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放課後のゲームショップはキミと共に 〜中古のゲーム買いに行ったら、前から気になってたクラスメイトとお近付きになれた件〜

作者: 菊梨 ゆさき

 

 放課後。学校の帰り道。

 僕はよく、高校の最寄り駅近くにあるゲームショップへ、寄り道をする。


 特に購入予定のゲームがあるわけではない。

 ただぶらりと店内を歩き回り、面白そうなのはないかと物色する。

 何か目を引く物があれば、それを手に取ってパッケージの裏面を眺めてみる。

 良作の予感がすれば買い物かごに入れ、そうでないなら棚に戻し。

 それからレジへ向かう前に、財布の中身と相談する。

 お金が足りそうならホクホク顔で購入し、金欠なら泣く泣く諦めて帰宅。


 この三十分足らずの寄り道が、僕の毎日の密かな楽しみだったりする。

 ……いや、さすがに毎日は寄り道するわけじゃないけど。

 まあとにかく、僕は意味もなくゲームショップへ立ち寄るのが大好きだっていうことだ。



 ――そして今日も、僕はいつものようにゲームショップへ寄り道をしていた。

 ただしこの日は、いつもと違って珍しく、事前に買いたい物を決めて来ている。


 その買いたいゲームとは、『クリーチャー・ハンティング』――通称“クリハン”の、十二作目だ。

 つい五日前に発売された大人気RPGシリーズの新作なんだけど、僕はいまだにそのソフトを購入できずにいた。

 というのも、実は今月かなりお財布がピンチで、新品で買おうとすると予算が五百円ほど足りなかったのだ。

 たかが五百円、されど五百円。

 高校生にとっては無視できない金額だ。


 なので僕は、発売から数日待って、中古品が売りに出されてからソフトを購入することにした。

 これまでに既に二回ほど来店しているが、まだ中古品は売られていなかった。

 今日は金曜日のため、今回もダメだったら次は来週の月曜日まで来店できない。


 さすがに週末は挟みたくないので、今日こそは売られていますようにと祈って、中古品売り場へ向かう。

 そして中古品売り場の、比較的新しいラインナップが揃っているエリアを見てみる。


「――おっ、あった!」


 ちょうど一本だけ、棚にお目当ての物が置かれているのを見つけた。

 値段は新品よりも千円ほど安くなっている。

 迷わず僕はそれに手を伸ばすと――突然、右側から別の人の腕が伸びてきて、ソフトの上で手が重なった。


「えっ?」


 思いのほか柔らかい感触だったので少し動揺しながらも、僕は隣にいる人物の正体を確かめる。

 するとそこには、別段親しい間柄ってわけじゃないけど、毎日必ず教室で顔を合わせる存在がいた。


「……あれ、宮下さん?」


 ――宮下(みやした)(しずく)

 僕の通う高校のクラスメイト。

 容姿は美少女というほどではないけど、それなりに整った顔立ちをしている。

 クラスではどちらかといえば目立たない存在だが、かといって浮いているわけでもない。

 友達は必要以上に持たず、自分一人の時間を大事にしているイメージだ。

 そんな彼女のあり方は、できるだけ長くゲームする時間を確保しようとする僕と、非常によく似ている。

 だから僕は、彼女に対して実は一方的に親近感を覚えていた。


「――えっ、和泉(いずみ)くん!? ど、どうしてこんな所に……」


 若干上擦った声でそう言葉を発する宮下さん。

 彼女もこんな所でクラスメイトに出くわすとは思っていなかったようで、少し動揺しているようだ。


「もちろん、クリハンの新作を買うためにだよ。ちょっと予算が足りなかったから、中古品を狙ってだけどね」

「そ、そう。……実は、私もなの」

「つまり、宮下さんも中古品を買いに?」

「……ええ、そうよ。普段はダウンロード版を買ってるんだけど、最近容量が足りなくなってきたからパッケージ版に移行しようと思って。どうせならできるだけ安いのを買おうかなと、この店に立ち寄ってみたの」

「なるほど……」


 まさか、宮下さんもゲームを嗜む口とは。

 しかも僕と同じ理由でこの店に……。

 ……なんだかますます親近感が湧いてくるなぁ。


「まあでも、今回は和泉くんのほうが一足早かったみたいだから、これはあなたに譲るわ。値段も新品とそんなに変わらないし」


 ん、一足早い……?

