサボっていたり、未亡人の木こりを異性として見ていたりと、泉の神様は元から結構人間臭い性格だったようですね。 神様を辞して人間に…
[良い点]  罰で人間にされるのではなく、自らの意思でなるところがいいですね。
[良い点] ほっこり良いお話でした。 人間になるのも悪くありませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