 今しがたソフトを手に取ろうとした時、僕の手の上に彼女の手が重ねられた形だったからかな?


「そんな、あれはほんの紙一重の差だったじゃないか。それだけで僕が千円も得しちゃうのは悪いよ」

「いいわよ、別にそれくらい」

「――いやいや、学生にとっての千円は貴重だよ!」

「……そ、そう。けど、それならどうするの?」

「うーん、そうだなぁ……」


 呟きながら、僕は顎に手を当てて考えてみる。

 数秒後、一ついいアイデアを思いついた。


「……あっ、じゃあこういうのはどう?」

「どういうの?」

「二人でお金を割り勘して、この中古品ともう一本新品のを買うんだ。僕が中古のやつを貰うから、宮下さんは新品を受け取って。そうすれば、二人とも新品より五百円ほど安く買える計算になるよ」

「けどそれじゃあ、和泉くんが損することにならない? 私だけ新品を貰うっていうのも……」

「まだ発売から五日しか経ってないし、中古とはいえほぼ新品同然だから大丈夫だよ」

「そうなの? でも、やっぱり……」


 宮下さんはそれでも渋っているご様子。

 思ったよりも、そういうの気にするタイプのようだ。

 うーん、他に彼女を納得させられるアイデアは……。


「……どうしても宮下さんが気になるって言うんなら、代わりにちょっとお願いがあるんだけど」

「なに?」

「クリハンってマルチプレイもできるじゃん。だからよかったら、暇なときでいいから通話しながら一緒にやらない? 周回とか二人のほうが楽でやりやすいし」

「……。えっ、お願いってそれだけ?」

「え、うん。ダメ、かな?」

「別にそれは全然いいんだけど……。でもそのくらい、普通に言ってくれればいつでも手伝うわよ? ジュース奢るとか、そういうのじゃなくていいの?」


 ……いいんだよ、こっちは普通に誘うのはちょっとハードル高いんだから……。


「さっき言ったとおり、中古も新品もそんなに変わらないんだから、これくらいでいいんだよ。さ、そうと決まれば早速レジへ行こう」

「あっ、ちょっと。レジ行く前に、クリハンもう一本持ってこないとダメでしょ」

「そ、そうだった。ごめんごめん」


 そうして宮下さんと新品のゲーム売り場に行き、クリハンのソフトをもう一本手に取る。

 それから二人でお金を出し合い、クリハン二本を購入した。

 ちょうど予算ぴったりで買い物を終えることができて、大満足だ。


 こうして、僕は一方的に親近感を覚えていた相手と、お近付きの機会を得たのだった。




 ▲▽▲▽




「もしもし、聞こえる?」


 その日の晩。

 家に帰ってから夕食を食べ、それから少し自分でクリハンを進めたあと。

 約束の時間になったので、僕はSNSアプリで宮下さんと通話を始めた。


『大丈夫。そっちは?』

「こっちも聞こえてるよ。じゃあ今からルームID送るね」

『りょうかい』


 メッセージで同じルームへ入るのに必要なIDを送る。

 程なくして、宮下さんらしきプレイヤーが入ってきた。


「この『shizuku』って人が宮下さん?」

『そうよ。……和泉くんも、自分の名前をハンドルネームにしてるんだ』

「まあ他に思いつかないしね。結局は名前が一番かなって」


 ちなみに僕のハンドルネームは『Sota』で、下の名前は“颯太(そうた)”だ。


「で、どれくらいまで進めた?」

『とりあえずストーリーは一章まで終わらせて、今は双剣の素材集めしてる。和泉くんは?』

「あー、僕もそんな感じ。今使ってる太刀火力足りなくなってきたから、そろそろ新しいの作りたいなーって思ってる」

『じゃあまずは、二人の武器素材集めに行きましょうか。私のはもう少しで集め終わるから、先そっち行っていい?』

「おっけー、いいよ!」


 というわけで、最初の目的地が決まった。

 まずは、宮下さんが使う武器の素材を落とすエネミーを狩りに行く。


 そうして二人で連れ立ってマップを進んでいくと、途中で崖にぶつかった。

 結構な高さがあるため、このまま飛び下りると大ダメージを受けてしまうだろう。

 ……面倒だけど、引き返すしかないか。


『あ、和泉くんちょっと待って』

「うん?」

『迂回して進むより、まっすぐ崖から飛び下りたほうが早いわ』

「え、でも落下ダメで即死しない?」

『今作は落下ダメないみたい。さっき試したけど、hp全然減らなかった』

「まじか。じゃあ崖から行こう」


 実際に飛び下りてみると、宮下さんの言ったとおりダメージを受けることはなかった。

 それからさらに数十秒ほど進んだところで、僕たちは目的地に到着した。

 このエリアを縄張りとしているエネミーの名前は、『ヴォルゲノザウルス』というらしい。


「……僕こいつたぶん初見だわ。前作までに出てたっけ?」

『今作から登場の新エネミーみたいね。じゃあ私がタゲ取るから、和泉くんは背中から攻撃お願い』


 宮下さんが攻撃を引き付けてくれるそうだ。

 行動パターンとか全く把握できてないし、正直助かる。


「了解、頼みますー」


 簡単な作戦が決まったところで、僕たちはヴォルゲノザウルスに近づいて、戦闘を開始した。

 僕の役割は宮下さんが注意を引き付けているエネミーに攻撃して、ダメージを稼ぐこと。

 回避や防御は考えず、ひたすら技を連発する。

 そうした連携を続けることで、ヴォルゲノザウルスのhpはゴリゴリと削れていった。

 このまま難なく倒せそうなので、右スティックでカメラ操作して宮下さんの方を少し眺めてみる。


「……え、すご」


 思わずそう呟いてしまうくらい、彼女のプレイは上手だった。

 なんていうか、一つ一つの動きが洗練されて見えるのだ。

 エネミーの攻撃のタイミングを完全に見切っていて、最小限の動作で躱している。

 回避から反撃への切り替えもスムーズで、とにかく無駄が少ない。

 双剣の高い機動力を生かした、完璧なヒットアンドアウェイ戦法だ。

 結局、戦闘開始からわずか二分ほどで、ヴォルゲノザウルスの討伐は完了してしまった。


『……ふぅ。やっぱり、二人だと削れるの速いわね』

「それもあると思うけど……。宮下さん、ちょっとps高すぎない?」

『え? 別にそんなことないわよ』

「だって今の戦闘、一回もダメージ食らってなかったよね?」

『もう何度か周回してるし、それくらい普通だと思うけど……』

「それにしたってうまいと思うよ。僕だったら、慣れてても数回は被弾しちゃうだろうし」

『そ、そう? ……ありがと』


 表情が見られないから声だけからの判断になるけど……宮下さん、ちょっと照れてるみたい。

 まあ誰だって、褒められると嬉しい気持ちになるよね。


『……さ、一旦町に戻りましょう。あともう一回倒せば私の素材は集め終わるから』

「おっけー」


 それから僕たちは一度町までワープして、リポップしたヴォルゲノザウルスを再度狩りに行った。

 そして宮下さんの双剣が完成したあとは、僕の太刀の素材を集めに行く。

 さすがに初見の相手は彼女もダメージを受けていたが、二体目を倒し終えた頃にはもう行動パターンを把握できたらしく、三回目以降はノーダメで戦闘を終えていた。

 彼女のゲームセンスには、ホント脱帽せざるを得ない……。


 僕の新しい太刀が完成した頃には夜の10時をまわっていたので、今日のクリハンはこれにて終了。

 また一緒にプレイする約束をして、宮下さんとの通話を終えた。


 ……女の子と二人きりで電話したことなんてなかったから、ちょっぴり緊張したけれど。

 今日は、本当に楽しい時間を過ごすことができたな。




 ▲▽▲▽




 月曜日。一週間の始まる日。

 僕は欠伸を噛み殺し、なんとか眠気に耐えながら授業を受けていた。


 あれから結局、僕たちは週末も一緒にクリハンをプレイすることとなった。

 さすがに日中からではないが、夜、夕食を食べたあとの数時間は、通話しながら素材集めや一人じゃめんどくさいクエストなどを共にこなした。

 一人でするのも楽しいけど、宮下さんと一緒にやるゲームはそれ以上に楽しくて、時が経つのが本当に早い。

 特に日曜日は二人とも時間を忘れるくらいに熱中してしまい、気づいたら深夜0時を過ぎていたくらいだ。


 そのあとは風呂に入ったり、学校の準備をしたりちょっとスマホを眺めたり……ってな感じでやってたら、就寝時間は2時を越えてしまった。

 そういうわけで、今は絶賛睡魔との戦闘中である。

 ……まあでも、この三日間のおかげで、宮下さんとの距離はだいぶ縮めることができたと思う。

 僕自身も緊張感とかは次第に覚えなくなり、男友達と接するときみたいに気軽に彼女と話せるようになった。

 それを踏まえれば、授業中ちょっと眠くなるくらいどうってことはない。


 それから僕は、授業間の休み時間無駄に校内を歩き回ったり昼休みにコーヒーを飲んだりして、騙し騙し今日の授業を乗り切った。

 放課後は寄り道もせずにまっすぐ帰り、移動中の電車で軽く仮眠をとる。

 そして家に着いたらすぐ様ベッドに飛び込み――ゲーム機を手に取って、クリハンの続きを始めた。


 ……うん。本当は、帰ったらすぐ爆睡しようと思ってたんだけどね。

 けど、急に目が冴えちゃってね。

 学校にいるときは死ぬほど眠いのに、家に帰った途端眠気が吹っ飛ぶこの現象は、なんて名前をつけたらいいんだろう……。


 そのまま一時間ほど黙々とクリハンをやっていると、ポケットからピロンと通知音が聞こえてきた。

 スマホを取り出して画面を表示させると、そこには宮下さんの名前が映されている。

 彼女からのメッセージの内容は、『今日は何時からする?』と。


「……え? 今晩もするつもりなの?」


 昨夜は遅くなりすぎたから、てっきり今日はやらない流れかと思っていた。

 メッセージアプリを開き、彼女とのチャットを開始する。


『僕は夕飯食べ終わったあとならいつでもいけるけど……。宮下さん、今日もゲームしちゃって大丈夫なの?』

『え? どうして?』

『昨日はかなり遅くまでクリハンやってたから、疲れてるでしょ。眠くない?』

『全然。あれくらいよくあることよ』

『まじか。普段何時くらいまでゲームしてるの?』

『昨日みたいに、気づいたら0時まわってることなんてザラにあるわね。まあ、さすがに毎日ってわけじゃないけど……』


 うわお、すごい。

 宮下さんは僕と同じくらい……いや、もしかしたら僕以上にゲームが大好きなようだ。


『なんだかわかる気がするなぁ。夏休みとかは切り上げ時見つかんなくて、平気で徹夜しちゃう』

『やっぱそうよね。対戦ゲーとかは特にね』

『宮下さんはどんなオンゲーやるの?』

『レース系や格闘系かしら。和泉くんは?』

『僕はね――』


 こんな感じで、少々話が脱線しながらも彼女とのチャットが弾む。

 それから三十分ほど話し込んだあとは、流れで通話を繋げてまた一緒にクリハンをプレイした。

 夕食を食べてからも通話を繋ぎ直してプレイを再開し、この日は、学校から帰ったあとはほぼずっと宮下さんと話していることになった。



 そして僕たちのこの奇妙な関係は、その翌日以降も続いた。

 家に帰ってからはほぼ毎日電話で話しているからか、僕たちは自然と学校でも会話をするようになった。

 軽い教室移動のときにちょっとゲームの話をしたり、登下校中にバッタリ会ったときはそのまま二人で歩いたり。

 さすがに昼食とかは各々所属している仲良しグループがあるから、一緒には食べないけど。

 ……でも、今までは業務連絡以外で女子と会話することが滅多になかった僕からしてみれば、これでも大きな進歩である。


 当然、そんな僕が急に宮下さんと話し出すようになったら、それを訝しく思う人だっている。

 例えば、今僕が所属している仲良しグループなんかがそうだ。

 僕を含めて男四人で構成された、むさ苦しい集まり。

 僕以外全員何かしらの部活に入ってはいるが、誰一人彼女持ちはいない。

 だからアイツらは、僕に彼女ができたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしているようなのだ。

 今もほら、昼飯を食べている最中なのにそっち方面の話に移ろうとしている。


「なんか最近、和泉付き合い悪くね?」

「……そうかな? 別に普段と変わらないと思うけど」

「まあ、和泉の付き合いの悪さは元からか。けど、ここ一ヶ月は特に悪いと思うぞ」

「確かに言われてみればそうかもな」

「……やっぱり、宮下と遊びに行ったりしてるのか?」

「なに!? お前この前付き合ってないって言ってたじゃんか! 俺たちを裏切ったのか!?」

「ちょっと、落ち着いてって! 本当に付き合ってないんだってば! 普通に家でゲームやってるだけだって!」


 まあ一人ではなく、宮下さんと二人でだけどね……。


「チッ、なんだよ。焦って損したぜ」

「――じゃあ言い方を変える。今後、宮下と付き合うつもりはあるのか?」

「えっ……?」


 思わず返答に詰まる。

 ……“今は”付き合ってないって言って、適当にはぐらかしてきたけど。

 これから先、僕は彼女とどういう関係になりたいんだろう?


「お前が宮下のこと好きなら、早めに告っておいたほうがいいと思うぞ」

「な、なんで?」

「なんでってそりゃあ……宮下って別に顔は悪くないし、かといって遊んでるようにも見えないし。結構男子の中では人気高いんだぞ」

「……ま、まじですか」


 知らなかった……。

 ……まあ、考えてみれば当たり前のことか。

 異性よりゲームに関心があった僕でも、前から気になっていた相手だ。

 ましてや普通の男子なら、宮下さんを好きにならない理由はないのかもしれない。


「ちょっ、お前、和泉に彼女ができてもいいのかよ!?」

「いいに決まってるだろ。ダチの恋愛は応援してやるべきだ」

「……お、おう。確かに」

「和泉も、一度よく考えてみろ。いつまでも今の関係でいられるとは限らないんだからな」

「……う、うん。わかった」




 ▲▽▲▽




 その日の放課後。

 僕はまっすぐ家に帰って、今後の宮下さんとの接し方について考えてみることにした。


 今日は、宮下さんとのゲームの約束はしていない。

 彼女は家族と一緒に、夕食を外に食べに行くそうだ。

 昨日その話を聞いた時は、今日は彼女と電話できないのかとちょっとガッカリしたけど……今は、考える時間ができてよかったと思っている。


「――僕は、どうしたいんだろう?」


 自分の中にある漠然とした想いを、浮かび上がらせる。

 ……僕は、ずっとこんな関係が続けばいいなと思っていた。

 毎日学校に行って宮下さんとちょっとした会話をして、家に帰ったら彼女と夜遅くまでゲームをする。

 この一ヶ月は、本当に充実した日々だった。


 ……けれど、それはいつまでも続くとは限らない。

 実は宮下さんは、男子からの人気が結構高いらしい。

 もしかしたら明日にでも、誰かから告白をされてしまうかもしれない。

 彼女に恋人ができたらどうだろう。

 この関係を続けることは、果たしてできるのだろうか。


 自分の恋人が、毎日夜遅くまで他の異性と電話をしている。

 ……僕だったら絶対にイヤだ。すぐにやめさせるだろう。

 となると、この関係はその時点で終わりになる。

 この先学校で話す機会はあるかもしれないが、それも次第になくなっていってしまうだろう。


「……そんなのは、イヤだ」


 何が嫌なのだろうか。

 彼女ともう仲良くすることができないのが嫌なのか。

 それとも――彼女に、恋人ができるのが嫌なのか。


 ――両方だ。


 彼女ともっと繋がっていたい。

 彼女が他の男と仲良くしているところなんて見たくない。

 ……それはなぜか。

 そんなのは決まっている。


「――宮下さんのことが、好きだから」


 今、自覚した。この瞬間、自分の気持ちに気がついた。

 彼女と仲良くなる前の、ちょっと気になる程度の気持ちではない。

 このひと月の間彼女と過ごしてみて抱いた、心の底からの想い。

 そしてそれに気づくことでわかった、僕の本音。


 ――宮下さんと恋人になりたい。


 そのために、僕は彼女に告白することを決意した。

 彼女とこのままの関係でいたいなら、告白はするべきではないのかもしれない。

 万が一振られてしまったら、これまでどおりではいられないからだ。


 しかしそれは、告白しない場合でも同じだ。

 僕は宮下さんへの好意を自覚してしまったのだから、どちらにせよ今までのように接することはできない。

 なら、なんとかそれを取り繕うとするのではなく、自分の気持ちをストレートに伝えたほうがいいだろう。


「――よし」


 そう考えた僕は、深呼吸して覚悟を決め、宮下さんへのメッセージを打ち始めた。




 ▲▽▲▽




 翌日。

 学校が終わったあと、僕は宮下さんと共に帰路に就いていた。


 昨日彼女に送ったメッセージの内容は、『明日、一緒に帰らない?』だ。

 告白するにしても学校はちょっと……いや、かなりハードルが高かったので、別の場所でしたかったのだ。

 というわけで、着いた先はいつものゲームショップ。


 ……うん。普通はゲームショップで告白なんてありえないよね。

 けど、昨日僕も告白に相応しいスポットなんかをいろいろと調べてみたんだけど、どれもピンと来なかったんだ。

 で、徹夜して真剣に考えていたら……ふと思いついた。

 僕たちが仲良くなるきっかけになった、このゲームショップで告白するのはどうかなって。


 ……いや、でも冷静に考えて、やっぱゲームショップで告白なんてありえない気がしてきた。

 昨夜の僕は、いったい何を血迷ってこんな結論に至ったんだ……。

 ううう、まじでどうしよう……!


「和泉くん? どうしたの?」


 ゲームショップの前で立ち止まったまま動かない僕を不思議に思ったのか、宮下さんが顔を覗き込んでくる。


 ――くそっ、こうなったらもう一か八かだ!


「ううん、なんでもないよ。さあ、中に入ろうか」


 そう言って店の扉を開き、宮下さんを店内へ誘導する。

 今日彼女を連れ出した口実は、「何か一緒にできる、新しいゲームを探さない?」だ。

 この一ヶ月でクリハンやその他いくつかのタイトルを一緒にプレイしたが、どれもマンネリ化してきていたのでこれは妙案だったと思う。


 向かう先はもちろん中古品売り場。

 二人とも、できるだけ安くゲームを買いたいという考えは相変わらずだ。

 程なくして中古品売り場に着き、そこに並ぶソフトを眺めていると、宮下さんが声をかけてきた。


「和泉くんはどういう系のゲームが“好き”? 次はどういうのやりたい?」


 ――来た。


 想定していた、質問が来た。

 新しいゲームを買いに来たんだから、どういったジャンルが好きなのか聞かれるのは、簡単に予想できる。

 それに対し僕は、あえて話を噛み合わせずにさりげなく気持ちを伝えるのだ。

 ……いいか、さりげなくだぞ……。


「そうだなぁ……。僕は宮下さんが“好き”、かな」


 緊張で鼓動が激しくなる心臓に構わず、なんとか唇を動かしてそう口にする。

 それから宮下さんの方を窺うと、彼女は目をパチクリとさせて驚いていた。

 まるで何を言われたのか、わかっていないかのような顔だ。

 そのまましばらく、沈黙が続いてしまう。

 この無言の時間が長引くごとに、僕の精神は確実にすり減っていった。


 ……大丈夫かな。

 やっぱこの告白の仕方はまずかったかな。

 気持ち悪くて、宮下さん引いてたりしないかな……。


 こんなふうに、ネガティブなほうへと気持ちが沈んでいってしまう。

 それからもうしばらくして、彼女の口からゆっくりと言葉が漏れた。


「…………えっ、私? ゲームの話じゃなくて?」


 僕の告白は、ちゃんと聞こえていなかったのだろうか。

 ……いや、“私”と口にしているから、聞こえてはいるのだろう。

 ただ僕の言葉に理解が及んでいないだけ……?

 ならもう一度、はっきりと自分の気持ちを伝えよう。


「うん。宮下さんのことが、好きなんだ」

「……もしかして私、今告白されてる?」

「……うん。告白してる。よかったら、僕と付き合ってもらえないかな?」

「そんな、急に言われても……困る」

「……なら、ダメ?」

「いや、ダメとかじゃなくて……。ごめん、ちょっとだけ気持ちの整理をさせてくれる?」

「わ、わかった」


 そう言うと、宮下さんは顔を俯かせて考え込んでしまった。

 彼女の表情が見られないから、僕の告白をどう思っているかわからない。

 彼女の言葉を聞かないと、その答えを知ることができない。

 それまでは、僕にはただ待つことしかできないのだ。


 だから僕の心臓。頼むから、あともう少しだけどうにか耐えてくれ。

 ……くそっ、ダメだ。

 さっきからバクバクといって、ホントうるさくてしょうがない。

 胸が苦しくて、今にも破裂してしまいそうだ。

 宮下さん、どうか早く答えを教えてください――!


 やがて彼女は顔を上げると、そのまままっすぐ僕を見つめてきた。

 その表情は、わずかに緊張しているように見える。


「その……このひと月の間、和泉くんと一緒にゲームできて、私本当に楽しかった。こんなに仲良くなった男の子は、あなたが初めて」

「……つまり?」

「だから……私も、和泉くんのことが好きよ。これからは恋人として、私のそばにいてくれる?」

「…………」


 ――や、やった! 宮下さんからOK貰えた!!!


 やばい、めちゃくちゃ嬉しい。

 嬉しすぎて、このまま死んでしまいそうなくらいだ。

 自分の好きな相手が、自分のことも好きでいてくれる。

 これ以上の幸せは、他にあるだろうか。


「――う、うん! これからも、よろしくお願いします!」

「こ、こちらこそ」


 このゲームショップで芽生え、このゲームショップで花開いたこの恋。

 けれど、これは新しいスタートでしかない。

 今までは僕一人だけで寄り道していたこのゲームショップも、これからは違う。


 ……そうだ。

 これからの人生は、キミと一緒に歩んでいく。

 だから、次からの放課後のゲームショップも、きっと――キミと共に、訪れることになるだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 通話しながらゲームをしていくうちに、相手を好きになる、ものすごく共感できます!声聞いてるだけで距離縮まりますよね! [気になる点] 「ゲームじゃなくて宮下さんが好き」ってとこは先走り感が、…
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